雲助蔵出し ふたたび 浅草見番 4月21日
2012年 04月 21日
さて、この会は初めてで勝手が分からず、「自由席」となっているので、少し早めに会場へ。靴を脱いで二階へ上がると、オフィスM'sの方がモギリ役でいらっしゃった。
畳敷きの会場は結構広い。ここで、普段は芸者さんが三味線や踊りを稽古しているのかと思うと、何か艶っぽい空気を感じた。まだ、前の方の席が空いていたので三列目にコートと本を置いて、いったん外へ出て、一服。本来は「居残り会 月例会」の予定が、残念ながらYさんは体調不良で休むと携帯にメールがあった。Sさんは、蕎麦屋が込んでいてギリギリでの入場のようだ。
会場へ戻ると座布団席も一番後ろのソファー席(?)もほとんど一杯。お客さんの様子を見ると、間違いなくコアな雲助ファン、そして落語ファンという感じ。会場のつくりも含め、少し広く立派すぎるが、江戸時代の寄席はこうだったか、と思わせる趣だ。
次のような構成だった。
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(開口一番 古今亭志ん吉 『金明竹』)
五街道雲助 『景清』
五街道雲助 『人情噺 火焔太鼓』
(仲入り)
五街道雲助 『五人廻し』
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古今亭志ん吉『金明竹』 (13:59-14:22)
昨年の3月、池袋での小満んの会の開口一番以来。その時は、なかなか雰囲気のある好印象だった。今回も全体としては二ツ目としてレベルだとは思うし、なかなか可笑しい今風の工夫もあった。旦那が帰ってきて、上方の客の伝言を振り返って頓珍漢なことを言うお内儀が、「なんでも遊女の工場があって、とっても相乗効果があるんですって」には、「これもありかな^^」と笑った。
しかし、気になる間違いがあったのを指摘しないわけにはいかない。この噺の聞かせどころ、上方者の言い立ての後半で、「・・・兵庫の坊主が好みます屏風じゃによって、表具に出し・・・」という部分、「表具」を「ひょうぐ」ではなく「ひょうご」と四回言っていた。本人は「ひょうぐ」と言っていたつもりかもしれないが、前から三列目で聞いていたので、私の聞き間違いではないと思う。私が素人芸で仲間うちで披露するネタの中の十八番の一つなので、こういう間違いは見逃せない^^
五街道雲助『景清』 (14:23-14:54)
まず、マクラが良かった。かつていろんな先輩に教わったが、今思うと、もっと教わっておけば良かったと思うことが多いとのこと。いろんなネタに挑戦するから、実感なのだろう。そして、自分が弟子や若い噺家達に伝え教えることももっとあるのではないかと思う、特に「基礎」ができていない人が多い、と指摘する。その例として、戸を叩く場面で、右手で扇子を床に叩けばいいのに、わざわざ左手に持ち替えていた若手がいた、と指摘。それが実は自分の三番目の弟子と言って、会場は大爆笑。寄席や落語会では決して聞けないだろう内容に、この会のあり様のようなものを確かに感じることができた。この会は、雲助のまさにホームグラウンドなのだろう。
黒門町と同様に生まれつきの盲目と後天的な盲目の違いなどを説明し本編へ。もっとも感心したのは、定次郎の“白目”の演技。つぶるではなく、何ともいえない具合の演技をしながら、石田の隠居の会話になると自然に目があいている。実は、聞きながら真似しようとしていたが、何とも難しいのだ、これが。百日目の満願でも目が開かないので上野清水様に毒づく定次郎の姿、雷に当たって目が開く場面の、感情を適度に抑えた噛み締めるように喜ぶ場面、“砂かぶり”の席で聞いた黒門町の十八番は、今後は小満んと雲助のネタになるような、そんな思いがした。もちろん、今年のマイベスト十席候補である。
五街道雲助『人情噺 火焔太鼓』 (14:54-15:20)
高座にそのまま残ったままで二席目へ。『火焔太鼓』は今松と一緒に師匠に稽古をつけてもらったらしい。大師匠の志ん生とほぼ同じ型だったようだが、太鼓の値が三十両になっており、五両づつ渡されていたらしい。しかし、決して間違いを認めない馬生は、稽古の後に「あんなものが三百両もするわけがない」と、何とも苦しい言訳をしていたらしい^^
雲助はある人に、「芝居話と人情噺の口調しかできない」と指摘されたことがあったらしい。その時は、「そんなことはない!」と心で思っていたようだが・・・・・・。そこで考えた雲助、「火焔太鼓を人情噺の口調でやったら、どうなるか?」と試しにやってみると結構おもしろい。そこで、遊びで練習していたが、とても通しでやることはできず、この会のネタも尽きてきたのでかけてみよう、ということになったようだ。
こんなに会場がシンクロして何度も爆笑した高座は、これまでになかった。とにかく可笑しい。冒頭、「ねぇ、お前さん、どうするんだい、まったく売れないじゃないかさぁ」と古道具屋の女房は何ともいえない口調で切り出してから、ご通家ばかりの会場は沸く。道具屋の主もまるで歌舞伎役者のような語り口で答えるものだから、笑いが輪をかけて広がる。太鼓の代金三百両(三十両ではない^^)を五十両づつ受け取る際の道具屋、そして女房の大袈裟な身振りにも涙を流して笑っていた。本寸法ではないのでマイベスト十席の候補にはできないが、何か特別な賞をあげたい位の高座。とりあえず、演目に目立つ色だけは付けておくことにした。高座を下りる際の雲助の苦笑いも、何とも可笑しかった。
五街道雲助『五人廻し』 (15:32-16:06)
冒頭、「もっと軽く流すつもりが、少し頑張りすぎてしまいました・・・・・・」と息をつく。それだけ熱演であったし、二席通しである。当然だろう。しかし、トリのネタがこれである。
江戸には“廻し”があって、客の振り方にもいろいろあって、“三日月ぶり”は、「宵にちらりと見たばかり」、それよりひどいのは“新月ぶり”でまったく来(出)ない。もっと残酷なのは来ているのに寝てしまう“居ぶり”というマクラは、とても若手ではできない味なものだった。
本編は、江戸っ子、軍人(役人?)風、“もちりん”の通人、田舎者のお大尽、そして関取の五人は皆それぞれ楽しかったのだが、最初の江戸っ子が吉原の歴史を言い立てで牛太郎に聞かせる場面で、二度ほど言いよどみがあった。あれさえなければ、こちらもマイベスト十席の候補であった。
雲助の名人芸を堪能した後は、「居残り会 分科会」。リーダーのSさんと、「“三日月ぶり”よ」とお付き合いいただいた紅一点Iさんの三人で「ホッピー通り」の店に飛び込んだ。雲助や落語のこと、そしていろんな話を肴にホッピーならぬ日本酒の徳利が空く。途中Iさんがお帰りになってからもSさんと話ははずみ、帰宅してしばらくはブログを書ける状態ではなかった^^
次回が日曜なので断念するが、またぜひ参加したい会である。雲助、恐るべしである。
浅草見番という会場も独特の情緒を作っていますね。
こういう会は、貴重です。
日曜だけは避けて欲しいのですが、逆に日曜を希望されるお客様も多いだろうと察します。
落語の奥深さを知ることもでき、縁があれば、ぜひまた行きたい会です。
