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らくご街道 雲助五拾三次 -酒- 日本橋劇場 2月19日

このシリーズに、昨年11月の『名人長二』初日以来に来ることができた。

 副題が「酒」で、ネタ出しされているのが、『らくだ』である。

 相変わらず客の入りが良いとは言えない。いつもお会いする顔ぶれが多く、固定客はついている。しかし、六分ほどの入りというのは、この好企画にしては少なすぎるように思う。

 次のような構成だった。いつものように開口一番を置かない、これが本当の独演会。
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五街道雲助 『のめる』
五街道雲助 『幇間の炬燵』
(仲入り)
五街道雲助 『らくだ』
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五街道雲助『のめる』 (16分 *18:59~)
 開演時間を待てないように、雲助が登場。二週続いた雪のことから。家が角地で雪かきをする面積が広い、以前なら弟子が手伝いに来るところだが、「皆、いろいろ忙しくなって」助っ人は現れず、朝六時起きで雪かきをしたらしい。数人の通勤途中の人から「ありがとうございます」と言われ、柄にもなく「俺はいいことしてるな」と思い、つい両隣の家の前の三分の一位までやってあげた、とのこと。私も含め、会場のお客さんの多くが同じような体験を共有しているので、頷きながら聴いていた人が多かったように思う。
 この日のお題が「酒」ということで、最初のネタがこれ。上方なら『二人癖』。二席目のマクラで、このネタは久し振りだったと振り返ったが、体に染み込んでいるのだろう、短いながら楽しい高座だった。
 熊五郎に逆襲されて「一杯呑める」と言った後、熊に「出せ」と手を出された時の、「バブバブ・・・」という擬音と一緒に泣きそうな顔をする八五郎の様子や、解けない詰将棋を思案する熊五郎に向かって、ニヤッと笑って、「つまろうかねぇ?」と聞く表情が、なんとも可笑しい。いかにも、江戸に実際にいたと思わせる長屋の仲の良い職人達が、高座にしっかりと存在していた。

五街道雲助『幇間の炬燵』 (32分)
 高座にそのまま残っての二席目。上方から三代目小さんが移植した『按摩の炬燵』を、按摩から幇間に替えたのは、ネットで検索したところ、どうも喜多八らしい。按摩の場合は、お客さんへの配慮も必要だし、演じ方によっては弱い者いじめと映るかもしれないので、この改作はお手柄ではなかろうか。幇間は一八ではなく平助。地口(駄洒落)のオンパレードで笑いをとることも幇間にした効果と言えるかもしれない。
 たとえば、お清どんへの口撃(?)は、こんな感じ。
 「お清どん、あら、ずいぶんと厚化粧でげすな。笑うと白粉(おしろい)がこぼれますよ。落ちたら、おしろい(お拾い)!」
 乳母に向かっては、(『伽羅先代萩』の)政岡の歌右衛門ですなぁ、などと持ち上げる。ネコにまでヨイショする様子に、『按摩の炬燵』も十八番としていた八代目桂文楽の『つるつる』の一八の姿が重なった。
 番頭から酒が好きかと聞かれて、「のっぺらぼうです」と謎をかけるが、答えは「目もなければ、鼻も口もない」。
 呑んで体を温めて炬燵になることを請け負った平助、「一合二合じゃ、消し炭、五合で炭団(たどん)が三・四本、一升いただけば備長炭」という表現も、いかにも幇間の言葉としてピッタリはまる。
 「おつな年増の湯上りの人肌」となって番頭のみならず、奉公人が平助の体で暖まってからサゲまでの騒動は、オリジナルとほぼ同じ。
 一席目と同じ「酒」を素材にしてはいても、『のめる』では実際に呑む場面がない。そういう意味では、トリネタで屑屋が呑む量までは至らないまでも、途中からハゼの佃煮(「はぜ(なぜ)、もっと早く出さないの」の地口あり^^)を肴にしっかりと呑む場面も表現したこの高座の楽しさは格別。今年のマイベスト十席候補とする。

五街道雲助『らくだ』 (51分 *~20:52)
 出囃子から「かんかんのう」。この噺の見どころ、聴きどころは、いくつかある。
 おおよその筋書きは次のようになっている。この分類で、雲助の高座を振り返りたい。
(1)発端:らくだの長屋に兄貴分(丁の目の半次)が訪れ、そこに屑屋が通りかかる
(2)訃報伝達:らくだが死んだことを屑屋が長屋の月番や大家に伝える
(3)かんかんのう:大家の家で、らくだの死体にかんかんのうを踊らせる場面
(4)屑屋の述懐から主従逆転:呑むにつれて屑屋が酔った勢いで半次との立場が逆転
(5)火屋への道行きからサゲ:らくだを焼き場(火屋)へ運ぶ途中に菜漬の樽から落とし、引き返して間違えて願人坊主を連れてきてサゲへ

(1)発端
  まず、発端での見どころの一つは、いかに半次を怖い存在として描くか。たとえば、
  志ん生は半次の顔の傷を、「額のこのへんに匕首かなんかで切られた傷跡がある、
  こっちのほうに出刃包丁かなんかで、こっちは脇差の、顎んとこは竹槍で突かれた
  のが・・・傷の見本みたいな顔」と細かく説明し、笑いをとりながら表現する。
  雲助は、「蛇のような目」をした男と半次を描き、傷のことは付け加えないのだが、
  実際の半次の目の表情で補完した。傷跡より、目つきで凶暴性を表現したかったの
  だろう。傷はらくだ自身の説明で使っているので、兄貴分は、らくだとは少し違う
  タイプの怖い人、という人物像を設定したのかと思う。
  また、屑屋を、いかにも気の弱い男として描き、後半との明暗を描き出すのも大事
  なのだが、雲助は、声の調子で弱々しさを巧みに描いていた。終演後の居残り分科会
  でI女史が指摘していたが、雲助の多彩な声の調子の使い分けは見事。
(2)訃報伝達
  屑屋が月番、そして大家にらくだが亡くなったこと、兄貴分が香典や通夜の酒など
  を要求していることを告げる場面で秀逸だったのは、大家である。
  屑屋を睨みつけるように
  「本当に、らくだが、ゆんべ、ふぐにあたって、死んだんだな」で一拍の間を置き、
  みるみるうちに顔中が口になったかのようにして、「ハッハッハッ、ワッハッハッハ
  ・・・盆と正月が十年分まとめてきたようだ・・・ハッハッハッ」という高笑い。
  私も含め会場全体がつられて大爆笑。このあたりの表情と声の調子を含む落差の演技、
  並みの噺家ではできない芸。
(3)かんかんのう
  大家が酒、飯、煮しめの提供を拒んだのを聞いた半次が、屑屋にらくだの死体を背負
  わせた時の「冷たい!」の一言で、こっちも冷やっとした。そして、かんかんのうを
  観た大家の態度の替わり様も、さきほどの高笑いとの対比し、屑屋の立場になって
  見ていると、心地良くさえあった。
(4)屑屋の述懐から主従逆転
  八百屋から菜漬けの樽を貰って来た後、「清めの酒を呑んでから行け」と半次に脅す
  ように言われた屑屋、一杯目、二杯目は一気に呑み干し、三杯目からはじっくり味
  わいながら、身の上話や、らくだの思い出などを語りながら、酒の勢いで主従逆転
  になる、この噺でもっとも重要な場面だが、雲助に抜かりはない。
 「いい酒だね、あの大家がこんな酒出すはずがねぇんですが・・・よっぽど、かんかん
  のうが怖かったんだねぇ」の後に「親方は偉い」と、金もないのに弔いを出そうと
  した半次を褒める。そして、四杯目から五杯目にかけて、完全に主従が逆転、
 「注(つ)げ」と屑屋が半次に命令することになる。呑みながら、らくだから苛めら
  れたことを振り返る。狸の皮を買えと言われて一貫文騙し取られた逸話が、らくだ
  の悪どさを際立たせ、この後の髪の毛毟りもムベなるかな、と思わせた。
(5)火屋への道行きからサゲ
  落合の焼き場(火屋)に行くことになったが、カミソリなどないから、らくだの
  髪の毛を屑屋が酒を吹きかけて手で毟る。酒の勢いを借りて、これまでの恨みを
  晴らす場面といえるかもしれない。菜漬けの樽に死体を入れて、屑屋が「おれが
  先棒、おめえが後棒、ついて来な」に半次「兄ぃ、すまねい」で会場は大爆笑。
  この後、らくだと間違えた(死体のはずの)願人坊主と屑屋との会話もシュール
  で良かったなぁ。火屋の隠亡のとぼけぶりも笑えた。

 サゲまでしっかり、まったく飽きない高座だった。今年のマイベスト十席候補とするのに、何ら迷いはない。


 ここ数年聴いた『らくだ』では、二年前6月23日、大手町落語会の柳家権太楼を思い出す。雲助と同様50分を超える通しで、やや体調が心配だった時期に、元気な権ちゃんを聴けてホッとしたものだ。
2012年6月23日のブログ
 ちなみに、鈴本のサイトで中席後半の「急病による休演」の報を知った時はちょっとびくっとしたが、本人のホームページにインフルエンザと書いてあるので、少し安心。柳家権太楼HPの該当ページ

 終演後は、なんとI女史、M女史の「両手に花」状態での居残り分科会。とにかくお二人ともバイタリティの固まり。今後の落語会の予定の話から、雲助一門のこと、権ちゃんの休演のこと、もちろん雲助の高座を振り返るなどなど話はつきない。千歳鶴の燗がいったい何本空いたのやら。ラストオーダーの声を聞いて、重い腰を上げたのだから、帰宅が日付変更線を超えたのは当り前である。
 千鳥足で帰ると、女子フィギュアスケートのショートプログラムが始まっていたが、とても最後まで見る気はしなかったのだった。

 ここで、オマケではないが、『らくだ』というネタについて少し加えたい。元となった上方での本題は「駱駝の葬礼(そうれん)」。四代目桂文吾が完成させ、大正時代に三代目柳家小さんが東京へ移植した。

 上方落語のネタの内容に関して度々お世話になるサイト、「世紀末亭 上方落語メモ」には、松鶴の短縮版と、先日にぎわ座で初めて聴くことのできた鶴志の長尺版の二種類が掲載されている。
 鶴志版から、少し引用。三代目小さんが移植して以来東京で演じられている型と違って、紙屑屋の長科白があり、内容は東京と大きく違う。ちなみに、らくだの兄貴分の名前は弥猛(やたけた)の熊五郎。東京では名前を明かさない場合が多いが、丁の目の半次、ということになっている。
 さぁ、酔ってくるうちに、紙屑屋がどんなことを口走るのか、長くなるがご参照のほどを。
世紀末亭 上方落語メモ」の該当ページ

紙屑屋 しかしねぇ親方、わたいも紙屑屋やって長いことなりまんねんけどね、わたいもこれでも昔は船場で商いしてましたんやで。ところが、みな酒だ、酒でとぉとぉ一軒呑み潰してしもた(クゥクゥ、クゥクゥ……)
 今の嬶(かか)ちゅうのはね、二へん目だんねん。前の嬶ちゅうのはあんた、わたいがまだ船場で商いしてる時分やさかい、えぇとこのお嬢さん、三箇の荷ぃ(さんがのにぃ)で来た。そら、お茶、お花、縫い物、三味線、みなできまっせ、女のひと通り。せやけど、大人しおまんねん、わたいが酒呑んだって、一つも文句言ぃよらん。
 ほで、わたいが増長したんでっしゃろなぁ、とぉとぉあんた、一軒呑み潰してしもて、しゃ~ないからあんた、裏長屋に行て「紙屑~」と、こぉやってた。それがそんなとこのえぇお嬢さんやさかいね、貧乏に慣れてへんさかい、それあんた苦ぅにして肺で死んでしもた。
 二十九ぅだした、そらわたい難儀してなぁ、男の子、三つの子ぉ残りましたんや。ほんでわたいもしゃ~ないさかいに、商いに励まんならんと思てな、裏長屋に住んで、その三つの子ぉの手ぇ引ぃて「紙屑~」と、こぉやってましてんけどね、子どもちゅうたらあんた、風邪ひぃたり熱出したり、じきにしまんがな。そのたんびに休まんならん。
 それでわたい、焼け糞なってね、ほんでまた今度親戚のオッサンの世話で後添えもぉたんだ。今度あんた、裏長屋から来よった、裏長屋、貧乏人の子。女ごのたしなみなんてでけしまへんで、せやけどね、明るい。何があったってゲラゲラ~、ゲラゲラ笑ろてまんねん。
 「あした米がない」っちゅうたってね、ゲラゲラ、ゲラゲラ笑ろてますねん。ちょっとアホでんねん。ほんであんた、わたいがね、嫁さんもらうのはよろしぃで、一番最初気になったんはやっぱり「義理」ちゅうのんね「生さぬ仲」に気ぃ使こた。
   (中 略)
 わたいもちょっとムシャクシャしとったさかいね「何で、わりゃ一緒に寝てけつかんねん」ちゅうて、枕ボ~ンと蹴ったんだ。そしたら、うちの嫁はんの言ぅのには「この子は風邪ひぃて寝てまんねん。風邪といぅのは人にうつしたら軽なるさかいに、自分にうつさそぉと思て一緒に寝てまんねん」と、こない言ぃよる。
 わたいもグッときたけどね、振り上げた手ぇ下ろすわけにいかしまへんがな「洒落臭い(しゃらくさい)ことぬかすな」言ぅてどつきかけたら、熱で顔真っ赤にした子どもが、わたいのほぉ見て「お母ちゃんいじめたら、あかん」て、はじめて言ぃよった……
熊五郎 ・・・・・・。
紙屑屋 親方、親方、なに下向いたはりまんねん、肩振るわして。あんた、泣いたはりまんのん?あんた泣いたはりまんのん? えぇ人や、あんた、えぇ人やなぁホンマ。あんたなぁ、言葉荒いけどな、あんたえぇ人やで。最前「おのれのドタマ割ったろ」言ぅた言葉はきついけど、目ぇに情があるがな。あんた、えぇ人やなぁ、この話で泣いてくれまんのか?
 嬉しぃ人や、けど……、これみな、ウソでんねん。わたいねぇ、酒呑んでこんな話して人泣かすのん、ゴ~ッツ好き。へっへっへっ
熊五郎 紙屑屋、ウソかどぉか知らんけどやなぁ、もぉボチボチ商いに行てきたらどや? 子どもが可哀想やないか。


 東京版は、これほど屑屋が饒舌ではない。酒の勢いで気が大きくなり、半次より怖い存在として主従が逆転する。

 上方での屑屋の逆襲(?)は、関西ならではの“しゃべくり”と“いちびり”で描かれている。これはこれで好きだなぁ。
 なお、この噺については、紹介した2012年6月の権太楼の高座を聴いた後で、志ん生版を元に、平岡正明の本などの引用を含めて書いたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。2012年6月27日のブログ

 
 それにしてもこの会、もっとお客さんが入って良さそうに思う。私も毎回来れるわけではないが、帰り際、行けそうな回の前売りを購入した。
 これまでも来る度に、「えっ、こんなに空いている・・・・・・」と驚く。演者よし、場所よし、ネタよし、主催者よし、という企画はなかなかない。

 どうも、この会が落語愛好家の方にあまり知られていないようなので、主催する“いたちや”さんのサイトにあるこの会の特設ページから月までの毎月の開催予定をご紹介。
「らくご街道 雲助五十三次」特設ページ
3月22日(土) -花見- 百年目 他
4月14日(月) -鉄板- お楽しみ四席
5月20日(火) -吉例- 髪結新三 他
6月19日(木) -大川- 宮戸川(通し) 他
7月14日(月) -鰻-  鰻の幇間 他

 会場はすべて日本橋劇場。開演は3月22日のみ午後二時、他は午後七時。
 この会場は、一階277席、二階の147席含めると440席だが、これまで私が来た回で一階の七割も埋まったことはない。固定客が100人暗程度はいるように思うが、もっと入っても良いだろう。近くにある社会教育会館のホールは204席なので、もっと会場費用も安かろうし、同じ位のお客さんが来れば八~九割埋まりそうだが、環境は間違いなくこちらが上である。花道もあって歌舞伎にだって使える会場なのだよ。

 雲助一席目『のめる』を借りて表現するなら、「百本の大根は、醤油樽には、つまらねぇ」が、「二百人の客は、雲助五拾三次の日本橋劇場には、充分につまる」のである。最後は、幇間のごとく、主催者いたちやさんによいしょ!
Commented by 雨休 at 2014-02-20 16:37
どうもお腹を冷やしてしまったらしく、開演中以外は
お手洗いに閉じこもっておりまして、ご挨拶もできず
申し訳ございません。

雲師の『らくだ』とくると、あの大家さんの高笑いが
真似手のない面白さですね!
久さんがハイテンションで焼き場まで引っぱってくれるので
陰惨な感じがなく、派手でいいですね!

幇間版の『炬燵』が雲師まで伝わっているとなると、
今後、この噺のスタンダードはこちらの
型に切り替わって
いくのでしょうか。
平助がパァパァ言うくだりは『王子の幇間』あたりから
つかみこんでいる印象があって、噺の数を減らして
しまうようでいささか引っかかるのですが、
あまり聴く機会のなかった『炬燵』が放送等でも聴けそうな
流れが出てきたことはありがたいことです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-02-20 16:56
やはり、いらっしゃいましたか。
仲入りで、少しお探ししたのですが、隠れていたんですね^^
人により評価は分かれるでしょうが、雲助の『らくだ』、私は楽しみました。
らくだの毛を毟るところなども、陰惨ではなく笑えますね。
炬燵が按摩から幇間になっても、落語研究会や東京落語会ではかけにくいかなぁ。
しかし、寄席やホール落語会で演じやすくなったことは良いことでしょうね。

Commented by 彗風月 at 2014-02-20 18:05
こちらを読んで、やはり出かけるべきだったかな、なんて思っておりますww。駱駝という噺は、笑いどころがたくさんあって、ゲラゲラと笑い飛ばすことが、実は眼目ではないかと思っています。雲師の型はまさにその王道にあるのですねー。ご堪能でなによりでした。かつて家元が、らくだという男の悲しみを演出する手段として、雨宿りのエピソードを挟んでいましたが、登場人物としてのらくだには、そこまでのキャラクターは必要ないかもしれませんね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-02-20 20:50
良かったですよぉ^^
小三治が「この噺はみんなが難しい噺だと思っているところが難しい。結局、落語なんですよ」と語っています。
まったくそう思います。
妙に人情噺にする必要はないと私も思います。

Commented by ほめ・く at 2014-02-23 11:46
この会、気になりながら未だ一度も行ってません。こういう人間がけっこう多いのかも知れませんね。チケットぴあ等のプレイガイドに乗せないとまとまった数のチケットが捌けないという事情もあるんでしょう。
「らくだ」は聴きたかったなぁ。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-02-23 15:50
ぜひ、ぜひ「いたちや」さんの特設サイトで予約いただきますよう、お願い申し上げます。
http://the-itachi-ya.com/?page_id=463
見番とは、また違って良いですよ!

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by kogotokoubei | 2014-02-20 00:45 | 寄席・落語会 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛