人気ブログランキング | 話題のタグを見る

落語睦会 ~新茶のゼントルマン~ 国立演芸場 5月21日

久し振りの落語会は、昨年12月以来の隼町での睦会。ぎりぎりまで都内で野暮用があり、半蔵門駅近くのコンビニでおにぎりを一個買って国立演芸場へ。
 ロビーでおにぎりを食べようと思っていたら、Sさんとお会いした。参加予定のYさんから仕事で欠場のメールがあったことをお互いに残念がったが、これも宮仕えの辛いところ。私だって、十分にあり得ることなのだ。

 結構なお客さんの入りで、終演時点では九割がた席が埋まっていたような気がする。この三人である、不思議はない。

 次のような構成だった。
---------------------------------
(開口一番 柳家喬之進『出来心』)
瀧川鯉昇   『へっつい幽霊』
(仲入り)
入船亭扇遊 『ねずみ』
柳家喜多八 『お直し』
---------------------------------

柳家喬之進『出来心』 (18分 *18:30~)
 久し振りだ。また、太った印象。2000年の入門で、二ツ目では三遊亭司の次の香盤になるから、順当なら来年の真打昇進。開口一番で出会える機会も残り少ない、ということだなぁ。キッチリした高座は相変わらず。間抜けな泥棒の子分が、最後に親分に家に入って盗もうとする設定。『花色木綿』的に構成しようとすると、あと五分はかかるだろうから、時間短縮の工夫だろう。 以前はそんなに気にならなかった、声の“高さ”が少し耳についた。難しいとは思うが、何とか工夫や鍛錬によって、もう少し低めの落ち着いた声になれば、この人の芸の幅が広がるのではないか。そんな気がした。

瀧川鯉昇『へっつい幽霊』 (45分)
 いつもよりは短めの“サイレントタイム”の後、春先は血圧と年収がすっかり下がって、と言う一言で会場も爆笑。消費税アップ→カード(PASMOなど)と現金の金額差から、十八番の自動(児童)改札ネタへ。次に、亡くなったお婆ちゃんが生き返った話、鎌倉から逗子に向かうトンネルの話など幽霊ネタをふってから本編につなげる無理のない流れ。
 約11分のマクラの後の本編、ほとんど三木助の型と言ってよいだろう。上方訛の男がへっついを返す、と言ってくる部分では、三木助はこの男が「なぁ、道具屋」と、「道具屋」という言葉を何度も繰り返すことで笑いの一つの山をつくるが、鯉昇は同じ上方訛の男を登場させながらも、「道具屋」連発の演出はしなかった。かと言って、この人ならではのクスグリも極力抑えた高座。幽霊の仕草などはこの人らしい演出で見た目で笑わせるが、鯉昇落語としては大人しい部類に入ると思う。  以前に座間で聴いた『芝浜』も、三木助版をしっかり踏襲していた結構な高座だったなぁ。噺によっては枝雀への思いを強く感じる(『日和違い』や『質屋庫』など)が、東京落語では三木助が好きなのかもしれない。あるいは、扇遊の師匠扇橋への思いがネタ選びにつながったか。

入船亭扇遊『ねずみ』 (36分)
 ポール・マッカートニーの話題から自分の高校時代のフォークソング体験、最近のニュースで気になる女性が二人いる、などのマクラで引っ張っていたが、実は喜多八が池袋演芸場(落語会さきがけ)と掛け持ちで、まだ楽屋に現われないことを暴露。羽織は、次の演者が到着したかどうかを伝える役割もあって、「今、着いたようです」とホッとし12分ほどのマクラから本編へ。
 実に端正な高座。先日師匠の扇橋のことを書いたが、この噺も三木助から師匠を経由して伝わる一門の大事な噺だ。こういうと贅沢な小言になるのだが、“綺麗”な高座すぎた印象。せめて、虎屋の番頭、虎を彫る飯田丹下については、もう少し“悪(ワル)”の側面を描いて欲しかったなぁ。『甲府い』のような後味の高座で、気持ちは良いのだが、劇的な要素が少なく、すっと軽~く行き過ぎた、そんな印象。
 しかし、この端正さがこの人の持ち味でもあるんだよなぁ。以前に聴いた『三井の大黒』では、棟梁の政五郎が大いに結構だったが、この噺では二代目政五郎の科白がサゲ前のほんの少ししかないこともあり、この人の持ち味である鯔背な江戸っ子を噺に織り込むことが出来ないことも影響しているのだろう。

柳家喜多八『お直し』 (30分 *~20:57)
 やや照れながらの登場。池袋との掛け持ちについては、国立演芸場が三年後に改装工事が始まって使えなくなるので、この会も池袋芸術劇場で開催すれば、池袋で掛け持ちがしやすくなる、とやや無茶な言い訳^^
 先の二人が喜多八のために時間を稼いでいたことを踏まえ、短いマクラから、なんとこの噺へ。
 結論から言うと、これぞ喜多八ワールド、という素晴らしい高座。志ん生が昭和31年に芸術祭を受賞したことは有名。
 あらすじを少し紹介。
  年齢(とし)とともに人気を落とした花魁と、そんな彼女に優しい言葉をかけた客引き(妓夫太郎、牛太郎とも書く)の二人が出来てしまい、見世(みせ、女郎屋のこと、志ん生は“貸し座敷”と言っている)の主人の情けで二人は所帯を持ち、女房は“おばさん”として見世で働き始めた。二人で稼ぐのでそこそこの貯えができると亭主がコツ(千住)で遊んだり博打にうつつを抜かし、金は底をついて女房は質屋通い。亭主が無断で仕事を休むことも多くなり、見世にもいられなくなった。働き口がなくなって困り果てた二人。そこで、亭主は心を入れ替えたと詫びて、お歯黒どぶそばの羅生門河岸の見世に空きができたから女郎になれ、と女房に頼む。その見世とは、お客を蹴飛ばしてでも入れようとするから「蹴転(けころ)」と呼ばれる、吉原でも最下等な見世。逡巡していた女房が肚を決めてからが、見どころ、聴きどころだ。

 女房が、「お前さんは人間が嫉妬(やきもち)やきだからねぇ。あたしが客にいろんなこと言うけど、お前さんがそれを見て、歯ぎしりしたり眉(まみえ)を上げたり下げたりしていられたぁ日にゃあ、あたしぁ仕事ができないよ」と釘をさした。この前提があるから、後の会話も生きる。
 何人か客を逃がした後、亭主が引っ張り込んだ酔っ払いが、こんな場所にしてはいい女だ、掃き溜めに鶴だ、身請けしよう、などと言うと女房も嬉しいわと返して、いちゃいちゃする。
 客が帰ってからふてくされている亭主と女房の会話。喜多八の高座の記憶と志ん生版を参考にし、やや短縮版だが、こんな感じだ。

亭主 やめた!俺ァこんなことよすよ。ばかばかしくってよ
女房 何さぁ?
亭主 おめえ、あの野郎んとこ行って、女房になるのか?えぇ、おい
女房 誰がだよ
亭主 誰がって、いま、そう言ってたじゃねえか
女房 何言ってるのさ、お前さん、嫉妬(やきもち)かい?
亭主 嫉妬じゃねえ、ただ・・・おもしろくねえだけだ
女房 じゃぁ、どうすんのさ?
亭主 やめだい、こんなこたぁ
女房 やめ?・・・じゃぁよしちゃおうじゃないか
亭主 おう、よしやがれ!
女房 (少し間のあと、声を一段と高く)こっちだって、こんなことしたかぁないんだよ、
    自分が悪いんじゃないか。あたしとお前さんが一緒になって、どうかして別れたくない
    と思うから、こんなことしてるんだよ。いい歳して、顔の白粉がねぇ、口をききゃ落ちる
    のを我慢しているのは、何のためなんだい・・・こんな私でも、お前さんの女房だ
亭主 (急にやさしく)おこっちゃぁいけないよ、俺だって、おめえの体が心配だから・・・

 女房の「顔の白粉がねぇ、口ききゃ落ちる」の言葉が、なかなか泣かせる科白で結構なのだ。この後は、亭主が平謝りして仲直りする会話になり、サゲにつながる。

 この二人の会話で、喜多八、吉原で生きるためのぎりぎりの境遇における、夫婦の情愛を見事に描いてくれた。この後、この二人には幸せに暮らして欲しい、そんな思いがしたなぁ。

 “蹴転ろ”は線香が立ち切れる度の支払い。酔っ払いと女房との会話に嫉妬する亭主が四回目に「直してもらいなよ」と言った後、客が「なんか早かぁねえかい」で、しっかり笑いをとる。
 それぞれの人物像を少ない科白と仕草で明確に描写する技量はこの人ならでは。女郎屋の主人も良かったし、酔っ払いの客も可笑しい。亭主が客を捕まえては逃がしてしまう場面の「キャッチ&リリースだね」には笑った。
 逃がした後で女房に叱られ、やって来た酔っ払いの袖をしっかりつかんで離さない仕草からは、亭主の、女房が無理をしてるんだから俺も負けずに頑張ろう、という思いが伝わった。
 始まってしばらくは、相変わらず顔色が良くないので、短い科白を大声て言って大袈裟な仕草で笑いをとるつもりかな、と思わないでもなかったが、それら全てはこの噺に相応しい演出であったと思う。文句なく、今年のマイベスト十席候補としたい。 あえて付け加えると“新茶のゼントルマン”という副題にかかわる、“お茶を引く”の言葉もあった。他の二席には、お茶は登場しない。
 終演後の居残り会でも話題になったが、人間の持つ“悪(わる)”の側面や、“影”の部分を効果的に描くことにかけては、この人は大変な技量を持っている。談志の言う“業の肯定”にも近いものを感じるが、喜多八は談志を引き合いにされるのは好まないだろうなぁ。端正で善人がたくさん登場した扇遊の高座とは、好対照でもあった。

 終演後は我らがリーダーSさんと、Oさんの三名で居残り会。創立(?)メンバーの一人Yさんは上方の空の下だ。喜多八の高座についてはもちろん、文学談義にもなり、司馬遼太郎と吉村昭のことや漱石など話題は広がり、越後の酒、清泉の二合徳利が何本空いたのやら。ラストオーダーの声を聞いたのだから、帰宅が日付変更線を越えるのは想定(?)通り。
 Sさんや、国立演芸場前でお別れしたI女史は、あの文楽特別興行を観に、連日の隼町通いらしい。あの方々の元気なこと、そして好奇心旺盛で多趣味なことには驚くばかりだ。

 さて、喜多八の『お直し』の余韻が残っているうちに、少し補足など。

 舞台の“羅生門河岸”を「吉原再見」のサイトから拝借した吉原の図で確認。「吉原再見」サイトの該当ページ
落語睦会 ~新茶のゼントルマン~ 国立演芸場 5月21日_e0337777_11121602.gif

 お歯黒どぶ脇の羅生門河岸に、畳二畳ほどの見世が並んでいたらしい。志ん生は「九尺二間」と言っている。両側に小さな見世がつながっている間に細い路地があって、そこを冷やかし(覗くだけの客)も通るので、客引きは相手の着物の袖を素早くしっかりつかんで、引っ張り込まなければならないのだ。

 喜多八がマクラで言っていた国立劇場、国立演芸場の改装工事の件は、下記のように報じられている。
毎日新聞サイトの該当記事

国立劇場:17年4月から3年かけ大改修 五輪行事も視野
毎日新聞 2014年01月30日 15時10分

 歌舞伎や文楽など伝統芸能の拠点として親しまれている国立劇場(東京都千代田区隼町)が、2017年4月から休場し、約3年をかけて大改修されることが30日、分かった。開場から約半世紀が経過し、老朽化が著しいため。20年に開催が決まった東京五輪の関連行事会場となることを視野に入れ、同年6月完成を目指すという。

 国立劇場は、大劇場(1610席)と小劇場(590席)からなり、1966年11月に開場。隣接する、寄席演芸主体の国立演芸場(300席)は79年3月に開場した。

 運営する独立行政法人日本芸術文化振興会(茂木七左衞門理事長)などによると、劇場は給排水や空調に問題が生じている。計画では基礎部分をそのまま活用し、国立劇場や演芸場、事務棟など5棟を1棟に集約。「校倉(あぜくら)造り」を模した外観は残す予定だ。総工費は約400億円を予定。工事期間中の公演については、代替劇場を含めて検討中という。【小玉祥子】


 2020年の五輪関連、ということか。老朽化への対策は結構なのだが、私が好きな寄席会場の一つが、妙に落ち着かない環境にならないことを祈ろう。

 以前にも喜多八で聴いているような気がしたが、記録を見ると初のようだ。師匠小三治の音源があったような気がしたが、これまたなさそうだ。日々脳細胞が大量に死滅している。

 それにしても、喜多八は、誰に稽古をつけてもらったのだろうか・・・・・・。

 当てずっぽうで古今亭の何人かの名前でグぐったら、雲助の名で、彼のホームページの「雲助のぶつくさ」という日記風の記事で、次の内容を発見。十年ほど前のことだ。(前半と後半は省略、太字は管理人)
五街道雲助のHPの該当ページ

平成十四年 二月十日 於・鈴本演芸場
◎お直し
  ・
  高座に上がってみるとどうやら前の方のお客様は「お直し」目当てのカンジ。その他は日曜のお客様か。三連休の中日なのでまずまずの入り。枕を振りながら様子を探るがどうやら席も立たずに聴いてくださるようだ。そのまま本文に。この噺はまだ何度かしか演っていないが「遅くたって目が覚めたい」はウケたりウケなかったり。まだウケどころがハッキリ分からない。「お客を蹴転がして入れるからケコロってんだよ。又は羅生門河岸とも言うんだ」の羅生門が出てこないのでこの台詞はとばした。(^^ゞ口に紅を塗って亭主に「どうだい」と言うところは女房から女郎に変わるところ。いささかケレンだがこのくらいはようがしょ。(^.^)あたしの雑俳の宗匠は歌舞伎座のイヤホンガイドもやっている人だが、この宗匠が「名人が芸をダメにする」と言う。ハナは分からなかったが、要するに名人の芸に傾倒するあまり踏襲しようとするが踏襲しきれず、それでもなお後世の者に託すから芸に枠が出来て矮小化してつまらなくなると云うことらしい。例として山城抄掾と六代目の菊五郎を上げた。そして猿之助や勘九郎のケレンが必要なのだと言う。なるほど分からないでもない。噺家でも名を残した人はケレン味のある人が多い。大圓朝師も素噺に転じるまではケレンたっぷりの芝居噺で名を売ったし、江戸前と言われる黒門町もよく聴けば結構ケレン味のある芸である。近ごろ年齢のせいかケレンをさして恥ずかしいと思わなくなったのは良い傾向なのか知らん。でもケレンなくあっさりと生涯を終わった噺家も好きなんだよな~。
 ウケどころの少ない噺で「直してもらいなよ」「ヤケに早ぇなぁ」のくすぐりがウケてホッとする。そのあとの女房の口説(くぜつ)は少々クサいが、このくらいに演らないと下げが生きてこない。どうにか下げまで持っていけた。楽屋に下りてガックリ疲れた。喜多八さんが袖で聞いていて「今度稽古をしてください」と言うから「これは門外不出でゲス」と断った。あたしは決して根多惜しみをするタチではない。頼まれれば自分がいい加減に覚えた根多でない限りは、あたしが掘り起こした根多でも何でも教えている。でもこの噺は教えたくない。語弊のあるのを承知で言えば「柳家には演ってもらいたくない」なのだ。(^m^) 一つぐらいあたししか演らない根多があってもいいですよね~。 楽日は弟子達と打ち上げをするのだが喜助は自分の会でいないし、かなり疲れていたのでやらずに帰った。地下鉄のあたりで鈴本のお客様らしきご夫婦が「ここは笑点なんかのスターはあまり出ないんだよ」とか言っていた。こん平師も木久蔵師も出るんだけど…。(^_^;)こうしたお客様には「お直し」はマニアック過ぎたかな~。ぶつくさ…。
  ・


 この“ぶつくさ”、『お直し』という噺を演じる側の噺家さんの思いが分かるし、古今亭の柳家への意地(?)もかいま見られて、なかなかに楽しい。 “ケレン”かぁ。喜多八の高座、ケレン味があったなぁ。それにしても、雲助が耳にしたお客さんらしき夫婦の会話、“笑点なんかのスター”という言葉は、なんとも・・・・・・ぶつくさ・・・。
 
 しかし、この後、喜多八のたっての願いで雲助が稽古をつけた、ということなのだろうか・・・・・・謎だなぁ。

 こういった疑問が残るからこそ、今後も落語を楽しめるのだ。
 この噺では「直す」は“延長”を意味するわけだが、もちろん別の意味もあるなぁ。私の落語への好奇心、というか偏執狂的なほとんど病気は、とても“直し”ようがない。(お粗末)
Commented by 佐平次 at 2014-05-22 21:15
「吉原酔狂ぐらし」には今の吉原のことも載っているので現場に行って突き合わせてみたくなりました。
観るだけですが。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-05-22 21:45
もちろん、観るだけ^^
喜多八、楽しそうにやってましたね。
新たな十八番ですね。

Commented by りつこ at 2014-05-23 09:25
いつも楽しく読ませていただいております。
喜多八師匠が「お直し」を教えてもらおうと思ったという話、前にご本人がまくらで話していらっしゃいました。
雲助師匠から断られてしまったけれどどうしても教わりたくて、志ん生師匠のお姉さま(だったか?)がご存命で自分は女性にはかわいがられる性質なので、その方に許可を取った、とか。

どなたに教わったんでしょうね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-05-23 10:56
そうですか。
からめ手で行きましたね。
美津子さんが許して、雲助が教えた、ということかもしれませんね。
あるいは志ん生の音源で覚えて、それを雲助に聴いてもらい直してもらったかな。
「お直し!」なんてね--

Commented by 彗風月 at 2014-05-23 13:59
居残り会での「あのお直しはどこから来たのか」という話題が、解決しそうですね。ナルホド雲師の型としてありそうな感じです。
にしても、教わり方こそが寧ろケレンです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-05-23 15:05
なんとか、あの疑問が解決しそうです^^
たしかに、“ケレン”な喜多八です。
雲助の『お助け』も聴きたくなったなぁ。

名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2014-05-22 06:47 | 寄席・落語会 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31