第47回 人形町らくだ亭 日本橋劇場 4月8日
2013年 04月 09日
2012年10月23日のブログ
今回も小満んも楽しみだったし、立川流の若手の中では結構気に入っている談修、そして小柳枝にトリの志ん輔と顔ぶれが良くて、木戸銭2500円は、お得だ。 ところが、会場の入りは六分程度か。いつも思うが、この会でこの入りは疑問だ。
さて、次のような構成だった。
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(開口一番 古今亭半輔『出来心』)
立川談修 『身投げ屋』
春風亭小柳枝『蒟蒻問答』
(仲入り)
柳家小満ん 『鶴満寺』
古今亭志ん輔『お若伊之助』
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古今亭半輔『出来心』 (18:50-19:01)
結構前の方の席だったので、半輔の表情もよく分かったが、聴くたびに成長しているのが実感できる。特にマヌケな泥棒が留守と勘違いして忍び込んだ家で、羊羹をほおばっているところに家人が「誰だ!」と二階から降りてきた時の泥棒の表情が可笑しかった。この人、先輩の小辰や一蔵を脅かす存在になっている。前座では柳亭市助とともに将来が楽しみだ。
立川談修『身投げ屋』 (19:02-19:21)
今春、家元直系の弟子として、最後の真打昇進を果たした。生で聴くのは一昨年11月の新文芸坐以来。談春が談修と志の吉、らく次の三人を相手に、真打昇進の資格があるかどうかお客さんに聴いてもらいたい、という趣旨の会だった。あの時、談春の思惑は、この人から真打昇進への意気込みを引きだすことが狙いだったような気がする。2011年11月3日のブログ
さて、五街道雲助がよく高座にかけるネタは、柳家金語楼(ペンネーム有崎勉)の作。雲助は身投げのフリをする場所を両国橋としているが、この人は永代橋だった。借金のために身投げをするフリをして通行人の同情を誘いお恵みを掠め取ろうとする男と、通行人の医者、威勢のいい職人、そして謎の親子(?)とのやりとりを、短時間ながらしっかり聴かせた、なかなか結構な高座だった。基本がしっかりできているし、ツボを押さえている。充分に真打の資格はあるだろう。
真打昇進につて、本人は、昨年の4月にブログで次のように案内していた。
立川談修ブログ「2012年4月29日」
ひさびさの、日記更新です。
本日、ワタクシ立川談修から皆様へ、重大発表をさせていただきます。
来年の春、真打ちになります。
はやいもので、師匠・談志が亡くなって5ヶ月が経ちました。
落語界の慣例からいえば異例のことではありますが、ワタクシは談志門下のまま昇進させていただくこととなりました。
どういう経緯でそれが決定したのかなど、書きたいことはたくさんあるのですが、長くなるのでそれはまたおいおい、ということで。
私の錯覚かもしれないが、たぶん家元は談修の真打昇進を認めていたはず。最終判断は、誰かに委ねたのかもしれない。そのへんのいきさつは分からない部分もあるが、こういう人が直弟子で最後に昇進したことは悪くない。そして、今や師匠がいないために、このような会との縁もできたのではなかろうか。今後もぜひいろんな会で聴きたい人である。受け付けでもらったチラシで分かったのだが、6月9日(日)に国立演芸場で昇進披露興行の会があるらしい。ゲストに志の輔の名が。これはすぐに売り切れるだろうなぁ。日曜なので私は行けないけどね。
春風亭小柳枝『蒟蒻問答』 (19:22-19:40)
禅僧から落語家になったという二代目林家(屋)正蔵が作ったとされているが、別な説もあるようだ。いわゆる仕方噺で、肝腎な部分は見なくては分からない。古今亭志ん生はラジオでこのネタをかけた際、その仕草について解説を入れてもらったらしい。
結論から言うと、この日登場したレギュラー二名よりも、この人の高座がもっとも映えていた。マクラで聞かせる珍妙な問答の掛け合いも楽しかったし、本編も結構だった。寄席で鍛えられた芸の腕と、まさにネタがニン、ということだろう。昭和11年生まれは談志と同じ。喜寿を越えてますます円熟味が溢れる。表情や仕草の妙に加え、畳み掛けなければならない科白は、なかなかスピード感があって小気味よかった。
たとえば、寺の本堂の荒れ方を表現する部分。「高麗べりの薄畳は雨漏りのため茶色と変じ、狩野元信の描きしかと怪しまれる一匹龍はねずみの小便に汚され、欄間の天人蜘蛛の巣に閉じられ、幡天蓋は朝風のためへんぽんとひるがえり・・・・・・」のあたりは聞かせたなぁ。この噺、瀧川鯉昇も良いが、妙な作り事のない小柳枝も捨てがたい。
柳家小満ん『鶴満寺』 (19:55-20:20)
仲入り後に緞帳が上がったが、メクリは「お仲入り」のまま。出囃子もならない。何とも締まらない沈黙がしばらく続き、半輔がメクリをめくり、ようやく出囃子。間の悪い後半のスタートだった。
そういったリズムの悪さが小満んの高座にも伝染したのか、せっかくの旬のネタで、マクラで桜にちなんだ短歌を紹介する際、珍しく与謝野晶子の歌などを途中で思い出せず、「これはやめましょう」と、なった。
かろうじて、桜の歌を多く詠んだ西行の辞世の句、「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」を紹介し、西行が旧暦2月16日の満開の桜に囲まれて没したことが紹介されたが、全体として歯切れの悪いマクラであったことは否めない。
本編は、最初の師匠文楽のネタで、こんな筋書。
・しだれ桜で有名な鶴満寺で花見をしようと出かけた旦那、芸者、幇間の一八のご一行。
寺男の権助が 「住持が、庭などを荒らすから花見の人をいれるでねぇ、ときつく言わ
れているから入れるわにはいかねぇ」と、ニベもない。
・しかし、旦那から百文預かり権助の袂に入れると「住持は今外出中で、一時ならいい
だろう、入んなさい」と百文で転ぶ。
・権助に一八が酒を飲ませて酔わせ、「次は三味と踊りでにぎやかに」と言うと、また
権助が「それはなんねぇ」ときた。今度は旦那から一朱もらって、あらためて権助に
渡すと、鳴り物と踊りを許すどころか自分が踊り出す始末。酔っぱらった権助が桜の木
の下で眠ったことを潮時にご一行退散。
・しばらくして住持が戻り寝ている権助を起こして叱りつけた。権助が言い返す。
「歌を詠む人なら入れていいと言っていた。あれは歌詠みの一行だった」と答える。
・住持が、「ほう、どんな歌を詠んだ」と聞くと、権助は苦し紛れに「花の色は移りに
けりないたずらに 我が身世にふる、ながめせしまに」という歌でございました、
と答えた。住持から「それは小野小町の歌で、百人一首の歌だ」と言われたから、
権助が「百に一朱、えっ、何でわかったか、はじめが百で、あとで一朱もらいやした」
でサゲ。
この噺の見せ場は、やはり寺男の権助。最初は堅物風で「花見の人は入れねぇ」と突っぱねていたのが、一八が袂に落とした百文で、まず少し軟弱になり、酒を注がれてだんだん酔って饒舌になっていくあたりが結構。酒を一八から湯呑に注がれる時、だんだん湯呑を下げていき、「ありゃ、ありゃ、ありゃ~」と妙な調子で叫ぶ場面や、一朱もらう時、一八が、「寺の衆(し)さん、袂を」と言うのに、「袂はいらねぇ、ここへ」と手を広げるあたりも可笑しい。私が持っている師匠文楽の音源では、マクラで桜が大勢で掛け合いをしている少し長めの小噺がある。「吉野さん、儲かってるでしょう」。とか、「向島さん、景気はいかが」など、楽しい会話なのだが、サゲの部分が今日では分かりにくいこともあり敬遠したのだろうか。結構期待していたのだが・・・・・・。
やや表情に疲労の色も見えた。それもマクラでの歌の失念につながったのではなかろうか。全体として、この人には期待が高いだけ、残念な高座だった。
古今亭志ん輔『お若伊之助』 (20:22-20:56)
これまた旬のネタ、と言えるだろう。最後の場面に桜が登場する。マクラもそこそこに本編へ入ったが、この噺そのものがあまり好きではないことも影響しているのだろう、楽しめたとは言い難い。棟梁“に組”の初五郎が、出入りしている生薬屋の栄屋に一中節の師匠伊之助を紹介したのだが、娘のお若と伊之助がねんごろになってしまった。お若の母親は伊之助を遠ざけるために二十両を初五郎を介して渡し、お若は叔父長尾一角の根岸にある剣術道場の離れで寂しく暮らすことになる。
ある夜、長尾一角が夜中にお若の部屋を訪ねる伊之助の姿を認め、初五郎を呼び出す。ここで、初五郎が根岸と伊之助のいる浅草橋を行ったり来たりする騒動の場面など、お約束の見せ場はあった。しかし、志ん輔なら、この位は当たり前、といった感じで聴いていた。
サゲは「・・・・・・因果塚の由来」で終わらず、お若と伊之助が栄屋で、あらためて一中節の稽古をしている、というハッピーエンド風に仕立てたが、どうもしっくりこない。それは、伊之助に化けた狸という存在、そして狸を身ごもるお若という筋書などが、何とも後味を悪くさせるからかもしれない。
しかし、この噺、師匠志ん朝は、ホール落語会で結構かけている。何度か引用している『よってたかって古今亭志ん朝』(志ん朝一門、文春文庫)の巻末、「古今亭志ん朝 主要演目一覧」によると、41歳の時、昭和54(1979)年2月の志ん朝の会から、59歳で平成9(1997)3月の東京落語会、そして晩年の朝日名人会と、主要落語会で数多くかけている。
志ん朝は、半ば冗談であろうが、落語の魅力を「狸や狐が出ること」と答えているが、このネタを好きだったのだろうか・・・・・・。
あまり苦手なネタというものはないのだが、数少ないそういった噺の一つなので、私は志ん輔の熱演に応えられない客だったと言える。
終演後はレギュラー三名での「居残り会」。馴染みの蕎麦屋の三階に上がって、この日の高座や、旅行から帰られたばかりのリーダーSさんの土産話を肴に飲んでいると、つい時間が進むのが早い。三人の今後の予定を確認すると、当分全員が顔を合わせる機会はなさそうだ。そうなると、名残り惜しさもあって、ついつい酒もツマミの注文も増える。最後に頼んだカタ焼きそばは、次は最初に頼んでビールのアテになるなぁ、などと言いながら、Sさんが〆で瓶ビールを絶妙な技で三つのグラスに注いでくれた。泡を飲まずに飲み、鼻に泡をつけるのが、本寸法の飲み方。本当にこうすると旨いのだ。ということで、もちろん帰宅は日付変更線を越えたのでしたとさ。
それにしても、あの顔ぶれであの入りはない。小学館は、音源を収録して二次的なビジネスがあるからあまり危機感がないのかもしれないが、まずは、会場にもっと客を呼ぶ努力をすべきだろう。会場で、次回6月3日のチケットを販売していた。しかし、相も変わらず、小学館のサイトでは、昨日の会の案内が「チケット発売中」として“New”の文字が点滅して残ったまま。次回の案内に更新されていないのだ。ネットの時代、通常のビジネスでこんな怠慢は許されないのだが、いつもこうなのだ・・・・・・。勘弁してほしい。
小学館の「らくだ亭」のサイト
この会が始まった頃は、こうではなかった。レギュラーに選んだ噺家さんは、もちろんプロフェッショナル。その会を支えるスタッフも、もっとプロとしての自覚と緊張感をもって臨んで欲しい。仲入り後の、何とも間の抜けた沈黙の時間なども含め、この会の関係者は、少し仕事が「らくだ」、と油断しているのではなかろうか^^
(何とも情けない地口でのサゲになったが、結構私は怒っているよ)
やたらスタッフが張り切っている夢xxの会も好きじゃないですが、すでに50回近く開催している会にしては、「客を呼ぶぞ!」「喜んでもらうぞ!」という気迫を感じないのも困ったものです。
CD音源のための会、会社としては傍流、みたいな空気が漂っている気がします。
まずは、生の落語会に万障繰合せてやって来た客を最優先すべきですし、その客を増やしてもらいたいもの。
レギュラー制になった最初の顔見世の会は一階、二階とも満席に近かったはず・・・・・・。
あれだけの顔ぶれを集めているのですから、企画にからんでいる松本氏からでも、小学館にカツを入れてもらいたいものです。
サイトが更新されなければ、しつこく、書いていこうかな^^
今日、NHK関西ローカルで「上方落語の会」が放送されました。立川談春さんが出演しておられ、「唐茄子屋」を演じておられました。談春さんは、関西でも人気でチケットはなかなか取れないので、NHKで放送して貰えるのは有り難い事です。来週は、立川生志さんだとか。これ又楽しみです。
http://www.nhk.or.jp/osaka/program/kamigatarakugo/
今夜(2013/04/13)、NHKラジオ深夜便午前1時に、先月月亭文都を継いだばかりの文都さんが出演されます。間に合えば是非お聞き下さい。
http://www.nhk.or.jp/shinyabin/
http://plaza.rakuten.co.jp/hatten/
そうですか、談春は“全国区”ですね^^
5月14日には、フェスティバルホールで志の輔と談春の会があるらしいですね。
生志も、なかなかいいですよ。
文都は、こちらで何とか生で聴きたいものです。
たまたま文我から今日案内が来て、七月にイイノホールで落語会があるようなので、ぜひ行こうと思っています。
上方落語も今は勢いがあっていい感じですね。
