噺家の“今”を捉えようとした好企画-「Switch」3月号“進化する落語”。
2014年 02月 22日
いずれにしても、数年前のブームの熱も下がったいうことだろう、しばらく雑誌などでの落語特集が途絶えていたが、久し振りに、「Switch」が最新の3月号で特集「進化する落語」を組んだ。
表紙は、一之輔の、こんな写真。サイトから借用した。「スイッチ・パブリッシング」サイトの該当ページ

「Switch」2014年3月号
特集の冒頭にもある文章を、サイトから抜粋する。
現在、落語会には八百人ほどの落語家がいるそうです。今回、取り上げたのはそのほんの一握りでしかありません。しかし彼らが語る「落語」は面白いほどに違いました。そして面白いほど共通していました。それは、みな、一生をかけて「落語とは何か」というその答えを追求し続けていること、そして、「今、見てよかった」と思われる「今の芸」を見せていこうという想い。
私たちはもう、ライブで志ん朝も枝雀も談志も観ることができません。もちろん音源は聴ける。しかし、今、ここで、一緒に空気を作り上げていく喜びを、変わっていく噺の過程を直に感じる興奮を体験することはできません。でもいいんです。私たちは、今、同世代に、彼らに出会った。彼らの落語に間に合った。
この特集は、それを証明するための、落語家十二人の「今」の記憶です。
登場する、その十二人は次の通り。(同誌の早いページ順)
(1) 立川志の輔
(2) 柳家喬太郎
(3) 柳家三三
(4) 春風亭昇太
(5) 春風亭小朝
(6) 橘家文左衛門
(7) 柳家花緑
(8) 立川談春
(9) 笑福亭鶴瓶
(10)桂文枝
(11)月亭方正
(12)春風亭一之輔
「えっ、どうしてこの人?」という名もあるし、「なぜ、あの人が入らない?」という思いもあるが、久し振りの落語特集なので読んでみた。
志の輔は佐野元春との対談。一部紹介。
佐野 志の輔さんは古典を独特の視点で切り口を変えて“今のお話”にしてくれる。
そこが楽しくてしょうがない。
志の輔 嬉しいですね。今日聞いてよかったと思って帰ってもらわないと何のために
やっているのかわからないですからね(笑)。私は師匠・談志の理論を少しでも
身に付けようと三十二年間やってきたんですが、そのおかげで今は逆に、理屈抜き
で楽しい落語にすることを一番大事にしていますね。
佐野 いいですね。僕も、僕にとって師匠みたいな存在だった大瀧詠一さんが亡くなって
すごく悲しかったんですが、大瀧さんのイズムや方法論は僕の音楽の中にすでに生き
てるじゃないかという結論に達して、だったら自分らしくやっていけばいいと思えた。
志の輔さんだって談志さんの血やイズムや理論は志の輔さんの中に生きてるわけで
しょう?
志の輔 どうでしょう(笑)。ただもう、これからは「教えてもらったことの中で自分なりに
こういうのを作りましたが、師匠、いかがでしょう?」ってやっていくんでしょうね。
古典を独特の視点で切り口を変えて“今のお話”にする技量は、たしかに志の輔の真骨頂なのだが、それが度を過ぎることも、パルコの高座をテレビで観て最近感じないこともない。昨年の『百年目』、主人が使用人に頭を下げる演出が“今のお話”とは思えなかった。
2013年5月6日のブログ
また、なぜ数年たってまた同じ噺をパルコで選ぶのかも、私には疑問なのだがなぁ。
佐野の師匠は大瀧詠一、か・・・・・・。
「A Long Vacation」は、私の携帯音楽プレーヤーの定番である。突然の訃報にあまりにも驚いたが、ようやく私も少し立ち直りつつあるので、そのうちに書こうと思う。
噺家ごとに代表的なネタの紹介があり、志の輔の場合は、『井戸の茶碗』。
次に、喬太郎。
喬太郎 五十歳を迎えて思ったことがあります。これまでに過ごしてきた時間はいっぱいある。
でも、未来もまだまだいっぱいある。
そういう場所に、今、僕はいるんだということです。ということは、その気になれば
いろんなものが作れるんだと思う。失敗してもいい。だって、昔もそうだったんだから。
すごく楽しみですね。これからは、会によっては「コケまくりの喬太郎」、「笑いが
おきない喬太郎」というのが増えてくるんじゃないかな、と。
失敗を恐れない五十代という心意気はよしと思うが、“コケまくり”の会には、できるものなら出会いたくないなぁ^^
喬太郎のネタ紹介は、『ハンバーグができるまで』。喬太郎の新作の中で、私もこのネタは好きな部類だ。
三三は、長いモノローグ的な記事になっている。ここ数年、どうもかつての切れ味のようなものがないなぁ、と思っていたが、いろいろ悩んでいたようだ。
漱石が『三四郎』の中で書いた小さんと円遊の評を引き合いに出した後に、こんな言葉が続く。
一昨年のこの時期かな、落語を喋るのが本当に嫌になって、行き詰まってました。そんな時にたまたま、うちの師匠と話をする機会があったんです。落語がなぜ面白いのかという三分ぐらいの会話です。聴いている人に、この物語はどうなるのって興味を持ってもらえばいい。無理に笑いを欲しがっていろいろ入れると演者しゃしゃり出て、お客さんの想像を邪魔してしまう。お客さんがスッと想像できて、うんうんって楽しめるように喋ればいんじゃないか。そんなところが面白いじゃないかっていう言い方でした。
その一言で、思い悩んでいたことや、漱石の話とか、いろいろと腑に落ちた。
師匠の存在の大きさが分かる話だ。ただし、三三は、今年で四十。まだまだ落ち着いてもらっては困る。きっと、小三治の言葉で気持ちは軽くなったのだろうが、それを高座で実現させるための葛藤は続いているような気がする。
紹介されているネタは、『粗忽の釘』。数年前なら人情噺か、講釈ネタあたりになりそうなのだが、きっと三三の意向も反映されたのではなかろうか。人情噺中心だった頃、柳派の滑稽噺をもっとかけて欲しいと思ったものだが、四十路の三三の滑稽噺を聴いて、もがく将来有望な噺家と同時代を共有したいと思う。
志の輔は、今年還暦。喬太郎が五十一。三三は書いたように四十路に入ったばかり。
この特集でもっとも多くのページ数が割かれているのが、表紙にも登場した、今年三十六になる一之輔だ。通常のインタビュー形式と、DJのテイ・トウワとの対談の二本立て。
昨年のヨーロッパでの落語会のことなどを含め、今の一之輔を知る興味深い内容になっている。
まさに目玉企画と思えるので、興味のある方は、やはり買って読んでいただきましょう。
人選には不満もあるが、それぞれの噺家の“今”の断面を捉えようとする熱意が伝わる好企画だと思う。
小さんの血も流れているのですね。
小三治にとって三三は、談志における志の輔のような存在なのかもしれません。
いわゆる、純粋培養ですね。
志の輔には師匠がすでにいないために、いろいろ脱線もあるのは当り前かもしれませんが、それも無駄とは言えないでしょう。
三三は、師匠の生の高座で学ぶことも出来るだけ、まだ、幸せかもしれませんね。
確かに字は小さいですね。
普段この雑誌を読まないので、通常の体裁なのか、今回は特別なのか分かりませんが、もう少し読者の立場でレイアウトして欲しかったですね。
しかし、内容は、なかなか良いと思いますよ。
私としては、一部ご紹介した喬太郎、三三、そして一之輔の“今”を知る上で参考になりました。
個人的には、雲助と白酒も加えて欲しかった。
今後も気軽にお立ち寄りください。
サライは、時々特集を組んでいたのは知っていました。銀行や病院で置いてあるとペラペラと読んでおりました。が、SWITCHという雑誌は不勉強で存じませんでした。
上方落語で取り上げられているのが、何故か6代目文枝と月亭方正?疑問符が飛びますね。同じ月亭なら、文都さんを取り上げた方が良いし、5代目文枝一門なら坊枝さん辺りも五代目に似た雰囲気を出し始めたと思います。
22日、大阪市旭区にある区民センターで「笑ろう亭あさひ寄席」という地域寄席が開かれていて、それをよく見に行きます。今回は、染吉、石松、春若、坊枝、文之助の5人。
http://ameblo.jp/katsura-boshi/entry-11779436699.html
お茶子さんは、坊枝さんのお嬢ちゃんがされていた様で当日もこの格好でした。
http://ameblo.jp/katsura-boshi/entry-11780743203.html?frm_src=thumb_module
坊枝さんの「がまの油」は、なかなかでした。落語は口伝の芸ですから、師匠に似てくるのは当然と言えば当然。
文之助さんも、師匠枝雀さんに仕草が似てきています。
東京の出版社が取り上げる上方落語家ですから、全国的に知られている人を取り上げる事は仕方ないでしょうが、6代文枝に月亭方正では……。
坊枝さんは、奧さんも面白い人で時々テレビやラジオに夫婦で出演されていますが、まるでペーパーです。終始笑っておられます。といって、奧さんは落語家でも下座さんでもなく、本職は薬剤師さん。
この奧さんあっての坊枝さんでしょうね。
「Switch」は、私も初めて買いました。
上方からの二人、いや鶴瓶を含め三人、適任かどうかは、ご指摘の通りです。
出版社も“人気商売”ということでしょうか。
坊枝さん、俄然聴きたくなりました^^
