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噺の話

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柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 7月21日

 今、もっとも楽しみにしている独演会が、この会である。

 この独演会ほど、手作り感たっぷりで、人の温もりが伝わる会はないように思う。
 この日も受け付けには師匠の奥さんとお嬢さん。そして、この日は、その向い側のテーブルで、東京かわら版で発行された師匠の新刊本を販売していた。

 コンビニで買ったおにぎりをロビーで食べながら、モニターを見たら、開口一番は林家つる子が『やかん』を演じている。
 あら、古今亭始がやって来た。受け付けで小満ん師匠の奥さんに挨拶し、私の目の前を通って、楽屋につながると思しきドアを入って行った。これは、小満ん師匠の噺の勉強かな・・・・・・。
 おにぎりを食べ、トイレに行ってロビーに戻った。
 『小満んのご馳走』という本を販売していたのは編集者の田村直規さん。田村さんと少し話していたら、師匠の奥さんから、「前座さんも聴いてあげなさいよ」とのお言葉。
 「私は前座でも、高座の途中からは会場に入らないので・・・・・・」と逃げた(^^)
 田村さんに本の見本を見せてもらっているうちに、もうじき開口一番もサゲになりそうなので、仲入りであらためて拝見しようと会場へ。
 
 この日も、入りは六分から七分程度だったろうか。
 
 ネタ出しされていた三席について順に感想などを記す。

柳家小満ん『あくび指南』 (25分 *18:46~)
 あくび以外の「喧嘩指南所」「釣り指南所」をマクラでふる。喧嘩っぱやい江戸っ子の啖呵が鮮やかだし、釣りの師匠が「あいなめ」「かわはぎ」「河童」の釣糸の引き具合を教える所作も楽しい。
 男が近所に出来た「あくび指南所」に行こうと仲間を誘うが、過去のことがあるので、おいそれとは話に乗らない。清元(「喜撰」)では、筋が悪くさっぱり進まなかったこと、踊り(端唄「夕暮れ」)では、舞台から落っこちて客席のお婆さんに倒れ込み、仲間が家までお婆さんをおぶって行った、など。具体的な演目を挟むあたりが、小満んならではだなぁと思う。
 強引に仲間を連れて行った指南所には、たしかに期待した粋な女性がいたのだが、それは師匠の女房。
 師匠登場。この師匠、日常の欠伸は‘駄’欠伸と切り捨て、「下地」のない初心者は‘四季の欠伸’から始めるのが良いだろうと、それぞれの季節の欠伸の概要を丁寧に説明する。
 春の欠伸は、ひねもすのたり、うららかな湯山旅での欠伸、秋の欠伸は、虫の音を聞き一本つけながら友を待っているのだが、待ち人来らず、月が傾きかけた時に出る欠伸。冬の欠伸は、草双紙でも読んでいたら、猫が伸びをして欠伸をしているところを見て、つられて出る欠伸。時節柄、今回は夏の欠伸にしましょう、となった。
 夏の欠伸での師匠と男のやりとりも、実に楽しい。小三治なら、吉原での花魁との会話をもっと盛り上げるが、そのへんは小満んならではの品格を落とすことはない。
 師匠の「夜は吉原(なか)にでも行って、粋な遊びをしましょうか」に、男が「粋な遊びってぇのが難しいいんだ」と答える場面も、この人が言うから、説得力がある。
 二人のやりとりを見ていた連れの男が、「なにが粋な遊びでぇ、いつも馬引っ張ってくる野郎が」とか、「八百膳の玄関がどっち向いているかも分からねェ野郎が、なに船遊びだ。渡し船にさえ乗ったことがねぇのに」と、ぶつぶつ言うあたりも、実に可笑しい。
 この噺は、客が見て聴いているうちに、大川に浮かぶ船や首尾の松の情景、のどかな初夏(猛暑ではないだろう)の温度を感じ、つい、自分も欠伸しそうになれば、好高座だと思うが、まさにそういった空気を会場全体で感じることができたように思う。
 今年のマイベスト十席候補としたい。ぜひ、余興としてでもいいのだが、秋や冬の欠伸を題材にした高座も聴いてみたい。一杯やりながら月見をして友を待つ風情や、猫につられる出る欠伸なんてぇのも楽しそうだ。

柳家小満ん『盆々唄』 (26分)
 すぐに再登場。「あくび指南は○○○師匠に習ったのですが」という声が、拍手の後半部分と重なって聞こえなかった。仲入りで本を販売していた田村さんから「小円朝師匠です」と教えていただいた。
 三代目三遊亭小円朝だ。明治二十五年生まれなので、文楽と同年。東大落研の顧問として有名だが、多くの若手落語家を育てた噺家さんとして知られる。『あくび指南』も十八番の一つに数えられているから、なるほど、である。
 さて、二席目のネタは、志ん生の十八番として知る人ぞ知る(?)噺。
 八丁堀玉子屋新道に住む背負いの小間物屋、源兵衛とおみつの夫婦には、子どもがいない。浅草の観音様に三七、二十一日の願掛けをし、五回り目の満願の日の十月十四日。源兵衛がお参りからの帰り道、天王橋にさしかかると人だかり。女の子の迷子だった。三つくらい女の子が泣いているが、源兵衛が声をかけると泣き止んだ。これは、満願の日に観音様が授けてくれた、と思った源兵衛、「里親を知っている」と周囲の人に嘘をついて、女の子を家に連れて帰った。
 拾った子なので、おひろと名づけ可愛いがる。時は流れて翌年のお盆。当時は、盆踊りの衣装が派手になり過ぎ、倹約のため禁止令が出されており、許されていたのは佃の念仏踊りだけ、と説明。このへんの話が、小満んならでは。
 それでも夜になると女の子たちが通りを歩きながら「盆々唄」を歌う風習があった。
 志ん生版を元にすると、次のような歌詞。
 ♪ぼん、ぼん、盆の十三日。
  江戸一番は八丁堀。
 (*志ん生は、十三日ではなく十六日、「江戸一番の踊りは~」としていた)
 八丁堀の近所の子供、はなちゃん、ゆきちゃんは、こう歌うのだが、おひろは、八丁堀ではなく、江戸一番は「相生町」と歌った。
 源兵衛さんが、「はっ」とする場面。「きっと、相生町に親の家があるんだ」と察する。
 可愛いおひろを手放すのは辛いが、おひろの実の親の辛さを思うと・・・やはり、おひろを返すべきだと決心。
 まず神田の相生町を探すが、それらしい家はない。そこで、本所の相生町へ。髪結床へ行って迷子の事を客に尋ねる。ここで、へぼ将棋をうっている連中のやりとりに『浮世床』のような楽しさを挟む。
 ようやく材木問屋伏見屋(志ん生では越前屋)で、去年十月に迷子騒ぎがあったと分かった。
 伏見屋の主人(祖父)が、おひろにそっくりなので、間違いないと思った源兵衛さん、いきさつを話すと伏見屋も大喜び。おひろの本名はおたまだった。ここまで慣れ親しんだ源兵衛夫婦と離れるのはおたまが可哀想と伏見屋の離れに夫婦を住まわせた。その後、斜交いの家が空いたのでそこで源兵衛夫婦に小間物屋を開かせた、メデタシメデタシというお噺。
 小満んは、志ん生と同様に床屋での滑稽なやりとりを挟んでいたのだが、この場面を入れるべきかどうかは、結構悩ましい。人情噺として通すなら、ここはあっさり、という演出もあり得る。
 立川談四楼のこの噺が評価が高いようだが、未見。一度聴いてみたいものだ。
 
 ここで仲入り。外で一服してからロビーへ戻ると、佐平次さんとI女史が立ち話中。I女史、『小満んのご馳走』購入されたとのこと。私が「あくび指南は誰に教わったんでしたっけ?」と二人にお聞きするとお二人も聞き取れなかったらしい。小満ん師匠の奥さんに佐平次さんが尋ねると、田村さんが「小円朝師匠です」とのこと。モニターがすぐ近くなので、はっきり聞こえたのか、あるいは、事前にご存知だったのか。その答えが嬉しくて、私も本を買ったのであった。
 その後、会場へ戻り、三席目だ。

柳家小満ん『三十石』 (38分 *~20:28)
 昔の旅の大変さを少しまくらでふって、すぐ本編へ。
 初代文枝が、それまでの前座噺を大ネタに仕立て直したと言われる上方を代表する噺。文枝が再構成した東の旅シリーズの締めくくりとなる噺で、『三十石夢の通い路』とも言う。
 先日、夢丸の国立演芸場の真打昇進披露の会で、小南治が短縮版をかけたが、彼は小南の弟子なので不思議はないが、東京の噺家さんで演じる人は限られている。
 小満んは、いったい誰に稽古してもらったのかな。東京へは名人と言われた四代目橘家圓喬が伝えたらしい。圓喬の高座を聴いたことのある圓生は、より磨き上げるために、五代目松鶴に稽古をしてもらったと言われる。その圓生に小満はは稽古をつけてもらったのだろうか、などと思いながら聴いていた。
 東京版なので、江戸からの二人組が伏見から三十石に乗る、という設定。
 伏見から大阪に下る船は、到着時間が早すぎないように調整するので、一番船、二番船、三番船も、ほぼ同じような時間に着いたと説明。そうなんだ。
 人形屋での店員とのやりとりは割愛し、「子どもの疱瘡に効くという‘寝牛’が三百文、そんな‘ねうし’はねぇ」というお決まりの洒落を、回想として語らせた。
 二人は船宿寺田屋の浜へ。あの坂本龍馬がよく利用した、寺田屋である。
 主人が喋りまくる場面が、楽しかった。
 帳面を付ける番頭に、客が偽名を語る件の後、宿の高等戦術(?)で、まだ蒸れていない飯と熱々の汁を食事に出し「舟が出るぞー」の声。これ、慌てて食事をとらずに船に乗った客が、なかなか船が出ないと、今の時代なら訴訟ネタになるんじゃなかろうか(^^)
 船上での‘なぞかけ’が一つのヤマ場。
 ・数の一をかけて→感心な寺の小坊主→辛抱(芯の棒)すれば住持(十の字)になる
 ・いろはの「い」とかけて→茶の湯のお釜→「炉(ろ)」の上にある
 ・「いろはにほへと」とかけて→花盛り→散にぬる前
 なんてやりとりで会場も大いに沸いた。
 枚方・鍵屋浦の「くらわんか船」とのやりとりなども結構だったのだが、そういった船の上での情景の合間に挟まれた「舟唄」が頗る良かった。

 小満んが渋い声で披露した節は、次の四つだった(はず)。

♪やれ~ お月さんでもな~ 博打をな~さるよ~ 
  雲の間(あい)から長寺て~ら~と~よぉ~ィ やれさよいよいよ~い
♪やれ~ ここはどこじゃとな 船頭衆に問ぉ~えばよ
  ここは枚方な 鍵屋浦よ やれさよいよいよ~い
♪やれ~ 鍵屋浦には 碇はいらぬ 
  三味や太鼓で 船止める やれさよいよいよ~い
♪やれ~ 奈良の大仏さんをよ~ 横抱きに抱ぁ~いてよォ~ィ
  お乳飲ませた乳母さんはどんな大きな乳母さんか
  一度対面がしてみ~たい~よ~ぃ

 これらの舟唄が叙情に溢れている。
 そして、明け方、舟が大阪に近づくにつれ、朝もやの中から百姓家の屋根が見え始める中を船が通り過ぎる、その情景が目に浮かぶ。
 乗船客が白河夜船なので、悪い奴が盗みを働く。その男が陸に上がったが、船頭の機転で進路を逆にして「上り船」のように偽って、再びこの男を船に乗せて盗んだ金を取り戻すところでサゲ。
 サゲがやや唐突な印象がないでもないが、舟唄を挟み、三十石の旅の風情を見事に描く、東京の噺家さんではなかなか味わえない高座、今年のマイベスト十席候補としたい。

 ちなみに、かつてのサゲを興津要著『古典落語(続)』から、引用する。上り船と偽って盗人を乗せる場面から。
「おい、ひとり乗せてんか?」
「おう、上りじゃ」
 と、うまく乗せまして、首尾よく賊をつかまえました。
 聞いてみますと、盗まれたのは、京都の大仏前、こんにゃく屋の権兵衛と申します男で、五十両の金をとりもどし、
「これも船頭はんのとんちのおかげや」
 と、お礼として五両を船頭におくりました。
 盗人は苦労して三文にもならず、船頭が五両もうけましたので、権兵衛ごんにゃく船頭が利。
 巻末の解説で、次のように補足があった。
大正時代ごろまでもちいられた「権兵衛ごんにゃくしんどがり」ということわざの地口で、このことわざは、骨折り損のくたびれもうけの意味だった。
 ネットで調べたところ、京の蒟蒻屋の権兵衛が、他より大きい蒟蒻を作って、同じ値段で売ったところ大いに売れたけど、利益はまったくなく骨折り損に終わったという話に由来しているようだ。
 たしかに、今では、この地口の可笑しさが分からないよねぇ。
 私が持っている上方の噺家さんの音源では、五代目文枝も枝雀も、このサゲは使っていない。
 文枝版は、三条から始まる喜六と清八二人の会話が実に楽しい。船頭の強面ぶりが印象的だ。舟歌も、渋い声で聴かせる。
 そして、枝雀。マクラでリニアモーターカーの話で盛り上がるとはいえ、50分を越える長講。伏見から始まるが、冒頭の人形屋と二人のやりとりや、番頭の帳面づけでの偽名シリーズもめちゃ可笑しい。「もう一人、お女中さんを乗せてくれ」という船頭の要求で、かってに若い女だと妄想する男が、なんとも可笑しい。舟唄も、なかなか良いのだ。
 私の持っている音源では、文枝も枝雀も、舟歌を聞かせて、枚方でサゲている。
 盗人は登場しないし、だから権兵衛ごんにゃくも登場しないのだ。
 そういう意味では、圓喬から圓生が継いできた東京版の噺が、本来のサゲに接近している、ともいえなくはない。
 しかし、文枝や枝雀の上方版は、はめものも入るし、枝雀の場合は、舟歌の合いの手もある。本来は、上方噺だなぁ、とは思う。だからこそ、小満ん、はめものもない状況で、東京版としての通しでの高座、価値があるのだと思う。


 さて、終演後は佐平次さん、I女史と、いつものお店で居残り会。
 ‘こち’や‘だるま烏賊’の刺身良し、くさやも絶品、そしてステーキまで、すべて良し。もちろん、落語を含む話題も美味しい肴となって徳利がどんどん空くが、小満の会は、お開きの時間が早いので、帰宅は日付変更線を越えることはなかったのであった。


Commented by saheizi-inokori at 2015-07-22 22:32
相撲や将棋・囲碁をみての欠伸の使い分けなんて見たいものでした、ふあ~あ^^。
Commented by ほめ・く at 2015-07-23 06:17 x
小満んの『三十石』、盗人から金を取り戻すところまで演じるのは東京の高座では珍しいですね。私は迷った挙句、前日の国立の今松に行ってしまいました。
圓生版は3枚持っていますが、いずれも枚方で終えています。出来が良いのは1枚だけで、それだけこの噺が難しいのでしょう。上方の方は松鶴、米朝、枝雀(2枚)、枝雀-米朝のリレー版を持っています。米朝版だけはフルバージョンで、二人が東山方面から京都に入ってくる所から始めていて、ここがちょっとした京都名所案内になっています。最後の盗人の場面まで演じていますが、サゲは付けていません。比較するとやはり米朝版がベストだと思いますが、爆笑編なら枝雀、舟歌だけは圓生が最高でしょうか。
Commented by hajime at 2015-07-23 11:01 x
暖かい会であることが良く判りますね。入りがもうひとつなのが惜しいですが、満員になれば、それはそれで雰囲気が変わる可能性もありますね。満員に若干空席があるくらいがベストでしょうか?

「三十石」は高校生の頃に買った「圓生十八番」というテープで初めて聴きました。その解説で榎本先生が下げのことを書いていましたが、その中で米朝師がこの噺を教わった時には船頭の下げはもう使われていなかったそうです。
別な下げで、ろくろっ首の下げ「薬を飲むと長く苦く感じる」について書かれていました。この頃は上方ではこのサゲで演じる方がいたそうです。もうそれも昔の話ですね(^^)
Commented by kogotokoubei at 2015-07-23 12:44
>佐平次さんへ

そうそう、季節の欠伸以外にも、いろいろありそうですね。
猫が伸びをして欠伸をしているのを見て、サンチがつられて欠伸をするのを見ている佐平次さんも・・・なんてのもあるかな(^^)
いつもながら、実に人の温もりを感じる暖かな会でした。
Commented by kogotokoubei at 2015-07-23 12:50
>ほめ・くさんへ

 残念ながら米朝版を持っていないのですよ。そのうち聴くつもりです。
「権兵衛ごんにゃくしんどがり」をマクラで仕込んでおく、ということも考えられなくはないですが、上方でも誰もそういう演出はしていないようですね。
小満んの舟唄、良かったですよ。
しかし、後で枝雀の舟唄を聴いて、まるで自分も船に乗って揺れているような心持になりました。
流石です。
Commented by kogotokoubei at 2015-07-23 12:55
>hajimeさんへ

なるほど、さすが、榎本さん!
たしかに、無理に地口のサゲを使うより、舟唄を聴かせて、「三十石、夢の通い路でございます」で締めるのは、綺麗ではありますが、昔のサゲをみすみす葬るのは惜しい。
小満んは、そんな思いもあって、新しいサゲに挑戦しているような気もします。
この会、あと二~三十人入ると、ちょうど良い雰囲気になると思います。
遠いですが、そのうちぜひ!
Commented by 彗風月 at 2015-07-23 16:30 x
末廣亭の昼トリで圓彌師の三十石を聴いたことがあります。圓生仕込みの本筋に、踊りの素養が相俟って、なんとも美しい高座だったという印象が残っています。あの人も唄が良かったなー。私はあの幻の噺家を贔屓にしていたのですが、よーし、追いかけるぞ、と思ううちに夭折されたのが何とも残念でした。
Commented by kogotokoubei at 2015-07-23 17:23
> 彗風月さんへ

圓彌師匠といえば、‘幻の九代目柳枝’ですね。
八代目柳枝に入門しましたが、翌年に師匠が亡くなってしまい、圓窓師と一緒に圓生門下。圓生没後には落語協会に戻っていますね。
九代目柳枝襲名の話があったと聞いていますが、なぜか実らずだったようで、残念です。
私は生の高座に接することが出来なかったので、実に残念です。
東京の噺家さんでは市馬も『三十石』を演るそうですが、未見です。彼の得意な表情での舟唄が想像できます。
あえて聴きたいとは思いません。協会会長としての、職責を全うしているとは思えないので、市ちゃんはしばらく聴きません。
Commented by at 2015-07-24 07:15 x
山藤画伯が志ん朝を「客を江戸の世界に誘ってくれる」と評していましたが、小満んにもあてはめると思います。
けっこう素っ気なく語り始めるんですが、そのうちに聴き入ってしまう。

談志の影響なのか、時事問題を絡めたがる若手が多い中、
小満んは話芸自体で聞かせる稀有な存在です。

Commented by kogotokoubei at 2015-07-24 08:40
>福さんへ

まったくおっしゃる通りです。
高座に江戸の長屋や、浅草の雑踏、朝もやに包まれる大阪の風景などが浮かび上がるのです。

時事的なマクラも、噺家さん次第で、似合わない若手や中堅どころが力みすぎても粋じゃないですね。
本来は、噺に応じたマクラをふって欲しいと思います。
そういう意味で、俳句、川柳、歴史に関する造詣など、小満んの引出しの多さ、懐の深さを、他の噺家さんへ学ぶべきでしょう。

そうそう、古今亭始のブログを読んだら、彼は『あくび指南』の勉強に来ていたようです。終演後は鰻をご馳走になったとのこと。さすが、小満んです。
あぁ、今日は土用の丑の日ですか。私が、年に一日か二日、その日は鰻を食べない、と決めた日です(^^)
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by kogotokoubei | 2015-07-22 21:33 | 寄席・落語会 | Comments(10)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛