人気ブログランキング | 話題のタグを見る

県民ホール寄席-馬車道編- 春風亭一朝独演会 関内ホール 7月30日

 通算310回目らしい。歴史の重みを感じる地域落語会だ。
 昨年9月、ちょうど300回記念の小三治の高座を県民ホールで聴いて以来だが、今回の会場は関内ホール(小ホール)。だから、“馬車道編”である。ここには、ほぼ二週間前に小満んの独演会でも来ていた。しばらく来なかった場所に、縁があると度々来るようになるものだ。

 この場所が交通の便も良いこともあったが、何と言っても一朝の独演会が珍しいのである。複数の顔付けの会や寄席では何度も聴いている好きな噺家さんだが、意外に独演会は少ないはず。あの、ちゃきちゃきの江戸弁に出会いたいのだ。
 地下の小ホールに開演15分ほど前に到着。会場は変われど、ごらく茶屋さん会員の皆さんの手づくり感が伝わる空気は変わらない。ロビーでコンビニで買ったおにぎりを食べてから会場に入ると、すでに七割程は席が埋っていただろうか。最終的に九割程度入っていたように思う。

次のような構成だった。
----------------------------------
(開口一番 春風亭一花『たらちね』)
春風亭一朝 『宿屋の富』
(仲入り)
春風亭一朝 『淀五郎』
----------------------------------

春風亭一花『たらちね』 (18分 *19:00~)
 いちはな、と読む。一門に女性が入門したとは聞いていたが、初めて聴く。八番目の弟子とのこと。
 非常に良い印象を持った。まず、その明るさが結構。口跡もはっきりしているし、八五郎が朝飯の稽古をする場面なども、言いよどみもなく楽しい。こはる、ぴっかりに続くことができそうな、そんな予感がした。

春風亭一朝『宿屋の富』 (43分)
 高座に上がって、まずはお決まりのあの一言から。ちょっと声が擦れているように思ったが、聴きづらいことはない。
 今年が大師匠の三十三回忌、昨年が師匠の二十三回忌だったとのこと。師匠と東北の温泉に旅に行った時の逸話もあったが、他はほぼ大師匠のネタ。以前に聴いたことのある話でも、笑える。
 一朝は、最初正蔵に入門したが柳朝に預けられた人なので、とにかく彦六が好きだったのである。だから、「林家は」と語る時、なんとも嬉しそうな表情を浮べるので、本人が楽しそうな思いが、客席にも伝わってくる。
 餅になぜカビがはえるかの答え→右足が痛くで医者に行った逸話→医者に「あなたはイチローより偉い」と言ってからかうネタ→小朝からもらったアーモンドチョコレートを食べた時のこと、などのマクラ約12分ほどから、「四貫相場に米八斗」と切り出して本編へ。
 構成、リズムなど、土台にあるのは志ん朝版と言ってよいだろう。師匠柳朝がこのネタを持っていたかどうか勉強不足で不明だが、実際に志ん朝に稽古してもらった可能性も高いのではなかろうか。
 前半は、一文なし男と宿屋の主人の会話が快調に続く。宿屋の主からなけなしの一分で富籤を買わされた後の「これで、本当に一文なしになっちゃった」が、なぜか哀れさを伴いながらも可笑しくて笑った。
 その後、富興行が行われている湯島天神の場。
 夢に神様が現われて、二番富が当たるはず、という男が楽しい。もし五百両当ったら吉原の女を身請けして所帯を持って、豪華な朝食、という描写。
 「お膳にお銚子が一本のっていて、刺身があって鰻があって天麩羅があってお椀がある。“どうだお前も一杯”“いや~ん、酔っちゃうから”“いいじゃないか、酔ったって”“そう・・・あぁ酔っちゃった、寝ましょう”・・・起きたら湯に行って帰ってくると、お膳にお銚子が一本のっていて~」のなんとも小気味の良い語り口が、江戸落語の一つの醍醐味を味わわせてくれる。
 一文なしの男が一番富に当たっているのを確認する過程も、くどくなり過ぎずに楽しませてくれる。「あっちが、子の千、三百、六十五、こっちが、子の、千、三百、六十、五・・・・・・近いだけに悔しい」の、間も結構だし、目の仕草や声の調子で微妙な心理の変化を表現するあたりも、流石である。
 宿屋の主人が、すぐに一番富と分かるテンポの良さが対照的で結構。飛んで帰ってから、宿屋の主人が、「あわあわ・・・」と言葉にならない驚きを見せているのを訝しがる女房、半分の五百両を貰えると分かった途端、女房も「あわあわ・・・」には、『火焔太鼓』のサゲ前を見るような可笑しさがあった。
 古典落語には奇をてらった現代風のクスグリなどは一切不要、という見本のような高座。上方の『高津の富』を三代目小さんが東京に持ってきたと言われるネタだが、こういう江戸弁の達人にかかると、元々が江戸落語ではないか、と思えてしまう。それだけ、長年名人上手の手によって練り上げられてきた内容自体がよく出来ていて、その楽しさをそのままに一朝が演じてくれたということだろう。今年のマイベスト十席候補としたい。

春風亭一朝『淀五郎』 (40分 *~20:57)
 若い頃、歌舞伎座の鳴り物(笛)の仕事をして、お金をいただいて歌舞伎を観ることができた、と振り返る。初代吉右衛門の銅鑼の逸話から、歌右衛門に祝儀をいただいた思い出などを楽しそうに語ってくれた。
 「夜と昼 朝とに落ちる日千両」までのマクラ約7分は、楽しい上に、自然に本編につなぐもので、ネタと関係のないマクラが横行する中で、これぞマクラと思いながら聴いていた。
 最初は「えっ、芝居の喧嘩?」と思わないでもなかったが、大師匠が『中村仲蔵』とともに十八番にしていたこの噺。
 歌舞伎役者の階級は時代によって違うし、噺家さんによっても微妙に違うのだが、一朝は、下立役→大部屋→中通り→相中→相中上分→名題下→名題、と説明。淀五郎が相中から名題に抜擢されたことの凄さが分かる。相中上分と名題下を飛び越えているからね。
 森田座の座頭である三河屋市川團蔵が、淀五郎の判官の切腹では、とても花道から近寄ることができない、と言う場面の憎らしさ、そして、暇乞いのつもりで淀五郎が立ち寄った中村仲蔵の度量の大きさ、そして團蔵から死ねと言われ、一度は覚悟をしたものの仲蔵のお蔭で立ち直ろうとする淀五郎、この噺の中心人物三人が、見事に描かれていた。
 なかでも、仲蔵が淀五郎に、切腹の場面を演じさせて、煙草を吸いながら凝視する無言の一分ほどの芸に、生でなければ味わえない落語の醍醐味を感じていた。淀五郎の切腹の仕方、三通りに腹を切り分けると言われた仲蔵には、とても見ていられるものじゃなかったろう。三河屋が花道の七三から動かない理由も分かったはず。
 さぁ、ここからは仲蔵の淀五郎へのマンツーマン指導だ。名題になって褒められようと邪心のあった芸から、無念にも切腹しなくてはならない五万三千石の大名への大転換である。
 仲蔵が「誰の型でやっている?」と聞いて「誰の型でもありません」と答える淀五郎。淀五郎が師匠(紀伊国屋沢村宗十郎)の判官を観たこともない、というのを聞いて仲蔵が叱るのも自然な流れだし、「それじゃ、俺だって近寄ることができねぇ」と言うあたりは、なるほど團蔵と仲蔵という名人同士、その芸を見抜くものなのだと納得させる。仲蔵が淀五郎に稽古をつける場面は仲蔵の一人語りなのだが、その視線の先に淀五郎の姿がしっかり見えるようだった。
 しかし、この高座、「林家」が大好きな一朝にしては、必ずしも大師匠の型とは言えない。正蔵は、淀五郎を名題になったばかり、と位置付けている。大抜擢ではないのだ。また、淀五郎の切腹の演技を確認する場面、正蔵は結構口を挟む。
 そういう意味では、円生版は淀五郎が相中から抜擢だし、仲蔵は煙草を咥えて無言で淀五郎の切腹場面を凝視し、最後には可笑しくて笑ってしまう、という演出。
 大師匠と円生の型の両方から、一朝は自分で合点できる演出、設定を選び、あくまで一朝の噺として昇華させたのではなかろうか。それは、一朝の歌舞伎に関する深い造詣と経験があって初めて可能なブレンドではないかとも思う。
  歌舞伎の世界を十分に肌で知った噺家でしか出来ないと思わせる珠玉の高座、今年のマイベスト十席候補とする。
 

 終演後は、I女子と二人でミニ居残り会。来るはずのYさんは仕事の都合で上方の地で足止め。
 会場近くの中華(結構有名なお店)で前菜、水餃子で生ビール、締めは海老汁そば。これが、結構なボリューム。一朝の高座の余韻に浸り、極めて健康的な時間にお開き。
 帰宅して、まだ飲みたらないからビールをちびちびやりながら、録画してあった「花子とアン」を見る。あら、そろそろ関東大震災だなぁ。気になる落語の音源を少し聴いているうちに日付変更線を越えた。ブログを書きはじめたものの、どう一朝の見事な高座を表現したらいいものか考えているうちに、上の瞼と下の瞼が仲良くなってくる。風呂に入って、もちろん爆睡であった。

 一朝は、元々江戸っ子の啖呵が売りのネタなどで定評があったのだが、そこから大きく飛躍しているのではなかろうか。
 私見だが、一之輔が抜擢で真打に昇進してから、その芸の幅も奥行も出てきたように思う。
 六十代半ばで、明るく楽しいだけではない(それだけでも大変なのだが)、紛れもない江戸弁や音曲の技量、歌舞伎などの伝統芸能への造詣などを地面にたっぷり含んだ、豊饒な大地のような噺家さんとして、今まさに花開こうとしているような気がする。

 だから、伝統を誇る県民ホール寄席で独演会を開催することにもなるのだろう。

県民ホール寄席-馬車道編- 春風亭一朝独演会 関内ホール 7月30日_e0337777_11125496.jpg

 これは、入場の際にいただいたプログラムの中面の右側である。

県民ホール寄席-馬車道編- 春風亭一朝独演会 関内ホール 7月30日_e0337777_11125402.jpg

 こちらが、左側。
 会員の方の肉声が届きそうな暖かい文章で、一朝の十八番もたくさん並んでいるのだが、『宿屋の富』と『淀五郎』を含んでいない・・・そんなところがミソである。
 
 たまたま同じ会場で、先日の小満んの会、そして、一朝の会、会場の広さも程よく、空間に漂う手作り感もたっぷり。
 大ホールに人気者を集めただけの落語会などにはない、人間臭さがそこには横溢している。
 県民ホールの小ホールよりも、個人的には、こっちの会場の方が音響なども好きだ。しかし、それは、客の身勝手なのだろうなぁ。今後も縁があれば、ぜひ行きたい落語会の一つであることは間違いがない。
Commented by at 2014-08-01 06:50
高い評価を与えていらっしゃいますね。

一朝を初めて見た時の印象は、
大工のとうりゅう(棟梁)みたいだな、ということです。
つまり、落語の世界の住人のようで、
自己の職業適性を見極めたとでもいいましょうか。

今まで聴いた一朝の高座では「たがや」「目黒のさんま」の二席がようございました。
何の世界でも、長じるには然るべき雰囲気とイディオムが必要ですが、
一朝くらいのレベルに達するのは大変でしょうね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-08-01 08:53
一朝の十八番、たくさんありますよね。
紹介したプログラムの文章には『たがや』『祗園会』『芝居の喧嘩』『片棒』などが載っていましたが、私も一朝のこれらの噺、大好きです。
そして、この日の『淀五郎』を聴いて、まだ聴いたことのない『中村仲蔵』にも、ぜひそのうちに出会いたいと思っています。寄席で『四段目』なんかも聴いてみたいですね。
芝居が好きで、かつ音曲の才能もある噺家さんなので、芝居ばなしの所作や説明が上滑りしないんですよね。そして、楽しい。
弟子の一之輔が話題になることが多いですが、師匠も凄いですよ。

Commented by 佐平次 at 2014-08-01 09:22
行きたかったなあ。
弟子の存在が師匠にいい刺激を与える、人柄の功徳もありますね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-08-01 10:05
佐平次さんがお聴きになった『中村仲蔵』も、良かったはずです。

芝居ばなしは、上方では亡き吉朝、東は一朝、ということでしょうか。

おっしゃる通り、一朝の人柄の良さが柳朝や一之輔など弟子にも受け継がれているように思います。
噺家さんによっては、高座に上がると場内に緊張感が伝わり、聴く側が身構えざるを得ない場合がありますが、あの一門は和やかな気分にさせてくれます。
この独演会は県民ホール寄席の恒例にしてもらいたいですね。

Commented by ほめ・く at 2014-08-02 08:54
カミさんが一朝の『片棒』を聴いて、初めてこの噺の面白さが分かったと感心してました。「志ん朝の『片棒』なんて全然ダメね」なんて。
一朝は化けました。年を取ってから良くなった人の典型です。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-08-02 10:09
『片棒』の次男の場面の手古舞、山車、笛に太鼓、現役で一朝にかなう噺家さんはいないのではないでしょうか。さすが、奥様お目が高い。
しかし、志ん朝と比較するネタではないですがね^^
なるほど、一所(朝)懸命にやれば化けられる、という良い見本ですね。

名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2014-07-31 00:16 | 寄席・落語会 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31