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デクスター・ゴードンの命日に、テナーの巨人であり名優のことを想う。

 4月25日は、ジャズ・テナー奏者、デクスター・ゴードンの命日。Dexter Gordon、愛称デックス、1923年2月27日に生まれ、1990年の4月25日に旅立った。

 モダンジャズの代表的なテナー奏者として数多くの名演奏を残したことにとどまらず、俳優としても記憶に残る。カリフォルニア州ロサンゼルスで、医者の息子として生まれ、13歳の時にクラリネットを始め、15歳でサックスに転向。十代の1940年からプロとして活動を始め、二十歳の1943年に初めてリーダー・セッションを行う。
 
 マイケル・カスクーナと油井正一さんの共著『ブルーノートJAZZストーリー』(新潮文庫)から引用する。本書は彼が生存中の昭和62(1987)年の発行。
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油井正一、マイケル・カスクーナ『ブルーノートJAZZストーリー』

 デクスター・ゴードンが主役デイル・ターナーを演じた『ラウンド・ミッドナイト』(86年公開)は、地味ながら心に残る映画だった。ジャズが結んだ男の純愛という浮世ばなれしたテーマには首をかしげる向きもあろうが、デックスの“名演技”を否定する人は誰もいないだろう。オスカーは逃したが、しかし演技を地で行くデックスに主演男優賞をさらわれては、俳優稼業数十年のポール・ニューマンも立つ瀬がない。



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『ラウンド・ミッドナイト』の演奏シーン

 この年、ポール・ニューマンがオスカーを射止めたアカデミー賞主演男優賞候補と作品は次のようになっている。

ウィリアム・ハート  -『愛は静けさの中に』
ジェームズ・ウッズ  -『サルバドル/遥かなる日々』
ポール・ニューマン  -『ハスラー2』
ボブ・ホスキンス   -『モナリザ』
デクスター・ゴードン -『ラウンド・ミッドナイト』

 オスカー候補となることだって、専門の俳優にとってもなかなか出来る経験ではない。
 
 しかし、もちろんデックスの本業は、ジャズ・ミュージシャンである。

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 岡崎正通、大和明の共著『モダンジャズ決定盤』(音楽之友社、昭和52年発行)のデックスの章から引用。当時は、まだデックスは生存中で、この章は大和明担当である。

 もう数年も前のことだが、何人かのジャズ友が集まると誰ともなしにブラインド・フォールド・テストをやって楽しんだものだ。東京ではソロ・プレイヤーを当てる方式だが、聞くところによると関西ではそのほか曲名を当てさせるそうである。それを仕入れてきた友人のひとりが、それではその上をいくやつをやってやろうとばかりに、ある日のことソロ・プレーヤーを当てると共に、そのソロの中でいくつかの曲が引用されているがそれを当てろという。これには参ってしまった。その時かけたレコードはデクスター・ゴードンの演奏だったが、どのアルバムかは忘れた。こういったブラインド・フォールド・テストにデクスターほど最適のプレイヤーはいない。なぜなら彼ほどアドリブにおけるクォーテーション(アドリブの中に、有名曲の断片を好んで挿入する)を得意とするプレイヤーはいないからである。
 デクスターは40年代初めからプロとして活動をはじめ、44年暮に参加した史上最初のビッグ・バップ・バンドであるビリー・エクスタイン楽団で録音した<ブローイング・ザ・ブルース・アウイ>(『ミスターB』エンバー*デラックス原盤)でジーン・アモンズと演じた壮烈なテナー・バトルと、それに続いてフィーチュアされた<ロンサム・ラヴァー・ブルース>(『ブルース・フォー・セール』エマーシー*ナッシュビル原盤)での力強い、よくうたうアドリブによってその名を高めた。



 デックスの特徴と、プレイヤーとしてのスタート時期について、この大和明の文章は非常に参考になるのだが、この本が1994年に『最新 モダンジャズ決定盤』として改訂された時には、この文章は掲載されていない。最新版は、ガイドブックとしては紹介されているアルバムの数も圧倒的に増えたのだが、ジャズ・エッセイとして岡崎、大和両氏の名文を読むなら、昭和52年の初版のほうが適している。

ふたたび『ブルーノートJAZZストーリー』から。

 50年代のデックスは、55年にベツレヘム他にわずかなレコーディングを残した以外、ほとんど活動を行なっていない。この時代のジャズメンに通例の麻薬禍の結果である。ブルーノートとデックスの関係は、60年夏の“奇跡の復活”後に始まる。
 ブルーノートとの契約を機に、61年、デックスは10年振りのニューヨークへ移るが、しかしキャバレー・カードの問題が彼をクラブ出演から遠ざける。結局、62年に仕事を求めて渡ったヨーロッパに、デックスは十余年間を過ごすことになる。


 この表現では、62年の渡欧以前に作品がないように勘違いするが、それはあくまでクラブ出演ができなかった、ということでレコード収録はできたのである。

 麻薬常習者にはクラブで働くために必要なニューヨーク酒類局のキャバレー・カードが発行されない。そんな時期、同じような経験を経ているピアニストのソニー・クラークを含むクァルテットによるブルーノートの傑作アルバムが生まれた。それが、渡欧直前に吹き込んだ『GO』である。

 デックスの一枚ということになると、人によっては同じブルーノートの『Gettin' Around』(1965年、映画『黒いオルフェ』のテーマ曲で有名)や、パリで旧友のバド・パウエル、ケニー・クラーク達と収録した『Our Man In Paris』(1963年)を挙げる人も多いだろう。

 しかし、私は収録から半年も経ずに亡くなったピアノのソニー・クラークの名サポートを得たこのアルバムを、もっともよく聴いているし、好きなのである。

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GO/Dexter Gordon(BlueNote4112)

1. Cheese Cake
2. I Guess I'll Hang My Tears Out To Dry
3. Second Balcony Jump
4. Love For Sale
5. Where Are You
6. Three O'Clock In The Morning


Dexter Gordon (tenor saxophone)
Sonny Clark (piano)
Butch Warren (bass)
Billy Higgins (drums)
 
Recorded at the Van Gelder Studio,
Englewood Cliffs, New Jersey on August 27, 1962.
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 このアルバムは最初の二曲が特に好きだが、デックスのオリジナルであるタイトル曲をお聴きください。ちなみに、「チーズケーキ」って、水着のピンナップガールのことでっせ。分からない人には、今日の水着姿のグラビアアイドルのこと、って補足しておきましょう。しかし、デックスが曲づくりでイメージしたのは、もちろん金髪美女でしょう^^


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by kogotokoubei | 2013-04-25 00:51 | 今日は何の日 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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