二十四節気の「清明」に、「生命」の尊さを感じる。
2013年 04月 04日
二十四節気の春分の次が、明日、新暦で四月五日、旧暦二月二十五日の「清明」だ。

小林弦彦著『旧暦は暮らしの羅針盤』(NHK出版)
これまでも何度か紹介したことのある小林弦彦著『旧暦はくらしの羅針盤』(NHK生活出版新書)には、清明について、こう説明されている。
万物が発生、清く明らかになる時期。中国では、清明節といって、一族そろって祖先を祭る日。沖縄でも同じ風習が残っています。
会社の中国人社員に以前聞いたことがある。彼らが墓参りするのは日本の春分(春のお彼岸)ではなく、清明らしい。もちろん、あの国では祝日。旧正月(春節)の次の長期休暇でもある。
紹介した小林さんの本で記載されていた沖縄については、「沖縄大百科」のサイトからご紹介。
「沖縄大百科」サイトの該当ページ
清明祭
意味 【しーみー】 旧暦3月の吉日に行われる沖縄の三大行事の一つ。中国から伝わったとされ「清明の節」の期間に先祖のお墓に親戚が集まって、お線香やお花、重箱につめた料理をお供えし供養する。ちなみに「清明の節」というのは、植物が成長をはじめる時季、という意味で活力にあふれた季節を意味している。基本的には清明の入りから15日以内に行うのが基本だが、現在では休日に行うことが多い。
沖縄には、自然と共存する文化がまだ残っているようで、うれしい。日本の他の地域で、さて「清明節」を祝う地域や集落があるのやら、私は分からない。
“万物が発生、清く明らかになる時期”や、“植物が成長をはじめる時季、という意味で活力にあふれた季節”という表現には、駄ジャレではないのだが、「生命」という言葉の方が相応しいように思う。
日銀新総裁の大盤振る舞いやアベノミクスのニュースの背後で、まだまだ大震災やフクシマから復興途上にいる人々のこと、施設のこと、文化財のことなどを思っていたが、ぜひ「清明」を機に被災された方々の「生命」が逞しくなることを祈るばかりだ。
