新宿亭砥寄席 柳家喜多八・桃月庵白酒 新宿文化センター 3月7日
2014年 03月 08日
いただいたプログラムでは、喜多八→白酒→仲入り→白酒→喜多八、の順で書かれていたが、喜多八が「早く自転車で帰りたい」(白酒談)ということで逆になった。
次のような構成だった。
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(開口一番 柳家緑太『狸の札』)
桃月庵白酒 『喧嘩長屋』
柳家喜多八 『片棒』
(仲入り)
柳家喜多八 『(小咄)長命丸~長命』
桃月庵白酒 『今戸の狐』
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柳家緑太『狸の札』 (15分 *19:02~)
場内アナウンスが19:00から、やや冗長に流されたのは感心しない。過去に何かあったのだろうが、「高座の噺家さんに直接花束などを渡さないように」、などという注意は初めて聞いた。アナウンスは開演時間前に願いたいものだ。
さて、この人は、昨年(三喬が目当て)と一昨年(亡くなった松喬の高座に間に合った)のJAL名人会で聴いているので三度目。ようやく落語協会サイトのプロフィールに少し情報が入った。生年月日が、1984年08月27日なので今年30歳。出身地は大分県玖珠町。2009(平成21)年11月 柳家花緑に入門 して、2010(平成22)年05月 楽屋入り。白酒が二席目のマクラで話していたが、やたら入門者が多く、楽屋入りを待つ前座が十数名いるらしい。「待機児童」という白酒の表現で笑ったが、なるほど、入門即楽屋入りとはいかないようだ。
楽屋入りから五年目にしては、落ち着いた高座。最初聴いた時から年々上手くなっている。若さには欠ける面もあるが、花緑の弟子の中では上位に入るのではなかろうか。
桃月庵白酒『喧嘩長屋』 (23分)
冒頭で「自転車噺家の会」と言うのは、プログラムにそう紹介されているため。満員ということで、大相撲に少し触れ、最近は七割五分の入りで「満員御礼」を出すというのはネタだろう。好きな力士に舛ノ山を挙げてくれたのは、居残り会仲間のYさんが贔屓にしているので、こちらもうれしくなった。
落語会で満員はありがたいけど、客の立場では必ずしも満員が良いわけでもないでしょうと、いろいろ迷惑な客の事例を挙げる。座高のやたら高い人の後ろに座った時の悲劇は、私も経験することがある。この会場はパイプ椅子だが通常の肘掛のある椅子で満席の場合だと“陣地争い”もあるので、両隣が空いている位が聴く側としてはうれしい、というのは分かるが、もし一列に数名では、主催者が赤字であろうに。真面目なところ、満席でも譲り合って楽しむのが理想なのは言うまでもない。
プーチンや森元首相をいじるなど約14分のマクラから本編へ。だから、ネタは9分ほどなのだが、抱腹絶倒だった。
生では初めて聴く。最近白酒が寄席などでよくかけるようなので、ということで喜多八がリクエストしたと、この後に言っていた。長屋の八五郎とお光の夫婦喧嘩が大きくなり、大家が仲裁に入るがお光から逆に顔をぶたれて大家もキレて三人の取っ組み合いになった。他の長屋の住人が仲裁に入っても、通りがかりのアメリカ人宣教師が仲裁に入っても、仲裁人を巻き込んでの喧嘩が大きくなるばかり。見物人もどんどん集まってくる。あまりにうるさいので隣りの住人が戸を開けて見ようとするのだが、張り紙に「満員御礼」の貼り紙、でサゲ。なるほど、マクラはしっかりとつながっていた。
居残り会の後に帰宅の電車の中で、「どこかで聴いたなぁ・・・・・・上方?」とは思っていたが、酔いもあって寝てしまった。さて朝になって、「あっ、文枝の音源!」と思い出した。

桂文枝『立ち切れ線香』『三十石』『喧嘩長屋』
『立ち切れ線香』『三十石』という名作と一緒に『喧嘩長屋』が入っているではないか。
あらためて聴いてみたが、実に楽しい。ご興味のある方は、下記のYouTubeで音源をご確認の程を。
YouTube「桂文枝の喧嘩長屋」
初代桂春團治は『喧嘩の仲裁』として演じていたようだ。もちろん、元ネタはあくまで上方の長屋での騒動であり、白酒は、彼らしい演出で江戸の長屋に仕立てていた。これはしばらく彼の寄席の十八番になりそうである。
柳家喜多八『片棒』 (24分)
結構前の方の席なので、表情などもよく分かるのだが、また痩せたのではなかろうか。顔色も良いとは言えないように思う。しかし、高座では声はしっかり出ているし、いつもの喜多八の高座。見た目に関わらず、体調に問題はないのかもしれない。この人と権太楼の体調は、昨今気になっているので、先入観がそう思わせるのかなぁ。
マクラでは、最近は自分の好きなことをやっている、とのことで好きな浪曲師広沢虎造の『清水次郎長伝』を落語にしている、今日はやらないけど、と言っていたが、『三十石船』と題するネタ、落語愛好家の方のブログで評価が高かったのを読んでいたので、聴きたかったなぁ。実際のネタは、この人では初めて聴くこの噺。
長男金之助の贅沢三昧の弔い、次男銀次郎のお祭りのような弔い、そして三男鉄三郎の渋ちんな弔い、なかなか結構ではあった。聴かせどころの次男の弔い、鳶の一行、手古舞、山車、そして笛や太鼓のお囃子も、意外と言うと失礼だが、結構上手いものだ。しかし、この噺は以前に聴いた一朝と比べてしまうのだが、笛の名手にはリズム感などでかなわないのは、いたし方ないだろう。私がもっとも気にいったのは、親族代表として弔辞を読む、気弱そ~な男である。
それにしても、白酒がこの後にマクラで言う通り、自転車でやって来て、この噺が出来るのなら、元気ということだ。
柳家喜多八『(小咄)長命丸~長命』 (26分)
仲入り後、二人とも同じ着物と羽織で登場。この二人らしい^^
マクラでは、以前に病気をしたけど、薬なんて効かない、問題は“気力”とのこと。江戸時代に両国にあった“四つ目屋”(志ん生の艶笑ネタに『四つ目屋』がある)のこと、田舎者が四つ目屋で長命丸を買って、自分の倅の頭に塗ったら、というマクラは、この噺には相応しいだろう。だから小咄の長命丸~長命、と名付けた。
しかし、ここ数年、このネタに当たる確率が高いなぁ。途中の隠居と八とのパントマイム会話は、この人ならではの芸。短縮版ではあったが、初めて聴いた方は十分に楽しめただろう。
桃月庵白酒『今戸の狐』 (31分 *~21:21)
喜多八は、「じゃあ!」と言って嬉しそうに帰って行ったとのこと。入門志望者が多く、楽屋入りを待っている前座が十数名いるらしい。自分も落研にさえ入っていなければ、今頃は三井物産あたりに勤め、ランチ合コンができていたのに、と思ってもいないことを話す^^
落研上りは入門後に楽屋で、「志ん朝が一番、なんて言うんだろう^^」などといびられる、とネタにつながるようなクスグリを入れたが、本編は、志ん朝リスペクト的な意味があったからではなかろうか。
この噺は、登場人物でもある乾坤坊良斎、菅(かん)良助が寄席に出ていた時分の体験を、弟子の二代目良助に託して創作したもので、江戸初期の寄席草創期の様子を今に伝える貴重な噺、とも言える。
サゲにつながる仕込みをいくつか行なう。狐とはサイコロを三つ使って目を当てる博打のこと。
ネタの中では、良助が二ツ目になって、前座のように寄席の仲入りでクジを売って小遣いを稼ぐこともならず、つい、師匠三笑亭可楽に禁じられている副業をすることになる。手が器用なので住んでいる地元の今戸焼きの狐に彩色している。
ある日、突然の雨で可楽の家の軒下を雨宿りに借りた博打好きの男が、前座が寄席でクジを売って稼いだ銭を数えているのを聞き、「賭場が開いている」と勘違い。翌朝、ご開帳の事実をネタに可楽を強請ろうとする。「狐をこしらえているだろ」と可楽に迫るのだ。
このクジの売上げを数える場面で、白酒ならではのくすぐり、「こっちは四十」「さすが、鈴本」「こっちは三十」「池袋か」「浅草は、やっぱり二十」で笑わせる。
さて、可楽が男の脅しに屈せず、「断じて博打などやっておらん」と立ち去ってからの白酒のくすぐりが、居残り会の大きなテーマ(?)になったのであった。そこに現れた可楽の弟子が、「狐なら今戸でこしらえてます」と男に伝えるのだが、この弟子の名を円楽とした。
私は、聴いている時は、いわば良助の副業を“ちくった”悪い奴、ということで笑点の円楽の“腹黒”設定でくすぐりにしたのだろうと思って、特に違和感はなかった。しかし、居残り会では他のお二人が、この白酒のくすぐり、評判が悪かったぞ^^
ちなみに、志ん生、志ん朝の親子は、この弟子の名は乃楽である。
狐の彩色で良助が「ようやく顔が揃うようになりました」と言うのを、男が賭場の顔ぶれが揃ったと勘違いするなど、なかなかに精緻につくられている古今亭に伝わる噺を白酒は彼なりの演出を加えて見事に演じた。円楽問題はあるが、私は、今年のマイベスト十席候補とする。
終演後、久し振りに我らがリーダーSさんとOさんの三人で居残りである。末広亭近くの目当ての居酒屋さんは満員御礼状態。横のお客さんと肘が当たりそうな白酒も嫌がる混み具合。近くの薩摩料理と焼酎の居酒屋さんへもぐりこんだ。
話は落語や近況などで盛り上がり、問題(?)の円楽の件。Sさんは、「本当に可楽の弟子に円楽がいるのかと思った」とのことだが、もちろん初代可楽に、そんな名の弟子はいない。それを言うなら乃楽もいない。
Oさんと私は居残り会の際、「初代円楽は、初代円生の弟子だったよね」と意見は一致していたが、後で調べたら、円朝の弟子でその後三代目円生になったのが初代円楽。記憶は、当てにならない。
ちなみに二代目円楽は、その後三代目を彦六の正蔵に譲った一朝である。この一朝さんは志ん生、円生、正蔵などに数多くの噺を伝えた重要人物。そのうち一朝については何か書きたいと思っている。
初代可楽が、安永6(1777)年生まれで天保4(1833)年没、初代円楽(三代目円生)は、天保10(1839)年生まれで明治14(1881)年没なので、もちろん二人の生存期間は、かぶさらない。
SさんとOさんは、あそこで当代円楽を使ったくすぐりは違和感があり適切ではない、との指摘。私も、「なるほど、そういう見方もあるか・・・・・・」とは思ったが、閉店時間も迫り、まずは居残り会はお開き。日付変更線を越えて帰宅し風呂を浴びて即爆睡。
さて、少し遅めの朝に起きてからまた考えてみたが、白酒の高座全体の良さを台無しにするような拙いくすぐりとは思えず、第一印象の通り、今年のマイベスト十席候補としたのである。確認のために志ん朝の音源を聴いたが、やはり良いなぁ。どうしてこんなふうに語れるのだろうか。ぜひ、白酒は師匠、大師匠、そして志ん朝に志ん生など古今亭の先達の良さを貪欲に大きな体で吸収してもらいたいものだ。
居残り会では、Sさんから「喜多八の二席は、つかないかなぁ」とご質問があったなぁ。たしかに、葬式を素材にしているという点ではツクが、登場人物噺や状況などでは、似た噺とは言えないように思う。そんなことより、今の喜多八はつくネタだろうが、浪曲の落語化だろうが、あまり気にしないのだろう。
たしかに、自転車に乗る噺家二人、細かいことにはこだわらない、あくまで自分なりの高座を追求することなどにも共通点があるかもしれない。だから、多くの席亭さんがこの二人会を企画するのだろう。総合的に出来栄えの良い二人会だった。
乃楽なら、流れに邪魔せず噺が続きますが、あの円楽で、一瞬止まりましたね。
人によってはあの顔を思い出して嫌な気分になるかもしれません。
今後の改善を期待しましょう。
それにしても、なかなか結構だったと思います。
居残り会は楽しかったですね。
短命は最近他の方でも聞く機会が何度かありましたが、
喜多八師匠のが一等楽しく良かったと思いました。高座に上がった時の痩せたお顔に心配になりましたが、むしろ以前より元気そうに見えます。
私は普段白酒師匠を中心に追いかけていますが、今回は喜多八師匠の高座が面白かったですねー。
『短命』は、白酒の場合は、隠居の言葉や仕草が笑いをとりますね。
喜多八の場合は、八五郎と隠居とのパントマイムが秀逸で、これは他の噺家の追随を許さないでしょう。
喜多八の十八番の一つと言って間違いないでしょうね。
今後も気軽にお立寄りください。
「片棒」と「短命」までは同じ高座で良さそうですが、更に「強飯の女郎買い」「らくだ」、あるいは「黄金餅」なんていうものになると、さすがにネタ被りを意識しそうですね。
