噺家であり曲独楽師であった、桂米八さんのご冥福を祈る。
2015年 01月 22日
訃報:桂米八さん58歳=落語家、曲独楽師
毎日新聞 2015年01月20日 23時19分(最終更新 01月21日 00時06分)
桂米八さん58歳(かつら・よねはち<本名・山本悦次=やまもと・えつじ>落語家、曲独楽師)20日、食道がんのため死去。通夜は22日午後7時、葬儀は23日午後0時半、大阪市北区天神橋4の6の39の公益社天神橋会館。喪主は長男貴大(たかひろ)さん。
兵庫県姫路市出身。1974年、桂米朝さんに入門した。伏見紫水さんから習い、上方で唯一、独楽(こま)を使った曲芸の曲独楽(きょくごま)を継承し、興行で活躍した。
私より若い。
ホームページを発見した。新聞より少し詳しいプロフィールが画像で掲載されていたので、内容を書き起こして紹介したい。
桂米八のホームページ
◇(1974年)昭和49年3月18日 三代目 桂米朝に入門 13番目の弟子。
◇(1977年)昭和52年11月29日 内弟子修業卒業。
◇内弟子卒業後、若手落語家の集団「ぐるうぷ寄席あつめ」に入り、
近畿各地にて地域寄席を開く。
◇(1984年)昭和59年 伏見紫水より古典曲独楽を習い始める。
◇(1999年)平成11年11日 日本国際交流基金を通じ、日本の伝統芸能の
紹介で、中南米4カ国(ニカラグア・ボリビア・チリ・キューバ)にて、
曲独楽・南京玉すだれの公演を行う。
◇(2005年)平成17年10月より、曲独楽教室の講座を、近鉄文化サロン
阿倍野校にて、毎月第2・4木曜日(15時から17時)に開いてます。
◇(2008年)平成20年8月31日 英語で、Apinning Toop(英語曲独楽)の
高座を始める。
少しネットで調べたら、天満天神繁昌亭のサイトにある、昨年9月まで実施していた動画配信サービス「ライブ繁昌亭」のページに、桂米八さんへのインタビューが載っていた。なぜ曲独楽師になったのか、その動機が明かされているので引用。
天満天神繁昌亭サイトの該当ページ
落語家になって10年目
曲独楽の世界に入門!
「この芸もな、上方で誰も継いでくれる人いいひんねん」
落語家になって10年目。僕が曲独楽を習い始めるきっかけとなった、曲独楽師・伏見紫水師匠の言葉です。この言葉を聞いた周囲の人たちから、「米八、ちょっとやってみたら?」と言われ、何度かやってみたんですよ。するとそのうち、ホンマに入門してみようかと考えまして、紫水師匠のところにお願いに上がりました。
すると紫水師匠が、「じゃあ、噺家辞めるんか?」と。僕は即座に「それは無理です!」と答えました。それで、米朝師匠の方に相談に行ったんです。米朝師匠も、結構こういう芸がお好きなほうだったんでしょうね。
「できるかできんかはわからんけど。習って悪いもんやなし、習ってもいいぞ。まあ、なかなかものにはならんやろうがな」と言ってくださったんです。それを紫水師匠に伝えると、「じゃあ、噺家のままでええから、習いにおいで」と言われ、この芸を習うことになったんです。
でも、その当時の周りの反応は、「米八、お前は落語家やのに何やってんねん」という反応(笑)。まあでもそれから、25年以上も続いてるんですからね(笑)。
このインタビューが2010年3月掲載なので、ほぼ5年前。だから、今年まで約30年、落語家と曲独楽師の兼業が続いていたのだろう。
私は、寄席が大好きで、落語のみならず色物も好きだ。
太神楽、曲独楽などの伝統的な芸能は、ぜひ今後も残って欲しいと思っている。
桂米八という方の高座も曲独楽の芸も未見のままだったが、紫水師匠から継承した曲独楽の後継者はいるのだろう。
曲独楽教室の指導をなさっていたらしい。
お嬢さんで女優の山本真由美さんが、ホームページの日記に次のように書かれていた。2013年1月3日の記事。
山本真由美さんの日記の該当記事
私の父は、落語家で、曲独楽をしています。
実は、昨年の夏。
父に食道癌が見つかりました。
当時私は舞台の本番中にその事実を知り、
偶然にもその時演じていたのは自分の父親が癌になるという娘役でした。
そのシンクロにも驚きましたが、
幸い父はその舞台を大阪公演で観にきてくれて、
ストーリーは伝えていなかったので、父の方が
その重なりに驚いていた様子でした。
その翌日から抗がん剤治療が始まりました。
父のすごいところは、
1ヶ月に2回やっている、曲独楽の教えを、
その治療中から一ヶ月後手術を無事終えて、
断食が45日続き、無事退院するまでの間、
一度も休んでいない、ということです。
そして12月のクリスマス前から、
父は舞台に復帰して、
お正月まで毎日本番を迎えました。
その、お正月最後のステージを、
観に行かせてもらいました。
何度も観ているステージですが、
いつもに増して、観ているこちらも緊張しました。
もちろんまだ完全に万全とはいえない身体で、
声もしっかりでない現状で、
やれる限りの精一杯の芸をやってみせる父に、
ただ成功しますように、手を握らずにはいれなかったのですが、
それでも途中はそんなことを忘れさせる瞬間に、
胸をなで下ろしました。
壮絶な病院生活から、今も闘っている父の姿に、
簡単な言葉は出てきませんでした。
山本真由美さんの日記ではコメントを受け付けていないので、無断で引用することになるが、お父さんのことを少しでも知っていただきたいので、ご容赦をいただきたい。
寄席で曲独楽を演じる弟子がいたかどうかは、不勉強で知らない。
しかし、闘病中でも休まなかった米八さんの教えを受けた弟子がいたことは、間違いない。
彼による、大事な遺産だと思う。
毎日新聞によると、今夜お通夜、明日が葬儀とのこと。
毎日新聞の該当記事
残念ながら生の芸に出会うことがなかった方だが、彼の足跡は、少しだけ分かった。
噺家であり曲独楽師でもあった稀有な芸人、桂米八さんのご冥福を祈りたい。
米八さんの曲独楽は、「米朝一門会」での楽しみでした。日本刀の切っ先に独楽を乗せたり、糸を渡して独楽の綱渡りを行ったり。毎回ハラハラしながら見ておりました。
「最近出演されないけど、どうされたんだろう」と思っていたら、訃報でした。米朝一門会の楽しみは、落語は勿論なのですが、一門の方達の余芸のすばらしさ。日舞で女舞を演ずる小米朝時代の米団治さんや「錦影絵」と呼ばれる日本のアニメを継承されていた南光さんや吉朝さん(現在は、吉坊さんとまん我さんが継承)。サンケイホールでのお盆興業は、長い時は5日連続の事もあり、さながら米朝一門の夏祭りでした。
その中でも米八さんの曲独楽を特に楽しみにしていました。軽妙なおしゃべりと細やかな芸は、見ている人を飽きさせませんでした。
あの独楽を見る事が出来ない事も残念ですが、どなたかが継承されているのか、それも心配です。芸は違いますが、宮川左近ショウのメンバーで同じく今年お亡くなりになった暁照夫師の三味線は、お弟子さん達が継承されている様です。暁氏の三味線は、同じく今年食道癌でお亡くなりになったギタリストの石田長生さんとのセッションは、すばらしいです。↓
https://www.youtube.com/watch?v=YBlxhtb3waE
落語「地獄八景」ではありませんが、冥土寄席ばかりが賑わってしまっています。
米朝一門、芸達者揃いで、その余芸も本職並みの方が多い、多かった、ということですね。
吉坊、まん我の高座に若いのにも関わらず芸の奥深さのようなものを感じるのは、錦影絵などの伝統を継承する経験が良い影響を与えているのではないでしょうか。
Youtube拝見しました。
お三方のジャムセッションは、エリック・クラプトンとB.B.キングもびっくりでしょう。
そうか、石田長生も亡くなったんですねぇ。
たしかに、冥土寄席は、とんでもない顔ぶれになっているでしょう。
