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噺の話

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米朝落語を知るための貴重な本-小佐田定雄著『米朝らくごの舞台裏』

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小佐田定雄著『米朝らくごの舞台裏』(ちくま新書)

 何冊もの著作のある上方落語の語り部であり、『幽霊の辻』などの作者としても有名な著者が、一昨年発行した『枝雀らくごの舞台裏』に続き、その師匠の‘舞台裏’について、本を書いた。
 その「あとがき」を執筆中に、訃報に接したと書いている。
 たしかに、4月25日の発行だから、3月19日の訃報のあとから書いていたのでは間に合わないだろう。

 全270頁のうちの250頁が「第一章 米朝精選40席」。
 昭和41(1966)年から京都東山区の安井金毘羅宮の境内にある安井金毘羅会館で始まった「米朝落語研究会」の座談会や反省会の内容、毎日放送の「特選!!米朝落語全集」の「こぼれ話」で知り得た逸話、雑誌「落語」のインタービューの内容などを交え、米朝落語のネタ40席ごとに、得難い情報が提供されている。
 また、短いながら「第二章 活字と音と映像と」では、タイトル通りで、レコード、カセッテテープ時代を含む、さまざまなライブラリーの紹介になっている。

 「精選40席」を、並べてみる。
足上がり/愛宕山/池田の猪買い/一文笛/稲荷俥/馬の田楽/親子茶屋/怪談市川堤/景清/かわり目/胆つぶし/くしゃみ講釈/けんげしゃ茶屋/高津の富/小倉船/仔猫/こぶ弁慶/堺飛脚/算段の平兵衛/鹿政談/地獄八景亡者戯/しまつの極意/除夜の雪/疝気の虫/代書/たちぎれ線香/茶漬間男/つる/天狗さし/天狗裁き/動物園/ぬけ雀/猫の忠信/はてなの茶碗/百年目/坊主茶屋/本能寺/まめだ/らくだ/禍は下

 私の勉強不足もあるが、結構珍しいネタも含まれているように思う。もちろん、米朝を語る上で欠かせない噺は、ほぼ網羅されていると言える。

 いくつかのネタに関して、著者でしか書けそうにない、そして、落語愛好家にとっては貴重な話を紹介したい。

 まず、『代書』より。

『代書』は米朝の師匠であった四代目桂米團治の作品。落語愛好家の方はご存知のように、この噺は、現在の三代目春團治が十八番にしてから、米朝はかけなくなった、と言われている。
 そうなった次のようないきさつについては、本書で初めて知った。


 米朝師は米團治師から稽古してもらわずに勝手に演ったのだが、後に聞いてもらってOKをちょうだいし、新人のころから得意にしてよく演じておられた。近年の『代書』というと、三代目春團治師と門人の枝雀さんが有名であるが、いずれも米朝師から伝えられている。米朝師が66年に初めて出したレコード花形落語競演集に収められているのが『代書』で、この盤ではタイトルは『代書屋』となっている。
 春團治師が前名の福團治から春團治を襲名したのは1959年3月。まだ二十九歳であった。襲名直前のこと、いっしょに酒を飲む機会のあった米朝師は、酔った勢いもあって福團治時代の春團治師に、
「福さん。あんた、今のネタ数で春團治を継いでええと思うてんのか」と意見したのだそうだ。福團治は、その場は黙って聞いていた。その翌朝、米朝師が自宅で目を覚ますと枕元に誰かが座っているので、驚いて飛び起きると福團治師が座っていたそうだ。
「なんや。来てたんやったら、起こしてくれたらええのに」
「いや、寝てるのん起こしたら悪い思うてな」
「なんやねん?」
 ゆうべネタ数が少ないということを言われてむかついたけど、よう考えてみたら言うてもろうたとおりやと思う」
「わし、そんなこと言うたか?」
「おぼえてへんのか!今日来たというのは、ネタを付けてもらおと思うてお願いに来たんや」と一升瓶を差し出したのだそうである。
 その心意気に打たれた米朝師は、この『代書』と『親子茶屋』、『皿屋敷』、『しまつの極意』などを教えたという。この中で『代書』、『親子茶屋』、『皿屋敷』は春團治師の十八番として完成品となった。そして、春團治師が演じるようになると同時に、米朝師はこれらのネタをあまり高座にかけなくなった。『皿屋敷』と『親子茶屋』はたまに演じることもあったが、私が米朝師の『代書』に出会うには1973年10月13日に大阪の朝日生命ホールで開かれた独演会の高座まで待たなくてはいけなかった。

 米朝は大正15年生まれで、昭和5年生まれの春團治より五歳年上。
 戦後の上方落語が存亡の危機にあった時期、一緒に切磋琢磨してきた仲間同士だからこそ、米朝も酒の勢いを借りて、思ったままのことを言ったのだろうし、その場ではムッとしたであろう春團治も、きっと父親から大きな名跡を継ぐにあたって米朝が指摘するようにネタ数が少なすぎることを感じていて、きっと眠らないまま米朝の家に向かったのだろう。

 この二人に関するWikipediaには、どちらにも、次の写真が掲載されていたので、拝借した。
Wikipedia三代目桂米朝
Wikipedia三代目桂春團治


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 昭和22(1947)年から昭和25(1950)年頃の撮影とのこと。
 若いねぇ、二人とも。


 『はてなの茶碗』には、ネタとは直接関係がないが、こんな逸話も紹介されている。

 米朝師は日本の古典だけでなく、中国文学にも薀蓄が深かった。SF作家の小松左京先生とお酒を飲むと、いつの間にか漢詩の話になり、突然、
「渭城の朝雨軽塵をうるおす」などと朗詠を始められる。それも、われわれが知っている有名なくだりだけでなく、かなり難しい詩でも全編暗記しておられる。
「師匠も小松先生も、よくおぼえてはりますねえ」と感心すると、
「わしらは学校で漢詩を習う時、音読したんや。声に出して憶えたもんは忘れんもんや」
 小松先生がテレビ局のロケで中国を訪れたときのこと、渭水を目の前にして、
「これが、太公望が釣りをしていた、漢詩で有名な渭水や!」と感動したのに、周りの若いスタッフは誰も漢詩を知らないので全く反応がない。しびれを切らした小松先生は、
「ここへ米朝(べー)やんを呼べ!」と絶叫したそうである。

 米朝が朗詠したのは王維の詩だが、こんな逸話を知ると、英語教育に力を入れようとする今日の風潮と、かつて漢詩を音読していた教育と、さてどちらが大事なのか、と思わざるを得ない。
 実は、私がこうやって読んだ本の内容をブログに書くのは、自分の気に入った部分を忘れないためでもあったりする。
 初等教育でもっとも重要なのは、やはり「読み、書き、算盤」であり、漢詩の音読なども大切だと、私は思うなぁ。
 英語という道具を上手く使えるようになる目的は、あくまで何かを伝えるため、あるいは相手を理解するためなのであって、伝えるべきその中身が空っぽでは、どうしようもない。
 
 話がそれかけているので、噺に戻ろう。

 ネタに関して、『つる』から、師匠米團治からの貴重な言葉とともにご紹介。


 米朝師の師匠である四代目米團治師がよく演じていたネタは、
 高津の富・胴斬り・親子茶屋・蛇含草・皿屋敷・つる・小倉船・代書・背虫茶屋などで、その他、旅ネタもよく演じていたという。中でも『つる』はなにかと言うとやりたがって、常々、
「この噺は落語のエッセンスやで。短い中に話術のほとんどすべてのテクニックがそろっている。説いて聞かせる、軽く流す、かぶせる、はずす、戸惑う、運ぶ、強く押し出す、気を変える・・・・・・。これにないのは地の文だけや」と評していた。それだけに、弟子の米朝師も勉強会で若手が演じるとかなり細かい点までチェックを入れられていた。
 例えば、主人公が甚兵衛さんの家を訪れて「陽気に上がんなはれ」と言われて掛け声をかけて勢いよく座敷に飛び上がるシーンで創元社の『米朝落語全集』では、
「やっとこらさのどっこいしょっと!さあ、殺すなら殺せ」となっている台詞についても、
「ほんまは、それで一つの成句になっているんやから『殺さば殺せ』のほうがええ」とおっしゃっていて、現に特選に収められている高座では「殺さば殺せ」になっていた。
 甚兵衛さんに「おまはんらの訊くようなことで、返答に苦しむことはない」と言われた主人公が発する「南京虫は脚気患うか?」という不思議な質問についても、
「昔は、こういうとんでもない質問が実におもしろかいクスグリやったんやろな。今やったら『ゴキブリは花粉症患うか?』ぐらいのことを言わなあかんかなあ」とおっしゃっておられた。

 この噺に関する師匠米團治の言葉には、少し驚くとともに、なるほど、と感じ入った。
 それだけ、『つる』というネタは、易しそうでいて、難しい噺だと思う。
 このネタと米朝、となると、どうしても桂枝雀生誕70年記念落語会を思い出す。
 2009年12月4日、新百合ヶ丘の麻生市民館。
 三代目(春團治)の十八番の一つ『祝い熨斗』を堪能し、映像による枝雀の『つる』に笑いながら涙し、座談会で、私は最初で最後の米朝の姿を見た。
2009年12月4日のブログ

 最初の『足上がり』から始まり、師匠であった四代目米團治に関する内容も豊富。
 結構、そのあたりは、著者が意識していたような、そんな気もする。米朝から伝え聞いた、四代目米團治の記録も遺しておきたい、という思いもあっただろう。

 この本、著者は、もちろん亡くなる前に、直接ご本人に渡したかったのだろうと思う。
 結果として、追悼記念のようになったが、師匠米團治から米朝を経て、数多くの弟子たちに伝わる米朝落語について、さまざまな逸話や裏話を交えて書かれた本は、読みながら、ところどころで目頭が熱くなった。

 上方落語ファンのみならず、幅広い落語愛好家の皆さんにお奨めの一冊です。


Commented at 2015-05-05 07:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kogotokoubei at 2015-05-05 08:36
>鍵コメさんへ

誤字のご指摘ありがとうございます。
修正いたしました。
最近は、とにかく間違いが多くて申し訳ありません。
とても、「つる」の甚兵衛さんのようにはなれません。
Commented by myon at 2015-05-05 10:07 x
おはようございます。
本書を取り上げて頂いたこと、関西人としてとても嬉しいです。
私も連休中の楽しみにと、ゆっくりと読み進めています。
春団治師のエピソード、既知のものではありましたがいい話ですね。

Commented by kogotokoubei at 2015-05-05 10:43
>myonさんへ

コメントありがとうございます。
どこを取り上げようか迷うほど、得難い情報や、逸話がたくさん詰まっていますね。
今後も上方落語のネタなどについて、度々この本をめくることになると思います。
座右の書が、また増えました。
Commented by hoshi-ake at 2015-05-05 14:25
久々にお邪魔します。
この本は買ってざっと走り読みしただけですが、「追悼本」の決定版が真っ先に出たことになりますね。
故吉朝師のCDに、独演会の『たちきり』(おそらく中入前)とトリの『つる』のカップリングという粋な盤がありますが、師はマクラで「師匠に『落語のエッセンス』『お前、つるを馬鹿にするなよ』と言われた。しょうもない噺ですけどね」と、独特のやり方で茶化しています。

ところで、敬愛する笑福亭生喬師の『つる』では、「南京虫・・・」のくすぐりを「油虫は乾燥肌になりまっか?」に変えていました。一度聴いただけなのに頭にこびり付いてしまいました。
(松喬一門の三喬・生喬は、米朝一門の枝雀・吉朝にちょうど該当すると勝手に思っています)
Commented by kogotokoubei at 2015-05-05 23:04
>hoshi-akeさんへ

もしかすると、かつての“明彦”さんですね。
間違っていたら、ごめんなさい。

そうですか。
やはり米朝は師匠米團治の言葉や精神を、しっかり弟子に伝えていたんですね。
今頃、天国では枝雀、吉朝と旨い酒を飲んでいるのでしょうね。

『つる』は、東京では白酒がずば抜けて良いと思います。
たしかに白酒は、米團治が指摘する勘どころを、しっかり押さえているように思います。

今夜は新宿末広亭に、落語芸術協会の真打昇進披露興行を聴きに行ってきました。
昇進する三人のうち一人の小柳が『つる』を演じました。まだ、あの噺の奥の深さを学ぶ必要があるでしょうが、それはしょうがないでしょう。
ちなみに、二代目夢丸が『宗論』、主任の小夢は『お見立て』でした。
詳しくは明日書きますが、なかなか良い披露興行だったと思います。
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by kogotokoubei | 2015-05-04 10:40 | 落語の本 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛