人気ブログランキング |

噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

雲助蔵出し ぞろぞろ 浅草見番 7月5日

今年後半の最初の落語会も、雲助。
 見番は浅草“三業会館”の中にあるのだが、この三業は、料亭、待合茶屋、芸者置屋のことで、その昔の名残のある名前だ。蛇足だが、その昔の吉原の三業は、貸座敷、引手茶屋、芸者置屋のことになる。

 見番には、芸者さんの踊りの稽古などの場にもなる舞台と桟敷がある。この空間で開かれる落語会には一昨年4月に初めて来たのだが、それ以来、大のお気に入りとなった。とにかく、他の落語会とは一線を画している。
 とにかく雲助が大好きな落語愛好家の方ばかりの愛好会的な雰囲気が良い。だから、この会では他では聴けない演目やマクラに出会うことが出来て、ブログにどこまで書けばいいか迷うことも毎度のこと^^

 途中で腹ごしらえをして一時少し前に会場に着いたが、すでに二三十名のお客さんが並んでいた。それでも前から三列目のほぼ中央の席を確保でき、いったん外で一服。

 『中村仲蔵』のみプログラムにネタ出し。全体は次のような構成だった。
----------------------------
(開口一番 柳家緑太『たらちね』)
古今亭志ん吉 『夏泥』
五街道雲助  『強情灸』
五街道雲助  『あくび指南』
(仲入り)
五街道雲助  『中村仲蔵』
----------------------------

柳家緑太『たらちね』 (12分 *13:56~)
 この人は通算で四回目。一昨年のJAl名人会、あの松喬の『崇徳院』の際にも開口一番をつとめているし、昨年も、弟子の三喬が、師匠の訃報を楽屋で聞いたであろう時にも出ていた。そして、今年三月の新宿亭砥寄席、喜多八と白酒の二人会でも聴いている。
 「小砂眼入す」の意味の説明をとばしてしまったようだが、なかなか落ち着きもあったし、小気味良い高座と言える。新宿の時にも書いたが、1984年08月27日生まれなので今年30歳。2009(平成21)年11月 柳家花緑に入門 して、2010(平成22)年05月 楽屋入り。新宿の会で白酒がマクラで話していたが、やたら入門者が多く、楽屋入りを待つ前座が十数名いるらしい。「待機児童」と白酒が表現したが、そんな多くの前座さんの中では非常に落ち着いた高座。やや線の細さが気になるし、緊張していたとは思うが、基本はしっかりできているように思う。

古今亭志ん吉『夏泥』 (18分)
 久し振りだ。調べたら一昨年10月人形町らくだ亭以来。この人は、今では珍しくないが、大学を卒業してから志ん橋に入門し八年になるので三十代半ばになる二ツ目さん。菊生と緑太とで医療刑務所の落語会に行った時の逸話を楽しく聞かせた。ネタにもふさわしいマクラの後で、本格派の旬な噺は悪くなかった。
 この噺を得意にしていたと言われる三代目小円朝の話が矢野誠一著『落語手帖』に紹介されているが、泥棒が外から長屋に入ってきた際、明るいところから暗い部屋に来たことを、いかに眼の使い方で表現するかが大事と言っている。そのあたりも結構しっかりと出来ていたように思う。「こういうことは俺だけにしろ」と一文なしに言う、何ともやさしい泥棒さんが愛らしかった。

五街道雲助『強情灸』 (24分)
 私と同じようにサッカーワールドカップのブラジル対コロンビア戦を見るために5時起きしたようだが、横になってうつらうつら観ていたので、点の入る場面はすべて見逃したと笑わせる。
 この噺にふさわしい江戸っ子が熱い風呂で痩せ我慢、というマクラをふる。次の噺のマクラで明かされたが、先代、というから六代目の馬楽に楽屋で教わった珍しいネタをご披露。熱い風呂に入った若い男がお年寄りから我慢する秘訣を伝授される。それは、男の大事なところを・・・上品を売りにするこのブログ(?)では内容は秘密とする。そして、それを聞いた女風呂のお婆ちゃんが若い女に・・・とても書けません^^ 
 「このマクラをやりたかったので、このネタを選んだ」と笑う雲助。こっちも、こういうのが聴きたかった^^
 他の落語会や寄席では、まず聴くことはできない。この会ならではなのである。だから来るのかなぁ、見番に。
 本編では石川五右衛門の「石川や、浜の真砂は尽きるとも」の下の句が「溶けて流れりゃ みな同じ」で笑わせるが、この下の句になった由来は次の噺のマクラで紹介された。

五街道雲助『あくび指南』 (28分)
 高座に残って、五右衛門の下の句の謎解き。この噺をよくかけていた頃、「お座敷小唄」(雲助は「松の木小唄」と言っていた^^)が流行っていたので、通常は「我泣き濡れて 蟹とたわむる」なのを、ついあの歌でやってみたら、よく受けたから続けている、とのこと。それを弟子の龍玉がやっていて、「替えたらどうか」と言ったのだが、未だに替えていない、「自分と同じで無精者」と苦笑い。
 これだけ盛りだくさんなこの噺は初めて聴いた。ネタのマクラで、つりの稽古、というのは師匠譲りだと思う。そこに喧嘩の稽古が加わりようやくあくびの稽古になるが、これがすぐに夏のあくびには入らないところが雲助ならでは。
 風呂屋のあくびがあり、奥伝が茶席のあくび。こういったくすぐりは師匠の噺にもないはず。この人のことだから、幅広い情報収集の結果かと思う。本題の夏のあくびそのものは、私にとっては情景がしっかり目に浮かんでくる小三治のこの噺が抜きん出ていると思うので、少し見劣り(聴き劣り?)するが、全体の奥行きを感じさせる結構な高座だった。

五街道雲助『中村仲蔵』 (39分 *~16:13)
 仲入り後、マクラもふらずに本編へ。いろいろと雲助ならではの工夫を感じた高座。
 たとえば、仲蔵が本来は名題(落語家で言えば真打)がする役ではなかった五段目斧定九郎一役を与えれれ、女房に諭されて柳橋の妙見さまに願をかけた満願の日、雨やどりのために入った蕎麦屋の場面。ここで出会った侍の姿に斧定九郎の工夫の重要な鍵を見出すのだが、この場面で侍が、「おい、堺屋」と言う。侍が仲蔵と知っていたという設定は初めて聴いた。後から師匠の音源を確認したが、師匠は仲蔵が自ら名乗る演出。
 仲蔵が工夫した新たな斧定九郎の演出に、場内が声も出さないまま驚いている様を、仲蔵が「わるおち」と自虐しているのも珍しい。
 歌舞伎役者の格付けは、たとえば正蔵の音源では、「人足-大部屋-相中-相中上分-名題下-名題」と細かいが、雲助は簡単に大部屋、相中、相中上分、名題、としていたように思う。このへんは時代によっても違っていたのだろうからどちらが正しい、という問題ではないが、もう少し格付けの種類があったほうが良かったように思う。何と言っても、大部屋から名題になることの難しさ、ということがこの噺の背景にあるのだから。
 仲蔵による斧定九郎、雲助なのでしっかり芝居が演じられる。「五拾両~」の科白も渋く、仲蔵の工夫の説明も親切で結構。
 そして、サゲ。しくじったと思い込み上方に行こうとする仲蔵が座頭の団十郎に呼ばれるわけだが、その場に女房おきしがいた、という設定は初めてだ。だから、家に帰る場面もない。そして、八百善の弁当を使ったサゲ、これまた初めて聴く。ちなみに師匠馬生は、伝九郎からもらった煙草入れを使ったサゲ。 正蔵と同じ。
 背景に雲助の勉強熱心さを感じた高座だった。しかし私は、この噺は、伝統を重んじる歌舞伎界において大部屋から名題になった仲蔵と周囲との葛藤が背景にあると思うので、仲蔵に斧定九郎一役をふったのが団十郎の仲蔵への期待、という設定は、どうもしっくりこない。事実は分からないが、やはり、座付き作家のいじわるという設定のほうが良いと思う。最後の伝九郎との会話も、今ひとつ心が動かされることがなかった。正蔵のような、マクラで「申し上げます」の逸話を挟むと団十郎との関係も分かるので、もっと印象も替わると思う。
 もちろん、雲助の高座が悪かったわけではないので、これはあくまで好みの問題。


 終演後は、楽しみだった居残り会。リーダーSさんはすでに開演前の散歩で店を決めていた。明るいうちから開いている店があるのかと思っていたので、事前の入念な準備は流石!
 馬道の交差点近く、花川戸にある創作料理のお店。カウンターが六席分くらいと奥に狭い座敷。その小ささがいいのだ。なんとママさんはプロボウラー。その座敷でSさん、Oさん、そして紅一点M女史のよったり。お任せの料理と生ビール、そして常温の菊正で、話題はあちらこちらに飛びまくったなぁ。気がついたら周りが夜になっていた^^

 帰宅後はパソコンも開けずに風呂に入って寝ましたとさ。
 今日は久し振りのテニス。昼の酒はほどほどに抑えたものの、帰ってから少し寝て、ようやくこの内容を書き始めたのだが、今朝は見なかったサッカーワールドカップのニュースなどを見ながらでは、そうは進まない。もうじきウィンブルドン男子の決勝が始まるという時間まで、書き終わらないのだ。

 雲助の見番は12月までないようだ。その会はテニスの合宿日と重なった。残念。もちろん、雲助を聴くなら日本橋もあるし、寄席もある。
 しかし、これは他にも噺家はいるぞ、という落語の神様のお告げ、なのかもしれない。少し偏重し過ぎた気もする。
 まぁ、都合との相談で、無理のない程度に今年後半も落語を楽しみたいものだ。
Commented by 雨休 at 2014-07-07 01:51 x
今回も堪能いたしましたね!

先代馬楽師匠、私は結局、生の高座には接する機会がなく。
『馬楽が生きる』というご本を出したとたんにお亡くなりに
なってしまい、「しまった!」と思っても後の祭りでした。
たいへんに…アチラの方がお好きな師匠だったんですよね、
川戸さんの『対談落語芸談』なんか拝見すると、もう…
おかしくって^^。
古い芸人さんですから、あまりやり手のないバレがかった
小噺など、色々お持ちだったでしょうね。
あまりおおっぴらに吹聴もできませんが^^;、ああいう
ものを聴かせてくれるのもうれしい趣向です。

お、『仲蔵』はベストの候補にはお入れにならないんですね。
雲様の『仲蔵』は…キザですよね、全般に^^;。
以前、金星会館での蔵出しで初めて聴いた時には、
浪人が堺屋(榮屋)と知って声をかけるくだり、そして
あの弁当のサゲに、ちょっと照れちゃった記憶があります。
私は、淡々と演る林家のものが、物語の起伏には欠けても
一種の爽やかさがあって好きですが、雲師演のように、
思い切ったクサい演出を楽しむのも、聞き手としての
喜びですね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-07 08:58 x
三席とも、充分に楽しむことができた会でした。落語会としては、まったく小言の入る隙間はありません。開口一番も替わったし^^
先代馬楽のことはよく知らないので、これから勉強します。調べ甲斐がありそうですね!

仲蔵は、好みです。
書いた通りで、私も正蔵の型が大好きなもので、マイベスト候補には選び難く・・・・・・。
しかし、師匠の音源では、しくじったと思い、仲蔵と女房が一緒に夜逃げの支度をする、という設定でしたが、これを仲蔵のみが上方へ行くと替えていたのは良かったと思います。
落語愛好家も、いろいろ好みがあるので噺家さんも大変ですね。
さぁ、次はどこで雲助を聴けるかなぁ。

Commented by 佐平次 at 2014-07-07 10:06 x
一朝の仲蔵と雲助と、イッチョウいったんなんちゃって、短はない、どっちも楽しい。

Commented by ほめ・く at 2014-07-07 10:10 x
私も『仲蔵』は先代正蔵がベストだと思っています。次いで圓生、志ん生は全くダメでした。
雲助の演出はやや作り過ぎの感もありましたが、芝居の所作はさすがと思わせてくれました。
前座の交代は正解でした。あの何とか言う女流は勘弁して欲しい。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-07 11:12 x
私も、二者択一的な考え方は好きじゃないのですが、この噺はどうしても正蔵の型への思い入れが強いもので・・・・・・。
一朝もぜひ聴いてみたいと思います。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-07 11:19 x
やはり、正蔵ですよね。

淡々としながら歌舞伎界全体の構図を説明し、その厳しい芸の世界における仲蔵の立ち位置が分かります。
「申し上げます」の逸話で団十郎も伏線として登場。
女房が出しゃばらないながらも、強い心で仲蔵を支える姿も結構。
雲助なら、師匠がマクラで語る四代目円喬の『牡丹灯籠』における中村泥舟との槍をめぐる逸話なんかは、遺して欲しかった気もするんですよ。
芝居の部分は誠に結構で、追随を許さないでしょう。

前座、ほめ・くさんや私の小言が少しは効いたかな・・・そんなことはないでしょうね^^

Commented by at 2014-07-08 06:49 x
「楽屋入りを待つ前座が十数名いるらしい」というお話、考えさせられます。
今の若者は冒険しないと言われてきましたが、どうしてどうして、なかなかチャレンジングなんじゃないでしょうか。

前座でいいなと思ったのは(みな今では二つ目ですが)、花いちの表情豊かな感じ、一蔵(前座名朝呂久)のはっきりした語り口です。

将来、誰が伸びるかを予想するのも落語ファンの一つの楽しみです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-08 09:00 x
入門者が多いことを“チャレンジング”と考えるかどうか、難しいところです。
家に引きこもりになるよりもいいとは思いますが、食べるには困らない背景があっての入門、という人も多いのではないかな。
前座にアンケートを取るとおもしろいかもしれません^^

小辰や一蔵を最近聴いていないので、そろそろ定点観測が必要かと思っています。芸協の若手も評価の高い人で未見の人が多いので、気になります。
体と財布が二つ欲しい!

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2014-07-06 15:50 | 寄席・落語会 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛