「芝居がかり」と雲助—『雲助、悪名一代』などより。
2014年 06月 21日

五街道雲助著『雲助、悪名一代』
「第5章 師匠もつらいよ!? ~弟子から「師匠」へ。師匠から弟子たちへ~」より引用。
芝居がかり
落語と歌舞伎は大変に関わりの深い芸能です。
元は落語や講談だったものが、歌舞伎化されるというのは先にも触れましたが、逆に、落語が歌舞伎を取り入れることもあります。
その手法のひとつが、芝居がかりというものです。
といっても最初から最後までではなく、いわゆるクライマックス、見せ場だけ歌舞伎風になる、その部分を芝居がかりといいます。
たいていが人殺しなどの暴力的な場面でして、芝居がかりにすることで少しでも生々しくないように、後に嫌みが残らないように、という工夫のようです。
台詞回しが歌舞伎調になるのはもちろん、三味線やツケといった音響演出を入れて演じます。
わたしが最初にやった芝居がかりは、『宮戸川』という演目でした。
(中 略)
速記でこの後半部分を見つけて、どうしても芝居がかりでやってみたくなりました。
しっかり「芝居がかり」とは何かが説明されている。
このあとに、昨日の記事で紹介した芝居がかり部分のシナリオが紹介されている。
雲助が刺激を受けた速記の噺家さんの名は本書に記載されていないが、たぶん三代目の春風亭柳枝だと察する。
雲助が芝居がかりに興味をもったきっかけは、次のように書かれている。
芝居がかりのおもしろさに目覚めたきっかけは、三遊亭圓生です。
わたしが二ツ目のころ、圓生が『双蝶々』を演るというので、舞台袖から観させてもらいました。勉強熱心な若造に感心したのか、圓生がお小遣い(千円)をくれました。
『双蝶々』は、三遊亭圓朝の作品で、二時間近い大作です。
貧乏長屋に生まれた長吉が、継母をいじめるので家を追い出されるように奉公へ出されるまでが序章。長吉が奉公先で盗みをしていたことがバレ、それを知った番頭・権九郎に脅されて店にある大金を持ち逃げするのですが、その際に権九郎を殺して金を独り占めする計画を立ち聞きした定吉を殺す『定吉殺し』、店の外で落ち合った権九郎を殺す『権九郎殺し』、その後、悪事に悪事を重ねてすっかりヤクザ者となった長吉が、年老いて病に伏せる父親と再会する『雪の子別れ』の、四部構成になります。
このとき、圓生は『定吉殺し』と『権九郎殺し』を演りました。
『定吉殺し』は何度も聴いていたのですが、『権九郎殺し』はこのとき初めて聴いて、いえ、観て衝撃を受けました。
舞台に膝立ちになり、三味線にのった朗々たる台詞回し、そこにツケが入り、長吉と権九郎の立回りから権九郎が殺されるまでは舞踏のように美しい所作、目線と手の動きで長吉と権九郎を演じわける技術に圧倒されました。
のちに自分でもどうしてもやってみたくなり、ソニーの『圓生百席』を手がけたプロデューサー、京須偕充さんがこの公演のリハーサルと本番のビデオを入手してくださったおかげで、それを見て動きの稽古をすることができました。
(中 略)
『権九郎殺し』の立回りの所作ができるようになったおかげで、『髪結新三』の深川閻魔堂の場面、新三と弥太五郎源七の決闘も演れるようになりました。
なるほど、圓生の『双蝶々』がきっかけだったのだ。だから、一門でこの噺のリレー落語を行うなど、特別な思い入れがあるのだろう。

矢野誠一著『新版 落語手帖』
また『宮戸川』のことに戻るが、矢野誠一『新版 落語手帖』のこのネタの部分に、榎本滋民さんの次のような指摘が掲載されている。
たいていの解説が『宮戸川』は後日譚はつまらないので、馴れそめしか演じられないのだと片づけているのには、賛成できない。作が不出来なのではなく、初代三遊亭圓右あたり以後巧みに演じる者がいなくなったため、つまらないように思われているにすぎないのだとぼくは断言する。 榎本滋民
この本の唯一の欠点だが、出典が書かれていない。私は所有していないが、たぶん『大衆芸能資料集成 第四巻 寄席芸 1落語』(三一書房、1981年7月15日発行)かと察する。
(*この件、P.S.をご参照のほどを)
榎本滋民さんの意見に合点である。
そして、雲助が“巧みに演じる”ことで、この噺は本来の芝居ばなしとして蘇るだろう。
未見だが、小満ん、喬太郎も通しで演じるらしいので、ぜひ聴きたいものだ。喬太郎は、円歌の了解を得てかけているとのこと。そう言えば円歌の通しは『品川心中』とのカップリングでCDが発売されているなぁ。そのうち聴いてみよう。
あらためて、雲助の芝居がかり、今後もぜひ聴き、観たいと思う。
そして、一門弟子にも、白酒は別にして残る二人には、しっかり圓生→師匠と継承されてきた芝居がかりを磨いて欲しいと思う。
P.S.
雨でテニスが休みとなった日曜の午後、町田の古書店で榎本滋民著『落語小劇場』(上・下)(三樹書房、昭和58年初版)を入手。出典はこの本でした。あえて、記事は修正しません。この本については別途ご紹介予定。
