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『やじきた道中 てれすこ』は、二人の芸が光る、落語たっぷりの映画。

 私は歌舞伎を見たことがない。どうも、自分の柄に合わないような、そんな思いが強い。もちろん、江戸時代に生まれていたら見に行ったように思う。(そんなこと言ってもねぇ^^)
 今日の歌舞伎が、とても“庶民の娯楽”とは思えないイメージと木戸銭の高さもあって、敬遠してしまう。歌舞伎に一度行くお金で、寄席や落語会に何回行けるだろうか、と計算してしまうのである。根が貧乏性だということか。

 だから、同世代で亡くなった中村勘三郎、どうしても私の中では“勘九郎”だが、については歌舞伎や舞台も見ていないので、テレビや映画での思い出だけになる。

 彼の映像作品の中で印象深いのは、テレビなら昭和60(1985)年TBSで放送された『幕末青春グラフィティ 福沢諭吉』の福沢諭吉役、映画なら五年前平成19(2007)年に公開された『やじきた道中 てれすこ』の弥次さん役である。

 落語との関係もあり、『てれすこ』について少し書きたい。

 ちなみに、テレビの『幕末青春グラフィティ』の福沢諭吉役は良かったのだが、このドラマをきっかけに知り合った監督と女優の、あの事件(?)に記憶がつながってしまうので、どうしても苦い思い出が伴うのが残念だ。


 さて、映画『てれすこ』に戻ろう。公式サイトにも紹介されているように、この映画には随所に落語のネタが使われている。
『やじきた道中 てれすこ』のサイト

 タイトルになっている『てれすこ』はもちろんだが、『お茶汲み』『浮世床』『狸賽』『淀五郎』『野ざらし』などを素材にした内容が組み込まれている。
 監督の平山秀幸は、同じ年公開の『しゃべれども しゃべれども』の監督。好きなんだよ、この人は落語が^^

 Movie Walkerのサイトから、スタッフをご紹介。Movie Walkerサイトの該当ページ

『やじきた道中 てれすこ』は、二人の芸が光る、落語たっぷりの映画。_e0337777_11092731.jpg

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監督   平山秀幸
脚本   安倍照雄
企画協力 田中亨
製作   佐々木史朗 、 川城和実 、 皇達也
プロデューサー 渡辺敦 、 久保田傑 、 佐生哲雄
撮影   柴崎幸三
美術   中澤克巳 、 中山慎
音楽   安川午朗
録音   橋本文雄
照明   上田なりゆき
編集   川島章正
衣裳   竹林正人
アソシエイトプロデューサー 河野聡 、 上山公一 、
                 仲吉治人 、 駒崎桂子
アシスタントプロデューサー 坂巻美千代
制作担当  宿崎恵造
監督補   蝶野博
助監督   山本透
スクリプター 近藤真智子
スチール  鈴木さゆり
視覚効果  橋本満明
俳優担当  寺野伊佐雄
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 監督の平山秀幸と脚本の安倍照雄は、『しゃべれども しゃべれども』でもコンビを組んでいる。

 余談だが、制作者の一人である皇達也は、テレビ朝日時代にコント55号モノなど、数々のお笑い番組をヒットさせた人。今でも放送中の「タモリ倶楽部」や「ビートたけしのTVタックル」なども手がけた。テレビ朝日在職中は「天皇」と呼ばれていたらしい。


次にキャストのご紹介。
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弥次郎兵衛    十八代目中村勘三郎
喜多八      柄本明
お喜乃      小泉今日子
梅八        ラサール石井
         麿赤兒
         波乃久里子
地廻りの太十    松重豊
地廻りの甚八    山本浩司
          ベンガル
          坂東彌十郎
          六平直政
          諏訪太朗
          綾田俊樹
          星野亜希
          大寶智子
          三浦誠己
          ささの貴斗
          柳家三三
建蔵       螢雪次朗
          佐藤正宏
          左右田一平
          吉川晃司
          鈴木蘭々
おさん      淡路恵子
与兵衛      笑福亭松之助
           南方英二
奉行        間寛平
お仙        藤山直美
代貸        國村隼
お喜乃の父杢兵衛 笹野高史
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 なかなか芸達者な顔ぶれが並んでいるのだ。

 このキャスト、奥山和由が松竹在席時に、寅さんシリーズの後継として考えていた幻の映画のキャストの名が結構含まれていて、なかなか興味深い。
Gendai.Netの該当記事

 実は、渥美清さん主演の「男はつらいよ」シリーズの後継は勘三郎さん主演で話が進んでたというと驚かれるでしょうか。

 96年に渥美さんが亡くなった後、松竹としては後継シリーズの製作が急務でした。そこで僕が企画したのが、勘九郎(当時)主演、久世光彦演出の舞台「浅草パラダイス」の映画化でした。この作品は勘三郎さんの他、藤山直美さん、柄本明さんという芸達者が脇を固める抱腹絶倒の人情芝居。この舞台を映画でシリーズ化すべく、動き出しました。

 後は勘三郎さんの舞台スケジュールの調整だけ……という時に、クーデターで松竹を去らざるを得なくなり、映画は幻となってしまいました。


 「浅草パラダイス」、観たかったなぁ。

 ここで私は手抜きをして、Movie Walkerから、あらすじを引用する。よって、ここから先は、事前情報抜きにDVDや再放送を見たい人には“ネタバレ注意”ということになるので、ご用心のほどを。

 時は太平。大阪で「てれすこ」という怪魚の噂が飛び交っている頃、江戸のとある遊郭では、花魁・お喜乃(小泉今日子)が、新粉細工職人の弥次郎兵衛(中村勘三郎)に、郷里の父親が病気だと嘘をつき、遊郭から連れ出してくれるよう頼んでいた。お喜乃に惚れている弥次郎兵衛は、これを快諾する。
 一方、舞台役者の喜多八(柄本明)は、舞台での大失敗を苦に自殺を企てるも、結局死にきれずにいた。その場を弥次郎兵衛とお喜乃に目撃された喜多八は、旅への同行を申し出る。機転をきかせて、お喜乃を遊郭から連れ出し、江戸を後にした三人。
 途中、喜多八の酒癖の悪さから宿を壊し弁償することになったり、狸を助けて恩返しをされたりと、珍道中は続く。三人は、ようやく山中の温泉で一息つく。弥次郎兵衛への想いを募らせていたお喜乃は、弥次郎兵衛に全て嘘であったことを打ち明ける。そしてまた、喜多八から、弥次郎兵衛の亡き妻と自分がうり二つであることを聞かされるのだった。
 翌朝、お喜乃は、置き手紙を残し、二人の元を去っていった。お喜乃を追う弥次郎兵衛と喜多八。その頃、お喜乃は、遊郭からの追っ手をかわして、生まれ育った村へと戻っていた。遅れて村へ到着した弥次郎兵衛と喜多八は、村人達に遊郭からの追っ手と間違われ、お喜乃は死んだと告げられる。
 弥次郎兵衛は、悲しみにくれ、村でお喜乃の葬式をあげる。お喜乃は二人の前に姿を現すが、結局、亡き妻の代わりにはなれないと身を引き、村に留まる決意をする。村を出た弥次郎兵衛と喜多八は、立ち寄った店でてれすこを見つけ、早速口にする。だが、弥次郎兵衛は、てれすこの毒にあたって、生死の境をさまよう羽目に。朦朧とする意識の中で、亡き妻と再会した弥次郎兵衛は、亡き妻にお喜乃への想いを打ち明ける。無事に息を吹き返し、喜多八と共に旅を続ける弥次郎兵衛。そんな二人の前に、再びお喜乃が現れ、三人の旅は続いていくのだった。



 この映画のサイトには、喜多八の“舞台での大失敗”が、どんな芝居で何をやったかなども説明されているので、ご興味のある方はご覧のほどを。

 さて、落語を素材にした江戸を舞台の映画、となると、どうしても『幕末太陽傳』を思い浮かべる。もちろん、『てれすこ』のスタッフも、あの映画を知らないはずがない。
 
公式サイトの「製作手記」からご紹介。

撮影七日目。東宝撮影所に建てられた「遊郭・島崎」の大セットの撮影が始まる。「島崎は“幕末太陽傳”だよな」とスタッフ間で言われてきた重要なセットがついにお披露目となる。『幕末太陽傳』とは川島雄三監督、フランキー堺主演の傑作時代劇(1957年、日活)。遊郭の話や落語ネタをベースにするなど、『てれすこ』との共通点も多く、監督とスタッフの間でいつしかこの偉大なる映画が「共通イメージ」として認識されていた。


 『幕末太陽傳』のことに興味のある方は、こちらをご覧のほどを。
2012年1月9日のブログ
 さて、『てれすこ』のこと。正直なところ、映画全体の出来としては、評価が分かれるところで、やや筋書に無理があることは否めない。
 しかし、この映画は、主人公の二人、勘三郎と柄本明の演技が見どころ、と割り切れば十分に楽しむことができると思う。小泉今日子もお喜乃役を頑張って演じているが、役者として柄本明、勘三郎の前に位負けするのはやむなしだろう。


落語ネタをベースとする場面を順に紹介。こちらも目一杯“ネタばれ注意”です^^

◇『てれすこ』(&『兵庫船』)
 冒頭場面は、おさん淡路恵子と与兵衛の笑福亭松之助が心中しようとする場面。“てれすこ”がネッシーのように登場(と言っても姿は見せない)する。船が水中の“何者か”によってグルグル回り出し、おさんが「鱶だよ、与兵衛、何とかしておくれよ」に「鱶に喰われて、蒲鉾になりたくはない」の問答は、『兵庫船』がネタですな。

◇『三枚起請』(&『お見立て』)
 お喜乃が嫌な客である麿赤兒が扮する和尚に、弥次が作った新粉細工の偽の“切り指”と一緒に起請文を梅八(ラサール石井)に渡させる場面がある。もちろん、お喜之は数多くの客に、偽の“切り指”と起請文を渡しており、後半、彼らが大挙してお喜之に起請文を振りかざし押し寄せることになる。

◇『品川心中』
 島崎で板を張っていたお喜乃が、後輩女郎に上客を取られ、ナンバーワンの座から落ちていくという設定の元はこれですな。

◇『淀五郎』&『中村仲蔵』
 喜多八が芝居(仮名手本忠臣蔵の三段目、刃傷の場)をしくじって、「上方へ行こう」と思う筋書きは、この二つの芝居噺が下敷き。

◇『野ざらし』&『反魂香』
 戸塚の宿で隣り部屋にいた二人組、吉川晃司と鈴木蘭々が芝居をうって弥次をだます場面、このネタが元だろう。

◇『狸賽』
 子供にいじめられたいた狸を、弥次が鍋にして喰おうと助けたが、お喜乃が狸を逃してあげたので恩返しにサイコロに化けで小田原の賭場で大儲け。しかし、針でつつかれ正体がバレタのに、よく賭場から逃げることができたものだ。このあたりの筋書きの不思議さ、この映画にはいくつかあるが、あまり気にしないことにしている^^

-ちょっと一服-
 さて、箱根で二人と別れて一人道を進むお喜乃は、足抜けしたお喜乃を探していた地廻りに見つかる。そこに、お喜乃が“切り指”でだました島崎の客が集団で起請文を掲げて走って来る。その中に柳家三三が扮する源さんがいるのだが、なかなかの名演技だ。

 ネタのことに戻る。

◇『高砂や』
 お喜乃が沼津の家に戻ると、ちょうど父親と後家との結婚式で、仲人役の左右田一平が「高砂や」をうたっている。 祝言でうたうのは当たり前とも言えるが、ネタに“かすっている”、ということで書いておきたい。

◇『二十四孝』、『野ざらし』
 お喜乃を追って沼津にやってきた弥次さん喜多さん。父親と村の衆は地廻りと勘違いし、「お喜乃は父親の好きな鯉こくを食べさせようとして、底なし沼に落ちて死んだ」と嘘をつく。親孝行の嘘は前者のネタから。
 底なし沼からお喜乃の死体を引き揚げて弔いをしようと、網を投げながら弥次さんが唄うのが、さいさい節の替え歌。「鐘がぁ~ ボンとなりゃぁさ 上げ潮~ 南さ」は後者のネタから。
 沼から上がったしゃれこうべを弔っている場面は、これまた『反魂香』を思い出す。


 筋書きとしては、この後、藤山直美の茶店で弥次が“てれすこ”を食べて生死の境をさまよう。
 生き返った弥次と喜多が大井川を渡るシーンでお開きとなるが、このシーンの裏話も、公式サイトにあるが、二人が役者魂を見せた撮影だったようだ。

 そう、この映画は、落語ネタも楽しいが、この二人の役者の芸が何とも楽しい。

 なかでも柄本の演技が鬼気迫るものがある。忠臣蔵の三段目でしくじって自殺しようとする場面、裏話として、公式サイにもかかれていることだが、柄本はこの撮影の直前に腰の手術をして、まだ抜糸をする前の状態だったらしい。戸塚の宿で、酒乱の喜多八の暴れ方もすさまじい^^

勘三郎は、どの場面がということより、この映画を自分も楽しんでいるのが伝わってきて、それが全体をやさしく包んでいる、そんな印象を受けた。

 公式サイトには、この映画は、下北沢で柄本と勘三郎、監督の平山が飲んでいる時に、勘三郎の言葉がきっかけと記されている。

 居酒屋での会話から、きっといろんなアイデアが生まれ、彼の舞台にも生かされてきたのだろう。

 この映画を見直して、その背景を振り返るにつれて、あらためて偉大な同世代の役者をなくした喪失感が訪れた。
 
合掌。


p.s.
追悼番組の一つとして、12月10日(月)21:00からNHK BSプレミアムで放送されるようです。NHKサイトの案内ページ
Commented by 佐平次 at 2012-12-08 10:53
関容子の「芸づくし忠臣蔵」は勘九郎の忠臣蔵について書いた実に面白い本でした。
今探したら見つからない、きっと処分したらしいのが残念。
これを読むと歌舞伎を見たくなります。
「てれすこ」も見たような記憶があるけど、、。

Commented by ほめ・く at 2012-12-09 11:44
あんまり幸兵衛さんの解説が良いので、amazonで注文しちゃいましたよ。
「浅草パラダイス」、そんなエピソードがあったんですか。確かにこれぞエンターテインメントという舞台でした。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-12-09 20:48
今ほどテニス仲間との合宿旅行から帰ったところでして、返事が遅くなり失礼しました。
ちなみに、宴会で「厩火事」と「壷算」の二席。まぁまぁの出来だったと思います^^

勘三郎の仕事は、歌舞伎以外でも十分に評価ができると思います。
志ん朝よりも若くしての旅立ち、あまりにも残念ですね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-12-09 21:49
あら、DVDを買わせてしまったんですね^^
『幕末太陽傳』とは趣が違う軽いノリのコメディですので、そこのところは過度に期待されないようお願いします。

『浅草パラダイス』の映画、見たかったですね。

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by kogotokoubei | 2012-12-08 00:10 | 落語と映画 | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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