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噺の話

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自民党の派閥は、何のための集団なのか。

自民党総裁選に、五人が名乗りをあげた。それぞれが所属する派閥の名や「無派閥」や「派閥離脱中」という表記も含め、自民党の派閥って、今どうなっているんだろう、と疑問がわいた。

 あらかじめ断っておくが、私は自民党員でもなければ、支持者でもない。しかし、現在の政治の混迷を思うと、いろいろあったにせよ、55年体制後の日本の経済的成長におけるこの政党の功績は否定できないし、次の総選挙にあたってこの自民党がどう臨むのかということは気になる。

 そこで、あらためて今回の自民党総裁選のこと。

 古賀派と谷垣派は、どっちが上なのか。かりにも派閥の領袖であり総裁である谷垣を差し置いて、古賀派から林が出馬して谷垣は出馬断念、宏池会はどうなっているのか・・・・・・。
 町村は清和政策研究会の会長なのに、町村派から本人のみならず安倍晋三も出馬って、これは分裂か・・・・・・。
 木曜クラブの流れを引く平成研究会は、誰も出馬させることができないほど弱体化しているのか。

 大きな派閥の結束が高く派閥抗争が激しかった頃のことについて、上杉隆の『官邸崩壊』(幻冬舎文庫)から引用したい。「終章 呪縛」から。

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上杉隆著『官邸崩壊』(幻冬舎文庫)
 

 1986年の衆参同日選挙で勝利を収めた中曽根は、特例によって総裁任期を一年延長する。翌年、その中曽根がいよいよ首相を辞める時がきた。後継者は、安倍、竹下、宮澤の三人に絞られる。下馬評では安倍が本命。総裁選に持ち込めさえすれば、首相の座は彼の手中に転がり込むはずだった。
 ところが、頂点を目前にしていつもの甘さが顔をのぞかせる。中曽根は、三人を東京・奥多摩の日の出山荘に呼びつける。自分の別荘で、次の首相を決めようという魂胆だ。行ったら最後、話し合いが行われた末、総裁選は開かれないだろう。当然ながら、権力闘争の舞台裏では盟友であるはずの竹下が、中曽根に対して執拗にアプローチを仕掛けている。一方の安倍は何もしていない。
 だが安倍は日の出山荘に出向く。そして三人の顔が揃う。安倍は激しい選挙を避けて、裁定を中曽根に委ねたのである。むしろ先に竹下でも構わないといった態度すらとっている。これが「事件」の伏線である。
 実際、中曽根は自身の後継に竹下を選ぶ。無念であるはずの安倍だが、そうした素振りは一切見せない。話し合いの結果だから仕方がない。さらに「次の後継者指名は安倍」という竹下との密約を胸に秘めていたからだ。
 だが、都内の料亭に戻り、派閥の慰労会に出席した瞬間、安倍は強烈な一撃を食らう。安倍派の中堅若手議員の一人、小泉からの攻撃だった。
「だから言ったじゃないか。なんで戦わなかった。総裁選をやるべきだった。逃げてどうする。そんなことでは総理の椅子など永遠に手に入るわけがないじゃないか」
 自身の派閥領袖を」罵倒する小泉、他の議員はみな押し黙っている。一人立ち上がって口角泡を飛ばしている。
 派閥全盛時代の当時、幹部に楯突くということは、すなわち派閥からの離脱を意味した。だが、小泉はそんなことはお構いなしだった。
 政治は権力闘争だ。権力は選挙で奪い取るしかない。ようやく角福戦争以来の借りを返す時が来たのだ。一度握った権力を経世会がみすみす渡すわけがない。なぜ、竹下を信じる。だから、脇が甘いと言われるのだ、というわけだ。
 その場には秘書の晋三もいた。だが父親を面罵する小泉の姿に圧倒され、ただ黙って見ているだけだった。
 安倍にとってこの「事件」は、小泉に対するトラウマを決定付けたものであり、同時に、幸福の女神は後ろ髪はない、という現実政治の厳しさを教わった。実際、安倍晋太郎はこの直後、リクルート事件に巻き込まれ、その後、肝臓癌のためにこの世を去る。



 小泉が安倍晋太郎を罵倒した慰労会。この派閥は、現在の町村派、清和政策研究会である。派閥の人名による呼称は、福田派→安倍派→三塚派→森派、そして町村派。自民党においては平成研究会や宏池会と並ぶ保守の名門派閥。

 Wikipediaからこの派閥の概要を紹介。「清和政策研究会」Wikipedia

自民党内では保守合同時の日本民主党(岸信介・鳩山一郎派)の流れを汲む。日本民主党の「反・吉田茂」路線を起源に持つため、親米を基調としながらも「自主憲法」の制定や自主防衛路線(再軍備)に積極的であるなど比較的タカ派色が強く、冷戦期にはその反共志向の反映として、親韓・親台に独自の人脈を持った。一貫して自民党の有力派閥だったが、佐藤栄作の後継争い(角福戦争)で福田赳夫が田中角栄に敗北して以来、自由党系の平成研究会や宏池会などの諸派に比べると非主流派に甘んじることが多かった。小泉内閣発足以降、主流派として実質的に政権の中枢を担うようになった。


 
 もちろん安倍晋三は、祖父岸信介の流れを引くこの派閥に属している。そして、今回の自民党総裁選には派閥の領袖である町村とも闘うことになる。『官邸崩壊』は、安倍内閣がいかにして崩壊したかを描いているので、性懲りもなく出馬した安倍について、この本を引用して別途書くつもりだ。

 さて、意外にも出馬を見送った谷垣禎一は、池田勇人にルーツを持つ宏池会の所属。とはいえ、この派閥は、あの2000年11月の「加藤の乱」以降、求心力を失った集団になっていると言ってよいだろう。Wikipediaによると、池田派として始まってからの派閥名は、前尾派→大平派→鈴木派→宮沢派→加藤派→そして、加藤の乱による分裂。
 派閥分裂後は、
  加藤派→小里派→谷垣派
  堀内派→丹羽・古賀派→古賀派
 の二派閥に分かれていたが2008年5月13日、分裂していた二派閥が統一し現在の谷垣派となった、ということになっている。今後どうなるかは、分からない。
「宏池会」Wikipedia

 『官邸崩壊』から紹介した1987(昭和62)年当時は、まだ自民党の派閥は、ある意味では政党内「二大政党」のような役割を持っていたのではなかろうか。それは、米英のそれとはまったく異なったものとはいえ、政策面での相違点で争う対立集団ではないにしても、拮抗した集団同士がお互いを権勢し合い、内部自浄作用につながる効果がなかったとは言えないのではなかろうか。
 
 派閥は、集団が大きくなるにつれて生じる必然的な分化作用の結果ではないかと思う。それは政治の世界以外にも発生する。何らかの共通項を持った“仲間”あるいは、“友達”は、集団内で群れるものだ。企業の経営者は、あえてライバルを競わせて、後継者をどちらにするか見届けるような策をとることも多い。そうなると、それぞれの派閥は、相手に負けまいと業績を上げる競争をする。それが、結果として企業を成長させることにもつながる、こともある。だから、派閥同士の競争は、ある意味でその組織の成長のための便法として有効な場合がある。

 角福戦争は与党自民党における田中角栄(木曜クラブ)と福田赳夫(清和政策研究会)との権力闘争だったわけだが、この二つの派閥のうち木曜クラブは、同じ“吉田学校”の生徒であった池田勇人の宏池会に対抗する形で佐藤栄作が領袖だった。だから、旧自由党の流れを引く。かたや、清和政策研究会は、すでに紹介した通り、鳩山一郎の旧民主党に起源がある。この“戦争”は、55年体制以前からの日本の近代政治における二大集団が拮抗することによるダイナミズムのようなものを継承していたともいえる。そして、その戦いの勝敗は、所属する議員にとって、文字通りの死活問題として認識されていたのだろう。そういった厳しい側面を十分に知っているからこそ、小泉は竹下にみすみす総裁の座を譲った“脇の甘い”安倍晋太郎を、派閥の長であろうが面前で罵倒したのだろう。小泉の本質的な面を物語る逸話としても、なかなか興味深い「事件」である。

 さて、現在の自民党のこと。客観的に現在の状況を見るならば、自民党は政権を奪回する千載一遇のチャンスにあるのでなかろうか。しかし、結果として野田が総裁を続けるだろう民主党と、マスコミでのパフォーマンスを利用して人気だけはある“悪の新自由主義者”橋下の維新の会の勢いにさえ抗することができそうにない。
 それは、派閥が派閥として機能していないからでもある。その起源との関係が曖昧になり存在理由すら疑問といえる自民党の派閥は、いったいどこへ向かって行くのだろう。それこそ、かつての内部エネルギーを取り戻すために、二大派閥に収斂させるような動きをしない限り、あの政党の未来はないのではないか。

 見たくもない五人の顔をテレビが映すたびに、そんなことを思う今日この頃である。
Commented by 創塁パパ at 2012-09-16 09:47 x
もう、派閥なんて意味もないはずなのにしがみつく、チャンスをものにできない。この政党も全く変わっていません、でも民主もね。
正直、どこも投票したくないです。橋○くんなんてありえないし。政治にどんどん関心がなくなるこの頃。天国の父はなんてコメントしてくれるかなあ(苦笑)

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-09-17 11:51 x
お父上が現在の政治状況をご覧になったら、さぞかしお嘆きになるでしょうね。
骨のある政治家がいないし、派閥という集団が機能していませんね。
「落語党」でも旗上げしましょうか^^

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by kogotokoubei | 2012-09-15 15:56 | 責任者出て来い! | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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