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命日に、ハンク・モブレーのバードランドでのジャム・セッションを聴く。


 5月30日は、昨年亡くなった尾崎紀世彦の命日でもあるが、ここではジャズ・サックス・プレーヤーのハンク・モブレーを偲びたい。

 1930年の7月7日生まれ、1986年の5月30日に旅立った。Wikipediaから引用。Wikipedia ハンク・モブレー

 本名はヘンリー・モブレー(Henry Mobley)。ハード・バップやソウル・ジャズのジャンルで活躍した。レナード・フェザーによって「テナー・サクソフォンのミドル級チャンピオン」と呼ばれたことで知られる。この隠喩は、モブレーが平凡であるかのような印象を持たせかねないが、実際にはジョン・コルトレーンほど鋭くもなければスタン・ゲッツほど円やかでもない音色を指している。付け加えると、モブレーの音楽様式は、とりわけソニー・ロリンズやコルトレーンと比較すると明らかなように、落ち着きがあって精妙かつ歌謡的であり、ジュニア・クックやジョージ・コールマン、ジョー・ヘンダーソンらに影響を与えたものの、その才能が識者に完全に評価されるには、モブレーの歿後を俟たねばならなかった

略歴
ジョージア州のイーストマンに生まれるが、ニュージャージー州ニューアーク近郊のエリザベスに育った。

初期の活動においてディジー・ガレスピーやマックス・ローチと共演する。アート・ブレイキーやホレス・シルヴァー、ダグ・ワトキンスおよびケニー・ドーハムと並んで、ハード・バップの画期的なセッションの一つに参加した。その成果は、アルバム『ホレス・シルヴァー・アンド・ジャズ・メッセンジャーズ』として発表されており、モブレーのよりブルージーな抒情性と、シルヴァーのファンキーなアプローチとのお蔭で、クール・ジャズの取り澄ました古典性とは対極にある。「ジャズ・メッセンジャーズ」が1956年に分裂すると、暫くはシルヴァーと演奏を続けたが、数年後にはブレイキーと再び共演するようになり、1960年代初頭のモブレーのアルバムにもブレイキーが出演した。

1960年代は主にバンドリーダーを務め、1955年から1970年にかけてブルー・ノート・レーベルに20枚以上のアルバムを録音した。1960年の『ソウル・ステーション』と『ロール・コール』は、代表作のアルバムである。最も重要なハード・バップの演奏家、例えばグラント・グリーンやフレディ・ハバード、ソニー・クラーク、ウィントン・ケリー、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演し、トランペッターのリー・モーガンとは、とりわけ実り豊かな協力関係を築いた。モブレーは、興味深いコード進行や、独奏者の見せ場を繰り広げたことにより、ハード・バップの時代の最も偉大な、独創的な作曲家の一人として広く認められている。



 上記でも紹介されている『Roll Call』のアルバムジャケットでご尊顔をご覧いただこう。
命日に、ハンク・モブレーのバードランドでのジャム・セッションを聴く。_e0337777_11101513.jpg


 レナード・フェザーが「ミドル級のチャンピオン」と称したのは有名なのだが、たしかにこの言葉は誤解されているように思う。実を言うと、私もハンク・モブレーを真剣に聴き始め、そして好きになったのは、ジャズにどっぷり浸かっていた二十代ではなく、結構最近のことである。レナード・フェザーの言葉が影響していた。しかし、この人はサポート・プレーヤーとしてもいいし、ブルーノートのアルバムもいいのだよ。たしかに、ジョー・ヘンダーソンなんか、相当影響受けているなぁ、と思う。


 では命日の今日、彼のどのアルバム、そしてどの曲をご紹介しようか、ということなのだが・・・・・・。

 ブルーノートに残した『Soul Station』 (1960)、『Roll Call』 (1961)、そして、収録曲「Recardo Bossa Nova」でお馴染みの『dippin'』(1965)も結構ではあるが、私は、つい最近(昨年かな)初めて聴いて気に入っているアルバムを紹介したい。

 先日の一蔵・市弥・小辰の落語会を思い出したのだ。若い芸人の発表の場をつくる非常に結構な会だったのだが、ジャズの世界にも、実はそういう場があった。
 
 ハンク・モブレーのリーダー・アルバムではないが、私の好きな'50年代のハード・バップが聴ける、“Monday Nights at Birdland”である。

命日に、ハンク・モブレーのバードランドでのジャム・セッションを聴く。_e0337777_11101538.jpg


Monday Nights at Birdland
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1. Walkin'
2. All The Things You Are
3. Bag's Groove
4. There Will Never Be Another You
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Hank Mobley (ts)
Lee Morgan (tp)
Billy Root (ts)
Curtis Fuller (tb)
Ray Bryant (p)
Tommy Bryant (b)
"Specs" Wright (ds)

*April 22,1958
*EMI Music Japan TOCJ-50090

 Wikipediaでも、“トランペッターのリー・モーガンとは、とりわけ実り豊かな協力関係を築いた”と紹介されている、リー・モーガンを含むメンバーと、1958年4月22日、あのバードランドのマンデイ・ナイト・ジャム・セッションでの演奏。
 実は、このアルバム、数年前に東芝EMIから手頃な価格で発売されているのを、落語ブログ仲間のYさんから教えていただくまで、聴いたことがなかった。これが実にいいのだ。ハンク・モブレーは27歳、リー・モーガンは19歳という若さ。Yさん、ありがとう!

 バードランドは、チャーリー・パーカーのニックネーム“バード”に因んで名付けられた。そういえば、彼の人生を辿った映画『BIRD』は良かったねぇ。フォレスト・ウィティカー演じるバードが、最後はテレビでコメディーを見ながら倒れるけど、あれが事実なら、少し救われる。

 さて、バードランド。1949年暮れにブロードウエイ52丁目にオープンし、1965年に閉店するまで、まさに“ジャズのメッカ”として愛された。1954年の2月21日に、このバードランドで歴史的名演が演奏されている。そのことは、また別途書きたい。クリフォード・ブラウンですよ!

 すぐ脱線しそうになるけどお許しを。このお店、1986年に場所を106丁目に移して再開して、その後さらに44丁目に移転している。今でもやってますよ。サイトご確認のほどを。行ったことは、残念ながら、ない。
Birdlandのオフィシャル・サイト

 1950年代、バードランドは毎週月曜日をレギュラー・バンドの休日に当てて、新人たちのジャム・セッションのために開放していた。まさに若い芸人のための発表の場。
 そのセッションから生まれた傑作アルバムがこれ。ちなみに、「アナザー」が頭についたタイトルで、もう一枚アルバムが発売されている。

 バードランドでのハンク・モブレ—を含む若手ジャズメンの、荒削りながら、エネルギッシュな演奏を聴いていただきましょう。

 人気DJシンフォニー・シッドがMCとして雰囲気を盛り上げ、若きハンク・モブレー、早熟のトランペッター、リー・モーガン、当時24歳のカーティス・フラー他のメンバーが、お馴染みのスタンダード曲で熱い演奏を聴かせている中から、「Walkin'」を聴きましょう。まさに、若手ジャズメンの「研鑽会」での演奏である。
 
 

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by kogotokoubei | 2013-05-30 19:56 | 今日は何の日 | Trackback | Comments(0)

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by 小言幸兵衛