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噺の話

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安倍晋三と“ナベツネ”との逸話—上杉隆『官邸崩壊』より。

自民党総裁選の国会議員票で安倍晋三がリードしている、とのニュースを目にした。

 人が再挑戦できるということは、組織の人事管理面では歓迎すべきことかもしれない。しかし、この人の出馬には、「性懲りもなく」という言葉が、どうしても頭をよぎる。

 五年前の、2007年9月10日、参院選の自民党の大敗北にもかかわらず、安倍は臨時国会の所信表明演説の中で「職責を全うする」という趣旨の決意を表明した。
 しかし、その舌の根も乾かないたった二日後、彼は記者会見で辞意を表明るす。その後の政局の混乱を招き、税金の無駄遣いにもなった、あの騒動を、日本人は忘れてはならないと思う。政治家に必須なのは、その「出処進退」であるはずだから。

「ポスト小泉」として期待されて登場しながら、はかなくも一年の短命で終わった安倍政権。その弱点、あるいは崩壊の原因はいくつか指摘することができるが、すでに紹介した上杉隆の『官邸崩壊-日本政治混迷の謎-』から、また引用したい。ちなみに、この文庫版は、2007年8月に新潮新書から『官邸崩壊-安倍政権迷走の一年-』に週刊朝日に2007年9月に掲載された文章を最終章として再録し、全体に加筆修正されて2011年11月10日に発行されたものである。
上杉隆著『官邸崩壊』(幻冬舎文庫)

 「第四章 自縄自縛」から。今回も、父安倍晋太郎の、あの“事件”の時期の逸話から。

 1987年、父・晋太郎は、当時、中曽根首相の次の座を、ともに「ニューリーダー」と呼ばれた竹下登・宮澤喜一と争っていた。結局、総裁選は行われず、話し合いという名の中曽根の後継指名が行われることになる。「中曽根裁定」の当日、テレビ各局は特番を組み、新しい首相になるであろう政治家の横顔を報じていた。
「まもなく、安倍晋太郎首相誕生!」
 テレビの画面にはテロップが流れ、記者が、安倍の人となりを伝え始めている。そのニュース番組を観ながら、日本テレビの氏家齊一郎は複雑な思いを抱いていた。
 氏家と竹下—、二人は誤解を受けるほどの親しさで有名だった。その氏家こそが、ただ一人、事前に中曽根裁定の結果を知っていた人物である。ある日、中曽根が氏家を呼んだ。
「竹下君の政策は、どうですか?」
 中曽根からの質問はこれだけ。氏家は竹下の政策、とくに税についての知識と来たるべき消費税導入への覚悟を代弁して語る。中曽根は黙って聞いていた。
 三公社五現業の民営化などの行政改革で輝かしい実績を残した中曽根だが、売上税の導入だけは成功しなかった。彼にとっては心残りの一つである。中曽根が氏家に聞きたかったのはまさにニューリーダーたちの税制改革への覚悟だった。氏家は最高のアシストを行った。税の理解において竹下さんの右に出る者はいません。
 一方で、氏家の盟友である読売新聞の渡邉恒雄(現主筆)は、安倍を強く推していた。渡邉は何度も氏家に聞く。
「中曽根から、何か聞いていないか?」
 渡邉恒雄と氏家齊一郎。二人は高校時代から交流を始め、東大ではともに共産党運動に明け暮れた。それ以降、比類なき友情で結ばれた二人の関係は、ともに読売新聞記者となってからも続く。今日でも連日のように電話で連絡を取り合い、また、夫婦四人で揃って食事に行くほどである。
 毎日新聞記者出身の安倍晋太郎は、氏家とも、渡邉とも親しかった。とりわけ渡邉は、政治家・安倍晋太郎にたいそうご執心であった。


 渡邉恒雄が安倍晋太郎に“ご執心”なのは、家を貸し与えるほど肩入れした中川一郎が自殺し、自分の“ペン”で総理大臣をつくる対象として、安倍晋太郎を選んでいたからであった。もちろん、安倍晋三は、父親の協力な支援者としての渡邉から、何かとアドバイスを受けるようになる。しかし、安倍晋三にとって“ナベツネ”は、口うるさい、疎ましい存在でもあった。

 恵まれた環境。銀の匙を銜えてきた者だけに与えられる特権。ところが安倍はその恩恵を特別だと感じない。本来は得がたい地位を当然のことだと認識している。無理もない。物心ついたときは、すでに首相の孫だった。
 しかし、味方がいつまでもそうでいてくれるとは限らない。
「うざいんだよな」
 2007年、首相になった安倍は靖国問題で意見が対立した渡邉に関して、こう漏らした。安倍は、靖国参拝に反対する父の友人を理解できない。なぜ口を挟むのか。応援するのならば黙っておいてくれればいいではないか。

 

 本書ではこの後、安倍晋三が“ネベツネ”を嫌うようになった、あるエピソードを紹介する。

・・・安倍晋三を、東新橋の日本テレビの応接室に呼んだのは2006年9月のことだった。氏家はいつものように渡邉を誘う。渡邉にしてみれば、あの安倍晋太郎の息子と会うのを断る理由はない。渡邉は日本テレビまで足を運ぶ。
 安倍の著書『美しい国へ』はすでにベストセラーになり、話題になっている。渡邉は、自ら持参したその本を改めて絶賛する。
 なんとすばらしい。父上もさぞ喜んでいることだろう。このようなビジョンを示せる政治家はなかなかいない。他の政治家にはできない相談だ。とくに、あの小泉には決してできないだろう。
 笑いも交え、渡邉は一通り褒め称えた後、本を安倍に差し向ける。そして照れたようにこう言ったのだ。
「ぜひとも、サインをいただきたい」
 意外なことに、安倍は一向に嬉しそうなそぶりを見せない。むしろ不機嫌だ。怒った様子でサインをしている。
 実は、安倍は知っていた。前日、山崎拓(元自民党副総裁)と会った渡邉が、安倍の『美しい国へ』を俎上にあげ、過去最低の政治家本だと罵っていたことを-。
 所詮、彼らもマスコミ側の人間なのだ。やはり彼らは信じることのできない人種だ。この出来事以来、安倍は渡邉との距離をとり始める。


 “ナベツネ”との距離をとり、醜聞を暴いた週刊現代や朝日新聞とも険悪な関係にあった安部は、産経と接近していくようになる。産経新聞の特定の記者との異常な関係については、後日紹介するつもり。
 
 安倍政権の終盤は、秘書(井上)、官房長官(塩崎)、そして広報担当(世耕)が、まったくバラバラな広報活動をしていたことも、崩壊の主原因の一つだったが、実は、安倍晋三という“銀の匙を銜えてきた”本人の我侭、度量のなさも大きな要因であったといえるだろう。ろくに“クリーニング”をしないで「論功」のみで大臣に任命するため、相次いで大臣の不祥事が発覚したことも含め、安倍晋三という男には、リーダーとしての管理能力も統率力も備わってはいないのだ。官房長官時代の北朝鮮問題におけるポジティブなイメージと毛並の良さで首相の座を射止めただけである。

 紹介したエピソードのことに戻る。次期総理本命ということで、前日にその著書をこきおろしておきながら、翌日には本人に著書を褒め上げてサインまでねだる演技を見せる渡邉恒雄という男。その品性のなさは、まさにあの男にふさわしいエピソードだ。
 そして、前日のことを知っているとは言え、笑顔をつくってサインする演技のできない、あまりに“若い”安倍晋三。小泉が同じ状況にいたのなら、満面の笑みをつくってサインするのではなかろうか。

 この逸話は、たった六年前のことである。“銀の匙を銜えてきた”男の本質的な甘さ、弱さが変っているようには思えない。突然の辞任には病気が影響していて、今はよく効く薬があり快復していると言っているが、総裁や総理という立場は、その病をぶり返させるだけの重圧と緊張をもたらす仕事であってもおかしくはない。
 3.11とフクシマの後の日本、もし安倍晋三の自民党が野田民主党から政権を奪還しても、決して明るい展望があるとは思えない。
Commented by 佐平次 at 2012-09-18 09:50 x
こんどの総裁選では読売は安倍の提灯を持っている由。
朝日は相変わらず頑張って安倍叩きです。
社是だそうですね^^。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-09-18 15:22 x
ナベツネの過去の安倍晋太郎贔屓が、今でもつながっているのでしょうかね。
朝日が反安倍だから、読売は親安倍、という理由のほうが大きいのでしょうか。
産経は、朝日の安倍批判を批判する形で安倍を支援しています。
石原、石破の“ストーンズ”の一騎打ちとも言われていますが、誰になっても「脱原発」を唱えそうにはありません。

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by kogotokoubei | 2012-09-17 19:50 | 責任者出て来い! | Comments(2)

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