噺の話

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「花燃ゆ」では伝わらない、松陰から最後に晋作が授かったもの。


26日の「花燃ゆ」は、ついに松陰の最後の場面だった。

 処刑直前に一気呵成に書いた「留魂録」のことは少しふれられたが、松陰が書いている場面がほとんど描かれていなかったのは残念。
 また、最後の場面で「留魂録」が文の手元にある映像は、このドラマらしいが、やはり不自然。

 文のかたわらにあるのは、松陰が家族宛てに書いた「永訣の書」の方が相応しい。しかし、それも、長女の千代の手元にあるほうが、自然だろう。

 何度も書くが、その千代が、あのドラマには存在しない。やはり文を主役にする無理がある。
 

 伝馬町牢獄に松陰がいる場面で、松陰が二部作成した「留魂録」のうちの一部を預けた牢名主の沼崎吉五郎が登場する。彼は、松陰が、万が一「留魂録」が獄吏に取り上げられた場合の保険として、吉五郎に門下生に渡してくれという頼むのだ。吉五郎は明治になり遠島先の三宅島から帰ってから、当時の神奈川県令であった野村靖に渡している。吉五郎、島流しになる際も隠し通し、しっかり松陰との約束と守った律儀な男なのである。

 現在残っている「留魂録」は、この吉五郎が預かったもの。松陰処刑の後に門下生に届き、久坂たちが必死に筆写したもう一部は行方不明となっている。もしかしたら、文が隠し持ったか^^


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古川薫『吉田松陰-独り、志に生きる』(PHP文庫)
 

 昨日の放送で私がもっとも残念に思ったのは、伝馬町の松陰と高杉晋作との関係が深く描かれなかったことだ。

 長州出身の作家古川薫は、松陰や松下村塾、そして晋作、玄瑞に関して多くの著作があるが、その中に、PHP文庫『吉田松陰-独り、志に生きる』(1990年単行本、1993年に文庫化)がある。(残念ながら今では古書でしか入手できない)

 六つの章、全五十話の中の、「第四十八話 死生観の発見」を引用したい。
 第四十八話 死生観の発見

 獄中の松陰のために最もよく奔走したのは江戸遊学中の高杉晋作だった。彼は間部詮勝暗殺計画に参加しなかったことで、松陰から失望や怒りを並べた手紙をもらっていた。師にそむいたという罪の意識を抱く高杉は、せめて獄中の松陰のために、牢名主などへの賄賂に使う金の差し入れその他で走り回っているうち、藩政府ににらまれ帰国を命じられてしまった。松陰が処刑される直前のことである。
 それ以前、松陰は獄中から高杉に次のような手紙を送っている。松下村塾時代、高杉が松陰に「男子はどこで死すべきか」と質問したことがある。松陰は確答できなかったことを覚えていて、このときはじめて回答したのだが、それは死を目前にして悟り得た死生観だった。
 「今この獄中になって、死の一字につき発見したことがあるので、いつかの君の質問に答えておく。死は怖れるものではなく、憎むべきものでもない。生きて大業をなす見込みがあればいつまでも生きたらよい。死して不朽の見込みがあると思うなら、いつどこで死んでもよい。要するに死を度外視してなすべきをなすが大事だ」
 これは高杉晋作の生き方を決定する重要な示唆となった。「いさぎよく死ぬ」という武士の美学によって、逃げることを恥辱と心得る人々が幕末に多く、あたら人材が消えて行く例がめずらしくなかった。「神出鬼没」といわれる一方ではよく逃げもしたが、晋作は「犬死」を避けて「不朽の見込み」のある死場所をさがしていたともいえる。松陰の門下生の中で、師の遺志を最高に実現させたのは高杉晋作だが、その行動を支えたのは、処刑寸前の松陰からさずけられた死生観である。
 長州藩の藩論を討幕に確定させようとして苦闘した松陰の悲願は、晋作による功山寺決起によって達成されたのだが、それも「死して不朽の見込み」ありとして無謀とみられた挙兵の敢行がもたらした結果であった。死を目前にした松陰のひとことが、その愛弟子を通じて歴史を旋回させたのである。
 
 実に重要な場面が、処刑直前の松陰と晋作の間にあったことが、分かろうというものだ。
 伝馬町の牢獄から、江戸にいた高杉に送った松陰の手紙は、十三通におよぶと言われる。

 何度かご紹介している、「吉田松陰.com」の高杉晋作のページに、紹介した松陰からの手紙のことも説明されているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
吉田松陰.comの該当ページ
 あえて、偉そうに書くが、私が脚本家なら、小田村伊之助に小伝馬町の牢獄に行かせる、なんてありそうにない脚色ではなく、処刑直前まで江戸にいた晋作と松陰の関係を、もっと濃密に描くところだ。
 このへんも、文を主役にしたので、二番目の夫に活躍させようという狙いが見える。小田村は当時は明倫館や藩の仕事で忙しかったはずなのだが。
 
 文を主役にするのは今さら替えられないだろうが、できれば久坂や高杉については、歴史的に重要な場面を割愛せず、描いて欲しいと思う。
 文が出しゃばる無理な演出をするより、史実に沿って松陰と松下村塾の門下生の激動の人生を描いてこそ、その家族たちの物語も深みが増すのではなかろうか。

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Commented by saheizi-inokori at 2015-04-28 09:20
「神聖喜劇」にも松陰の死生観が引かれます。
テロリストもここまで腹が据わると凄いですね。
Commented by kogotokoubei at 2015-04-28 12:21
>佐平次さんへ

松陰という人は、いろんな顔を持っていると思います。
儒学者、軍学者、そしてテロリストとも言われるような側面。
ペリー艦隊に乗せてもらって海外を見聞しようとしたことでも分かるように、基本は開明的であり、まさにグローバルな視点から、日本という国の将来を案じていたのだと思います。
清と同じような欧米支配を防ぐことを、まず最重要に考えていたはずです。
そういった面が、あのドラマではどうしても希薄になるんですよね。と文句を言いながら、まだ見ている^^
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by kogotokoubei | 2015-04-27 20:57 | 歴史ドラマや時代劇 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛