『今戸焼』—きんか糖も今戸焼も、落語も消えずに残ってほしい!
2014年 03月 11日
「東京の土人形 今戸焼?!今戸人形? いまどき人形 つれづれ」さんサイトの「今戸の狐」のページ
サイトの管理人さんが今戸焼について説明されているページもある。引用する。
今戸焼について
一昔前までは、「今戸焼」といえば、落語好きや江戸趣味の方でなくても、関東地方一円で通用した言葉でした「今戸焼」は浅草今戸町を中心に隅田川沿岸に栄えた江戸東京の焼き物のブランド名で、硬焼の食器類を「瀬戸物」と呼ぶのに対して、素焼きや楽焼の雑器類を「今戸焼」と呼んでいたようです。また「今戸焼」からは「今戸焼の土人形」も生まれ、身近に愛されていました。現在では東京の人でも「今川焼き」のことですか?という人にも随分出会います。ここでは、そうした「今戸焼」についてお話したいと思います。
窯元は、現在ただ一軒残るだけらしい。
今戸焼
浅草、今戸町。観音様のある浅草の中心部から北東に隅田川をb遡り、言問橋を過ぎて左に「待乳山聖天」を眺めながら進むと、大きな建物。「台東区リバーサイドスポーツセンター」、そしてX橋で有名な「桜橋」の袂に出ます。ここが今戸。現在も台東区今戸という町名が残っています。遠い昔はには「今津」という地名だったと言われています。今では暗渠となった山谷掘の水門の辺りは竹屋の渡しの発着場だったそうです。
現在、今戸に残るただ一軒の窯元「白井さん」の工房がスポーツセンターの筋向いにあります。(ただし今戸に残る一軒ということで実際には、葛飾区内には今戸焼屋さんはまだ健在です。)また今戸神社(旧・今戸八幡)の境内には宝暦2年に建立され、文政5年に再興されたという石彫の狛犬一対が残されており、その基壇には、「焙烙屋中」「当町火鉢屋中」「土器屋」の42人の名前が刻まれています。
廃れゆく状況を見て、管理人さんの思いが嵩じて、ご自分で作られるようになったらしい。
管理人さん作の狐の写真をお借りした。

良助や小間物屋の女房(コツのサイ)が絵付けする姿が目に浮かぶではないか。
今では聴くことがなくなったが、『今戸焼』という落語もある。紹介したサイトにはこの噺のページもあるのだ。
「東京の土人形 今戸焼?!今戸人形? いまどき人形 つれづれ」サイトの「今戸焼」のページ

佐藤光房著『合本 東京落語地図』(朝日文庫)
『今戸の狐』でも引用した佐藤光房著『合本 東京落語地図』から、『今戸焼』の粗筋をご紹介。
亭主は仕事から帰ってくると、女房は留守。長屋中の女がいない。どうやらそろって芝居見物に行ったらしい。男は一人で愚痴をこぼす。—真っ黒になって働いて帰って、てめえで戸締りを開ければ、女房が掃除をしねえからホコリだらけで。火鉢に火がねえ。火がねえから湯がわいてねえ。ものは順にいってやら。これじゃたばこをのむことも出来ねえ。
(中 略)
そこへ女どもが帰ってくる。一人が、遅くなったから亭主に謝らなきゃというと、もう一人が「謝ると癖になるよ。亭主なんてものは月に五、六たびはお仕置きをしなきゃいけないんだよ」。亭主は怒って口をきかないが、女房は一向にこたえない。「おまえさん、怒ってる方がいいよ。ふだんでれりぼーっとしている顔よりしまってるよ。一週間ほど怒っていたら」。
亭主が「芝居に行くなじゃねえが、あとがうるせえ。元さんは吉右衛門に似てますね、三吉さんは宗十郎に似てますといわれるたびに、亭主は肩身の狭い思いをしてるんだ。ものにはついで、浮世には義理、夫婦の間には人情てえものがある。よその亭主ばかり褒めるな」というと、女房が「おまえさんも似てるよ」「だれに」「福助」「役者のか」「なに、今戸焼の福助だよ」
江戸の長屋の住人にとっても芝居が身近な愉しみであったことをうかがわせる。
「東京の土人形 今戸焼?!今戸人形? いまどき人形 つれづれ」さんのサイトから福助の写真もお借りする。

これでは、亭主も怒るわなぁ^^
この後にこう続く。
やる方は疲れない、ごく軽い噺なのだろう。八代目三笑亭可楽(昭和三十九年没)が、あまり気の乗らないような時に軽い調子でしゃべっていた。
八代目の可楽。ジャズ・クラリネット奏者の北村英二や、ブルーコーツのバンドマスターだった小島正雄なんていうジャズマンにヘビーなファンのいた噺家さん。私も大好きだ。『らくだ』『反魂香』『三方一両損』『士族の鰻』『味噌蔵』『たちきり』など、十八番があるが、『今戸焼』は、実は聴いたことがなかった。
『今戸の狐』は初代三笑亭可楽を題材にし、『今戸焼』は八代目がネタとしていた。なんとも不思議な縁を感じる。
その可楽の映像があった。気の乗らない時だったのかどうかは、定かではない。この人、どの噺もこんな感じなのだ。
白酒の高座からの縁で、初めてこの噺を聴くことができた。落語、江戸の風俗や伝統を愛する方々がいらっしゃるお蔭である。ありがたいことだ。
今戸焼も金花糖も、そして江戸の風俗や長屋の生活を伝える噺も、消えずに残って欲しいと願うばかり。
それにしても、よくこんな映像が残っていたものだ。
落語の「今戸焼」は可楽の他に9代目留さん文治が得意にしていました。文治の方は「エデンの東」などのクスグリを入れサゲも変えていて楽しい1席になっています。、
留さん文治は、歌舞伎役者ではなく映画俳優の名前で、サゲは福助の代わりに渥美清と言っていたらしいですね。音源残ってたらぜひ聴きたいんですが、ないだろうなぁ。
市販のCDもあります。
落語も次第に、その昔に語られていた江戸の庶民生活を伝えるネタが演じられることが少なくなりつつあります。
今戸焼が伝わらないから、今戸焼にまつわる噺を敬遠するのではなく、ぜひ現在の噺家さんが高座でかけることで「今戸焼って、どんなもの?」という話題が交わされ、伝統も復活すると良いと思います。
銭湯が減ってきたから『湯屋番』というネタが消えていったり、その職業が消えたので『鋳掛屋』という噺を聴くことができなくなるなんて、私は許しません^^
いまどきさんのご努力、敬服いたします。
ぜひ今後も江戸文化の復興のためにご活躍を期待しております。
ぜひ、実物も手にしたいと思っており、後日ご連絡申し上げます。
