噺の話

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著者にしか書けない枝雀の思い出—小佐田定雄『枝雀らくごの舞台裏』

昨日は台風の影響で日曜恒例のテニスは休みとなり、その台風18号は日本列島を北上し、家の近辺も風が強くなってきた。ニュースで報道されている関西地方の被害もひどいなぁ。

 昨日読んだばかりの本について書く。土曜日に近所の書店で見つけた本は、一気に読むことが出来た。それもそのはずで、大好きな枝雀について座付き作家とも言える小佐田定雄が書いた本である。


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小佐田定雄著『枝雀らくごの舞台裏』(ちくま新書)

 『雨乞い源兵衛』や『幽霊の辻』を枝雀のために創作した小佐田定雄による本書は、枝雀ファンにとって必読者であろう。ちくま新書で9月10日の初版発行。

 短い「第一章 持ちネタの変遷」には、六十席に絞っていたネタの内容の変遷と、満六十歳の平成11(1999)年10月に予定していた一日三席を二十日口演する“幻”の「枝雀六十席」のネタが紹介されている。
 当ブログでも、相当前になるが「NHK あの人に会いたい 桂枝雀」について書いた記事で部分的に紹介したことがある。
2009年4月11日のブログ
 また、枝雀と著者の合作とも言える『らくごDE枝雀』についても以前に書いたことがある。サゲに関する秀逸な分析の本である。
2009年4月14日のブログ

 本書の内容のほとんどは「第二章 枝雀精選48席—演題別につづる舞台裏噺」である。

 最初の『青菜』から、初めて知った著者の新作『おもいでや』まで、48作にまつわる枝雀の“裏噺”の一部を紹介したい。

まず、『青菜』から。


 前半、植木屋が旦那にご馳走してもらうくだりで、柳蔭を一口のんで味醂が入っていることを知り、「小さい時分にお婆さんに連れて行かれた甘酒茶屋で、味醂をねぶらせてもらった」という想い出話を披露したりしているし、全体に肉が付いている。こういう、ストーリーには直接関係ない会話で、噺の世界をより克明にすることを枝雀さんは「生活する」と称して大切にしていた
 枝雀さんが落語についてアイデアを書きとめていた「枝雀ノート」を見ると、枝雀さんは冒頭の旦那と植木屋の会話に、もっと「生活」をプラスしようとしていたことがわかtる。「ノート」では、植木屋がひと仕事終えたところに、外出していた旦那が帰宅するところから始まる。縁側に腰を下ろした植木屋が旦那に語りかける。
「旦さん、お帰りでございますか。暑うございましたやろ。いやァ、ここ四、五日の照りつけやみな、ただ事やございませいで。ご用事は遠い所でございましたンか。私で用が足りましたら私が参りましたのに。もちろん、そうは参りまへんねやろけど、ま、たいていやおまへんわな。私が申しますのも何でおますけど、どうぞ一息ついておくれやす」
 それを受けて旦那が、
「いや、おおきにありがとう。ええ、ま、さほど遠いとこでもありゃあせんねやけど、夏のお天道さんは身ィに毒じゃちゅうで、片蔭を片蔭をととって来たつもりやが、やっぱり一寸こたえたなァ。いや、呼び止めたンは他やない。とかったら一杯やってもらおと思うて」
 これだけの会話をプラスすることで、植木屋は旦那のことを慕い、旦那も植木屋に対する「いつもご苦労さん」という感謝とねぎらいの心を持っていることがより明瞭に伝わってくるようになる。


 私が持っている音源の一つには「お婆さん」の逸話が含まれているが、旦那が帰ってきたばかり、という設定ではない。常に枝雀は厳選した六十のネタを磨き続けたのだろう。

 自分なりの工夫をするということが、単に新たに笑いをとるためのギャグを考えることではなく、枝雀の場合には、いかに落語に「生活」を加えていくかということに主軸があったということが、非常に興味深い。

 『阿弥陀池』(東京の『新聞記事』)の稿には、このネタとは関係がないのだが、なんともこの二人らしい逸話が紹介されている。


 1985年11月2日のこと。いつものとおり梅田で飲んでいた枝雀さんと私は、十一時ごろの帰宅するためタクシーに乗り込んだ。落語の話をしながら阪神デパートと阪急デパートの間にある大歩道橋の下を通りかかった時、橋の下を大勢の群衆が渡っているのがチラと見えた。
「遅いのに、えらい人手ですねえ」と私が言うと、枝雀さんもチラと見て、
「ほんまに、ぎょうさんの人手でんなあ」とまでは言ったが、あとは再び、
「それで、さっき言うてた『軒付け』のあのくだりですけどなあ・・・・・・」と落語の話の続きを平然と続けた。帰り道に枝雀さんのお宅に立ち寄ると、奥さんが、
「今日の梅田はえらい人でしたでしょう?」とたずねられたので、
「そうですねん。今日はなんぞあったんでしょうか?」と質問すると、奥さんはあきれた表情で、
「なに言うてはるんですか!阪神タイガースが日本一になったんですよっ!」
 ところが、この時点で枝雀さんも私も、それがどういう意味なのかよく把握していなかったのだから、今となったらあっぱれすぎて涙がこぼれる。それくらい、毎日落語の話ばっかりしていて浮世から遠く離れてしまっていたのだ。
 おそらく、あの日あの時に「タイガース日本一」を知らなかった大阪人というのは我々だけだったにちがいない。そんな二人を乗せたタクシーの運転手さん、きっと気味が悪かっただろうなあ。
 教訓。新聞は読まなくてはいけない。


 そこに一緒にいた著者しか書けないネタ(?)である。マイナーなスポーツのことではなく、プロ野球、それもタイガースが日本一を決めた日の大阪での出来事である。二人とも、落語以外には何も見えていなかったということだろう。

 次に、『ちしゃ医者』から。


 噺の冒頭の、往診を頼みに来た隣村の男に対する下男の久助の、
「どうしても治さんならんのやったら、よそへ行ってもらいたいですな。うちの先生、よう治しませんよ。ほっといても治るような病人でも、うちの先生が触ったために・・・・・・めちゃくちゃになったことはなんべんでもあんねんで」
 それに答えての隣村の男の、
「こちらの先生がヤブさんやいうこともかねがね聞いておりますんです。けど、『構わん構わん。医者の恰好さえしとったら、枕元へ並べとけ』ちゅうようなことで」
 そして、我が家に居る・・・・・・ことになっている駕籠屋が「風邪でも引いて寝ている」と聞いた医者と久助の、
「なんでわしに言わんのじゃ。じきになおしてやるぞ」
「アハッ、棺桶の中の」
「や、やかましい。薬を合わせてやるというのじゃ」
「命が惜しけりゃ、飲まんでしょ」という遠慮のない・・・・・・というか遠慮のなさすぎる言葉のラリーは初代春團治師のレコードのやりとりを増幅させたものである。
 初代の言いたい放題の言葉のバトルの裏に、医者と久助の友情を上乗せして、「おもしろうてやがて哀しい」物語に昇華させたのは枝雀さんである。
 枝雀さんの初代崇拝はほんまもんであった。


 著者は、笑福亭仁鶴も、そして「一番遠いところに居そうな米朝師」でさえ、初代春團治への傾倒はあったが、「その中でも、枝雀の初代崇拝は飛び抜けて」いたと指摘する。

 久助と隣村の男との「遠慮のなさすぎる言葉のラリー」は、枝雀のこのネタでの聞かせどころである。そして、それが、上方爆笑落語の元祖とも言うべき初代春團治の高座を元に枝雀が「増幅」し「昇華」させたものだったことは、初めて知った。初代の音源を聴かなきゃ^^

 初代春團治を崇拝し、爆笑落語を目指していた枝雀。人気が出てくると、なかなか苦言を呈すことのできる人は周囲にいなくなる。しかし、ただ一人、枝雀に遠慮のない批評を直言できる人がいたことが『はてなの茶碗』の稿に書かれていた。


 枝雀さんがお客さまの反応に合わせて、いささかオーバーな高座をした時など、下りて来た枝雀さんに、「おとーさん、フツーにやりましょうね」と小さな声でアドバイスしているのを聞いたことがある。当時、「爆笑王」として向かうところ敵なしだった枝雀さんに「フツーにやりましょう」なんて言えたのは枝代夫人のほかにいないと思う。枝雀さんも、
「けど、お客さんが喜んでくれはるさかいになあ・・・・・・」なんて言い訳をしておられたが、夫人の判断のほうが正しいことが多かったように記憶している。
 人気がアップするにつれて周りには「イエスマン」が増えてくるのが世の常である。枝雀さんもそれは気付いておられて、ある時、私としゃべっているうちに意見の相違があった。お互い一歩も引かずに最後は机を叩かんばかりの議論となったのだが、話が一段落ついてクールダウンしたとき、枝雀さんが、
「最近はなかなか『それはちがいます』と言うてくれる人が少のなってきたように思いますねん。そやさかい、あんさんはこれからも意見が違うた時は決して妥協せんといとくなはれや。自分がほんまに納得するまで反論してください」
 そう言ったあと、
「ま、今回の議論についてはあんさんが間違うてますけどな」と付け加えたので、私が思わず、「まだ言いますか!」と突っ込んで果ては双方大笑いとなって円満解決したことがあった。


 下座三味線と希少な批評家として夫を支えた枝代夫人の存在は大きかっただろう。

 そして、決してイエスマンにならずに、阪神タイガースの日本一などにも目をくれず、ひたすら枝雀と落語を語り続けてきた落語作家の小佐田定雄。そんな著者にしか書けない枝雀の“裏噺”が、他にもたっぷりの本。これは枝雀ファンに限らず、落語愛好家の方の必読者だと思う。
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by kogotokoubei | 2013-09-16 09:41 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛