『鰻の幇間』—後日譚を邪推する。
2014年 07月 28日
鰻と言えば、明日が夏土用の丑の日。
この日に私は鰻を食べない。旨くて安全で程よい値段の鰻が食べれるとは到底思えないからだ。
老舗の鰻屋の中には店を休むところもある。十分に客の対応ができないという理由の店もあれば、客が多くていつもの品質の素材を提供できないから、という店もある。理屈だと思う。
しらすうなぎが獲れないとか今年は少しは獲れたとか、中国で欧州産の鰻を来年から輸出しないとか、いろいろとメディアを賑わわせる時期だが、別に丑の日という一日に絞って鰻を食べることもないし、法外な値段の鰻を、他の日でも食べようとは思わない。
かつての日本には、夏の土用に、必ずしも鰻を食べるだけではない過ごし方が伝わっていた。
ほぼ三年前に、荒井修著『江戸・東京 下町の歳時記』からの紹介などで書いたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2011年7月20日のブログ
現実の鰻のことは別にして、落語の『鰻の幇間』について。
八代目文楽で名高いが、私は志ん生の、ややぞろっぺいの一八も好きだ。
野幇間(のだいこ)一八が、獲物の客を探して歩いているうちに、見たことがあるような男に出会い、つい知ったかぶりで御馳走にあずかろうとして、鰻屋で大失敗してしまう、というのが噺の中心。
実話を元にしている、という説がある。こんな男には会いたくないものだ。
先日の一之輔は、先にこの男が「おや、師匠!」と一八に声をかけさせているので、その罪状(?)は一八が声をかけるより重いだろう^^

安藤鶴夫著『落語国紳士録』
その男がどれだけひどい奴か、ということについて、安藤鶴夫著『落語国紳士録』からご紹介。
この本、私はちくま文庫(1991年初版発行)で読んだが、その後平凡社ライブラリーで2000年に再刊されている。
上の画像はちくま文庫、リンク先はAmazonの平凡社ライブラリー版である。
「せんのとこの男」の章から引用。
せんのとこの男
「鰻の幇間」に登場。浴衣がけで、手拭いを下げて、ぺたんこな下駄をつっかけていたが、その日の朝、一八が五円で買った下駄を、鰻屋の店からはいてッちゃッた男、三十がらみ。せんの家に住んでいる。
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落語国の中で、これほどいやな野郎はない。どうしていやな野郎かというと、理由はいろいろあるけれども、まず第一に、どこに住んでいるかが明らかでない。なにかというと「せんのとこだ」せんのとこだとばかりいっている。落語国の中には、それァ名なしの権兵衛は男女共にいくらでもいるが、それはまたそれで、親たちが名をつけてくれなかったとか、或はつけてくれてもてめえで自分の名を忘れちまったとかいうようなれっきとしたわけがあって、殊更らに、意識して名なしとか、或は名を名乗らないというわけではない。
ところが、この男ばかりは、明らかに名を名乗らず、さらに自分の住んでいるところも、意識的に知らせまいとしている。尤も、こんな男に鰻の一と串でもたかろうとして、なにからなにまで、みんな心得た風にみせかけた一八も、決していいとばかりはいえないようだ。うちの神さんがまた芸人が好きでね、始終大勢遊びにきているよだの、芸人の配りもののの浴衣なんかも沢山あるから取りにおいでな、なんかいうから、一八もわくわくして、是非伺います。お宅はどちらでしたッけというと「せんのとこじゃアねんか」一八がまた百年の知己の如き知ったかぶりをしちまったばかりに「あ、さいですな、心得てます、あすこんとこだ、(扇をひとつ、ぽオんと膝へ当てて)せんのとこだ・・・・・・」といわざるを得ない。この愚かなる一八に、こういわざるを得ないようにしむけているこのせんのとこの男の、なにか知性の如きものに腹が立つのである。この野郎がなんの某と名乗ってさえいれば、なにもこんなヒッチコックばりの映画のような題なんかつけなくッてもよかったのである。
さも自分がおごるような顔をして、逆に土産を三人前も持って、一八の買いたての下駄をはいて、勘定は二階の羽織を着ているあの旦那から貰ってくれを、ぷいッと消えてしまった手口は、まことに鮮やかである。
(中 略)
梅雨あけの、煮えるような暑さの中を、私はせんのとこの男を捜して歩いた。せめて、横づッぽの一つも張り飛ばしてやりたいと思ったからである。しかし、野郎が湯にいくのに手拭いを借りた家が、なんだか縁日の露店の元締めをやっている家だというところまでは分ったが、それからさきは、そこでもまた野郎は「せんのとこ」で押し通していたようだ。なんでも、王子の狐をからかったたたりを恐れて、知り合いを転々としていたらしいが、そういえば、王子で女狐をだまして、扇屋で酔ッぱらわして、さんざんな目に会わせたやり口と、全く同じいき方なのである。
いたら、お教えを願いたい。
アンツルさん、もちろんお遊びとして、こういう紳士録を書いているわけだが、『王子の狐』の男と同じとは、私は思えないなぁ^^
彼は、後から詫びに行くからね。せんのとこの男、そうするようには思えない。どちらかと言うと、『付き馬』の男と同一犯(?)ではないかと、私はにらんでいる。あの狡猾さが似ているではないか。
しかし、この男、それほど儲かったのだろうか。男に逃げられてから一八が女中を叱る時の形容のごとく、噛み切れないような(一之輔はゴムホースのようなと言っていた^^)鰻のことを考えると、実質的な男の戦利品は、桐の下駄だけかもしれないなぁ。土産の鰻を、余興の“罰ゲーム”にでも使うなら、別だが。
とは言っても、この男が捕まったら、無銭飲食には問われるだろうし、窃盗罪に詐欺罪まで加わるかな。いや待てよ、詐欺罪の方は微妙だなぁ。「御馳走する」とは明言していないのだよ・・・・・・。
また、本職の話芸の達人であるはずの一八を、それを上回る話術と策略で見事に騙すところなどは、騙された後の一八に「今度会ったらじっくり語り明かしたい」と言わせるだけの練達者であるかもしれない。
もし、後日一八が会ったなら、「この野郎!」とばかりに拳を上げるのではなく、「よっ大将、ぜひご一献!」となるのが落語界の住人の行動としては相応しいのではないか。そして、それこそが、野幇間一八の真骨頂のように思うし、そうあって欲しい。
落語の世界に登場する悪い奴は少なくない。それこそ、『寄合酒』の若い衆など、乾物屋にとっては、憎き窃盗犯である^^
しかし、そういう面々も含め、楽しく聴かせてくれるのが落語の世界。
現実で繰り広げられる様々な犯罪や、政府が国民を騙す国家的な犯罪には笑えないが、それらを思う怒りや哀しさを、いっとき笑いで救ってくれるのが落語でもある。
「せんのとこの男」、旬な噺であるだけに、しばらくあちこちで登場することだろう。落語会や寄席で、一八が見事に騙され、その悔しい思いを鰻屋の女中にぶつけているはずだ。
一八は、その後あの男と再会して、じっくり話術とヨイショの極意を学ぶことができただろうか。
もちろん、長年名人上手によって練り上げられた古典落語は、本来のサゲまででお開きなのだろうし、エピローグは蛇足でしかない。しかし、あり得ない後日譚に思いを馳せるのも、落語の楽しみ方の一つのように思う。一八があの男に会って、「いよぅ、大将!」と言った時、どんな表情を浮かべるか、そんなことも邪推するのである。「この野郎!」と拳を上げて喧嘩になれば、一八に勝ち目はなさそうだ。それより、「よっ、大将!」と持ち上げて、鰻屋の分も含めて取り返してこそ、野幇間の道(?)ではないか。その時に、せんのとこの男は、きっと、「う~」とうなって難儀するはず^^
私はヤサシイ、自分で言うのも何だが。
私は日本橋の落語会の後の居残り会で、帰ろうと思ったら、どうやら先に帰った他のお客さんに靴を間違えられた、ということがあります^^
白酒なら、一八と女中さんとの会話が、きっと楽しかったことでしょう。
きっと、都内ではなかなか味わえない落語会だったのではないでしょうか。
19世紀にアメリカで起きた有名な詐欺事件がありました。
ある日銀行に身なりの汚い男の若者が汚れた布袋を手に持ってやって来て「これをおたくの金庫に預けたい」と銀行員に言いました。
銀行員が布袋の中身を見るとダイヤモンドの原石がたくさん入っていました。
銀行員は「この若者はダイヤの鉱山を発見したのだ」と気づきました。
そこで銀行員は「ダイヤの鉱山の採掘権を私に売ってほしい」と若者に交渉しました。
若者は銀行員を鉱山に連れて行きました。
銀行員が鉱山の中に入ると採掘中の土の中にダイヤの原石がありました。
交渉が成立して銀行員は若者から鉱山を買い取りました。
数日後、鉱山から銀行員に「ダイヤの原石が出なくなった」と連絡がありました。
じつは、若者は安いダイヤの原石をショットガンの弾と一緒に土の中に撃ち込んで
ただの土の穴をダイヤの鉱山と見せかけていたのでした。
騙すつもりが騙されたと知った銀行員は自殺しました。
私は『鰻の幇間』の詐欺師の男は、この若者に似ているような気がします。
従って、後日談を創作して再会してはいけない人間のような気がします。
古い記事へのコメントありがとうございます。
そういう事件が海の向こうでありましたか。
たしかに、せんの男、再会しないほうがよいのでしょうね。
あくまで、落語を素材にした遊び心から書いた記事ですので、ご了承のほどを願います。
