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噺の話

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柳家小満ん おさらい会 其の三 目白庭園・赤鳥庵 12月14日

小満んの会は、長い間続いているお江戸日本橋亭や関内ホールの独演会には、なかなか縁がなく、そのうちぜひ行きたいと思っていた。それらの会に行く前に、オフィスM'sさんのサイトでこの会のことを知って、開催から日の浅い会の第三回目、それもゲスト小三治という会に縁があった。

 これまでの二回は場所が違ったようだが、この会からこの会場、目白庭園内の“赤鳥庵”で続けられるらしい。

 落語会としては非常に珍しい会場かと思うので、少しだけご紹介。

 豊島区のサイトの目白庭園のページから、管理を委託している西武グループ環境パートナーズの同庭園のページにリンクされている。次の写真や平面図は同ページからの引用。

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庭園について、次のように説明されている。
豊島区のサイトの該当ページ

目白庭園とは?
豊島区の都市化、国際化が進む中で、より潤いのある街づくりの一環として建設されたのが豊島区立目白庭園です。
目白庭園は、池泉回遊式の庭園で、池の周囲をめぐることができます。
庭園内には、雑誌「赤い鳥」を由来にした木造瓦葺平屋建ての数寄建築の「赤鳥庵」や、六角浮き見堂が配されています。
庭園内には四季折々の様々な自然の表情を満喫できるよう草木が配植されています。
都会の喧騒の一角に造られた貴重な空間です。
是非日本の伝統文化を身近に感じることができる目白庭園にお越しください。


 『赤い鳥』に由来して、“赤鳥庵”ということか。
 目白駅からは近い(徒歩五分)のだが、初めて来る場合は、少し迷う場所。私も行き過ぎて戻った。
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 これが、終演後に携帯で撮ったもの。すでにとっぷりと日も暮れていて解像度も悪く良い写真とは言えないが、せっかく撮ったので。

 開演の約十五分前に庵の中に入ると、広間に座布団が敷かれ多くの方が座っていた。後ろの方には椅子も少し並べられている。
 開演時には座布団、後部の椅子、窓際に座るお客さんの総数で百五十人近くで広間は埋まっていたと思う。贅沢なお江戸日本橋亭、という感じだろうか。浅草見番の四分の一位のスペースかと察する。

 構成は次の通りだった。
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(開口一番 林家なな子 『味噌豆』)
柳家小満ん 『大神宮の女郎買い』
柳家小三治 『千早ふる』
(仲入り)
柳家小満ん 『富久』
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林家なな子『味噌豆』 (17:52-18:01)
 正蔵の五番目の弟子らしい。大学落研レベルの高座、としか言いようがない。精進していただきましょう。

柳家小満ん『大神宮の女郎買い』 (18:01-18:29)
 初めて聴いた。後から調べたところ、古くからある孔子、孟子、釈迦が大阪の道頓堀で茶屋遊びをする噺を元に、初代円遊、そして廓ばなしの名人であった初代柳家小せん(めくらの小せん)を経て伝わるネタらしい。ブログを書いているのは会の翌日の土曜なのだが、本棚から古今亭志ん生の最初の速記集である立風書房発行の『志ん生廓ばなし』を取り出してみたら、コラム的に挟まれている「廓ばなしご案内」に、『大神宮』という題で紹介されていた。小島貞二さんによる志ん生への聞書きをまとめたもの。引用したい。

 珍しいものでは、神さまと仏さまが廓へくりこむという『大神宮』(別名を『お祓い』)というのがある。
昔・・・・・・といっても明治初年まで、いまの浅草の雷門のわきに磯部大神宮というのがあり、吉原への客がみんなこの境内を通って行った。毎晩、遊冶郎たちがモテた話、フラれた話などを交して通りすぎるので、大神宮さまも吉原というところへ異常な関心を持つ。
 一人ではナンだというので、近くの東本願寺の門跡さまをさそって出かける。
 すっかりモテて、さてその翌朝、若い衆が、門跡さまのほうへ請求書(つけ)をもって、「えー、お払いを願います」とゆく。「あァ、お祓いなら、大神宮さまへゆきなさい」というのがサゲ。
 志ん生レパートリイの中にあるが、あまり好きなはなしでないので、ほとんど演ったことはないという。
 この落語は大神宮の前を通る男たちの、女郎屋からモノを持ち出してくるコンクールのようなさわぎが面白い。ここだけを独立させると『別れの鐘』となり、いまは春風亭柳好が演る。


 この本が発行されたのが昭和45(1970)年、もちろん、この柳好は四代目のことである。あのマクラが『別れの鐘』というのは初めて知った。

 さて小満んの高座。まず、廓にちなんだ川柳がいくつか披露される。「田圃から おさらばをする 安い客」など。そして、志ん生の廓ばなしでよく使われるマクラ『蛙の女郎買い』で、人口密度(?)の高い大広間のお客さん一同が爆笑。蛙が二本足で立つと、目が後ろになるので見えるのは前ではなく後ろ、というギャグ。こういった伝統的に受け継がれたマクラやクスグリは、若手の噺家さんでは無理。やはり、この人くらいが演ってこそ味がある。
 慶応元年に焼失した雷門を、昭和35(1960)年に再建したのが松下幸之助であったことを紹介し、昔あった磯部大神宮のことを説明。すでに紹介したように、吉原帰りの男たちが、吉原のことを楽しく話しているのを聞く大神宮様。
 その中で、花魁がやって来なかった腹いせに、いろんな物を失敬して帰ったという自慢(?)話が披露される。煙草入れなどならまだしも、中には鍋まで背中に隠して持ち出そうとする剛の者もいる始末。帰り際に花魁に見つかり、「あ~ら、もうお帰り!」と背中を手で打たれ、隠した鍋が落ちて「ゴ~ン」、これが『別れの鐘』という題まであったとは^^
 吉原でモテた大神宮様と門跡様(阿弥陀様)の“モテる様”を「おしげり」という言葉で表したあたりも、なんとも古くからの廓ばなしとして味のある表現だった。
 翌朝、牛太郎がやってきて阿弥陀様に「おつとめを」と言うと、やおら阿弥陀様は手を合わせて朝の“おつとめ”となり、牛が「いえ、お払いでして」と言って、「お祓いなら大神宮様に」でサゲとなり、門跡様と大神宮様の両方に牛との掛け合いがあって、サゲも洒落ている。
 伝統のある廓ばなしを見事に復活させる高座、今年のマイベスト十席候補にしない理由が見当たらない。

柳家小三治『千早ふる』 (18:30-19:11)
 楽屋などない環境である。小満んの高座の最中に、小三治がやってきて奥に行ったことも、出番に備えて広間の隣の間で待機しているのもすべて見えている^^
 これだけ至近距離で小三治の高座を聴けることなど、二度とないのではなかろうか。
 マクラは、この目白での思い出。もちろん、師匠小さんの家が近くにあったので、庭園の近くは、よく小さん犬の散歩をした場所らしい。修業時代の思い出話の中で、小さんが目白のお店に行って、前の客が遺したテーブルの汚れがあると台拭きをもらって、力を入れて汚れがなくなるまでゴシゴシ拭くので、それを見習った小さん門下がお店で同じことをやると、「さすが目白の弟子だねぇ」と言われたらしい。また、「品のないものは、芸とは言えない」という言葉が小さんの口癖だったらしい。柳家のDNAの一つなのだろう。
 なかなか楽しい回想中心に、小三治にしては短い十分ほどのネタに関係のないマクラから、ネタに定番の「知ったかぶり」に関するマクラを、これまた十分ほどふって本編へ。このマクラ、「知っているのに、知らないふるをするひとがいる」「記憶にございません、なんて言って全部知っている」と、つい政治ネタになりそうなところで、きっと自制したのだろう。
 本編は、この噺を知らないお客さんもいらっしゃたのだろう、噺の筋だけで爆笑を誘い、その勢いにも押されて結構な高座。知ったか鰤をする隠居を責める八五郎の問いかけに、絶妙の間で「お茶を飲みなさい」「お前さん、どうしてお茶飲まないの」が、なんとも効果的だった。
 しかし、ほぼサゲの部分で、次の間の衝立をして隠していた下座さんのところから、何かが落ちる大きな音。高座を下がる小三治も、「大丈夫?」と聴いていたが、本当に大丈夫だったのか。噺の中盤でなくて良かった、ちょっとしたハプニングだった。

柳家小満ん『富久』 (19:30-20:11)
 出囃子がなく高座へ。やはり、あのハプニングで何かあったようだ。
 マクラは師匠文楽の思い出。小三治の小さんの思い出話へのバランスを取る意味もあろうが、このネタならではのマクラだった。実は、電車の中で『べけんや』を読み直していたのだが、読んだばかりの文楽のお座敷での逸話が披露された。四~五人しかいないお座敷。『船徳』をやろうかと思って高座に上がった文楽に、お客さんから『心眼』の声。文楽は間髪を入れず『心眼』にかかったらしい。その高座の印象が強く、小満んがあるお宅での、文楽好きだったお婆ちゃんの誕生日-小満んは八十八歳と言っていたが、『べけんや』には八十歳とある。しかしこんなことは問題なし-祝いの高座で、そのお婆ちゃんから『うなぎの幇間』と声がかかり、すぐにネタに入れたことを今でも思い出す、とのこと。
 こういった、あったかいマクラの後に本編へ。「なんごのわたぬき目刺し」を含め、もちろん文楽の型。途中でこの人の工夫だろう、火事見舞いの帳面づけをしているのに酔った久蔵が、名前が分からず「ご町内の方々」とやる場面では笑った。
 時間のせいなのか、最後を急いだように思うが、そのスピード感も含め、結構な高座だった。


 なかなか味わえない濃密な空間での珠玉の落語会の後は、今年の「居残り会・忘年会」であった。
 この落語会でご一緒したYさんIさん、Yさんの友人のTさん、そして他の落語会に行っている我らがリーダーSさん、この忘年会に参加するため、予定していた観劇を断念したMさんが渋谷の某所に合流した。
 Sさんご推薦のお店の「ぶり大根」の絶品だったこと。美味しい肴、そして落語の話、これまた上手い酒で話は止まらない。何とか終電で帰ることができたが、このブログは、もちろん翌日、じっくり書くことになった。

 至近距離で味わう師走の小満ん、小三治の味わいは格別だった。また、至近距離で会話が弾んだ忘年居残り会も、大変結構だった。
Commented by ほめ・く at 2012-12-16 09:49 x
何という贅沢。申し込もうか思案中に完売になっていました。
ただただ羨ましい限りです。

Commented by 佐平次 at 2012-12-16 10:56 x
次回は行きたい、でも畳、膝が、、。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-12-16 18:23 x
私もぎりぎりのタイミングでチケットが取れ、まさに僥倖でした。
ほめ・くさんと同じ会に行ったことのある西六郷のお寺さんに近い環境でしたが、幅がもっと狭く、なんとも濃密な客席でした。
次回は2月21日(木)、ゲストさん喬。少し先ですし、畳に座って、さん喬だから長講でしょう、行くかどうか思案しています。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-12-16 18:28 x
たしかにそうなんです。
私も二時間余りでしたが、結構お尻が痛くなりました^^
しかし、最後列に椅子が用意されていましたから、早めに行って椅子を確保という手もありますし、高座上手の窓際は、お江戸日本橋亭のように腰掛けることができます。

Commented by 創塁パパ at 2012-12-19 07:54 x
久しぶりに落語ネタをブログに書きましたが庭園の案内がだぶっていました。今日幸兵衛さんの記事見たので確信犯ではありませんよ(笑)

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-12-19 08:48 x
落語会も居残り・忘年会も、共通するテーマは“近距離”“密着”という日でしたね。
次回は、少し迷っています。
また、ご相談しましょう。

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by kogotokoubei | 2012-12-15 14:50 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛