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噺の話

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ざま昼席落語会 瀧川鯉昇・柳家喜多八 ハーモニーホール座間 1月12日

自宅に近く、前売り700円、当日券でも800円の落語会、この二人でも当日券があることを電話で確認して、久し振りのハーモニーホール座間である。

 会場のガラスに貼ってあったポスターと案内である。案内には「1月の落語会では日本舞踊はありませんのでご了承ください」と書いている。
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 私は通算で十回以上はこの落語会に来ているが、日本舞踊があった回数のほうが、少ない。要するに、二人会で二席づつの時には日本舞踊がない、ということなのかと察する。あるいは、踊りのお師匠さんの都合なのかもしれない。

 当日券発売の午後一時五分前に会場に着いたのだが、すでに一時半の開場を待つ人が三十人ほど並んでいる。この会は自由席なのだ。当日券も、すでに売っていた。これは、相当の入りになりそうだと予想はしたが、喜多八がマクラで公表したのが、なんと第166回を数える中で最多来場者数になったらしい。

 三十分も立ったままでは待ちたくないので、ロビーの椅子に座って本を読んでいたが、お客さんの行列がどんどん増えていく。結局開場十五分前には、私も並んでいた。

 開演前には、パイプ椅子が、空いたスペースに相当追加されていた。最大410名とされているが、もしかすると500名位になったのかもしれない。

大入りの会は、次のような構成だった。
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(開口一番 柳亭市助『狸の札』)
瀧川鯉昇  『粗忽の釘』
柳家喜多八 『抜け雀』
(仲入り)
柳家喜多八 『長短』
瀧川鯉昇  『芝浜』
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柳亭市助『狸の札』 (14:01-14:16)
 昨年七月の、杜のホールはしもと以来。見た目が、少し桂吉坊に似ているかなぁ。端正な概観、しっかりした語り口。昨年二ツ目になった先輩の市彌は、うかうかできないだろう、と思わせる高座。こういう若くて期待できる前座さんに出会えるのも、落語会の楽しみなのである。

瀧川鯉昇『粗忽の釘』 (14:17-14:50)
 この人らしい沈黙の後、昨年九月に二十年間愛用したガスレンジが壊れて、新品に替えた。新品のレンジでは魚をひっくり返さなくても両面が焦げずにしっかり焼ける。二十年間の技術の進歩を考えると、四十年も落語家をやっている身としては、このガスレンジを見るたびにがっかりする、というネタは初めて聴いた。二月十一日に還暦を迎えるという話から、昔からふけて見られた、といった話から同窓会のことになり、警察署の署長になった同級生の部下で不倫事件があった、という話や故郷静岡のサルのネタは、お馴染みのマクラ、ではある。そしてロンドン・オリンピック→ドーピング→検尿と続くネタも、何度か聴いたかなぁ。
 しかし、満員の客席を見て、初めて鯉昇を聴くお客さんも多かろうというサービス精神だろうと思いながら、聴いていた。
 マクラは約二十分。だから本編は十五分に欠けるということになる。道に迷った主人が引越し先に着いた場面から。短いとは言え、この人の古典改作の傑作の一つなので、うけないはずがない。少し前は、釘にかける品物はエキスパンダーだったこともあるが、最近は、女房の亡くなった叔母さんの形見の“ロザリオ”である。この叔母さんの体が、横に五間、縦に三間、あだ名が「一戸建て」である。だから、このロザリオはとてつもなく大きい。そのロザリオを掛けるための釘を壁に打ち込んだ、ということになり、二軒先の家を間違って訪ねる、というところから、鯉昇ワールドが満席の会場を笑いの渦に巻き込んだ。マクラと十八番の滑稽話の一席は大いに結構だった。しかし、二席目があのネタになるとは、この段階ではまったく予想できなかったなぁ。

柳家喜多八『抜け雀』 (14:51-15:27)
 マクラで、主催者の方から、これまで最多の入りであると聞かされたとのこと。これまでの記録の会については誰だったか名言は避けたが、何となく想像をつく。初席のこと、正月のテレビのつまらないことなどから、「寄席でゆったり、がいいですよ。テレビも、水戸黄門とか(左)甚五郎がいい。水戸黄門なら、月形龍之介!」とふったが、これはちと古すぎないかい^^
 六分ほどのマクラから本編へ。小田原は相模屋の女房の「ちょいと~」が効いている。また、“一文なし”の絵師が、同じ一文なしが作った“いい仕事をしていた”屏風に描いた雀が、その屏風を抜け出して飛び立ったのを見た相模屋の主人が、女房を起す場面。「雀が、飛んだ!」と言う夫に、「雀は、飛ぶの!魚は泳ぐの!」が、可笑しかった。

柳家喜多八『長短』 (15:38-15:59)
 仲入り後、羽織なしで同じ着物で登場。「二席やるなら、着物も二着持ってくればいいのに、鯉昇兄いも自分もそういう面倒なことは、しない」、と語る。その後、「夫婦の喧嘩が雑煮で始まる」、とお国が違えば雑煮も違うという話へ。その後、初席から中席(二の席)までは、噺家は正月気分。かつて元旦は、師匠小三治は五代目小さんの目白の家に行き、その後(八代目)文楽の家に行くので、夜があける前に出かけた、今や五代目もいない。志ん朝師匠がいらっしゃった頃の正月は、大変楽しかった、といううれしいネタなど八分のマクラから本編へ。
 とにかく、長さんが良かった。特に短七っぁんから勧められた“餅菓子”を食べる場面が秀逸。もちろん、短七が煙草を忙(せわ)しなく吸う部分など、短さんと長さんのコントラストが楽しい。十数分という時間でも会場を爆笑の渦にした高座。 しかし、喜多八のこの二席の組合せ、昨年九月の横浜にぎわい座での睦会と同じではないか・・・・・・。
2012年9月6日のブログ

 偶然だろうと思うし、また、鯉昇のネタとの兼ね合いもあるだろうが、相性として好きなのかもしれないなぁ、この組合せ。

瀧川鯉昇『芝浜』 (16:00-16:40)
 お決まりの沈黙の後、「昨夜寝れなかった。着物を二着持って行って、同じ噺を二席するか、同じ着物で別な二席をするか」「その結果、同じ着物で別な二席をすることに」と、たった二分のマクラから、「お前さん、起きておくれよ」となったから、驚いた。
 桂三木助の型をほぼ踏襲。三日前聴いた雲助は、やや自分なりの高座にしようとして、少し無理があったように思うが、鯉昇は、筋書きは三木助型でも、勝五郎や女房を演じるのは、その顔の表情、独特の間など、間違いなく鯉昇、という印象で結構だった。
 女房に起され、久し振りに商いに出かける場面も、次のような科白が続く。
「行けったっておめえ・・・・・・半月も商ぇ休んで、盤台がしょうがねえじゃねえか」
「何を言ってんだい、昨日今日魚屋の女房になったんじゃないよ、ちゃんと糸底に水が張ってあるから、いつ使ってもいいようになってますよっ」
「包丁がだめだろう」
「お前さんがよぉく研いで、そば殻ン中へ突っ込んであったから、ぴかぴか光って、活きのいい秋刀魚みたいな色ォしてるよ」
「草履は」
「出てますよ」
「よく手が廻ってやんなぁ」

 このやり取りは、三日前の雲助でもあったのだが、この後に続く科白は、雲助にはなかった。
「煙草はどうしたい」
「ばにゅうに入っているよ」
「また、ばにゅうに入れやがった。だめだよゥ、煙草なんぞいちいちばにゅうに入れちゃァ。・・・・・・・こっち貸しねぇ・・・・・・腹掛けのどんぶりぃ突っ込んどくのが一番いいんだ。いちいち煙草のむッたって、ばにゅうから出さなきゃァならねえじゃねえか」

 三木助でやるなら、こういう細かい演出が大事だと思うし、こういう科白が、私は好きだ。棒手振という職人像が、伝わってくるように思う。
 しかし、「糸底」や「ばにゅう」などは、説明を要するなァ。上記の科白も引用した『古典落語 正蔵・三木助集』(飯島友治編、ちくま文庫)の注を紹介しよう。
『古典落語 正蔵・三木助集』(飯島友治編・ちくま文庫)

盤台の糸底 棒手振が天秤でになう盤台は、普通、小判型盥状の木桶である。長く使わないでいると、木が乾燥して水が漏るので、裏返して、糸底、つまり底板を嵌め込んだところへ水を満たして木を膨張させてから使う。


ばにゅう 盤台の上に重ねて載せる木製の容器。棒手振の魚屋は、これに包丁その他道具類を入れる。


 勝五郎が芝の浜で財布を拾う場面も、この人にしては珍しく(?)叙情たっぷりな光景を演じる。鐘は、三木助も増上寺であったり、切通しの場合もあったようだが、鯉昇は増上寺だった。こちらも、同じ本の注記をご紹介。

切通しの鐘 江戸の時報の鐘九ヵ所の一つ。芝増上寺裏の丘(現、青松寺裏)を切り開いて作った道を「切通し」と呼び、ここにあった鐘撞堂を近くの人々は「切通しの鐘」と呼んだ。なお、増上寺でも朝夕勤行の鐘を撞いていたが、これは俗に「芝の大鐘」と呼ばれ、風の加減では房総辺まで聞こえることもあったといわれる。


 鐘の音が遠くまで聞こえる、ということを前提にするなら、増上寺の鐘のほうが良いのかもしれない。しかし、勝五郎の住む長屋の場所からは切通しの鐘でも聞こえた可能性はあるから、どちらでも問題なし、か。
 女房の演出で感心したのは、勝五郎を二度目に、要するに「夢」と言う嘘で騙そうとして起す場面の、一瞬の逡巡である。あくまで顔と動作での短い間なのだが、「この人に嘘ついていいのかしら・・・・・・」という内面の葛藤を見事に表現していた。
 「海ん中に落ちていた物は、魚屋のものと決まっている」という独特の科白などもあったが、大晦日に使用人を湯に行かせる際に、蕎麦屋から取った出前の器を持って行かせることなども含め、筋はしっかりの三木助型。
 勝五郎と女房の演じ分けの巧みさ、そして、適度な間を置いた会話、すべてが結構だった。
 座間のこの会、昨年の今松もそうだったが、何かが起こる。もちろん、今年のマイベスト十席の候補である。


 そろそろ、この落語会の良さが、遠隔地の落語愛好家の方にも伝わることになったのだろうか。当日券も取りにくくなるかもしれないなぁ。大入り満員での、鯉昇の傑作『芝浜』が演じられた今日は、旧暦では十二月一日、まだまだこれからの噺なのである。雲助同様、鯉昇は、よ~く分かっているのだ。
Commented by 佐平次 at 2013-01-13 11:00 x
年賀状をやめて寒中見舞いにする人も増えているようで、、^^。

Commented by ほめ・く at 2013-01-13 14:26 x
この落語会スゴイですね。回数券が5枚分で3千円、ってぇことは1回が600円。
それでいて過去には喬太郎・三三の二人会なんて、どこからか補助があるんでしょうか。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-01-13 21:09 x
「旧暦」という言葉が、あまり印象が良くないのですよね。
福沢諭吉をはじめ、西欧化を進めるために明治五年にグレゴリオ暦を導入したのですが、生活習慣まで新暦に合わせることはなかったはずです。
いわゆる「農暦」として日本以外のアジア各地では、旧暦でのリズムや行事は今でも生きています。
「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦日に月が出る」という言葉も、新暦ではまったく分からないですよね^^

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-01-13 21:19 x
この落語会の運営に関して詳しいことは知らないのですが、座間市民の方の血税のお陰かと思っています。
ですから、この会に行く時は、私の家の近くは相模原市(よって私も相模原市民)なので、できるだけ相武台前駅近くや会場近くの座間市のお店で昼食をとるなど、ささやかながらお返しをしています^^

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by kogotokoubei | 2013-01-12 18:18 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛