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円朝のセンス—『名人長二』などの翻案物について。

8月11日、円朝の命日に何を書こうかと思っていたら、最近ある特定のネタを相次いで目にしたことを思い出した。『名人長二』である。

 「いたちや」さん主催の“雲助五拾三次”では、今年11月の会から三回にわたって『名人長二』と、ネタ出しされている。「いたちや」サイトの該当ページ

2013年11月18日(月)19時開演 —名人長二ー 初日 
2013年12月24日(火)19時開演 —名人長二ー 中日 
2014年1月15日(水)19時開演  —名人長二ー 楽日 



 そして、同じ一門のむかし家今松も、11月6日の独演会で『名人長二』らしい。


円朝のセンス—『名人長二』などの翻案物について。_e0337777_11074516.jpg

永井啓夫著『新版 三遊亭円朝』(青蛙房)

名著の誉れが高い永井啓夫著『三遊亭円朝』(青蛙房)から引用。

名人長二

〔梗概〕
 蔵前の大家坂倉屋助七は、仏壇を指物師長二に依頼し、その腕のよさと名人気質に驚かされる。
 長二は弟分の兼と湯河原温泉にゆき、宿藤屋の下働きの老婆から自分がこの湯河原に捨てられていた捨子であり、それを亡き父母長左衛門夫婦が拾って育ててくれたことを知る。
 谷中天竜院で両親の法事をしているとき、鳥越住亀甲屋幸兵衛お柳夫婦を知り、火鉢の註文を受け、贔屓を享ける。やが幸兵衛、お柳夫婦が実の親であることを知る。
(後略)


 同書でこの噺は「翻案物」の中で説明されており、他には次のようなネタが並ぶ。

『梅若七兵衛』『名人くらべ(錦の舞衣)』『松操美人の生埋』など。ちなみに『死神』は「翻案物」ではなく、「落語」に分類されている。

 「翻案物」とは、それぞれに海外の小説などに下敷きになった作品がある、ということである。

 『名人長二』については、次のように説明されている。

 明治二十五年、大阪より帰京後、怪我をした円朝が湯河原で湯治中創作にとりかかった作品である。
 題材は、有島武夫人幸子から教えられたフランスの小説家モーパッサンの小説『親殺し』(Un parricide、1884年作)を翻案、作話したといわれている。
 有島武(1840-1914、有島武郎、生馬、里見弴の父)が横浜で税関長をしていた頃、部下にフランス文学の研究者があり、その人から聞いた話を有島夫人幸子が書きとめて円朝に送ったのである。これに対する円朝の礼状が、有島家に所蔵されている。
 モーパッサンの作品がわが国で始めて翻訳紹介されたのは、明治三十三年「帝国文学」に掲載された「ゐろり火」である。翻案にしても、円朝がその八年前にモーパッサン作品を手がけていることは注目すべき事であろう。
 ストーリーは翻案とはいえ、主人公の指物師長二は、本所割下水に住んでいた名人気質の指物師で、円朝とも親交のあった長二をモデルにしている。
 円朝の弟子一朝が若い頃、夜店で八銭ほどの赤間硯を買って来て円朝に見せたところ、「よい硯だから、長二さんに蓋を作って貰って上げよう」と頼んでくれた。二ヵ月ほどで良い蓋が出来て来たが、手間賃は二円だったという。二ヵ月も、三ヵ月も遊んでいて、いざ仕事にかかると夜の目も寝ずに仕上げるという名人肌で、女房をはじめ他からは奇人として見られていたらしい。


 近所にモデルとなる人物がいたとしても、まだ翻訳本が出る前のフランス小説の概要を下敷きにして、長編の作品を作る円朝の創作力も大したものだが、そのセンスも人並みではないと思う。

 『錦の舞衣』(『名人くらべ』)は、最近では喬太郎が高座にかけて高い評価を得ているようだが、この作品は円朝が福地桜痴から聞かされたフランスの劇作家サルドウ作の劇『ラ・トスカ』を翻案したものである。原作の初演が1887年なのに、四年後の明治二十四年(1891)に、円朝は高座にかけていた。

 三遊亭円朝の、海外作品のエキスを自分の作品に生かす技量と高い感受性を、この秋の『名人長二』の雲助と今松の高座からも感じたい、そんな思いである。
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by kogotokoubei | 2013-08-11 20:43 | 今日は何の日 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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