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入船亭扇遊・扇辰 兄弟盃の会 三杯目 国立演芸場 8月7日

この二人の兄弟会、気にはなっていたが、ようやく三回目に来ることができた。しかし、会場の入りはせいぜい七分程だろうか。もったいないとも思うし、チケットが取りやすいので助かるとも思う、複雑な思いだ。会場には、他の会でもよく見かける方が多く、いわゆる“ご通家”の会ということなのだろう。

この“兄弟”の簡単なプロフィール。

兄:扇遊(扇橋門下総領弟子)
熱海出身。昭和28(1953)年7月5日生まれ。昭和47(1972)年入門、昭和60(1985)年真打昇進。(志ん輔と同期)

弟:扇辰
長岡(越後)出身。昭和39(1964)年2月13日生まれ。平成元(1989)年入門。平成14(2002)年真打昇進。

 ほぼ一回りの年齢差があり、扇遊の下に扇好や扇治など先輩がいるので、扇辰の前座から二ツ目修業時代は、精神的には相当距離があったように察する。しかし。、今日において扇遊の次の実力者という意味では、扇辰の名をあげて異論はなかろう。

次のような構成だった。
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開口一番 入船亭遊一『たがや』
入船亭扇遊 『三井の大黒』
入船亭扇辰 『ねずみ』
(仲入り)
入船亭扇辰 『麻のれん』
入船亭扇遊 『厩火事』
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入船亭遊一『たがや』 (19:00-19:15)
 扇遊への入門が平成11(1999)年なので、今年14年目となる。一之輔、菊六(文菊)に抜かれた二ツ目の一人。根が真面目なのだろうなぁ、この人。一所懸命は分かるのだが、いかんせん滑舌が悪いことに加え細かな言い間違いもあって少し残念な出来。緊張もあったのだろう。このネタの持ち味である主人公のたがや、そして侍とたがやの喧嘩を取り巻く江戸っ子連中の啖呵が聞き取りにくくては、楽しめない。
 この後に大師匠扇橋の最初の師匠桂三木助の十八番が続くので、これまた三木助で有名な大ネタに挑戦した意欲は買うが、まだまだ精神面も含む修練が必要だろう。古典落語の教科書のような師匠についているのだ、頑張ってもらいたい。

入船亭扇遊『三井の大黒』 (19:16-19:54)
 マクラで扇辰について、「ビッグバンドで歌ってます」と少しだけ茶化す。「私はカラオケで歌う位で、それも酒の勢いで、せいぜい一晩に八十六曲程度・・・」「その点、市馬は素面で歌うからえらい」で会場を沸かす。
 「この会も三回目・・・・・・」、と言いながら会場を見回す目は、少しさびしそうに見えたが、その奥には「来られたお客さんは、今日はお得ですよ」と語っているようにも思えた。
 五分のマクラから本編へ。昨年10月に座間で聴いた扇辰のこのネタに感心していたが、この人で聴くのは初めて。結論から言うと、先輩の貫録をマザマザと見せつけた高座、という印象。
2011年10月8日のブログ
 扇辰の時にも書いたが、師匠である扇橋の最初の師匠三代目桂三木助の十八番であり、昭和35年11月東横落語会での生涯最後の高座が、この噺である。釈台を前に置いての一席だったらしい。
 神田橘町に住む棟梁政五郎と主役の“ぽんしゅう”甚五郎、そして政五郎配下の大工の面々(松、竹、梅など)のすべての登場人物が生き生きと描かれていた。そして、上下(カミシモ)の動作に無駄がなく、その語り口の何とも滑らかなこと。聴く側に一切の圧力やストレスを感じさせずに、噺に引き込んでいく力量は並大抵のものではない。江戸の香りを満喫させてくれた。
 三井(越後屋)が、すでに持っている運慶の「恵比寿」に付けられた句「商いは 濡れ手で泡の ひとつかみ、に甚五郎が彫った「大黒」に「護らせたまえ ふたつ神たち 」と下の句をつけてサゲた後、「これから十三年後の噺を扇辰がお聞かせします」と締めて、リレー落語であることが判明。なかなか粋な計らいである。
 「あぁ、こんな先輩の手本があるから、扇辰のこの噺も良くなるはずだ」と思わせた。三木助の音源を聞くと、政五郎がもう少し威厳がある。しかし、それも噺家それぞれの持ち味であろう。見事な本寸法の高座、もちろん、今年のマイベスト十席候補である。 

入船亭扇辰『ねずみ』 (19:55-20:25)
 浪曲師の二代目広沢菊春の得意ネタ「左甚五郎」を、三代目桂三木助が自分の十八番「加賀の千代」と交換した、という逸話のあるネタ。
 マクラなしで本編へ。伊達六十二万石の城下仙台の旅籠「ねずみ屋」の卯之吉がさっそく登場して、「おじさん、お泊りの人?」と旅人の甚五郎に聞く場面で幕が開いた。この人らしい楽しいクスグリがあった。卯之吉の父である卯兵衛や、卯兵衛の幼馴染である生駒屋が、驚いて話す場面で、慌ててたどたどしく話す仕草に対し聞く側か語る「しゃべる時は息を吸わない方がいいよ」の部分。これは、生で聴き、見ないと可笑しさは伝わらないあなぁ。あるいは、私の文章力の非力さのせいでもある。
 もう一つ、特別の演出があった。甚五郎の「福鼠」に対応させようとして「虎屋」が仙台版お抱えの飯田丹下に虎の彫り物を依頼するのだが、丹下役が談志になっていた。終演後の「居残り会」メンバーの四人とも初めての演出だったので、たぶん兄弟会スペシャルだろう、というのが一致した見解^^
 「福鼠」のおかげで「ねずみ屋」は大繁盛し、「二階の二(ふた)間に八十六人」と言ったのは、扇遊のマクラへのお返しの洒落なのかどうかは、不明。

入船亭扇辰『麻のれん』 (20:35-20:57)
 仲入り後の二席目。マクラで、「(甚五郎リレー落語は)扇遊兄貴が企画したんです。私には一切の責任がありません」で笑わせたが、もしかすると『三井の大黒』の方をやりたかったのかなぁ、とも思った。
 鐘の音の擬音から本編へ。この人のこの噺は好きだ。特に、杢市が枝豆を食べる場面は、何度見ても楽しい。扇辰の「食べ物名場面ベストテン」を作るなら、『徂徠豆腐』で冷奴を食べる場面と、杢市の枝豆は確実に入賞(?)するだろう。
*ただし、終演後の「居残り会」で紅一点のIさんから、「枝豆食べる時、あんな音、本当はしないでしょ」とのご指摘あり。それはそうなんですが、演出ということで・・・・・・。
 また、この後で扇遊もマクラで褒めていたが、杢市が蚊に食われるシーンで、口笛のような擬音で蚊が飛んでいる様子を表現するあたりも秀逸。杢市が蚊に食われる仕草なども結構で、旬の噺に満足。

入船亭扇遊『厩火事』 (20:58-21:24)
 下がろうとした扇辰を舞台に引き戻して、二人で並んで頭を下げた。手真似で扇辰に「もういいよ」と合図すると、扇辰「えっ、これだけ?!」と笑いながら下がったが、扇遊が高座につき、「私が扇辰の着物を借りたのではないことを証明するため呼びました」で大爆笑。そうなのだ、ほとんど同じ色合い(淡黄色?)の着物と黒紋付きの羽織、帯の柄までそっくり。「私たちはいい加減ですから、着物の柄なぞ事前に確認しませんので」とのこと。う~ん、四回目以降があるのなら、少しは事前調整が必要かな^^
 すでに書いたように、扇辰が『麻のれん』の中で杢市が演じた、蚊の飛ぶ擬音を褒めた。「あれも歌が上手いからできるんでしょうねぇ、私じゃああはできない」と謙遜謙遜^^
 長屋噺で夫婦が登場するネタになると、この人は他の追随を許さない、そんな印象。『夢の酒』『佃祭り』なども十八番に入っているはず。お崎さんが先輩の髪結から頼まれた仕事先で、娘の髪はすぐ出来たけど、芝居に行くという母親が癖っ毛、というのは、文楽では逆なのだが、まぁどちらでも噺の本筋には影響しない。
 全体を通して、お埼さん、彼女の相談相手の旦那、年の若いお埼さんの亭主のそれぞれが見事に演じ分けられており、江戸の長屋が舞台に現れた。定席の寄席で鍛えられた高座には、貫録を感じた。


 二人とも、師匠扇橋の近況などは、これっぽっちも話さなかったなぁ。昭和6年5月生まれの81歳。この夏をどう暮らしているのやら。

 あえて付け加えるが、扇辰の『三井の大黒』も私は好きだ。ネタに限らず、扇遊と扇辰それぞれの特徴(型?)をあげるならば、次のよう言えるのではなかろうか。

扇遊 
   噺の流れに主眼を置く。滑らかな語り口と心地よいリズムが持ち味。
   客を威圧しない柔らかさが際立っている。“洗練”という言葉がふさわしい。
   日本酒に譬えるなら、すっきり系の純米吟醸酒。
   
扇辰 
   登場人物の描き方に主眼。噺の流れも重要視するが、あくまで“人”を立てる。
   表情や仕草などで緩急をつけた演出が秀逸。“活写”という言葉を想起させる。
   日本酒なら、少し尖った生原酒、とでも言えようか。

 ややこじつけ的ではあるが、このあたりが好みの分かれるところではなかろうか。流れるような語り口が好みの人は扇遊派だろうし、少し尖った人物描写に重きを置く人は扇辰派。しかし、どちらも結構、という(私のような)人もいるはず。

 前半は桂三木助の十八番であった甚五郎噺のリレーだったが、扇橋が三木助門下にいた期間は、実は決して長くはない。落語協会のサイトの扇橋のプロフィールから引用する。
落語協会サイトの該当ページ

1957(昭和32)年12月 三代目桂三木助に入門
1958(昭和33)年05月 初高座 前座名「木久八」
1961(昭和36)年01月 三木助没後、五代目柳家小さん門下へ
1961(昭和36)年05月 二ツ目昇進 「柳家さん八」と改名
1970(昭和45)年03月 真打昇進 九代目「入船亭扇橋」を襲名


 昭和32年師走の入門で初高座は翌33年の5月である。三木助は昭和36年の1月16日に亡くなっているので、実質的な弟子としての期間は、ほぼ三年なのだ。しかし、相当濃密な三年だったであろうし、五代目小さん門下となってからも、小さんが大親友の三木助の得意ネタを扇橋に継承して欲しかった、という背景もあるのだろう。
 扇橋の演目そして、その弟子たちのレパートリーには三木助の十八番が並ぶ。こういった伝統、継承こそが落語を今の時代に息づかせているのだと思う。


 さて、終演後はレギュラー三人に美人のお姐さんが加わった拡大版「居残り会」。扇遊と扇辰の高座のことはもちろん、最近それぞれが出向いた落語会のことや今後の予定など楽しい会話は巡る。そして、リーダーSさんのちょっとした最近のエピソードなども肴に、二合徳利がリズミカルに(?)空いていく。秋に真打に昇進する二人については、果たして師匠が披露興行に出ることができるのか、という話題になった。円菊、志ん橋、最近寄席でも見かけないので、少し心配だ。
 最初から帰宅は男子サッカー準決勝開始時間に間に合えば御の字と思っていたので、確信犯で日付変更線を越えての帰還だった。女子卓球の準優勝は、立派なものだ。サッカーは・・・・・・メキシコに44年前の敵を討たれたが、銅メダルを目指してもらおう。もうじき四年に一度のオリンピックもお開き。立秋が過ぎ、少しは秋らしくなってきた外の空気を時おり吸いながら、ようやく昨夜の会について書き終えることができた。さぁ、今夜は女子のレスリングだ。みんな、悔いのない戦いを期待してるよ!
Commented by 佐平次 at 2012-08-08 21:03 x
私もどちらも好きです。
両方揃うと一番うれしいですね^^。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-08-08 21:20 x
この二人会、あの客に入りは信じられません。
かと言って人気が出てチケットが取りにくくなると、それも困る^^
落語会も居残り会も、大変結構でしたね。

Commented by ほめ・く at 2012-08-09 11:02 x
扇遊によれば、扇橋は病気療養中とのことでした。
二ツ目・さん八当時の高座は粋で鯔背で結構でした。年配になってからの滋味溢れる高座もいいですが、私はむしろ若い時分のさん冶(現小三冶)と競いあっていた頃の方が好きです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-08-09 13:11 x
さん八の頃を褒める人が、ご通家で多いようですね。
さん治と競い合って芸を磨いたのでしょう。

療養中ですか・・・・・・。
ぜひ高座に復帰してもらい、三木助の十八番を聞いてみたいものです。
まだまだ長生きしてもらわなくっちゃ。

Commented by hajime at 2012-08-09 15:48 x
扇遊師は寄席でも外れた事がありませんね。
正直言いますと、私は扇辰さんより扇好さんの方が伸びて来ると思っていました。
彼も悪くはありませんが、真打昇進の頃の勢いは無くなりましたね。
それとは裏腹にそうでも無かった扇辰さんの伸びはすざましいですね。
つくずく、自分の芸を見る目の無さが判ります(^^)

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-08-09 16:36 x
いえいえ、hajimeさんの審美眼はたいしたものだと思います。
扇辰の化け方が、いわば“ステルス”的だったのでしょう。
気がついたら、「あれっ、こんな上手くなってる!?」ということなのでしょう。
噺は本寸法ですが、下手な現代風ギャグなど入れず、語りと仕草、顔の表情などを駆使して人物を活写することで、誰も真似の出来ない領域を開拓しつつある、そんな印象です。
今後もこの人は楽しみです。
そして弟子の辰じんも二ツ目(小辰)になりますね。
一之輔の次に大抜擢で真打昇進の可能性を秘めているのが小辰でしょう。こちらも楽しみ^^

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by kogotokoubei | 2012-08-08 20:26 | 落語会 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛