ざま昼席落語会 入船亭扇遊・桂ひな太郎 ハーモニーホール座間 2月14日
2015年 02月 15日
正月恒例となった鯉昇・喜多八の二人会も豪華な顔ぶれだったが、その二人の睦会仲間である扇遊と、かつての古今亭志ん上、桂ひな太郎との組み合わせも、決して見劣りしないと楽しみにしていた。
相武台前駅近くで昼食をとり、一時少し過ぎに会場に着いたら、すでに三十人ほど並んでいる。私も外で一服してから並んだ。
先月が追加のパイプ椅子もびっしり並んで380名の過去最高の入りだったようだと聞いた。今回も、そこまではいかないにしても通常の席がほぼ埋まっていた。
次のような構成だった。
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(開口一番 柳亭市助『真田小僧』)
入船亭扇遊 『棒だら』
桂ひな太郎 『後見じいさん』
(仲入り)
桂ひな太郎 『締め込み』
入船亭扇遊 『鼠穴』
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柳亭市助『真田小僧』 (13分 *14:00~)
現在のレギュラー前座として板についてきた。高座内容も、なかなか堂に入ったもので、父親を言葉巧みにだます金坊が良い。たとえば、父親の留守中に母親を白い服を着てステッキを持った男(実は按摩)が訪ねてきて、男の手を引いて母親が部屋の中に引き入れ、金坊が遊びに出たふりをして戻ってきたら、開いていた障子が閉まっている。少しその障子を開けて、「中を覗いたらね、中を覗いたらね」「・・・」「二銭は、ここまで」、などのリズミカルな語り口で、会場から大いに笑いをとっていた。
入船亭扇遊『棒だら』 (23分)
今日は少しは暖かいなど天候のことから、共演のひな太郎とはよく飲む、と酒の小咄(にわとり上戸や薬上戸、親子の酔っ払いなど)につなげた約7分ほどのマクラから本編へ。
この噺は、当代ではさん喬の素晴らしさは定評のあるところだが、扇遊も大いに楽しませてくれた。薩摩の田舎侍が、料理屋の仲居から「声を聞かせてくださいな」と言われ、一瞬の間のあと口を開けて「ア~ァ、ア~ァ」と大きな声を出す場面なども、妙に可笑しい。その後、声とは歌か、とばかりに薩摩の田舎侍による①百舌のくちばし②十二ヶ月③利休、もしっかり。寄席で鍛えられた芸、という印象がした。二席目も大いに楽しみになった。
桂ひな太郎『後見じいさん』 (25分)
得意の「落語界の玉三郎・・・病み上がりの舟木一夫」から、「成年後見制度」を分かりやすく広めるための落語を披露していることを語り、その話題から自分のことになり、もうじき63歳であること、最近涙もろくなったこと、などとつないで本編へ。いったん、人権落語のことから離れたと思わせながら、高齢化にまつわる新作に持って行ったところが巧みだった。
さて、その噺。きよしは伯父さん(母親の兄)のところに、父が亡くなって一年たったが、母親が認知症になって困っていると相談に来た。
悪徳業者から、50万円の羽毛蒲団、80万円の化粧品、30万円の健康食品、15万円の鍋・ヤカン、そして、10万円の「悪徳業者に騙されない方法」というビデオを買わされている、という。
伯父さんが、近くに弁護士事務所があるから相談に行こう、ときよしを連れて行く。その弁護士が蕎麦打ちに凝っていて、さんざん蕎麦を食べさせられた後で、きよしが母親のことを相談すると、何件も被害があるならクーリングオフでは間に合わないから、成年後見制度と利用すべきだ、という筋書き。なるほど。サゲは、明かさないことにしよう。
結構、この噺は今日の高齢化社会において、有益に思う。他人事ではないかもしれない。
帰ってからネットで調べたら、ひな太郎のホームペ^−ジに、この新作落語をつくることになった由来について紹介されていたので、ご興味のある方はご覧のほどを。結構、この噺であちこり呼ばれて忙しくしているようだ。
桂ひな太郎のホームページの該当ページ
桂ひな太郎『締め込み』 (17分)
仲入り後に再登場。短いマクラからの高座、私は非常に楽しんだ。マヌケな泥棒が実にいい味を出していたし、夫婦の会話も楽しい。夫婦が泥棒がつくった荷をめぐって口論になる際の、かつて亭主が脅しまぎれに女房を口説いた際の逸話、他の噺家では「ウンか出刃(庖丁)か、うんデバか?」とやるが、大工なのでノミを使い、「うんかノミか、うんノミか?」というの初めて聴いたように思っていたが、後から志ん朝の音源を聴いたら、ノミだった。師匠譲りなのだ。
女房が、伊勢屋に来ていた時の亭主のドジぶりを、「自分の足場は切って落っこちるは、寸法はしょっちゅう間違えて親方に叱られるわ」・・・「本当はこの人、目が悪いのかと思っていたら、私に擦り寄ってきて、やっぱり目が悪いのかと思ったけど・・・」なども、リズムカルに叩き込む語りで笑わせる。
熱いお湯にたまらず床下から泥棒が飛び出た後の会話も楽しい。亭主が、「留さんじゃねぇのか」「えぇ、通りすがりの者です」も、間も良く妙に可笑しい。夫婦喧嘩のタネになっている荷を作ったことを泥棒が白状し、亭主から「おめぇさんが、こしらえた・・・どうして?」に答える「どーしてと聞かれても・・・」の“どーしてと”の科白でも会場に大きな笑い。通常のサゲの前で、泥棒が「これもご縁、またちょくちょく伺います」でサゲたが、短いながらもスピーディな楽しい会話による佳作と言ってよく、記録する意味も込めで、今年のマイベスト十席候補として残したい。やはり、この人は上手い。
入船亭扇遊『鼠穴』 (40分 *~16:12)
江戸の冬は火事が多い、火事好きの野次馬も多かった、と短いマクラをふって本編へ。このマクラで‘ならい’(冬に吹く西北の風)という言葉が出るあたりは、好きだなぁ。
この噺の肝腎な点は、聴き手が火事が夢であることを知っていても、その夢の中での物語をどれほど聴かせるか、ということだろうが、扇遊は流石だった。まず、竹次郎が起され、慌てて深川の家に帰り、目の前で蔵が焼け落ちる場面。最初に三番蔵から煙が出て、ガラガラと崩れる描写の迫力は、高座に火の粉が舞ったのではないかと思うほどの迫真の演技。次に二番蔵、そして一番蔵と焼け落ちた後の空虚感が漂う。そして、焼け跡から女房が夫婦巾着(このへんの小道具も好きだなァ)に残っていたわずかな金で掛け小屋から初めて、やはり、兄に元手を借りて店を出そう、と娘のよしを連れて出かける。
火事が心配だから帰ると言う弟を引きとめ、お前の家に何かあったら自分の身代をやる、と言っていた兄が、あれは「酒が言わしたこと」と冷たくあしらう。この後に、「落ちぶれて 袖に涙のかかるとき 人の心の奥ぞ知らるる」の歌を挟んでから、娘よしに、「これが鬼の顔だ」と言って兄の家を後にする。竹次郎の無念さ、辛さ、怒りなど複雑な心境を抑え目ながら見事な仕草、顔の表情で演じていた。
娘よしが吉原に身を沈めてつくった、せっかくの二十両を盗まれる場面も良かった。ぶつかってきたスリの大きな声、「危ねぇじゃないか」で一瞬に緊張感が高まり、体をぶつけられたために咳き込む竹。胸をなでていくうちに、懐にあった金がないことに気づいた時の落胆ぶり。このへんは、芝居を観るような印象だ。
夢と分かってから、内容を聴いた兄が、「あまりいい役じゃないなぁ」の一言で夢の話の緊張感を程よく溶かして笑いをとるあたりも、結構だった。
立川談志の音源も聴いているが、兄が悪い人、という造型に過ぎている気がしていた。十年ぶりにやって来た兄の店の番頭が、すぐに竹のことを分かった、ということからも、兄が弟のことをよく話題にしていたことが伺えるし、あの「三文」が、心を鬼にして渡したものだ、という言葉にも説得力がある。扇遊の兄の造型は、そんな人物像も良く表現していたように思う。サゲまでしっかりの高座、迷わず、今年のマイベスト十席候補としたい。
残念だったのは、『鼠穴』の最中、二度携帯が鳴ったことなのだが、高座そのものには何ら影響を感じさせなかったところも、流石だった。この会、以前より確実にお客さんが増えている。なかには、落語経験の浅い方も多いだろう。悪気はなくても、あれはまずい。帰り際、係りの方に、仲入り後にも携帯の注意をしてもらいたいと告げた。
相武台前駅に向かう道すがらも、ひな太郎の人権落語と『締め込み』の良さ、そして扇遊の二作、なかでもトリネタの素晴らしさの余韻に浸っていた。
200回を目前とした地域落語会。4月からは、前売り券が700円から800円、当日券が800円から900円、5枚つづりの回数券が一枚当たり600円から700円と各100円値上げするらしいが、それでも、この木戸銭である。この落語会での噺家さん達の熱演を考えると数倍の価値があると思っている。近所に住んでいることに感謝したい落語会だ。
