鈴本夏まつり さん喬・権太楼特選集 鈴本演芸場 8月12日
2013年 08月 12日
2009年8月18日のブログ
新宿、池袋の方が地の利があることに加え、芸協が出ないことも理由の一つである。そろそろ、“冷戦”に終止符を打てないかと思うが、鈴本と芸協との間には、我々には知りえない厚い壁があるのかもしれない。
さて、夏休みの移動(?)が明日からになったので、今年はさん喬・権太楼に露の新治が加わり、他の顔ぶれも良かったので、楽しみにしていた。
意外にも当日券が売れ残っていた。最終的には九分位の入りだったろうか。
演者とネタ、感想と所要時間を記したい。良かったと思うもにに色を付けようと思ったら、全てに色が付きそうなので、やめておこう。
柳家甚語楼『狸賽』 (14分 *17:20~)
四人の交替出演だが、開口一番の役で三三と左龍と同期のこの人だから、この会の贅沢さが分かろうというもの。何度か聴いているが、この人のこの噺は好きだ。
三増紋之助 曲独楽 (11分)
いつもの見事な芸とシャベリ。しかし、場所がらなのだろうお客さんのお手伝いによる「トトロ」がなかったのは残念ではある。
春風亭一朝『牛ほめ』 (14分)
こういう浅い場所で、こういう軽い噺でも、しっかり存在感を示す人だ。この十日間、さん喬・権太楼のほかでは一日も休みなく出演予定なのはこの人だけ。席亭の信頼の厚さを物語る。
入船亭扇辰『麻のれん』 (14分)
馬石との交替で、この日はこの人。旬なネタであり、十八番とも言えるだろう。杢一が枝豆を食べる場面は何度見ても見事。八代目文楽が『明烏』を演じた後、寄席の売店で甘納豆が売れたように、扇辰が『麻のれん』を演じる日は売店で枝豆を用意すると売れるように思うが、いかがだろう^^
柳家三三『壷算』 (16分)
喬太郎の代演。落語協会の代演は通常は香盤の上の人になるが、14日の喜多八のみ上、16日の白鳥と三三は下である。このへんは“まつり”ならではの特例で、通常の寄席とは違う考えなのだろう。
三三のこのネタは、たぶん初めて聴くと思うが、途中で瀬戸物屋の子供たち、一郎・次郎・三郎に飴を分配する可笑しいクスグリがあった。算数のトリックを言葉のトリックに交えるという工夫はセンスの良さを感じさせる。
江戸家小猫 ものまね (11分)
「板についてきた」という印象。祖父、そして父の芸の継承にとどまらぬ、オリジナリティも感じさせる。この後で一之輔が少しいじったが、“手長猿”は十八番芸になりそうだ。
春風亭一之輔『浮世床』 (11分)
白酒との交替でこの日は一之輔。ブログを見るとこのネタは結構多いようだが、私は初めて。「っ」を「モダンなつ」という表現をするあたりが、この人らしい解釈。サゲが「私は貝になりたい」になるとは思わなかった。
露の新治『ちりとてちん』 (20分)
仲入り前は、楽しみにしていた人。マクラからしっかりと客を惹きつける話芸が健在。ガード下で酔っ払いのおっさんが妙なことを言う、というネタが楽しい。「俺の時代は終わった」・・・あんたにどんな時代があったんや、に会場も爆笑。
東京では本来『酢豆腐』、上方がこのネタ、という区分は最近言えなくなってきた。それだけ東京の噺家さんもこっちをかけることが多くなった。しかし、噺本来の可笑しさがあるネタなのだが、人によっては「ちりとてちん」を食べる場面を作りすぎてしまう人がいる。しかし、そのへんは上方本場の芸達者、くどすぎず、しかし笑いのツボをはずさない高座。十日間どんなネタを楽しませてくれるのだろう。一日しか行けそうにない身としては、他の日の演目も気にさせる人だ。
林家二楽 紙切り (16分)
この人も小猫と同様、父の芸の継承だけではない芸をつくりつつある、そんな印象。桃太郎、三保の松原、朝顔などを切りながら、浅草の蕎麦屋での権太楼との逸話を披露する余裕も出てきた。OHPという小道具も悪くない。
柳家権太楼『幾代餅』 (31分)
このネタを、「さん喬さんなら人情噺、私がやると滑稽噺、雲助なら怪談噺になる」という喩えが可笑しかった。錦絵の幾代に惚れて恋患いした清蔵から「惚れた人がいる」と聞いた搗き米屋の女将さんが、「相手は誰だい、豆腐屋のおまめちゃんかい、植木屋のお花ちゃん、それとも金物屋のおなべちゃん?」と尋ねる場面が、妙に笑える。
途中に、吉原に「いつ、行くの?」「今でしょ!」など、楽しいクスグリを挟んではいたが、けっして滑稽話だけではない、ほどよい哀愁も感じさせた高座。私にとっては、病から立ち直った元気な権ちゃんを見て聴けるだけでうれしい。
鏡味仙三郎社中 太神楽曲芸 (8分)
寄席の吉右衛門は健在。
柳家さん喬『中村仲蔵』 (40分 *~21:10)
予定の21:15に時間を余らせて終演とは、まったく予想をしなかった。しかし、十分に持ち味を発揮した高座。
いわゆる“ちょぼ”(義太夫節)を自ら演じる場面も程よく、つけ打ちも効果的だった。下座さん達と一体化した高座とも言えるだろう。
五段目が「弁当幕」であることを地口で説明するのではなく仲蔵と妻との会話で表現するなど、妻おみつも脇役として効いていたように思う。仲蔵の工夫した新たな斧定九郎役をくどすぎずに演じたことも含め、さん喬ならではの仲蔵を見て、聴けたのがうれしかった。
終演後は途中で降ったらしい雨も上がっていた。
これだけ出演者の全てが充実していた寄席というのは、初めてではなかろうか。そんな思いで帰宅してからの酒が旨かった。
豪華ですよね。
さん喬師匠の『仲蔵』、先月の大阪での独演会で、落語初心者の友人が涙ぐんでいました。
僕が行くのは16日です。難物『菊江仏壇』(実は闘病中の松喬師匠が「集大成のつもりでやりたい」と言いながら実現しませんでした)の江戸版『白ざつま』をどのように(臭く=細やかに掘り下げて)演じられるか。そして新治師匠が上方の味をどう見せるか、楽しみです。
相当前に文我で『菊江仏壇』を聴いていますが、もし実現していれば松喬師もきっと素晴らしい高座だったことでしょう。
さん喬『白ざつま』は、たぶんブログを書き始める前にどこかで聴いているはずなのですが、連れ合いの越後の実家に来ており、過去の手帳で確認できません^^
16日は、たぶん佐平次さんもいらっしゃるはずなので、ブログを楽しみにしようっと!
