「花燃ゆ」は、もう見ません。
2015年 05月 18日
よって、あのドラマの小言を書くのも、これで最後としたい。
幕末の長州には、歴史好きには興味のある人物や出来事が満載のはずなのだが、本来は脇役として光るはずの人物を主役としている無理な構成で、そろそろ見る側も限界を迎えつつある。
すでに、何度か書いてきたが、あのドラマの大きな問題は、本来脇役であるべき文を主役とするためなのであろう、重要人物の存在をなくしてしまい、その役割を文に押し付けたことによる、歴史の捏造である。
その背景には、首相の出身地を舞台にし、最近の傾向である女性を主役として、いわゆるイケメン俳優を多数出演させて若者向けの構成にし視聴率を稼ごう、という会長をはじめとする関係者の思惑がチラチラする。
文を主役として活躍させるための無理、もっと言えば‘嘘’が重なり、「それはないだろう!?」という展開や場面が続出する。
歴史ドラマや時代劇ファンには、とても見るに堪えない内容が続くので、大河を楽しみにしていた固定客が減るのは、当然だ。
歴史捏造の度合いとしては、過去にこれほどひどい大河はなかったと思う。
あのドラマから消された大事な人が少なくとも二人いることを、以前書いた。
一人は、杉家の長女である杉千代。1月13日のブログで書いた。
2015年1月13日のブログ
もう一人は、中谷正亮である。3月11日の記事をご参照のほどを。
2015年3月11日のブログ
松陰と年齢が近く、仲も良かった妹は、千代である。それは、ブログで紹介した千代へのインタビューの内容からも、よく分かることだ。
あの記事でも引用した「吉田松陰.com」から、千代の言葉の一部を再度紹介する。
吉田松陰.comの該当ページ
影が形に添うように、松陰は長兄・梅太郎にしたがい、梅太郎の言いつけに逆らうようなことなどありませんでした。梅太郎は、松陰より二歳上で、私は、松陰より、二歳下です。そういうことで、歳があまり離れていないせいでしょうか、兄弟のなかでも、私たち三人は、とくに仲がよかったのです。兄・松陰も亡くなる前は、三人がたがいに語り合い、励まし合った幼少のころの思い出を、しばしば手紙に書いてくれたものでしたご本人が語っているように、兄の梅太郎が松陰の二歳上、千代は松陰の二歳下、文は松陰から一回り以上十三も年下なのである。あの当時の家族のあり方を察すると、文が松陰に食ってかかるようなドラマの演出には、無理がある。兄を支え、妹たちの面倒を見ていたのは、長女の千代の役割であったと考えるのが自然なのだが、その長女がドラマには登場しない。
もう一人、消された人物が、中谷正亮だ。
松下村塾に久坂玄瑞や高杉晋作などの優秀な人材を集めることにもっとも貢献したのが中谷正亮であり、文ではない。
また、久坂玄瑞と文との結婚には、中谷が重要な役割を果たしている。松陰にとって中谷は、江戸へも一緒に遊学し、なんでも話せる友人であった。松陰亡き後に、門下生のまとめ役でもあった。松陰と松下村塾を語る上で、この人をはずすことはできない。
3月に中谷正亮のことを書いた時、萩市観光協会公式サイト「ぶらり萩あるき」から中谷について書かれた部分を引用したのだが、なぜか、そのページが今はなくなっている。
「花燃ゆ」に合わせて、萩市もNHKに迎合しているのかもしれない。
もしそうなら、まったくの悪循環だよね・・・・・・。
今後、長州藩では、長井雅楽(うた)が提唱する公武合体策「航海遠略策」を巡って、賛成派と反対派で紛糾するが、中谷は、久坂ら同じ松下村塾門下生と一緒に同策を潰そうとする重要人物。しかし、このドラマに中谷は登場しない。
番組関係者は、中谷正亮がもうしばらくすると、文久2(1862)年閏8月8日に江戸で病死することになるので、早く時計を回したいかもしれない。
しかし、千代は、そうかいかない。
千代は親戚の児玉祐之の妻となり児玉芳子と名を替えるが、文(楫取美和子)が亡くなった大正10(1921)年の三年後、大正13(1924)に93歳での大往生なのだ。
実際は、千代と文が昔を振り返っての会話がたくさんあったはずなのに、この先、あのドラマにおいて二人が兄松陰の想い出話を語り合う場面は、残念ながら登場しない。
最後だから、配役についても、小言。
徳川(一橋)慶喜と薩摩の島津久光の役を、‘どぶろっく’なるお笑いコンビの二人が演じるらしい。幕末から明治に至る歴史の転換場面で、どちらも重要な役割を担う人物だ。
このキャスティング、大いに疑問だ。
幕末ホームドラマ、幕末学園ドラマ、などという‘軽い’ノリでドラマを構成して失敗しているのだが、このキャスティングも、なんとも‘軽い’と思わざるを得ない。
ちなみに1998年の大河『徳川慶喜』(原作は司馬遼太郎『最後の将軍 徳川慶喜』)では、本木雅弘が慶喜、久光を江守徹が演じた。
ギャラを安く上げたいだけか・・・・・・。
ギャラの高い役者さんではなくても、‘一発芸’のお笑いコンビなどより、まだ、噺家さんの方がマシだと思う。
少し古くなるが、『坂の上の雲』には、菊六時代の文菊が寄席の噺家として登場したり、喬太郎が松山の警察署長役で出演したが、なかなかの演技だった。旧松山藩徒歩組頭として出演した笑福亭松之助は、噺家と言うより立派な役者さんである。
また、先週15日の土曜日に終了したNHK土曜ドラマ「64(ろくよん)」に、D県警本部長として古今亭菊之丞が登場したのには驚いたが、結構はまっていた。出演したのが、奥さんの力かどうかは、知らない^^
噺家は、高座で何役もこなす役者としての側面がある。だから、相応の実力のある噺家さんは、役者としての基礎的能力を持っていると、私は思う。
しかし、今回「花燃ゆ」が選んだ慶喜役と久光役には、いったいどんな選考理由があったのだろう。お笑いになる前は役者志望でした、くらいでは、これまでのNHKなら選ばないはずなのだが・・・・・・。
そんなこんなで、何度か書いてきた「花燃ゆ」への小言シリーズは、これにてお開き。
しかし、松陰や玄瑞、晋作などのことは、今後も書くつもり。歴史が好きだから、本の紹介などとして、書くことになると思う。
最後に。
以前、下関の出身で、『吉田松陰の恋』や『花冠の志士 久坂玄瑞』など幕末長州関係の著作が多い直木賞作家の古川薫が、文を「一人静」の花に譬えていたことを、文藝春秋「本の話」というwebサイトから紹介した。
2015年1月7日のブログ
その文章の一部を、再度引用したい。
松陰の三姉妹のなかでは、長女の千代が武家の女の典型を見せている。叔父の玉木文之進が萩の乱に身内の者が参加したことの責任を感じて切腹したとき介錯したとも伝えられる女丈夫だった。次女の寿子も積極的な気性だったというが、末の文に関しては逸話らしいこともふくめて資料といえるものは何ひとつ遺していない。
文がテレビドラマのヒロインになると聞いて、筆者などは意外というより、ふと「あの人はそっとしてあげたい」と思ったりしたものだった。
文女は花にたとえれば「一人静」(早春、白色の細花穂を、1~2本つける=広辞苑)というところか。安政大獄で処刑された兄吉田松陰、京都で討死した夫の久坂玄瑞をはじめ、疾風怒涛の世を駆ける激徒の群れにとりまかれて、文は平然とたたずんでいる。
綿密な史料の調査で定評のある作家古川薫の文への思いが、「そっとしてあげたい」人なのだ。そんな人に、他の人たちの業績まで押し付けて頑張らせているのが、あのドラマなのだ。
以前も書いたが、視聴率低迷は、主演女優の責任ではない。「一人静」であるはずの文に、幕末青春ドラマのヒロイン役という無理な人物造形を強いられている彼女は、被害者である。彼女が頑張れば頑張るほど、「それはないでしょ!?」と視聴者が思うのは、彼女の演技力の問題ではなく、脚本家や演出家、プロデューサーなど制作関係者の責任だ。
これまで、あのドラマを観ながら「それはないだろ!」「ありえない!」などとわめきながら一杯やっている私を、連れ合いは実に迷惑そうに見ていた。「だったら、見なけりゃいいでしょ!」と何度言われたことか・・・・・・。
だから、我が家の今後日曜の夜八時台の私は、‘一人静か’にすることができそうだ。
オソマツなサゲにて、失礼しました。
