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噺の話

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柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 9月26日

 7月に初めてだった関内での小満んの会に、また行くことができた。時期的に、何かと野暮用が多く行けるかどうかは、ほぼ半々の状況だったのだが、前日になんとかメドがつき良かった。
 関内ホールに着くと、なんと上の大ホールでは桂文珍の会。へぇ、一杯にできるのかなぁ、などと思いながら地下一階の小ホールへ。開口一番には間に合わなかった。居残り会で出演者を確認したのだが、緑太『弥次郎』のサゲ近くの様子がモニターに映し出されているのをロビーで見ながら、コンビニで仕入れたおにぎりを急いでパクついて、緑太が下がったところで入場。

 小満んの三席について記す。入りは六~七割くらいだっただろうか。

柳家小満ん『粗忽長屋』 (16分 *18:48~)
 粗忽者のマクラの中で、「粗忽な方が、間違って文珍さんの方に行ってしまったりして・・・」で会場が沸く。間違わないよ^^
 半鐘に頭を突っ込む粗忽者や、「赤(犬)出て行け!」を「かかぁ出て行け!」と間違える粗忽者同士の、小さんや志ん生が懐かしい小咄、パイプを持ちながら「パイプがないよ!」と探す二人目の師匠小さん由来の楽しい小咄など5分ほどのマクラの後に本編に入ったから、ネタ自体は10分ほどだったことになる。しかし、流石の高座。
 八五郎を、やや強面に造型しているが、ボンヤリしている熊五郎との対比が明瞭で結構だった。片方がマメでそそっかしく、もう片方が不精でそそっかしい、という違いが二人の会話を際立たせる。『長短』ほどの差をつけてはいけないが、程よい演じ分けは、若手ではなかなか出来ない。志ん生の演じる八五郎は、それほど強面とは思えない。やはり小さんの芸を継いでいると思って聴いていた。
 熊五郎が八五郎に「死骸を取りに行くんだよ」と言われ、「これが私ですなんて・・・今さら決まりが悪い」などの科白も頗る楽しい。会場はご通家ばかりと思しくツボを皆さんわきまえていて、笑い声が同じタイミングで重なる。
 世話人的な男が熊五郎に向かって行き倒れを「見なきゃだめだよ」と言われ、「なまじ死に目に会わねえほうが・・・」などの科白でも客席が一緒に沸く。
 サゲ近く、熊五郎が自分の死体を見ながら、「こんなことになるんだったら夕ンべ(吉原に)ひやかしじゃなくて、上がるンだった」は独自の工夫だろうか、なかなか良いと思う。
 この後に長講があるので、あっさりとだが、しっかりとした佳作、という印象。

柳家小満『牡丹燈篭・お札はがし』 (47分)
 志ん生の音源では、分けて話している二回目に相当。志ん生が地に近い説明として語る場面の前半部分の萩原新三郎とお露の出会い、お幇間(たいこ)医者の山本志丈と一緒に亀戸の臥龍梅を観に行った帰り、柳島のお露の寮(別荘)を訪ねる件もしっかり演じた。

 私は亀戸にデモに参加するために行ったが、そのうち梅見にも行かなきゃ^^

 お露は新三郎があまりに美男子なので、「ブルブル~ッと震えた」。女性は男前に会うと震えるようで、と志ん生と同じように、「私も以前に高座に上がると、前のほうの女性が、ブルブルーッと震えまして・・・」で笑いが起こったが、志ん生は「はばかりへ行っちゃった」で謎を明かすが、小満んは、「クーラーが効き過ぎたようで」と替えていた。
 志丈が新三郎とお露に盃を交わさせる。お露が女中のお米に言われて、新三郎が厠を出てから柄杓で水をかけてやるのだが、新三郎を見ることができず、水があちこちへ。新三郎が手を動かして、という場面で笑いをとる。
 さて、お露が持っていった手拭いの上から新三郎がお露の手を握り・・・・・・二人は相思相愛であることを確認。
 二人は手を「握りっぱなし・・・忙しくなった鮨屋さんのようで」が可笑しい。
 お互いに、お米じゃないが、ひとめぼれ、ってえことか。

 小満んは、「秋波を送る」ことに、少し解説を加えた。
  左眼の女はくどくべし 右眼の女はくどくべからず
 という格言(?)があるらしい。左眼での流し目には惚れて良いが、右はダメらしい。へぇ。

  さて、この初対面が二月。志ん生の『お札はがし』では、新三郎がお露に会いたくてしょうがなく、夢で、手伝いをさせている伴蔵と釣に行った帰りに柳島の寮に立ち寄る場面がある。もちろん、原作にもある筋。
 しかし、最初の出会いを語っているから小満んは夢を挟まなかったが、それもやむなし。
 新三郎は、お露に会いたくてたまらないのだが、一人で行くのは厚かましいと思い、志丈が来るのを待つのだが、なかなか来ない。早や時は過ぎて六月も半ば、ようやく志丈がやって来た。しかし、なんとお露が、新三郎に恋焦がれて死に、看病疲れで、お米も後を追ったとのこと。

 そして、盆七月十三日の夜がやって来る。駒下駄の音が「カラ~ン、コロ~ン」と・・・・・・。
 この場面、青空文庫から、圓朝の原作を引用したい。青空文庫『怪談牡丹燈籠』

今日しも盆の十三日なれば精霊棚(しょうりょうだな)の支度(したく)などを致してしまい、縁側へちょっと敷物を敷き、蚊遣(かやり)を薫(くゆ)らして、新三郎は白地の浴衣(ゆかた)を着、深草形(ふかくさがた)の団扇(うちわ)を片手に蚊を払いながら、冴(さ)え渡る十三日の月を眺めていますと、カラコン/\と珍らしく下駄の音をさせて生垣(いけがき)の外を通るものがあるから、不図見れば、先(さ)きへ立ったのは年頃三十位の大丸髷(おおまるまげ)の人柄のよい年増(としま)にて、其の頃流行(はや)った縮緬細工(ちりめんざいく)の牡丹(ぼたん)芍薬(しゃくやく)などの花の附いた灯籠を提(さ)げ、其の後(あと)から十七八とも思われる娘が、髪は文金(ぶんきん)の高髷(たかまげ)に結い、着物は秋草色染(あきくさいろぞめ)の振袖(ふりそで)に、緋縮緬(ひぢりめん)の長襦袢(ながじゅばん)に繻子(しゅす)の帯をしどけなく締め、上方風(かみがたふう)の塗柄(ぬりえ)の団扇(うちわ)を持って、ぱたり/\と通る姿を、月影に透(すか)し見るに、何(ど)うも飯島の娘お露のようだから、新三郎は伸び上(あが)り、首を差し延べて向うを見ると、向うの女も立止まり、
女「まア不思議じゃアございませんか、萩原さま」
 と云われて新三郎もそれと気が付き、
新「おや、お米さん、まアどうして」


 あら、下駄の音は、「カラコンカラコン」か。高座では圓朝も「カラ~ン、コロ~ン」と演ったのかどうかは、分からない。

 もちろん、この二人は、お露とお米の幽霊。この日から七日の間、毎夜二人は新三郎を訪れ、お露よ新三郎は、蚊帳の仲で・・・小満んの言葉を借りるなら「漆のごとく、膠のごとく」離れない。
 この後を含め、原作を知りたい方は、青空文庫を。また、この長編の全体の概要や人物相関図などは、昨年、『名人長二』について書いた際も参考にさせていただきた、「はなしの名どころ」サイトに詳しいので、ぜひご確認のほどを。
「はなしの名どころ」サイトの該当ページ
 『お札はがし』という題名ながら、志ん生の音源も、小満んの高座も、お札はがしに至る直前でサゲている。志ん生は、「牡丹灯篭、抜き読みでございます」で高座を降りるが、なるほど、である。
 さて、小満んの高座だが、いつもにも増して言いよどみが多く、決して良い出来とは言えなかった。しかし、この方の持ち味がもっと別にあることは、三席目、トリネタで実証された。

柳家小満ん『寝床』 (26分 *~20:30)
 仲入り後は、最初の師匠文楽譲りのこの噺。マクラでは、この日に重なり行くことの出来なかった新橋演舞場の邦楽の「銀座くらま会」のこと。いつも案内をもらい、早めに行くとありつける木村屋のパンが美味しいらしい^^
 マクラも短めに本編へ。
 流石である。二席目に比べて対照的な流れるような口調。
 茂蔵が回った長屋は、登場順に次の通り。順番も含めて師匠文楽と同じ。
   ①提灯屋 ②金物屋 ③吉田の家 ④小間物屋 ⑤豆腐屋 ⑥棟梁
 使用人の仮病の中で、“亀どんの鬱病”、というのが可笑しい。もちろん、師匠版にはない^^
 茂蔵が長屋から誰も来ないことを各家庭ごとに詳細に理由を語った後、旦那が「茂蔵、おまえいくつになった。四十、五十と重箱みたいに年を重ねやがって」で、会場から一斉に笑いが起こる。
 番頭が、怒って部屋に引っ込んだ旦那に、気を取り直して義太夫を語って欲しいと頼む場面が圧巻だ。
 途中からは旦那一人で会話を表現するが、怒っていた顔の表情がだんだん笑顔になる過程が、頗る楽しい。
 分かっていても、おだてられると嬉しいのが人間、ということだ。番頭の説得実り、「みんなも、好きだね~」の旦那の笑顔が実に良い。
 挙句に豆腐屋がよいしょするもんだから、「一段だけ」と番頭に言っていたのに、「たっぷりやりましょう」、となる^^
 長屋の面々の、「うまく風がおさまったようだね」「まるで火事だね」というあたりのテンポの良い掛け合いも楽しい。
 高田さんは子供を連れて来て、「あらお子さんまで?!」の声に、「今から忍耐力をつけるため連れてきました」は可笑しかった。
 きっちり八時半でサゲた高座、文句なく今年のマイベスト十席候補としたい。

 終演後は、我らが居残り会のリーダー佐平次さんと、拙ブログにコメントをいただいたことをご縁に知り合うことになったKさんとの三人で居残り会。
 佐平次さんの居酒屋探しの鼻は、この日も大いに効いていた。
 関内で39年になるというお店で、カツオ、サンマの刺身、コハダなど出された肴は大変美味だった。三人の落語談義も大いに盛り上がり、つい酒のピッチが上がった。
 お開きとなり、電車に乗ったのはいいのだが、乗り換えなければならない大和駅を寝ていて乗り越してしまった。相模大塚から、また大和に戻る時点で日付変更線を超えていた。
 帰って湯を浴びて、爆睡。
 
 それにしても、最初の師匠文楽の十八番、二人目の師匠小さん十八番、そして志ん生や圓生で有名な圓朝の怪談噺と、味わいの違う三席を聴かせてくれた小満ん、昭和17年生まれ72歳は、まだまだ健在である。

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これが、次回の案内。なんとか駆けつけたいと思っている。
Commented by 佐平次 at 2014-09-27 16:52 x
「寝床」はほかの人のを聴けなくなりました。
愁眉ではなく秋波かと。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-09-27 17:09 x
ご指摘ありがとうございます。
酒が残っているうちに書き始め、しっかり校正しないで公開してしまう、悪い癖です^^

Commented by 喜洛庵上々 at 2014-09-28 11:49 x
居残り会、大変愉しゅうございました。
ありがとうございます!

次回の小満ん師の会『忍三重』を家人はおろか実家にまで散々薦めておいて、いざ自分の手帳を見ましたら、同日同時刻に国立の志ん輔師の会が予約済・・・
我ながら健忘症に呆れました^^

次の機会を楽しみにしております。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-09-28 19:31 x
小満んも居残りも、楽しかったですね!

国立の志ん輔は私も気になっていましたが、チケットは確保していなかったので、やはり小満んにしようと思います。

結構行きたい会が重なるのですよね^^

また、別な機会にご一緒しましょう。

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by kogotokoubei | 2014-09-27 10:35 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛