志ん朝 大須の「まくら」 (3)『碁泥』 1996年10月20日
2014年 10月 13日
まず、 『よってたかって古今亭志ん朝』の巻末資料を元にした、公演日と演目の一覧表を確認。


*印が、初CD化のネタ。
一回目と二回目は、10年間の独演会の大初日、1990年10月4日の二席のまくらを書き起こした。
次はどれにしようかと、結構迷ったが、7年目の初日二席目、『碁泥』のまくらにした。
大須では住吉踊りのことをよく話題にしていたが、その中でもこのまくらでは、いろんな芸人さんのことが、何とも楽しく紹介されていて印象的だ。
えぇ、ただいまはまた、歌る多くんで、踊りなどを踊って、華やかでなかなかやはりご婦人てぇのはよろしいですね。うウ、あたくしが音頭とりになって、住吉踊りの会というのをやっておりまして、うウ、東京の浅草の演芸ホールという寄席で、毎年十日間、ちょうどお盆興行のときにやるんでございます。今年も、もうやりました。ねぇ。そんなかじゃ、かなり重要なところにきてまして、ねぇ、だんだんだんだん踊りが上手くなってきた。いろんな人がいますから、大変ですよ。えぇ、金馬さんなんかも参加してんです。やな顔しちゃいけませんけどもね。もウ、好きなんですねぇ、みんなと付き合うということが。なんかやってないと、仲間はずれにされてるような、錯覚を起こすんでしょうなぁ。誘わなかったんですけどもねぇ。「俺もやるよぉ!」なんか言って。やるのは結構なんですが、ちっとも覚えないんですよ。もウ、凄いですよ、えぇ。今はもう抜けちゃったんですけども江戸家猫八さん、ねっ。金馬さん、そっから圓菊さん、っていうねぇ、うちの一門の人、いますよ。はすっかいになる人が。それと、順子・ひろしさんという、漫才の。順子さんは踊りもなかなか上手い。ひろしさん。ねぇ。それと、橘家圓平という人がいる。この人ぁ、ご存知ないかもしれませんけども、あたくしなんぞより、古いンです。えぇ。そっ、圓蔵さんの弟弟子なんです。えぇ。今あげた五人の方が、ほんとに、覚えないんです。このウ圓平さんという人はね、あのウ、芸事好きなんですよ。芝居観に行ったりなんかして、大変好きでね、踊りの稽古のとき、必ず、必ず来るんです。来るんだけど、覚えないんです。そぃで、そのウ、圓菊さんはですね、あのう、やっぱり、それほど好きではないんですけども、みんなとそういうふうなことをしてなきゃいけないんではないか、という、なんかそういう危機感から、参加してるんですねぇ。えぇ。だから、あの方だけはずしてこっちでみんなでまとまって話をしていると、とっても気にするんです。えぇ、別になにも、圓菊さんのことなんか言ってないのに、「なに言ってるんだろな」っていう感じで、こう、そういう感じで参加している。だから、もともとそういうねぇ、お下地もないし、お醤油もなにもない人ですから、だから、なかなか覚えられない。で、この金馬さんてぇ人は、さっき言ったように、やっぱり圓菊さんと同じように、なんとか参加したくってやったって、これがなかなか覚えられない。そぃから順子・ひろしのひろしさんは、もう、まったく、まったく、駄目なんです。でもとても重要な人なんです。いわゆるお笑いのコーナーが、ある。そこでは絶対欠かせない人なんです。だから是が非でも参加しててもらう。そぃから、江戸家猫八さんてぇ人は、この人は大変熱心な人なんです。お上手ではないけれども、きちっとものを覚える方なんです。でも、みんなねぇ五人の人たちは覚えが悪くって、みんなで何人かで踊るときは、必ずね、隣りの人の手を、こぅ見ながら踊るんですよ。そぃでいっぺん面白いからってんで、この五人に、一緒に躍らしたんです・・・深川を・・・今でもビデオに撮ってありますけどもねぇ、こらぁ、壮観ですよ。お互いにみんなで向こうを、こやって見てるン、どれ見たってアテになんないんですから・・・バラッバラ。これは、もうほんとうにお腹抱えて笑っちゃうくらい。8月の中席と申しますからねぇ、8月の11日から20日まで、浅草演芸ホール昼席で、毎年やってますんで、恒例になってる。お暇があったら、ひとつ上京していただいてね、ご覧になるとね、ぁぁ世の中にこんなに馬鹿馬鹿しいものがあるのか、うれしくなっちゃいますよ、ねぇ。
金馬の声色は上手いよ^^
楽しいでしょ、“住吉踊りの五人組”のこと。
圓平師匠にご興味のある方は、落語協会サイトのプロフィールをご覧のほどを。
落語協会ホームページの該当ページ
この後に続く内容は、音源が公開されているとはいえ、ある芸人さんの個人情報に深く関わる部分なので割愛し、その後をご紹介。
まぁ、そんなことはどうでもいいんですが。あたくしこの頃、どうでもいいことを、よくしゃべるようになって・・・なかなか噺に入れないんです・・・困っちゃうの急に、こんなこと言ってて「江戸時代に」なんてなことを・・・・・・今までのはなんなんだってことに・・・いけないと思いながらね、ついつい気を許しちゃうんですね、お馴染みのお客様が多くいらっしゃいますから、ほっとしてなんかこう無駄話してると、楽しくなっちゃって、なかなか噺に入れないんで、困ったもんですが。・・・・・・「よく、道楽なんてぇことを」ふふふふふふっ・・・・・・最近こんな楽しい高座はないです。あたしあんまりね、高座好きじゃないんですよ。ていうのは、他の噺家さんはみんな落語家なりたくてなった、そういう人が多いんです、えぇ。なかには、そうでないのもいますけれどもね。あたくしなんか、好きでなったほうじゃない。ねぇ、あたくしだとか、三語楼っていう、今の小さん師匠の倅さん、ね、好きでなったんじゃない。小さい時分におだてられてね、うウ、おなりよってんで噺家にさせられた。あたしなんか、絶対いやだった。それ、無理に、悪いこと言わねぇから噺家になっとけ、ってんで親爺にそう言われて、渋々なったんで、いつなんかに替わろう、いつ替わろうかな、っとそればっかり思ってて、いまだにずうーっとこうなっちゃって、もうあきらめてますけれども、何も変わらない、ねぇ。(会場から、「志ん生に変わって」の声)、いやいやいやいや、それはだって、名前だけの話ですからね・・・ところがあれですよ、枝雀さんなんてのはねぇ、あなた道楽なんですか、って聞くと、落語ってすぐ言います。大好きなんだって。そぃで、俺の落語が一番おもしろいって、自信持ってる。あ、いいなぁ、いいなあと思いますよ。ほんとにね、やってんの袖でこう拝見してると、楽しそうですものねぇ。あたしなんか、少しこう苦しんでいるところが、見られるでしょうけど、今日は大変楽しいですよ。
「道楽なんてぇことを・・・・・・」
この後のネタにつながるまくらも楽しいのだが、ここまでとしましょう。
枝雀の名前が出てきた。1996年の高座ということなので、この三年後、道楽も落語と言い、志ん朝が袖から楽しそうに高座を務めるのを観ていた上方落語の天才は旅立った・・・・・・。
さて、このまくらの途中、会場ではほとんど笑い声が途絶えない。しかし、(笑)、などという不粋なことは書かない。読みながら皆さんが「プッ」と笑う箇所は、大須でも確実に笑いが起こっていると思っていただきますよう。
10月10日が体育の日でよいのに、この期の変わり目で何かと忙しい時に、ハッピーマンデーとやらで無理に体育の日を設定したからきっとこんな天気になったのだろう、などど思いながら、書き起こした。
ということは、お休みには感謝すべきかな。
58歳の志ん朝のまくら、何度聴いても楽しい。
こういう空間に一緒に居ることが出来なかったことが、つくづく残念です。
最近ホール落語に疲れ(というか食傷)気味になってしまった気がします。しばらくは寄席で色々な芸人さんの地?の芸を楽しませてもらおうかな。
このまくらは、最初に紹介しようかとも思った内容で、私の「志ん朝 大須のまくら ベスト5」に入ります^^
やはり、寄席は良いと思います。
そして落語会の場合でも、噺家さんの呼吸が伝わるような手作りの会が楽しいですね。
映像が残っているようなので、将来なんとか見ることができないものかと期待しています。
とんでもなく可笑しいでしょうね^^
住吉踊り、佐平次さんのお母さん孝行のひとつでしたね。
昭和は遠くなりにけり、です。
