落語者 桂吉弥 『蛇含草』 テレビ朝日 2月27日(2月26日深夜)
2011年 02月 27日
このネタは、餅を食べるシーンや食べすぎて帰宅する場面など、もっと表情も含めた演出で客を笑わせることができる爆笑ネタのはず。上方の噺家さんで、こんなあっさりとした軽い演出、というのは想定できないネタなのだ。
終演後のインタビューでも話題に出たが、この人はテレビ出演も多く顔が売れたことが、噺家というか、芸人としての了見を誤らせているのではなかろうか。
たとえば、東京の噺家さんだが瀧川鯉昇の『蛇含草』などが典型である。餅を食べる場面での、顔を目一杯にゆがめ、体全体を使って曲喰いを演じて会場を笑わせる。そういうネタなのである。別な例で言えば、私は桂雀々の『動物園』を初めて生で見た時の衝撃を忘れない。枝雀生誕70年記念の新百合が丘の麻生市民館での落語会だったが、あの前座噺を体全体を使って演じ爆笑落語に仕立てる芸に感動した。『蛇含草』は、そういった、お客さんを“笑わせるぞ”という一途な思いが発揮されるはずのネタのはず。もちろん、人情噺だって、笑わせどころがあるから、泣かせる場面が生きる。もっとも、人情噺も、噺家によっては滑稽噺になる、という例を、一昨日爆笑した桃月庵白酒の『幾代餅』で経験した。古今亭由来の人情噺をあそこまで爆笑噺にしてもらったら、笑うしかない。
あらためて、吉弥だ。師匠の故吉朝は、たしかに人情噺の美しさや品というものがある噺家さんだ。しかし、吉朝が残す滑稽噺の音源は、何度聞いても笑いが止まらない。マクラも楽しい。
この人は三三と入門は同じ平成5(1993)年だが、大卒なので年齢は三三より上で今年四十路。数々の受賞歴もありテレビで顔も売った。しかし、こんな綺麗ごとでこの噺を演じていればいいと思っているのなら、桂吉弥という噺家の将来はきわめて怪しい。そんな気にさせる軽さ、つまらなさを感じた高座。上方の落語愛好家の皆さんの吉弥への評価は知らない。しかし、私は三三との二人会などで生の高座も体験しているが、どうもしっくりこない。たとえば、桂かい枝の噺は、新作でも古典でも「上方落語を聞いた!」という印象が残るが、この人は違うのだ。何か、格好をつける感じがあって、高座と同期できないというか距離感を感じる。あえて言えば、「聞かせてやっている」という驕りが見え隠れするのだ。
大阪の進学校である春日丘高校から神戸大学を卒業してからの入門。この番組のインタビューでも言っていたが、最初は学校の先生を目指していたらしい。なるほど、そういう経歴なのかもしれない。しかし、学歴などは関係ない芸の世界である。枝雀も神戸大学に入学はしたが、すぐに退学して米朝の門を叩いた。これは蛇足。
いずれにしても、このネタをこんな綺麗事であっさりと演じることを、私は評価できない。もし、会場の客に合わせたつもりなら、それも失礼である。そして、これがいつもの吉弥の『蛇含草』なら、あらためて稽古をし直すべきであろう。
あの番組を見てこんなことを書くのは、たぶん私だけだろう。しかし、この人はまだ若いし力がある。そう思うからこその小言である。
そういう人と思わなかったけどなあ。
仰るように、吉弥は今すこし頭打ちになってるかも知れません。弟子もとって 今 いろいろ苦労してるのかも知れませんが。
三三との二人会を繁昌亭で年二回、行っていますが そのときは健闘していると思います。資質に問題はない、と思いますが・・・そうですね、吉朝師の弟子では 今はよね吉や吉坊の方が評価は高いと思います。
たぶん、吉弥への私の期待度が高すぎるのかもしれません。
師匠吉朝が生きていれば、あの『蛇眼草』は褒めないような気がして、つい書いてしまいました。
たしかに、噺家としての“曲がり角”にきているのでしょうね。
朝ドラの「ちりとてちん」は大好きでした。
かい枝や吉弥には中堅の上方噺家として大いに期待しているので、少し辛口になりました。
今後も気軽にお立寄りください。
私も生の吉弥は一昨年の三三との二人会だけです。その時の一席目の『親子酒』は、結構楽しめました。
基本はしっかししていて、師匠譲りの上品な噺をする人だと思います。今後どう芸の幅を広げてくれるか期待したいですね。
『蛇含草』は、東京の『そば清』よりも笑わせどころの多いネタ。サゲも含めて楽しい噺ですよね。鯉昇がこのネタを選ぶのも分かります。
今日、吉弥さんの独演会があり思うことがあったため、このブログにたどり着きました。
私も今の吉弥さんの落語を師匠の吉朝さんが、おもしろい、と言うようには思えず、それがとても残念です。私の落語を聞くきっかけが吉弥さんであり、吉朝さんを発見できたのも、吉弥さんのおかげです。ですが演じる人物に魅力を見つけられず、吉朝さんだったらなぁ、と落語の世界に入っていけないことがあります。他の人の、おもしろかった、という感想を見るたびにそのギャップについて考えてしまいます。吉弥さんがキライという理由からではないからこそ、悲しいと思うのです。今日はその思いが強く、このページを見つけました。そのため、
私は幸兵衛さんの批評は納得いくものでした。
なお、吉弥さんは私が独演会に通うただ一人の期待する落語家さんです。
