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「暴力団排除条例」で、“寅さん”はどうなるのか・・・・・・。

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 猪野健治著『やくざと日本人』(ちくま文庫)

 紳助と吉本興業が週刊誌を訴えた、というニュースを目にしたが、今回の騒動の引き金になった「暴力団排除条例」について、今後のことを少し考えてみたい。

 ここ最近の書店のベストセラーコーナーに溝口敦著『暴力団』が並ぶなどということは、今までには想定できなかったことだ。しかし、「やくざ」「暴力団」に関する著作なら、猪野健治が先駆である。特に、この『やくざと日本人』は、“やくざ”発祥のルーツである戦国時代から社会的歴史的な背景を丹念に紐解いた好著である。

 本書は1974年に三笠書房から単行本として発行され、後に現代書館より「アウトロー論集1:ヤクザと日本人」という書名で刊行され、1999年にちくま文庫でも発行されて入手しやすくなった。とは言え、この本を置いている書店は多くはない。

「暴力団排除条例」に先立つことほぼ20年、平成4年に施行された「暴力団対策法」が施行された後、どんなことが起こったかについて、この文庫の「補遺 あとがきにかえて」(平成11年5月10日付)から引用したい。

 やくざの社会特有の任侠思想は、歌舞伎、新派、大衆演劇、映画、文学など日本文化にはかり知れないほどの影響を与えてきた。したがってやくざ問題を抜本的に解決するには、否応なく日本文化や部落差別、民族差別にまで踏み込んだ、時間をかけての構造的な取り組みが必要である。
 ところが、そうした取り組みはまったくなされないまま、警察庁は暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)の施行(平成四年三月一日)へ向けて突進した。
 この法律が策定されてから成立までの最大の特徴は、異例のスピードで法文が決定、成立したこと及び、過去において権力がやくざを利用した事実の完全な無視、頬かむりである。そこに権力の意図がはっきり見えるわけで、暴力団対策法によってやくざを「暴力団」と法的に規定し、社会から隔離して、権力悪のツケのすべてを彼らに押しつけ、一挙に帳消しにしようとはかったのである。
 しかし一片の法律で、約五百年の歴史を持つやくざを強引に封じ込めようとすれば、猛烈な副作用が起こるのは当然である。


 戦後の混乱や安保の時など、国は彼らを利用してきた。組と深いつながりのあった政治家の名前も一人や二人ではない。そういった歴史や過去の“借り”をカナグリ捨てて当局は暴力団を排除しようとしてきた。
 
 今から約二十年前の“暴対法”の“副作用”を、猪野さんは次のように記している。

(1)アジア系やくざの台頭
大阪のミナミや新宿歌舞伎町では、暴力団対策法で身動きがとれなくなったやくざの間隙をぬって、台湾・香港・中国系、アジア系マフィアが浸透した。強盗、誘拐、拉致、殺人事件が続発し、表沙汰になったものだけでも、歌舞伎町で平成6年には8月までに4件、6人が殺され、同年9月に警察庁は「新宿地区環境浄化総合対策本部」を設置することになる。しかし、密入国者やオーバー・ステイは被害にあっても届けないので、実態はつかみようがなかった。

(2)企業の経営トップへの襲撃事件多発
平成4年から6年9月までに発生した主な事件だけでも、18件のぼっている。阪和銀行副頭取、冨士写真フィルム専務、住友銀行名古屋支店支店長の三人は、即死に近い状態で殺害されている。もちろん、20年前は「総会屋」が跋扈している中での「暴対法」だったので、今日と単純に比較はできないが、もしこれまでさんざん利用していた企業が、法律の力を借りて手のひらを返した場合の反動は、予想される。

(3)計画的な現金輸送車襲撃事件の発生
平成6年8月、神戸市中央区の福徳銀行神戸支店で現金輸送車が二人組に襲われ、5億4千万円が強奪された。同年9月には、横浜のダイエー三ッ境店に集金にきた現金輸送車が7、8人組に襲われ、3千3百万円を奪われた。それ以前にもパチンコ景品交換所が襲われ、現金を強奪される事件が頻発していた。景品交換所の襲撃は、やくざが景品買いをしていた時代には、あり得ない事件だった。

(4)覚せい剤、麻薬事件の急増
有力組織のほぼすべては、組員にクスリの取扱いを厳禁しているが、末端の組員の中にが暴力対策法によるしめつけで、シノギができなくなり、苦しまぎれにクスリに手を出す者が少なくない。破門された元組員がアジア系マフィアと手を組んでクスリの密輸をはかるケースも出ている。

(5)組系右翼団体の激増
政治結社届けを出すか出さないかは別として、暴力団対策法施行後、組幹部による右翼団体結成があいついだ。山口組系だけでも、百団体を超えたという。暴対法体性下で生き残るために、株式会社、宗教法人、政治結社の設立と、可能性を模索した結果、右翼指向を選択したようだ。警察庁は、組関係者が役員に入っている政治団体は、政治運動標榜ゴロ、部落解放等をうたう同様な団体については社会運動標榜ゴロとして、暴力団の範疇に加えている。

 20年前の「暴対法」と、今回の「暴力団排除条例」とは社会背景も違うし、その内容も違うだろう。しかし、排除しようとすることへの反動は、“力のバランスシート”を釣り合わせるために起こり得ることだ。日本の暴力団が無力化されていっても、その利権を獲得しようとする“非日本”の暴力組織への政権交代(?)が起こるだけかもしれない。また、見かけだけを変えた結社や会社としての隠れ蓑をして、生き残る集団もあるだろう。

 「暴力団排除条例」の本来の目的は“山口組潰し”であるらしい。そして、それは“頂上作戦”などと表現されることが多い。暴力や弱い者いじめによって社会を不安にさせる組織を排除することは、もちろん賛成である。特定の暴力団の資金源を断つのが大きな目的なのだろう。
 とはいえ、末端の組員が被害を蒙るのも間違いなかろう。何らかの理由から他に生活の術を持たない若い組員であったり、まさかとは思うが、香具師などの貧困層にまで、この法令が一人歩きして影響しないだろうか、ということ。この法律は解釈次第でどうにでも扱えてしまう厄介さがある。

 そうだ、寅さんはどうなるのか?
 
 本書における「テキヤ」に関する記述を引用する。

 一般にテキヤと呼ばれるのは、伝統的に露店を営業し、これを管理し指導する露店商人のことである。これに対して、失業、倒産その他で一時的に露店商に投じる者は、浮動素人として区別される。現実にテキヤの世界でも、右のような区別をしており、筆者の調査したところでは、浮動素人は一家内の会合に出ることもなく、単なる会員としてあつかわれている。これに対して正式にテキヤ一家の身内になる者は、「あずかり」と呼ばれる見習い修業を五、六カ月から二年くらいやり、この期間中にネタ(商品)の仕入れ、バイ(売る)の技術、他家名、身内の者とのアイツキ(交際)の方法、バイのタク(口上)等を身につけ、若い衆の一員として、一家内で認められ(親子盆)、自立していく。この過程は戦前ほど厳しくはないが、形式としては、いぜん残っている。
 テキヤは、伝統的な露店営業を継承している限り、博徒・グレン隊とは根底的に異なる特異な零細商人—屋根をもたない商人集団として規定づけられている。しかるに終戦後の混乱期に発生したヤミ市の封鎖後、平日(ひらび、常設露店)が禁止され、営業圏をいちじるしくせばめられた彼らの一部が、それに代わる収入源を求めて、暴力団化し、博徒・グレン隊との稼業上の区別がつかなくなった。そこで、刑法学者等は、合法的露店営業(縁日のみの出店)やその他合法的事業以外には手を出さないテキヤを単にテキヤと呼び、非合法的傾向の強い集団を暴力テキヤとして暴力団の範疇に加えている。しかし、新聞に代表されるマスコミは、テキヤについてこのような注意は払っておらず、テキヤ全体を暴力団あつかいしてはばからない。
 マスコミは、テキヤの親分子分組織が善良な露店商から「ショバ代」「ゴミ銭」などの名目で、暴力的な搾取を常習しているごとく受けとっているようである。しかし、それは正確ではない。テキヤには、独特のネタモト(仕入れ先)があり、そこからネタを仕入れるには、だれかの紹介がいる。素人が露店を出す場合は、その道のベテランである親分のもとへ相談に行く。親分は、ネタモトを紹介してやり、本人に仕入れ資本がないときは、手持ちのネタを貸し与え、露店を出すショバ(場所)の世話をやってやる。その場合、バイナマ(売上げ)から一定の手数料を取るのはあたりまえである。
 また「ショバ代」「ゴミ銭」というのは、電灯代、掃除代のことである。平日(ひらび、常設露店)を認められていない現在は、縁日(神社仏閣の祭礼、酉の市、初詣等)しか営業できない。露店営業を終ったあと、境内を使った「掃除代」のかたちで、地元のテキヤの世話人は、神社仏閣に一定の金額を奉納する。その奉納金の各露店への割りあてと、電灯代の合計が「ショバ代」である。この「ショバ代」のなかには、ほかに地元の世話人への出店者側の謝礼金も含まれているが、それは暴力を背景として取り立てるなどというものではなく、あくまで出店者側の世話人への「ご苦労代」である。そのような実態の把握なしに、テキヤをすべて暴力団としてあつかうのは差別以外のなにものでもないだろう。



 猪野さんは、テキヤと暴力団を明確に区別して説明してくれている。しかし、猪野さんも指摘するように、社会一般そしてマスコミの多くは、区別できているようには思えない。

 「暴力団排除条例」をWikipediaで調べると、次のような記述がある。Wikipedia「暴力団排除条例」

 暴力団関係者との会食、ゴルフ、旅行など交際を繰り返すことについて、警察がその人物に対し「密接交際者」とみなし、認定を行うことを可能にする自治体もある。影響としては、密接交際者とされた場合に工事の入札から排除されたケースがあった。今回の施行にあたり東京都では、該当者が金融機関からの融資(ローン)を受けたり当座預金の開設ができなくなったり、住宅の賃貸契約もできなくなるよう、関係機関が各業界団体に働きかけていると報道されている。



 テキヤを暴力団とみなしてしまうと、間違いなく“寅さん”はNGだ。そして、テキヤから「掃除代」という金銭の提供を受けている“午前様”は「密接交際者」と言って間違いがない。

 私は、映画「男はつらいよ」は大好きだ。そして、同年齢の方の多くがそうだろうと思う。そうでなければ48作まで続くシリーズには成り得ない。その“寅さん”のようなテキヤや、縁日に場所を提供している神社仏閣の神主、住職まで警察は逮捕しようとするのだろうか。
 
 過去の歴史の中で、幡随院長兵衛は町奴として、乱暴狼藉をはたらく侍奴の暴力から守る頼れる江戸庶民の味方だった。鳶のかしらだって、長屋の住人にとってはなくてはならない自分たちの安全のための存在だった。ヤクザは、そういった人たちをルーツとしている。その後、戦前から戦後にかけてのヤクザの世界は、差別されて正業では生きる術のない人たちや、アジアから強制的に連れられてきた祖父や親の子孫達の受け皿でもあった。

 誤解なきよう願いたいが、暴力団を擁護するつもりは毛頭ない。もちろん、非合法な“シノギ”で市民を脅かす集団は必要がない。しかし、古きよき日本の祭礼の場を楽しく演出してくれる露店商などにも、「暴力団排除条例」が適用され、現代の“寅さん”が「排除」されることは、私は望まない。
 
 「それをやっちゃ~、おしまいよ!」、と寅さんの声が聞こえるような気がする。
Commented by ほめ・く at 2011-10-26 05:19
全面的に賛成です。
このテーマは、私も別の角度から記事を書こうと思っていました。
暴力団排除に名をかりた警察国家や検察国家になることの方が、もっと恐ろしいと感じています。
第一、ヤクザと密接交際してきた警察官たちの処遇をどうするつもりでしょうか。捜査の一環だと言い逃れするのでしょうね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-10-26 16:03
ご賛同いただき、ありがとうございます。
フーテンの寅は、いったいどうやって暮らしていたのかということを考えれば、そうは手放しで「暴力団排除条例」を受け入れることはできないと思います。
この法律が一人歩きした時、それはいったい誰のための取締りなのか、という本来の目的が見失われていく危険性があるでしょう。
政治家だって、しっかり調べればいくらでも“黒い”輩はいるでしょう。しかし、そういった人間にはお鉢は回らず、新たな弱い者いじめが始まるような気がしてなりません。

Commented by りゅうた at 2013-04-13 02:06
 おしゃられる通り私も感じています、過去が
指定されてる組織だからです。 警察庁とも
あろう役人が、たかがヤクザ社会の話しに口を出し東京進出だと騒ぐ姿に違和感と不信感を
感じ癒着でもしてるとしか思えない。
 警察庁や警視庁は力が違うでしょう、けれど
裏社会の組織では無いし人間も違うから出来ない事が多々有るしヤクザにしかやれないんです
世界各国には善良な人間ばかり活きてる訳じゃ無く組織がるけれどこの日本の反社会的勢力は
腹切切腹の時代からゼロ戦特攻隊、やくざの指
飛ばしと伝統と脅威の人間達がヤクザなんです
天敵は少し本物を残し毒には毒を持って。。。

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by kogotokoubei | 2011-10-25 10:45 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(3)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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