立春は、冬至から春分までの真ん中、いわば、寒さの底。
2015年 02月 04日
アナウンサーや気象予報士の人たち、その‘暦’のことをいったいどれほど知っているのかと、いつも不思議に思う。
2月4日は旧暦では12月16日、いきなり春になるはずもない。
「暦の上では、この日から、徐々に春めいてくる」と言うのが正しい。
気象庁のサイトにある、1981年から2010年まで30年間の月別気温(最高、平均、最低)を、10月から9月の軸でグラフ化すると、下のようになる。
気象庁サイトの該当ページ

グラフを見るまでもないかもしれないが、1月から2月にかけて寒さの底があるのは、一目瞭然。
天気予報で「平年より」というのは、「過去30年平均より」という意味。
昨年の冬至以降の二十四節気を新暦と旧暦の月日を入れて並べてみる。
二十四節気で見ても、立春は冬至から春分までの真ん中で、寒さの底、と言える。
冬至----小寒----大寒----立春----雨水----啓蟄----春分---〃----立夏
新暦 12/22 1/6 1/20 2/4 2/19 3/6 3/21 5/6
旧暦 11/1 11/16 12/1 12/16 1/1 1/16 2/2 3/18
昨年は、閏九月があったので、他の年に比べ旧暦の時期が遅い印象はある。
日照時間で四季を分けるなら、立春から立夏の前日までが春、ということになるが、旧暦で四季を分ける目安は、1月~3月が春、4月~6月が夏、7月~9月が秋、10月~12月が冬。
立春から春分までの間に吹く強い南風が春一番。
毎年春一番が吹けば、キャンディーズの歌を思い出す^^
立春は、二十四節気の一番目であり、雑節の八十八夜、二百十日、二百二十日の起点。四柱推命や風水などでは、節分までが前年で、立春をもって年があらたまると考えられている。おめでたい日、である。
さて、立春にちなむ俳句をご紹介。
門々の下駄の泥より春立ちぬ
信濃出身の小林一茶の句。
必ずしも立春の日の句ではなく、もっと春めいた頃の句だろうが、この心境はよく分かる。
私も生まれが北海道で、しばらく越後に住んだこともあるので、雪国信州柏原宿(現長野県上水内郡信濃町大字柏原)の住人であった一茶が抱く冬から春への思いは、共感できるのだ。
冬は雪に埋もれ、空が晴れることもなく、とにかく耐える季節。藁ぐつで雪道を歩くと、中まで雪が入って冷たかっただろう。
春になりかけて、ようやく下駄を履くことができる。門々に干されている下駄についた泥に春の訪れを感じる、という意味かと思うが、もしかしたら違うかもしれない。
実は一昨日の旧暦12月14日、外で一服しながら見事な月を眺め、忠臣蔵のことで何か書こうと思っていたが、一杯やりながらつい時間が過ぎ、結局日付変更線を越えたので、節分のことを書いた次第。
赤穂浪士が元禄十五年の十二月十四日を討ち入りに選んだ大きな理由は、本所の吉良邸で茶会があり、確実に上野介が家にいると分かったこと。そして、副次的な理由は、満月近い月の明かりを頼りにしたこと。
今日は月齢で満月。
一服しに外に出たら、雲間から見事な月だ。
立春で満月、おめでたいことが重なったと言える。
ぜひ、これから迎える春、そして、今年が平和で目出度いものであって欲しいと、月に願おう。
明日は雪が降るようだが、この冬最後の雪見と思えば、楽しくもある。
雪国の人の苦労に都会の人が思いを馳せる機会になれば、それも良いのではなかろうか。
相手の気持ちになって考える、ということが何事についても失われつつある時代である。
子供の頃(昭和です)、先代の圓楽がテレビで演っていたのを鮮明に覚えています。
しし十六なんて。
「弥次郎」は私も大好きです。
私がこのネタでイメージするのは、志ん生と扇橋。
扇橋の近況を聞きませんねぇ。
さて、そろそろ生落語への禁断症状(?)が出てきたので、明日あたりどこかへ行くつもりです。
