『天狗裁き』と『妾馬』-古今亭志ん輔のブログ「日々是凡日」より
2012年 03月 10日
15時35分 浅草楽屋入り。「妾馬」をやりたかったが「天狗裁き」が前に出ていて 少しだが似た箇所があるのでやめにして「子は鎹」をやらせて貰った。
この日は夜に帝国ホテルで春風亭一之輔の真打昇進披露パーティーがあったらしく、そのことも少し書かれている。
さて、この高座は、本来夜の部であったのを昼に替えてもらったようだが、難しい落語問題を提示されたような気がして、読んでからずっと悩んでいる・・・・・・。
『天狗裁き』(A)と『妾馬』(B)で、“似た箇所”ってどこ?
前者の主人公を熊五郎とする場合もあるが、ここは同じ八五郎と考え、共通していると思える部分を考えてみた。
・大家と八五郎との会話部分がある
→Aは夢の内容を大家が聞き出そうとする場面、
Bは大家が八五郎に殿様(赤井御門守)からお呼びがかかったと告げる場面
・夫婦の会話がある
→Aは夢の内容を聞き出そうとする女房と八との喧嘩に発展、
Bは大家に呼ばれる前、あるいは後での会話(短縮版では割愛されることが多い)
・基本的には二席とも「長屋噺」の範疇に入る
位しか思い浮かばないのだ。
同じ「長屋噺」であることや、同じ八五郎が登場することで“ツク”とするなら、寄席でかけられるネタはとんでもなく制限される。
女房や大家との会話にしてもまったく状況設定が違うわけで、とても“ツク”とは思えない。
もちろん、BにはAのような「夢」が題材ではない。
志ん輔が“少しだが似た箇所”と指摘した、その“箇所”とは?
私にとってこの件、結構ミステリーなのである。このブログ、中途半端な落語愛好家である私に、ときどき、こういう宿題を提供してくれるのだ。しかし、そういうところも、魅力の一つではある。
面白そうなので、私も考えてみました。
「天狗裁き」のなかでは、特別な共通点は無い様に感じますが、「羽団扇」で考えると、天狗の羽団扇を持った亭主が、空からお屋敷を覗く下りがありますが、病気を直してお屋敷の入婿になるのですが、そこら辺がお鶴が大名に見初められる処と共通するのでは無いかと・・・
つまらん考えですが、それぐらいしか無い様な来がします。
「羽団扇」は二代円歌師の録音が残っていますが、志ん生師の十八番でもあり、古今亭の噺と言っても良いと思うのですが・・・如何でしょうか?(^^)
私が勝手に悩んでいるところをお付き合いいただきありがとうございます^^
しかし、志ん輔が気にしているところは、今日高座で語られている内容での、何らかの共通点だと思うんですよねぇ・・・・・・。
プロの噺家にしか分からない何か、なのあなぁ。
ご指摘、アタリかもしれません!
『天狗裁き』での奉行とのやりとりと、赤井御門守と八五郎とのやりとり、そこに“少しだが似た箇所”がありそうですね。
落語は、奥が深いですね^^
みなさん、詳しいことをご存じで驚きました。
どっちの大家さんも主人公を諭すし
…まあ、それ言っちゃったら
どの大家さんもそうなんですけど。
それに、
妾馬の大家さんは『仲介』してて
天狗裁きの大家さんは『仲裁』で
言葉も『ちょっと』似てますでしょ?
しかし、出番までの短い時間でネタ帳を見て、「大家と八五郎か、ツクなぁ」と感じても不思議はないかな。
そういうことなんでしょうね、きっと。
そして、「えっ、それを気にするの!?」という思いは残ります。
「仲介」と「仲裁」ですか・・・・・・。
この地口では、寄席ではうけないと思います^^
最近の定席で、なかなか笑組さんと縁がないんです、不思議です。
喜瀬川さんのように、追っかけないとダメですかね!
落語に対する、苦言も大切ですね。苦言も愛の中では、尊言と思いたいです。
そう言えば、天狗も 殿様に ツキ ませんか?無理やりですが。
「木に縛られる・・・・・・」は、もしかすると『火焔太鼓』ではないかと思いますが、いずれにしても大家と八五郎との会話に、答えがありそうですね。
人騒がせなこをと書いて、反省しております。
私も東京から離れていた期間が長かったので、凡さんの思いが分からなくはないです。
ただし、その頃は落語のことを忘れていた二十代でした。
私のブログでも、たまに読んでいただいて気晴らしになるのであれば、幸いです。
奥さんとおご子息も、その空間に耐えられるということは、落語が好きだと言うことかと思います。
ご縁があれば、ぜひ同じ落語を楽しみ、「居残り会」もご一緒できればとい思っております。
たった一年前が、何と遠く感じられることでしょう。しかし、過去を生かしてこそ、現在と未来が明るくなるはず。単なるノスタルジーに浸る段階ではないし、政府の責任あるメンバーの失態は、もっと糾弾されないと、あれだけの間違いを犯しても政治家は許される、という禍根を残すように思います。
とかなんとか言いながら、馬生の『天狗裁き』を聞かなきゃ!
少し調べてみると、東京の『羽団扇』の元ネタには、ご指摘のエピソードがあるようですね。
さっそく馬生の『天狗裁き』を探して聞いてみようと思います。
志ん輔のブログは、何ともありがたいブログ読者の皆さんとの“絆”づくりのきっかけを与えてくれたようで、ありがたいことです。
同じ八五郎が「妾馬」では侍に取り立てられ、「天狗裁き」では金持ちの入り婿になる(但し夢でしたが)。両方とも出世物語という共通性しか思い当りません。
なるほど、同じ“出世物語”としての共通性ということですね。
もし、ご指摘の通りとするならば、今日の噺家さんの『天狗裁き』では、大店のお嬢様の病気を治す場面は割愛されているように思うので、元ネタまで遡って「共通性」があることにこだわる、それがプロの噺家、いや志ん輔の感性、と言うことになりますね。
いやいや落語は奥が深い!
これで、「勘違いでした!」では済まされない^^
多数決ではないのですが、真っ先にコメントをいただいたhajimeさん、YOOさん、ほめ・くさんお三方の、“抜擢”“出世物語”の線が本命に近いのかもしれません。もちろん、違っているかもしれません。
しかし、何とも情けないのは、管理人の私が、天狗から羽団扇を奪って大店のお嬢様の病気を治す、という元ネタ『羽団扇』に近い『天狗裁き』を聞いたことがない、という始末。
馬生の音源を聞いてから、何か書くかもしれません。
いろいろとご心配(?)をおかけします。
併せて、コメントをいただいたすべての方に、この場をお借りしてあらためて厚く御礼申し上げます。
