噺の話

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第532回 落語研究会 国立劇場・小劇場 10月31日

落語会でよくお会いする落語愛好家仲間の方から、予定されていたご友人の都合が悪くなったとのことでお誘いがあり、由緒ある会に初参上。
 
 テレビで見ることはあっても、しがないサラリーマンにとってはチケット購入方法なども含めて縁のない会と思っていたが、何とか都合もつきそうだったため、後学(?)のためにも、いつもの演芸場の脇を抜けて会場へ。

 ロビーでお待ちになる方々の推定平均年齢は、予想したよりは若い印象。私のような代演(?)の人も結構多かったのかもしれない。

 数少ない当日券は別にして、従来の半年ごとの指定席販売方式から永年指定席(一年ごとの更新方式)の販売となり、数多くのベテラン落語愛好家が、初春とは言え底冷えのする中で長時間お並びになったのが、2009年4月5日。その試練(?)に耐えてプラチナチケットを獲得した方のみが来ることができる会なのだ。しかし、毎月の開催日に必ずしも都合が合うわけでもないのは当然。中には複数で並んで購入して順番に来られるグループもあり、私が譲っていただいた席も、そういう落語好きグループの方の一つ。

 490席は、ところどころに空席がある。この日は寄席の余一会の顔ぶれが悪くないし、他の落語会もあろうし、もちろん、公私ともに皆さんいろいろとご都合はあるだろう。

 こんな構成だった。ご存知の通り、ネタは事前に公開されている。実は、当初はトリに柳家権太楼で『うどん屋』の予定だったが、半月板損傷の持病のために、盟友(?)さん喬がピンチヒッターとなったようだ。人もネタも好対照で、ところどころ空席があったり、私なんぞにお声がかかったのも、権ちゃんのお休みが少しは影響しているのかもしれない。
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桂 三木男  『千早ふる』
古今亭志ん陽 『碁どろ』
橘家圓太郎  『大工調べ』
瀧川鯉昇   『死ぬなら今』
柳家さん喬  『お若伊之助』
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桂三木男『千早ふる』 (18;30-18:51)
 初登場らしい。会場で事前にマイクで発声練習をしていたら、スタッフの方が来られ、「叔父さんも若い時に出て・・・その頃のお客様は厳しくてね・・・撃沈したよ」と驚かされて、今でも緊張している、とマクラで語ったが、高座そのものにはそれほど緊張感は感じなかった。冒頭で、隠居に「聞かぬはマツタケの恥」とやったのは、狙ったギャグなのか、言い間違いかわからないが、いずれにしても滑ったことには変わりがない。
 隠居が八五郎に「千早ふる~」の句を、言葉を区切って珍解説する場面、右手で「千早ふる」と空に文字を置く手振りをするのだが、文字ごとに“トントン”とリズミカルな動作をするのではなく、単に手の上げ下げに終わっている。細かな演出なのだが、このへんが実は大事なのだ。また、隠居の語りで、途中に「あぁ~」とか「うぅ~」といった言葉が過度に入り、くどい。年配者を表現するための演出であろうが、悪い口癖のように聞こえる。
 少し小言が多くなったが、以前に見た時よりは成長の跡は見られるし、その血筋のせいか、高座での品の良さのようなものも現れつつあるように見受ける。しかし、芸そのものは、もっとメリハリをつけ、場合によっては“馬鹿”になって演じなければいけない時期だと思う。この会の持つ雰囲気がなかなかそうはさせてくれないことは百も承知だが、まだまだ大人しすぎると言わざるを得ない。精進してもらおう。

古今亭志ん陽『碁どろ』 (18:52-19:16)
 マクラで、「昨日で池袋の披露目がお開きとなり、本来なら明日から始まる国立演芸場の披露目の前の重要な休息の一日のはずが、真打昇進後初の落語研究会で緊張したままです。文菊はお休みで家を探しに行っています(引っ越しするつもりらしい)」、とふって本編へ。 
 結論(?)から。真打昇進、そして披露興行の間に“一皮むけた”という印象。浅草の披露目でも、こちらの勝手な心配を、良い意味で裏切ってくれた。しかし、研究会でどうか、と思っていただけに、成長は本物と見ていいのだろう。
 あえて、小言、というか要望を一つだけ。泥棒が盤面を覗こうとしていると、「覗いちゃ、だめですよ・・・(小声で)のぞきゃぁ、婆ばぁも、へそ隠す」と口ずさむ場面、志ん朝のオリジナル(?)は、「へそ」ではなく「ちち」だ。この会だからということではなかろうが、「へそ」ではねぇ・・・・・・。
 さて、全体を通しては落ち着きのある語り口で、噺の勘どころをはずさない結構な高座だった。最初の師匠志ん朝で馴染みの冒頭の岡目八目の小噺にも無理がないし、碁好きの男二人の描写も丁寧、泥棒が二人の碁の場に顔を出し口も出す、という落語ならではの不可思議な世界を、楽しく聴かせてくれた。少し、貫録も出てきたのではなかろうか。ご通家の多い会場からも結構笑いをとっていた。
 もう、「朝太!」などとは言えないかもしれないなぁ。「よっ、志ん陽師匠!」という段階に、私の予想より早く踏み出したような気がする。

橘家圓太郎『大工調べ』 (19:18-20:01)
 仲トリはこの人。江戸っ子のネタにおけるマクラの常套句「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し 口先ばかりはらわたはなし」を言い間違えて、本寸法のマクラは中断。このネタは志ん朝に稽古してもらったこと、その途中で圓太郎の様子を見て、志ん朝から「何考えてんだよ」と言われ、「さすが、師匠は上手い!」などと言ったものだから稽古が途中で終わった、と回想。実は、この冒頭部分、終演後のお茶会(?)で、私はマジで間違えたのだろう、と思っていたのだが、ベテランの落語愛好家の方の中には、あれはネタだとのご見解・・・・・・。なるほど、それもありかもしれないなぁ、落語は深い、と思った次第だ。
 さて、本編。見せ場、聞かせどころの啖呵はなかなか結構だったが、ちょっと急ぎ過ぎの感があった。このへんは、志ん朝や先代柳朝と比べては可哀そうだが、二人のように息など乱さず立て板に水、とまではいかなかったのは、気合の入り過ぎか。また、啖呵で盛り上がっていたところでサゲても良かったのではなかろうか。お白洲の場面は、やや冗長な気がしたし、奉行から与太郎が「大家に向かってそんな悪口は言うはずもない。与太郎、言ってはおらんな」と聞かれた与太郎の返事が、まったく与太郎口調ではなく(?)「言ったのでございます」と二度答えるのだが、やはり、口調は与太ではなければおかしいだろう。そんな点も含め、次の鯉昇のネタともツク裁きの場面は蛇足だったように思う。(落語研究会では、“ツク”ことは無視するらしいが・・・・・・。)

 好き嫌いは、もちろんあるが、私はこの高座、それほど買わない。この人ならこの位は当然で、冒頭の言い間違いがネタにしても、それは褒められないように思うし、後半は息切れだったように感じる。トライアスロンをするそうだが、啖呵でエネルギーを消費し過ぎた、そんな印象である。

瀧川鯉昇『死ぬなら今』 (20:16-20:41)
 仲入りの後、いつものように高座でしばし沈黙。会場で笑い起こった後、計算したような間合いでのマクラでは、新東名開通のことから故郷静岡に出没するサルの話。私は何度か聞いているが、初めて聞くお客さんも多いようで、大爆笑。いつもながらのツカミだ。
 本編は、二代目桂三木助から圓生と彦六の正蔵が稽古をつけてもらったが、彦六だけが高座にかけた、と言われる噺。小朝もたまにかけるらしいが未見。初めて聴く。
 こんな筋だ。
・赤螺屋(あかにしや)ケチ兵衛が、死ぬ間際に倅に向かって、「死に装束は、本当は首にかけたズタ袋の中に六文銭を入れて、三途の川の渡り賃にするが、私はあくどいことをして銭儲けをしてきたから、間違いなく地獄行きだろう。しかし、冥途の沙汰も金次第。六文銭ではなく小判で三百両入れてくれ」と頼んだ。
・さて、こうい言い残してからすぐに息を引き取ったケチ兵衛。倅は“遺言”である三百両をズタ袋に入れようとするが、親戚の男がそれを見て、本物を入れることはない、と芝居で使う大道具の偽物の小判に替えさせた。
・地獄にやってきたケチ兵衛。噺家やら演芸評論家の亡者(これは鯉昇の創作)がいっぱいいて、なかなかお裁きにならないが、ようやく閻魔大王の裁きとなる。過去がすべて見えるという浄玻璃の鏡には、銭儲けのための悪事が次々と写しだされた。これではマズイとばかり、ズタ袋の三百両を思い出し、偽物とは知らず、閻魔や赤鬼、青鬼など地獄の役人の面々に賄賂をばらまいた。
・さて、地獄で偽金が出回っていることが極楽でも知られることとなり、贅沢三昧をする閻魔一行は逮捕され、極楽 で拘置された。今、地獄は空っぽ。
・だから、「死ぬなら今」

 鯉昇は、「地獄が空っぽ」であることを、再度強調してからサゲた。まぁ、それも必要な演出だったろう。『地獄八景~』ほどの大ネタではないが、同様にオリジナルのクスグリ(ギャグ)を挟む自由度の高い噺である。鯉昇も、「冥途喫茶」や「冥途 in Japan」などを挟み、途中で落語のネタの名をいくつか挿入し、会場のご通家さんの笑いをとっていた。
 大変珍しい噺を聴けて、こういう趣向もこの会の持ち味なのだろうか、と思った次第である。

柳家さん喬『お若伊之助』 (20:43-21:30)
 本来の権太楼目当てだった人なのか、あるいは帰宅する時間の都合なのか、鯉昇が下がった後、バタバタと数名(十数名?)のお客さんが退場。テレビ収録の関係もあるのだろう、しばらく会場が落ち着いてから出囃子「鞍馬獅子」。いつものように、スタコラサ、とばかり前だけ見て高座へ。
 マクラもなく本編へ。このネタなので、九時半頃になるのは覚悟はしていた。しかし、前半は、終演後のお茶会で大先輩のお一人もおっしゃっていたが、眠かった・・・・・・。さん喬の持ち味は、良くも悪くも「くささ」「くどさ」であるが、それにしても個々の場面を見事なまでに“くどさ”で演じたものだ。たとえば頭(かしら)の勝五郎と伊之助の二人の会話、お若の母親と勝五郎との場面など、その持ち味を目一杯発揮した演出は、途中で沈思黙考タイムや、お涙ちょうだ的な部分も多く、あまりにもウェットな時間が長いた。勝五郎と伊之助の二人は、“出来て”んじゃねぇか、と疑うほどであった^^
 お若が根岸の隠居(伯父さん)の家に預けられて、夜、縁を切らせたはずの伊之助がお若の部屋に現れ、隠居が勝五郎を、根岸と両国(伊之助の家)へ、何度も行ったり来たりさせる場面で、ようやく私の眼も大きく開くことができた。この場面で受けないと、このネタで笑いを取る場面は他にほとんどないからね。
 気になったというか、拍子抜けに近かったのが、根岸の隠居の設定。他の噺家(志ん朝を含め)の場合、道場を開いている設定が多いが、さん喬は道場にしなかった。私は、「きっとここで、師匠の先代小さんのネタで笑わせるぞ!」と思っており期待も少しあったので、ちょっと意外であり残念だった。何か深い考えがあったのか、ただ忘れただけなのかは、不明だ。
 さん喬に限らず、どうもこの噺は好きになれない。前半は、ちょっとした人情噺風なのだが、サゲまでいくと、何ともおどろおどろしい妖怪噺のようなネタが明かされる。狸が出るといったって、滑稽噺のようにお札やサイコロに化ける狸ではない。志ん朝の音源も複数出ているが、数少ないほとんど聴かないネタの一つになっている。
 さん喬の良さは出ていたとは思うが、ネタ選びは疑問だ。一か月前に予告された内容が、権太楼の『うどん屋』だけに、その落差の大きさを感じる。


 終演後、借りてきた猫状態(?)の私は、先輩の後をついて、永田町駅近くのカフェ(あるチェーンの喫茶店)へ。いつもは十名位になるようだが、来場されてお帰りになった方もいらして六名での“居残りお茶会”。とは言いながら、瓶ビールの小瓶はあるようなので、他の皆さんがお茶のところ、私だけはビールをいただいた。
 「居残り会」のリーダーSさんと、ご本人は準レギュラーとおっしゃるが私から見ればすでに実態はレギュラーであるIさんを含む他の方々は、落語のみならず、俳句、能、狂言などさまざまな芸能への造詣が深い方ばかり。落語以外のネタについていけない者としては、落語のネタにのみ喰いつくのであった^^
 すでに書いたように、圓太郎の冒頭のしくじりは確信犯なのか本当に間違ったのか、鯉昇には三代目金馬のネタが合うのではなかろうか、来月の落語会がダブルブッキングだが行かないか、などなど。「居残り会」と比べて実にジェントルな「居残りお茶会」は、お店の閉店によってお開き。帰宅は何とか日付変更線を越える前ではあったが、結構真剣に聴いていた初の落語研究会の3時間は、浅草や末広亭の五時間よりも疲労度は上で、とてもブログなど書ける状態になく、寝酒で一気に瞼が重くなった。
 翌朝は意外に早く起きてブログを書いていたが、後から読むと誤字脱字の山。何とか修正しての公開である。しかし、まだまだ妙な部分も、きっとあるに違いないが、お許しのほどを。

 落語研究会の舞台には、やはり京須さんと女子アナウンサーはいなかった^^
 ではどこで見ていたのだろう。あるいは、収録を見て対談するのか。
 翌日、そんな疑問が残った初体験であった。生で聴かないはずがない、楽屋で見ているのかな・・・・・・。

 さて、この会のお誘いをまた受けたらどうするかという自問自答は、今のところ「都合とネタと演者次第」と、偉そうにお答えするしかないようだ。他の落語会とは、やはり違う。特に噺家の気合の入れ方が。最近の権太楼は、他の寄席や落語会では、この会のために『うどん屋』ばかりかけていたらしい(それも考えものだが)。
 だから、その思い入れが良い方に出れば、とんでもない高座に出会うこともあるのだろう。逆に、あまりに入れ込んでしまう余り、平常心を失ってしまうこともないことはないだろう。そういうことを考えると、志ん陽の高座は、あらためて良かったなぁ、と思う。それだけでも、行った甲斐はあった。そう気楽に考えなければ、落語会などに行けないのだよ。
Commented by hajime at 2012-11-01 18:33 x
もう大分前、志ん朝師が元気だった頃は、当日券を求めて並びました。
今は知りませんが、あの頃はトリが志ん朝師でも小三治師でも小さん師でも苦労しなくて程よい席が買えました。懐かしいですね。
正直、落語を観るのには少し入れ物が大きいですね。
後ろの方だと細かい仕草や表情が判り難いです。
それでも、以前から噺家さんの力に入れ具合は凄かったですね。
その点「東京落語会」とは差がありましたね。
寄席等ではトリの時でもさん喬師はくどく演じなくなりましたね。
随分アチコチで叩かれたからかな?ななんて(^^)

居残り会の喫茶店は判ります(^^)
昔はあそこしかありませんでした。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-11-01 19:09 x
何とも贅沢な時代があったんですねぇ。
hajimeさんがうらやましい。

たしかに、会場としては少し大きすぎます。
ただ、舞台が高いことと座席の途中から勾配があること、そして座席が広いため、高座を見やすいことで救われています。

あの喫茶ご存知でしたか。
生ビールは売り切れていて、430円のビールの小瓶をちびちびでした^^

Commented by 佐平次 at 2012-11-01 21:50 x
よく考えてみると圓太郎はやっぱり間違ったのでしょう。
「江戸っ子は口先ばかり」でネタに入れるので志ん朝のことは滑ったからいったのでしょう。
けっきょくそれを引きずり思わぬ長講になったのではないかなあ。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-11-01 22:12 x
昨夜は、ありがとうございました。

圓太郎の冒頭は、ミステリーということで^^
本来はお白洲まで演じるべきでしょう。しかし、それまでが長すぎました。

そうですか、たまには政治の話題にもなるのですね。
アルコールはないほうがいいかもしれません^^

Commented by 創塁パパ at 2012-11-03 07:54 x
幸兵衛さん。佐平次さんとお会いできてよかったですね(笑)

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-11-03 09:10 x
お元気でしたよ。
三人の都合が揃わず、なかなか「正統居残り会」(?)ができないね^^
今松の日は、ご旅行とのことです。
喜多八が、久し振りの揃い踏みですね。楽しみです。
この記事とは関係のない、伝言板コメントでした!

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by kogotokoubei | 2012-11-01 07:24 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛