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まいどおおきに露の新治です 内幸町ホール 9月9日

 楽しみにしていた露の新治の独演会。鈴本恒例の権太楼とさん喬の“夏祭り”で仲入りを十日間つとめたこともあって、東京での人気も急上昇したのだろうか、木戸銭二千円の前売券は、発売後間もなく売り切れた。本来の 188席では足らずに、補助のパイプ椅子も並ぶ盛況ぶりだった。
 “ぴあ”などで販売したのではなく、あくまで手作りの会なので、これは結構凄いことではなかろうか。

次のような構成だった。
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(開口一番 桂三四郎 『時うどん』)
露の新治 『権兵衛狸』
林家正楽 紙切り
露の新治 『立ち切れ線香』
(仲入り)
露の新治 『源平盛衰記』
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桂三四郎『時うどん』 (19分 *19:01~)
 初である。上方落語協会のサイトで確認したところ、当代文枝の弟子が十九人(!?)いる中の十三番目。入門九年、三十一歳。マクラで年齢を言っても何ら反応がなく、まぁ、見た目も年相応ということだろう。長髪で、いわゆる“チャラ男”の容貌で、あまり期待していなかったが、ネタはまぁまぁだった。季節感ということでは、微妙ではあるが、きっと彼の得意ネタを披露したのだと思う。散髪したら、もっと高座も引き締まるのだが・・・という印象。

露の新治『権兵衛狸』 (26分)
 高座に上がると、あちらこちらから声がかかる。お知り合いの方もたくさん来場されているようだ。
 噺家になったきっかけとなった子供の頃に聞いた小咄というのが笑えた。「誰や、こんなとこに魚の骨をおいたんわ」「アラー!?」・・・「可笑しかったんです、こんなんが」と噺家の道へ、というのはネタとしての脚色もあるだろうが、そういうものかもしれないね、きっかけなんて。
 「目的と手段」という若干固いテーマのマクラは、聞く人にとっては合わないかもしれないが、私はこういう知的な香りのするマクラ嫌いじゃない。人権問題をテーマに講演なども行う人なので、そういうことを普段から考えることも多いのだろう。
 沖縄サミットでの当時の森首相とクリントン大統領の(歌之介お得意の)ネタなどで会場を沸かして本編へ。大ネタの前に、こういった軽めの滑稽噺でもしっかり会場を沸かせる。権兵衛さん、狸、村の衆それぞれ楽しく描かれていた。権兵衛さんの若かりし頃の水車小屋での艶っぽい話が、なかなか結構なアクセントとなっていたように思う。

林家正楽 紙切り (22分)
 OHPが寄席よりも少し高めの位置にある高座に置かれた。飄々としたいつもの様子で登場し、座布団に座って両手を広げてご挨拶。いわゆる“ルーティーン”は同じだが、会場、高座、客層なども含め寄席とは違う雰囲気の中、お客さんの注文の前に「馬」と「相合傘」を見事に仕上げてから注文を受けた。
 結果として「権兵衛狸」「露の新治」「十五夜」「東京オリンピック」と見事な芸を披露。これで下がるのかと思いきや、美空ひばりの『川の流れのように』に合わせて、OHPの前にかがみながら、事前に仕込んでおいた作品をどんどん「流」していった。師匠である先代正楽の次男、二楽が同様の手法で「動く紙切り」を演じたのを見たことはあるが、この人では初めて。なるほど、落語会ならこういう技も披露するんだ、と感心。それにしても、客席から見てOHPの後ろの方に回って頭を低く下げ、ところどころで引っかかる切り絵を歌に合わせて苦労して動かしていた正楽師匠の姿が、なんとも微笑ましかった。

露の新治『立ち切れ線香』 (44分)
 結論から言うと、非常に感動的な高座だった。上方版の“本寸法”と言える高座。登場人物がしっかり描き分けられ、それぞれが役相応の存在感を体現していた。もちろん、主役の若旦那も良いが、脇役の番頭、小糸の母であるお茶屋・紀ノ庄の女将も光っていた。番頭は怖すぎず、しかし船場の大店の番頭の威厳は保っている。ミナミのお茶屋の女将は、色街を仕切る強さと、亡くなった娘の面影を慕う優しさも兼ね備えた、いわば、大人の女性として色気を保っている。すご~く品が良くて色気のある女将像である。こんな女将がいる小料理屋に出会いたい^^
 上方落語の内容を確認する際に度々お世話になっている「世紀末亭」さんのサイトにある米朝版を元に、新治が語ったであろう科白に少しだけ変えて、特に印象的だった部分について書きたい。
「世紀末亭」さんのサイトの該当ページ
 秀逸だったのは、後半、紀ノ庄の女将と、百日の土蔵(くら)住まいが明けてやって来た若旦那との会話。しかし、もちろん前半の若旦那と丁稚定吉との会話、親戚一同集まった席での番頭と若旦那の緊迫したやりとりも良かったからこそ、後半も生きるのである。
 
まず、女将(母)による小糸の最後の場面の回想。何通も手紙を書いたものの若旦那からの連絡はこない。日々弱っていく小糸。その時に若旦那がつくってくれた三味線が届く。

 女将 「これ見なはれ小糸、若旦那お心変わりしたんやったら、こんな高こ
    ついたぁる三味線が届くはずないやろ。これには何か事情があるに
    違い ない。この三味線は若旦さんの気持ちやないか」ちゅうたら
    「ホンにそぉやったなぁ、お母ちゃん……。この三味線、わて
    弾きたい」 弾けるよぉな体やなかったんだすけどなぁ……、弾か
    してやろ思てもちゃんと座られしまへんねやがな。お仲が台所から
    手ぇ拭きながら飛んで来て、後ろから小糸の体を抱える。三味線、
    手ぇに持ったもんの調子も合わせられへん
    「どないすんねや?」ちゅうたら、あの子何を弾くつもりだしたん
    やろなぁ「本調子……」わたしが調子合わしてやって持たしてやる
    と、嬉しそぉな顔をして「しゃ~ん」とひと撥入れたままじ~っと
    してるさかい
    「どないしたんや?」っちゅうて覗き込んだら……、もぉこの世の
    もんではございまへなんだ……


 この場面で、私の席に近かった女性のお客さんの数名が、ハンカチを目に当てていた。実は、私も目がうるんでいた。この後に若旦那と女将の会話が続く。

 若旦那 可哀想ぉなことをいたしました。し、知らなんだ。何にも
     知らなんだんや。わしゃ百日のあいだ蔵へ入れられて、ひと足も外へ
     出ることがでけなんだんや。手紙を出すにも、見せてももろてへん
     がな。わしを恨んだやろなぁ……
 女将  そんなことやないかいなぁと思とりました。今日はあの子の三七日
    (みなぬか)朋輩衆がもぉじき来てくれるやろと思います。お参り
     してやっとぉくれやす
 若旦那 参らしてもらう
 女将  お仲、この位牌持って行って、それからあの三味線、いただいた
     三味線をお仏壇(ぶったん)の前にお供えしなはれ。ほな若旦那、
     どぉぞ……


 三七日(みなぬか)は、亡くなってから二十一日目の法要のこと。
 ここで若旦那が正面を向いて仏壇の前に座り、悲愴な顔つきで、小糸の位牌に向かう。

 若旦那 知らなんだとはいえ、小糸すまなんだなぁ……
 女将  若旦那、何にもおへんけど、ひと口
 若旦那 何を言ぅてんねん、酒なんか飲めるかいな
 女将  いぃえ、口もぬらさいでお帰ししたら、小糸が怒りますよってに、
     供養やと思ぉて、ひと口あがっとぉくれやす……


 このへんの見事なやりとりが、だれることもなく、かと言って早すぎずに心地よいリズムで交わされる。はっきりした語り口なのだが、情がしっかりと伝わってくる、そんな印象だ。

 この後、三七日の法要に訪れた芸者仲間の訪問という動きのあった後、あの場面となる。急に三味線の音が聞え、地唄『雪』を口ずさむ小糸の声・・・・・・。 そして、サゲへ。

 この噺で、小糸の手紙が八十日目で途絶えたことについて、番頭は「八十日目で、あとは鼬の道」と表現する。これは、イタチは通路を遮断されると、その道を二度と使わないという言い伝えからの表現なのだが、こんな言葉も落語にしか残っていないのではなかろうか。

 この高座を今年のマイベスト十席にしないわけにはいかない。流石、露の新治。

露の新治『源平盛衰記』 (30分 *~21:40)
 仲入り後、見台、膝隠しの配置された高座に、黒紋付きと袴姿で新治が登場。「眠い噺で失礼しました」の一言は、残念ながら私の周囲にもいらっしゃった何名かの“コックリさん”の姿を高座から確認できたのだろう。もったいない・・・・・・。
 その後のマクラで、「独演会というのは、色合いの違う噺を三席はするもの、というのが師匠の教えでして、師匠は稲荷町の(正蔵)師匠から、それを教わった」という、うれしい逸話を披露。しかし、「すでに、コケかけています」という言葉は、結構本音だったようにも思う。あの高座の後である。
 張り扇と拍子木でにぎやかに、弁慶と牛若丸の五条の大橋での一戦や、木曽義仲と平維盛との倶利伽羅(くりから)峠の戦いなどを経て、那須与一の扇の的まで一気に進めたが、ご本人の言う通りで、やや息切れ気味であった。
 

 三席目はお疲れな様子もあったとはいえ、滑稽噺、大ネタの人情噺、そして講談ネタという三つの味わいの違うネタを聴かせてくれた新治。そして、何と言っても『立ち切れ線香』である。

 終演後は久し振りの居残り会分科会。なぜ分科会かというと、創立メンバー(?)のYさんが仕事の関係で来れなかったからなのだが、リーダーSさん、女性陣はほとんどレギュラーのI女史とM女史という強力メンバー。四人で、旨い居酒屋を見つける嗅覚が抜群のSさんに従って、会場近くの初めての店へ。
 結構広い店内。SさんとI女史はお酒の燗、M女史と私は生ビールで乾杯。三席目のマクラで、新治が東映映画の時代劇スターの名をスラスラと並べた話題から、「新治っていくつ?」という話題になり、普段は年齢を結構チェックする私も、迂闊にも答えられない。「東千代之介を見ていたんだから、五十代ということはないでしょう」ということにはなったが、帰宅して調べたら昭和二十六年生まれ。なるほど、今年六十二で、私よりは少し上だった。途中からM女史も私も酒に替えて、徳利は新治の「源平」の語りの調子のように素早く空いていく。話題は落語、オリンピック、フクシマなど多岐に渡り、ついにお店から「ラストオーダーです」の声。もちろん、帰宅は日付変更線を越えた。M女子がお開き前におっしゃった言葉が凄い。「今度、居残り会の途中で日付変更線を超えてみたら!」・・・・・・。それでは最終電車に間に合わないのですよ^^

 思い出すと、オリンピック招致のためのプレゼンテーションの映像については、全員一致で、猪瀬や安倍の言い分にダメ出しだったなぁ。Sさんも、IさんもMさんも人生の先輩だが、しっかりと毎日を楽しんでいらっしゃる。しかし、家のことだって手を抜くことはない。そのバイタリティにはとてもかなわない。スケジュール表は目一杯埋まっていて、「この日はお昼が文楽で、夜が落語」なんて日が続いているのだ。凄い!

 安倍の「放射能は完全にブロック」の大嘘には呆れかえるが、一時でもそういったストレスを、新治の高座と楽しい居残り会の先輩メンバーとの会話で忘れさせてもらった。電車で途中から座れたが、俺は七年後もあの先輩達のように、果たして落語が安心して聴けるのだろうか、などと思っているうちに眠っていた。さて、次に新治を聴けるのはいつかなぁ。
Commented by 佐平次 at 2013-09-10 16:26 x
「雪」のことは文枝も語ってましたね。
私の好みから言うともう少し細い細雪が好かった。
いよいよ新治はマストになりました。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-09-10 17:49 x
なるほど、「細雪」というご指摘は“粋”(すい)でんなぁ!
文枝(もちろん先代)とは、また一味もふた味も違った結構な高座でした。
新治の引き出しは多く、懐は深い。

Commented by 彗風月 at 2013-09-11 15:48 x
「立ち切れ」は演出の如何によっては、クサくもくどくもなる噺だと思うのですが、今回の新治師は実にすっきりと上品にお演りになった、という印象です。東京モンの好む、すっと染み入る態ですが、上方で演じるときは、その辺りの匙加減が微妙に変わったりするのでしょうかね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-09-11 16:07 x
いらっしゃいましたか。
私が好んで聞く音源は文枝(もちろん先代)と三笑亭可楽ですが、無理を承知でたとえるなら、その二人の中間にあるような気がしました。文枝は、番頭がもっと怖くて、女将もややくどい。
可楽は全編すっきり、江戸噺という印象。
勝手な推測ですが、関西で演じる時は、もう少し味わいが濃くなるような気もします。
しかし、新治特有の上品さはどこで演じても変わらないのでしょう。

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by kogotokoubei | 2013-09-10 00:50 | 寄席・落語会 | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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