「恵方巻き」—“擬似文化”が次第に日常化される怖さ・・・・・・。
2013年 02月 03日
その起源が曖昧で、今のブームもあくまで商売優先。まったく古来からの行事などとは言えないイベントが、コンビニなどの商売のために宣伝され浸透し、メディアや下記の記事のように神社などの「お墨付き」を得ると、“擬似イベント”が常態化される。あぁー、いやだ。
朝日新聞サイトの該当記事
南南東向き1千人で丸かぶり 大阪天満宮で「恵方巻き」
【高橋正徳】節分の3日、1千人が一斉に今年の「恵方」の南南東を向いて巻きずしを丸かぶりする催しが、大阪市北区の大阪天満宮であった。参加者たちは、無料で配られた巻きずしを手に、大きな口を開けて一斉にかぶりついていた。
古くから節分に「恵方」を向いて巻きずしを食べると福が訪れるという言い伝えがあり、大阪海苔協同組合が36年前から普及行事に取り組んできた。今では全国のコンビニや飲食店などで「恵方巻き」として販売され人気となっている。
朝日の記事で、古くから節分に「恵方」を向いて巻きずしを食べると福が訪れるという言い伝えがあり、などと書かれていると、これまで疑問を抱いていた人も、「そうか、そうなんだ」となりやすい。
私の二年前のブログから、一部再掲載したい。
2011年2月3日のブログ
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(1)風習としての根拠が希薄でほとんど販促イベント
江戸や明治の大阪や和歌山、滋賀などで、あるいは一説では栃木県で、節分に
「恵方巻き」を食べるという風習があったようだが、その由来にも諸説あって、
非常に根拠が希薄。はっきりしているのは、1930年代以降に、大阪鮓商組合が
「節分の丸かぶり寿司」というチラシによるPRをしたこと。
そして2000年代になって、スーパーやコンビニ、寿司のファストフードの全国
チェーンが、全国各地で、 「恵方巻き」を売り出した、ということ。
流行したのは、根強い風習が復活したのではなく、あくまで大阪商人に端を発
し、大手スーパー、コンビニ、寿司ファストフードなどのキャンペーンの結果。
ちなみに、私は学生時代に関西にいたが、「恵方巻き」なんて聞いたこともない。
大阪出身の友人などに聞いても、子供時代にそんな習慣があったと言う人は皆無。
あくまで、私の交遊範囲内ではあるが、関西でこの風習があったとして、非常に
ニッチなものだったはず。
(2)ご利益があるのは売る側だけ
たとえば、“バレンタインデー”には、チョコレート屋を儲けさせるだけ、とか、
ホワイトデーというわけの分からないオマケができた弊害もあるが、ご利益もある。
なかなか普段自分の思いを打ち明けられない乙女 (今日では、そういう女性は
少数派になってはきたが)にとって、この イベントに便乗して、普段は言えない
思いを伝える、というご利益だ。
また、“土用の鰻”は、少なくとも古人の知恵を踏まえており、暑い盛りに滋養
をつけることができるだろうから、まんざら悪い風習でもない。だから、平賀源内
が発案したらしいキャンペーン、少しはご利益もあるのだ。しかし、丑の日に 限って
食べることはないなぁ。
ちなみに、私は、夏・冬の土用に、本来「土用蜆」と言われていた蜆を、なぜ
もっと産地がPRしないか、不思議でならない。
さて、この「恵方巻き」だ。「信じる者は救われる」という言葉が出たら、
何も言うことができないのだが、節分に食べてとりわけ栄養がつく、という
ことでもないし、ご利益があるのは販売サイドだけだろう。
「節分」とは、本来は季節の変わり目の前日のことであり、二十四節気の四立(立春、立夏、立秋、立冬)の前日は、すべて節分。しかし、江戸時代以降、立春の前日のみを指すようになったようだ。そして、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられていて、邪気を追い払うための悪霊ばらいの行事が行われる。邪気を追い払う、いわば“厄払い”の行事としての代表が「豆まき」。もちろん、落語にもある「厄払い」も同様の理由である。
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二年前、こんなことを書いた。今も思いは変わらない。今では、「ロールケーキ」など、他の“巻き物”まで便乗し始めている。
こんなことを書くと、きっと「それは考えすぎ」と指摘されるだろうが、「恵方巻き」の日常化キャンペーンは、私には「大本営」と同じ「洗脳」的なものを感じる。ビジネスとメディアや神社仏閣までが利害の一致で結託し、何らかの権威づけがなされると、右に倣えの日本人の性格で、一気に“作り物”が“本物”として浸透する。
しかし、連れ合いが今夜食事に出すのが「恵方巻き」なのだ・・・・・・。
私が何か能書きを言おうとすると、「こんな時でしか、のり巻きなんか食べないでしょ!」とのこと。そうか、そういうこともあるなぁ。
あぁ、こうやって、“擬似文化”が、日常化していくのか、などと思いながら、目の前の巻き物を見つめる。しかし、恵方を向いて丸かじりなどは、意地でもしないぞ・・・・・・。
だって楽なんですもの。恵方巻きは主婦の味方です♪
定着すれば文化になる、とのご指摘は、ごもっともなのでしょう。
文化について司馬遼太郎が、決して合理的ではなくても、そうすることが特定の地域や人々にとって居心地のいいもの、というような解釈をしていたと記憶します。
私が恵方巻きを食べて居心地がよくなる日が来るかどうかは別ですが、大多数の人が、そうすることが“当たり前”と思うようになれば、文化ということなのでしょう。
江戸や明治の文化も、現代人には“居心地”が悪くなれば消滅する、ということも言えるわけですねぇ・・・・・・。
ただ、正月には恵方に参るという習わしがあり、永井荷風の小説『踊子』に、主人公夫婦が恵方に参るという描写があります。
それよりもおかしなのは初詣が昔からあると思いこんでいることで、これは昭和以降の京王電鉄、京浜急行、営団地下鉄、あるいは関西の私鉄等が始めた習慣なのです。車も何もない時代、初詣は近所の氏神様に歩いて行くしかなかったわけです。
古い記事へのコメント、ありがとうございます。
「恵方参り」は、先月の柳家小満んの会の一席『御慶』でもサゲで登場しますね。
ご興味があれば、拙ブログの1月20日の記事をご覧ください。
もちろん、文学や映画で知る歴史もあるでしょうが、私は落語で学ぶことが圧倒的に多いのです(^^)
