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安倍「会食作戦」で一層の弱体化が進む、“ペンの力”・・・・・・。

落語ブログ仲間(と私が勝ってに思わせていただいている)“ほめ・く”さんも書かれていたが、マスコミを味方に取り込むための、安倍晋三の「会食作戦」が、少し派手に展開されている。
“ほめ・く”さんのブログの該当記事

 新聞に載る首相の動向を積み重ねれば分かることだが、私は「赤旗」から下記の図を引用する。あえてお断りするが、私は共産党員ではない。「赤旗」サイトの該当記事

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 朝日・読売・毎日・日経・産経、そしてテレビ局に通信会社の経営者と、決して安くはない店での懇談という事実は、今日彼らの経営するメディアで安倍政権を応援する記事が満載であることと無関係ではないだろう。

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上杉隆著『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書)
 上杉隆は2008年発行の『ジャーナリズム崩壊』で、日本独自の閉鎖的な記者クラブを徹底的に批判することを中心に、大新聞やNHKが権力に迎合する構造的な問題を鋭く指摘した。
 第一章「日本にジャーナリズムは存在するか?」の「担当した政治家が出世すれば自分も出世する」から引用。

 基本的にジャーナリストとして優れた記者は政治部では生き残りにくい。なぜなら、取材をすればするほど、担当する政治家の不利な情報まで知ることになってしまうからだ。仮に、そうして得た情報を読者や視聴者のために報じたらどうなるのだろうか。おそらく、その政治家は失脚し、同時に記者自身にも社内で同じような災難が降りかかることになるだろう。
 このようなに、政治記者にとって、取材し、優れた記事を出すことは、場合によっては「自殺行為」ともなり得る。こうしたことから政治記者にt5おって、担当する政治家への批判は必然的にタブーとなり、結果、ジャーナリストであることを放棄し、会社員としての生き方を選択することになる。
 つまり、オブザーバーでなく、政治に寄り添うプレイヤーになっていくのである。
 電話一本で、時の首相や官房長官までをも動かし、NHK人事に介入することが可能だった島桂次記者(のちに会長)や、田中派全盛期に同派を担当した海老沢勝二記者(同じくのちに会長)などがまさしくその典型である。そうした状況は現在でもあまり変わっていない。


 
 まさに、そういう状況は変わっていないどころか、本来は第四の権力と言われた大新聞やNHKを含むテレビ局は、産経を筆頭に政治権力の広報部門化している。

「記事より重要な社内の権力闘争」からも引用したい。

 彼らにとっては、良質な記事を書けるかどうかはさして問題ではない。問題は、社内でいかにいいポジションをキープし続けることができるかがすべてなのである。
 たとえば政治部。三席、サブキャップ、キャップ、デスク、次長、部長と無事に出世の階段を駆け上がり、編集局長(報道局長)に到達すればそこからは社内の権力闘争が待っている。
 そもそも、「新聞記者」と「企業経営」という、まったく別種の職業が一本のラインで結ばれているのがおかしい。仮に、社内でジャーナリストとしての頂点を目指すとなれば、それは編集局長であるべきはずだ。その先の企業経営に足を踏み入れるということは、ジャーナリストという職業を放棄することに他ならない。


 「主筆」で、かつ経営に関与するなどということは、アメリカのメディアではありえない。
 
 本書では、著者のニューヨーク・タイムズ在籍時の経験として、編集と経営が明確に役割分担されており、経営者が編集に関与することは記者サイドからは許さないことが紹介されている。
 アメリカの大統領選において、各メディアは支持する候補者を明言するが、かといって支持する候補者のネガティブな記事を控えるなどということはありえないことの事例として、支持を表明していてもマケイン候補やクリントン大統領のスキャンダルはしっかり記事にしている事実を紹介している。


 日本のマスメディアからは、本当に「ジャーナリズム」精神が消滅したように思えてならない。

 私はアメリカ礼賛主義者ではないが、メディアの健全性は、間違いなくアメリカでは保たれているように思う。日本の「記者クラブ」という閉鎖的な仲良し倶楽部は、日本と韓国の一部にしかないらしい。

 アベノミクスによるデフレ脱却は結構だが、その施策に伴う痛みや新自由主義が跋扈しそうな状況、TPPによるアメリカ有利な交渉結果と今後のアメリカ製品の日本市場への侵食の兆候などの問題についても、「客観報道」を標榜するメディアは、もし彼らがジャーナリストとしてのプライドがまだあるのなら、追求すべきである。

 もし、安倍と美味しい食事を供にしてますます骨抜きになっているのなら、今後は一部の雑誌メディアやネットにしか、「ペンの力」を頼ることはできないかもしれない。権力に媚びるだけのマスメディアには、何も期待できないし、百害あるのみである。
Commented by ほめ・く at 2013-04-14 16:48 x
記者クラブと番記者制度を無くさない限り、日本のマスコミは正常化しないでしょう。
ジャーナリストとしての矜持を持たない人物ほど出世していく、これでは百年河清を俟つことになります。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-04-14 20:41 x
まったく情けないメディアしか持たない国民は、何を頼りにすれば良いのでしょう。
朝日には少しは期待していたんですがねぇ。
まず、記者クラブと番記者の廃止、大賛成です。

Commented by 都県境のへそまがり at 2013-04-15 21:13 x
以前コメントさせて頂いた者です。
大マスコミの編集権と経営権の独立について、新聞労連はまともに議論してるんですかね?情けないです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-04-15 21:54 x
コメントありがとうございます。
「李下に冠」や「瓜田に靴」といった故事は、マスメディアの経営者にとっては意味がないようですね。
これだけ堂々と権力にヨイショしていると、無駄な期待をせず諦めもつくような、そんな気もします。

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by kogotokoubei | 2013-04-13 17:12 | 責任者出て来い! | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛