らくご街道 雲助五拾三次 -騙り- 日本橋劇場 12月1日
2014年 12月 02日
さて、今回のお題は「騙り(かたり)」。雲助も説明していたが、「たかり」ではない。
ネタ出しは『居残り佐平次』のみなので、あとの二席が何か予想していたが、一つは当たったものの、もう一席はハズレ。しかし、実に珍しい、そして旬の嬉しいネタを聴くことができた。
日本橋劇場の入りは、最終的には七割程度にはなっていたような気がする。固定ファンが多い。きっと、その中の多くの方は、私は行けないのだが、6日の浅草見番にも駆けつけられるのだろうなぁ。
次のような構成だった。
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(開口一番 桃月庵はまぐり『道灌』)
五街道雲助 『時そば』
五街道雲助 『姫かたり』
(仲入り)
五街道雲助 『居残り佐平次』
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桃月庵はまぐり『道灌』 (10分 *18:57~)
白酒の弟子を初めて聴くことができた。この後、大師匠の雲助が、「なかなか筋はいい」と褒めていたが、なるほどしっかりした高座。師匠と対照的に、体はやや細い。落語協会のサイトでプロフィールを確認すると、昨年6月入門なのだが、前座修業は先月から始まった、となっている。去年の11月の間違いか?。
前座としての楽屋入りが昨年にしろ今年にしろ、以前白酒がマクラで、前座が多くて‘待機児童’がたくさんいる、と言っていたのは、自分の弟子のこともあったのだろうなぁ。
好印象。口跡もはっきりしているし、今後の成長を期待しよう。一つだけ気になったのは、「自転車に乗った道灌」も登場させたことか。江戸から明治、大正まで時期的にはありえるネタだが、この噺で現代を感じさせるようなクスグリは、必要ないのではないだろうか。一瞬、江戸の長屋にいた気持ちが醒めないでもない。好みもあろうが、私はそう感じた。
五街道雲助『時そば』 (28分)
11月27日に行われた「鹿芝居」の話が、なんとも楽しかった。
久しぶりの鹿芝居の出し物は「梅雨小袖昔八丈」、いわゆる髪結新三。雲助は、主役の新三で、科白を覚えるのが大変で、結局プロンプターを付けたらしい。
この日も、もちろん会場でお見かけした石井徹也さんが仕掛け人。
雲助は馬生との、新三と源七の掛け合いをなんとかしのいだ後、気楽になって次の家主役小燕枝との掛け合いに臨んだのだが、ここで、てんやわんや。この話には笑った。踊りの顔師の方による化粧のことも、可笑しかった。詳細は、秘密^^
「せっかく、科白も覚えたのに、一回限りの芝居だけではもったいないので、髪結新三を、なんとか芝居科白での落語ができないものか、なんてぇことを考えています」とのこと。もしかしたら、6日の見番でやるか・・・私は行けないんだよねぇ。
さて、10分ほどの楽しいマクラからネタへ。私の予想していた噺だった。
短いマクラで、音を立てない蕎麦の食べ方や、長すぎる蕎麦のアクロバティックな食べ方などから、すぐに本編へ。
こういう誰でも知っているネタは、非常に難しい。ネタそのものの可笑しさは、ほとんどのお客さんが知っているので、芸そのもので勝負(?)しなければならないからね。しかし、さすがの雲助である。最初に蕎麦屋を騙す江戸っ子を粋に描き、それを真似て失敗する、ぼんやりした男の、同情を誘うような可笑しさとの対比をくっきり描いた。蕎麦を食べる仕草もくどくないのが良い。二人目の男が、なかなか出来ない蕎麦を待ちながら、手を着物の袖に引っ込めて、両手で袖をヒラヒラさせる仕草が、頗る可笑しかった。
二席目のマクラで説明していたが、柳家と違って、一軒目が繁盛していて、二軒目が景気が悪い、というのは師匠譲りの設定とのこと。私は、この方がしっくりくる。なぜ、一軒目の蕎麦屋が流行らなくて、二軒目、ネギのついた箸や欠けたどんぶりで、うどんのような蕎麦を食わせる蕎麦屋の景気が良いのか、いつも不思議に思うのだ。しかし、現実の店の繁盛の有無、実は柳家の型の方に近いのかもしれないなぁ^^
マクラも楽しかったし、ネタも寄席で鍛えたいぶし銀の味を楽しませてくれた。
五街道雲助『姫かたり』 (22分)
座布団に座ったままで、二席目。
師走で町がにぎわうが、せわしないのは自分は嫌い。どちらかと言うと、のんびりしたい‘南方系’と語る。本編につながる昔の師走の市の様子を、小咄をまじえ丁寧にマクラでふってくれた。
たとえば、「ハタキ」は、縁起の良い「さいはい」と言い換えて売っていたとのこと。父親が「ハタキだよ」と売り声をかけるが、まったく売れない。子供が「さいはいだよ」と言ったら、すぐに売り切れた。この子供がお上から青ざし五貫文の褒美をもらったが、理由は・・・「親のハタキをうった」。結構、笑える。
本編に登場する美女のことから、噺を膨らませた。ラ・ロシュフーコーなどの女性に関する格言(?)をはさんだが、この人の引き出しは多いねぇ。その内容は・・・私が言ったと誤解されると困るので、控えることにしよう^^
それらの楽しいマクラやクスグリを挟み、非常に珍しい噺が展開される。生では初めて聴く。志ん生の音源が元かと察する。他にも二代目三遊亭円歌が十八番にしていたらしい。談志もネタとして持っていたらしいが、聴いたことはない。
サゲが今では通じないから、談志没後、この艶笑落語をかける人はいなくなったのではないかと思っていたが、この人がいた。
サゲへの伏線として、浅草の歳の市では、「いちゃまけた(市ぁ、負けた)」という呼び声がかかり、これは「市は、まけた」、要するに、お安くするよ、という意味と説明。
実は、雲助はサゲにつながる言葉を元ネタからは簡素化した。その工夫は悪くはないと思う。ただし、元ネタを知っておくことは大切だと思う。どんどん、文化や風俗、習慣と密接な昔の言葉や売り声などの記憶や記録が消えていくのは、寂しいからね。

『合本 東京落語地図』(佐藤光房著、朝日文庫)
以前『今戸焼』を記事にした際にも紹介した、佐藤光房著『合本 東京落語地図』を参考に、あらしじをご紹介。
--------『姫かたり』あらすじ--------
(1)歳の市の雑踏に姫登場
歳の市で雑踏する十二月の十七日の浅草の観音様に、どこの大名の美人のお姫様が、わずかの供を連れてお忍びの様子。
*雲助は、ここで、「いぃ~女」と、目いっぱいに「い」を伸ばして笑わせる。また、美人というネタで小野小町の逸話や、ラ・ロシュフーコーなどの女性に関する格言をはさんだ。
(2)姫、にわかの差し込み
そのお姫さま、急にまゆをしかめ「ああ、苦しい」としゃがみこんでしまった。家来があわてて、二天門を抜けた左側の吉田玄竜(雲助は、玄瑞-げんずい-、としていた)という医者にかつぎ込む。この男は、金を方々に貸して高い利息をとっている金貸し医者で、仁術より算術の男。
(3)姫、吉田玄竜宅へ
家来は、「故あって主人の名ははばかるが、さる大名のお姫様がにわかの差し込み」と手当てを頼む。供の者を次の間に控えさせ、奥の間に二人きりで脈をとる玄竜。
(4)玄竜、姫を抱く、姫の悲鳴
お姫様、玄竜に寄りかかって、「苦しゅうない、もそっと近くへ。わがふところへ手を入れて、押さえてくれるか」と、玄竜の手を胸に差し伸べさせる。玄竜、白粉と髪油のいい匂い、柔らかな肌、ふくよかな乳房に、くらくらしてくる。お姫様「もっときつう押してたも」と言うので、玄竜が強く抱きしめると、姫は「あれー」と悲鳴をあげた。
(5)家来の恫喝
悲鳴を聞いて家来が次の間から入る。血相を変えて、「かようなことがお上に知れたら、拙者、腹を切らねばんらぬ。その方を手打ちにいたす」と恫喝すると、玄竜「どうか命ばかりか」と平身低頭。家来、「観音様参詣の帰り、殺生は好まん。口止め料を出せば、命だけは助けてやる」と言って、玄竜から二百両差し出させた。
(6)姫の正体暴露
家来、がらっと態度が変わり、「おい姫君、帰ろうじゃないか」「あいよ、金もうけも楽じゃないね。すっかり肩がこっちまった」と尻を端折って、姫君は外へ。玄竜、まんまと騙された。
(7)歳の市の売り声、サゲ
歳の市の売り声が「市ぁ負けた、注連(しめ)か飾りか橙(だいだい)か」と聞こえるが、玄竜には「医者ぁ負けた」と聞こえた。玄竜、ぽんと膝を打って、「姫かかたりか大胆な(注連か飾りか橙か)」。
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ご覧のように、「市ぁ負けた、注連か飾りか橙か」という売り声が、一般的に知られていて、初めてサゲとして有効な時代のネタ、ということになる。
しかし、師走の浅草の雑踏の様子、姫と医者との艶っぽいひと時、その後のドンデン返しなど、季節感があり、かつドラマ性にも富む艶笑落語で、ぜひ今後も継承してもらいたいネタだ。
だから、この噺を聴けたのは実に嬉しい。雲助は、簡素化したとはいえ、その昔の歳の市の売り声の伏線を張り、途中で楽しいクスグリを挟んで、消えゆくばかりかと思えた噺を聴かせてくれた。
ちなみに、矢野誠一さんの『落語讀本』(文春文庫、平成元年12月発行)のこの噺の補足説明で、矢野さんが学生時代は大晦日も寄席が開いており、新宿末広亭で、二代目三遊亭円歌のこのネタを聴いたことが書かれている。「あやしい色っぽさがただようことに感心させられた」高座で、大晦日の忘れられない思い出になったようだ。
私も、本編だけでは短い噺を、豊富な引き出しから取り出した演出でほどよく膨らませた雲助の高座、大いに楽しんだ。今年のマイベスト十席候補とはいえないが、何か特別な賞を贈呈したいような高座。よって、ピンク色で記録しておく。
五街道雲助『居残り佐平次』 (48分 *~21:00)
短いマクラから本編へ。勉強不足で、師匠馬生のこのネタを聴いていない。だから、円生や志ん朝の音源と比較して聴いていた。
冒頭の佐平次は、強面だ。中盤以降、居残りとして幇間さながらのおちゃらけぶりとの落差が明白だ。そして、サゲで明かされる本質的なワルぶりが、最初の人物像と無理なくつながる。このへんの造形がさすがだと思う。根は明るいがワルの佐平次、ということか。
佐平次以外に廓の乗り込むのが四人という構成は、志ん朝ではなく円生版を参考にしているのだろうか。
品川遊郭では妓夫(若い衆)だけでなく遣手婆も登場し、笑わせる。
‘おひけ’の前に佐平次がよったりを集めて集金するのだが、割り前は一人二分づつで二両、佐平次がそれに一両二分足して合計三両二分、という設定。また、佐平次が妓夫に、「あのよったりが裏を返しに来る」と偽る場面の言い立てで、よったりは俥(人力車)ではなく、駕籠で来る、となっている。
だから、江戸末期から明治初頭あたりを舞台にしているのだろう。円生や志ん朝は、割り前を一人一円としているので、明治が舞台だと思う。
ちなみに、志ん朝は、若い時(40歳)のソニーの音源では志ん生と同じ五円、晩年の大須最後の高座(61歳)では一円、であった。
さて、二日目の朝、佐平次は妓夫を煙に巻いてお直しとなり、カキ豆腐で一杯。ひと眠りしてから、朝帰った四人が裏を返しに来ると偽って、今度は、湯上りに「荒井屋」の蒲焼きでウナ茶漬け、というところも円生版を下敷きにしていると思わせる。志ん朝版には荒井屋という固有名刺は登場しない。ちなみ、この荒井屋、今は廃業し、その同じ場所は「連」という居酒屋になっているらしい。
「勘定を」と言おうとする妓夫を煙に巻く場面、さすがに佐平次は吉原や新宿でも居残りで稼いだ手練手管を発揮。
一文なしを白状する場面、円生は、佐平次の言葉として「ノーマネー」というクスグリを入れるが、これを踏襲しなかったのが、良かった。あれはちょっといただけない^^
雲助らしい演出もほどよく入っていた。たとえば、居残り後の一つのヤマ場、霞(かすみ)さんのいい人、勝っつぁんとの会話。「うちのかっつぁん」と言う霞さんの口癖を真似て、「うちかっつぁん」を繰り返す。他の男に惚れることのない霞さんが惚れている男をぜひ見てみたいと思っていた、とうそぶく佐平次が、勝っつぁんをまじまじと見て、「やはり、勝っつぁんだ。男が惚れる男でなけりゃ、粋な年増は惚れやせぬ」などと言いながら、「勝っつぁんで、いらっしゃる、これはこれは・・・ガァ」と最後に鼻を鳴らす場面では、大爆笑。この場面、佐平次の科で霞さんの都都逸、「芝や金杉ゃ粗末にできぬ、末は味噌漉しょ下げどころ」もしっかり入っていて、うれしい。
最後に遊郭の主人との会話では、初代小せんが工夫した忠信利平の科白もしっかり入る。
まんまと騙りに成功した佐平次は、高杉晋作がつくったと言われる「三千世界の烏を殺し~」を口ずさむ。様子を見に来た若い衆に真相をばらす。伝統的なサゲでちょうど午後九時にお開きだった。
全体的には、非常に良かったと思うのだが、何か少し物足りない感じがしていた。今思うと、それは、‘色彩’なのだろう。
現役の噺家では、権太楼のこの噺が爆笑版として出色。佐平次は襦袢から何から赤で揃えて「赤唐辛子踊り」を披露して、客を喜ばせる。そこまではしないまでも、佐平次の衣装の色のイメージが、少し弱いように思う。どこからか羽織は調達しているが、その色は黒だ。襦袢のことも説明したような気がするが、鮮やかな赤系統の色彩のイメージが湧かなかった。志ん朝も、詳しく説明はせず「へんてこな衣装」と言っているが、聴いていて派手な色合いが浮かんでくる。
このへんは、実に微妙だし、好みの問題でもあるのだが、聴いていて佐平次の姿に鮮やかな彩色のイメージが浮かんできていたら、文句なく今年のマイベスト十席候補だったなぁ、と思っている。我がままだねぇ^^
なお、初代柳家小せんがこの噺を創作した逸話などを含め、このネタについて書いたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2014年1月23日のブログ
終演後は、I女史と二人で、居残り会。以前、他の客に靴を間違われ(あるいは、盗まれ)た、会場近くの蕎麦屋さんを覗く。ちょうど一階カウンター席が空くところだった。良かった、靴を脱がずに済む^^
I女史は、最近急に痩せてきた市馬会長のことが心配とのこと。私は久しく聴いていないが、メールでM女史も同様のことをおっしゃっていた。会長疲れ、だろうか。
他に、雲助のことはもちろん、最近弟子をとった喬太郎、一之輔のこと、次の落語会のことなどを話題に、〆鯖や鰯の丸干し、お新香などの肴を北海道の酒、千歳鶴の熱燗でいただいた。
結構早めにお開きとしたつもりが、田園都市線は人身事故から復旧したばかりで、各駅に時間調整で長い時間停車する。結局、帰宅は日付変更線を越えてしまった。録画していた「マッサン」を見て、風呂に入って爆睡。『だくだく』のような泥棒が家に忍び寄る夢を見た。実は、雲助の会で予想していたネタの一つ^^
一夜明けても、昨夜の三席の中では『姫かたり』が圧巻だったと思う。サゲは、雲助のように歳の市の風景描写として「市ぁ、負けた」を説明すればよいわけで、もっと現役の噺家さんにかけて欲しい、師走のネタだと思う。
しかし、あの色っぽい場面の描写は、若い噺家には無理かもしれない。やはり、雲助ならではということか。
今週末の浅草見番には都合が悪く行けない。芝居科白の髪結新三は、来年の会でかけてくれることを祈るばかりだ。ほんとに、我がままだよね^^
私も旨い蕎麦屋が流行ってる方が好みですね。
「姫騙り」は初めて聴きました。マクラも含めて、この日の中では一番楽しめた噺でした。
「居残り佐平次」はよかったんですが、言いよどみが多くて、その部分がり気になりました。
二軒の蕎麦屋の景気については、志ん朝は、柳家と同じで一軒目は不景気で、不味い二軒目が流行っている、という設定なので、あくまで馬生の工夫なのでしょう。
『火焔太鼓』は本当は大きいものだ、ということで荷車で運んだ馬生らしい、理屈が背景にあるのでしょう。
『姫かたり』は、大変楽しく聴きました。
暮れの歳の市の雑踏が目に浮かびました。
そういう意味で、『居残り佐平次』が、少し残念でした。
三席全体としては、さすがの雲助でしたね。
