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桂文我 極彩色高座賑 第四幕 国立演芸場 12月6日

まだ、小金治さんの見事な高座とサービス精神旺盛な対談の感動の余韻に浸っている。桂文我の会のゲストに名前を見つけて以来、とにかく楽しみにしていたが、久しぶりの文我の品格をも感じさせる高座を含め、非常に充実した会で、私が行った落語会としては、今のところ今年ベストである。次のような構成だった。
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桂まん我 『餅屋問答』
桂文我  『菊江仏壇』
桂小金治 『三方一両損』
対談  文我・小金治
(仲入り)
桂文我  『三人兄弟』
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まん我 (18:32-18:55)
東京の『蒟蒻問答』の上方版。東京と上方の両方に似た噺がある場合は、その多くが上方がルーツであるネタを三代目の小さんなどが移植したものが多いが、この噺は二代目の正蔵、別名托善正蔵の創作と言われているので、東京ネタが上方で商売を餅屋に替えて演じられたのだろう。開口一番役として、後には師匠、そして伝説(?)の小金治師匠が控えているので出だしは緊張感があったようだが、次第に乗ってきた。まだ、自分の芸への模索が続いている時期だから、弾け方にも遠慮があるし、このネタをかける機会も少ないのかもしれないが、全体的には楽しく聞くことができた。やはり、この人は来年のNHK新人演芸大賞の本命だろう。

文我『菊江仏壇』 (18:56-19:36)
この人はほぼ三年前の2007年12月7日、横浜にぎわい座での市馬との二人会で聞いて以来なので、随分久しぶりになってしまった。まだ、ブログを書き始める前で、手帳を見て正確な日付とネタを確認した次第。その時も珍しい噺を選んでおり、今はこの人しか演じないだろう『ほうじ茶』と『不動坊』を楽しんだ。ちなみに市馬は『夢の酒』と『掛け取り』。師走の『掛け取り』は結構でした。
三年ぶりの姿には、なんとも言えない“風格”のようなものを感じた。もともと勉強家で本も出している位なので、ネタ選びのセンスの良さや噺自体の丁寧さなどは好みだったが、しばらくぶりの高座は、見た目も芸もスケールが一段とアップしているように感じる。かと言って客に挑む風ではなく、あくまで上方流の柔らかさの中に、この人なりの渋さや重さが程よく溶け込んでいる。多摩川越えの我が家の近所の小さいな落語会にも以前は来てくれていた時期があるので、もっと行くべきであったと反省。流石の枝雀門下だ。
ネタはゲストの小金治師匠の師匠であった小文治の十八番でもあったし、文我の大師匠米朝も得意にしている噺。
詳しい筋の解説はしないが、非常に楽しめた。この噺を“つまらない”と感じる人も多いようだが、私は好きだ。いろんな噺の要素が入っているように思う。次のような場面で他のネタを彷彿とさせるのを感じた時、なぜか無償にうれしくなる。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他の“バカ旦那”シリーズのネタ
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は『味噌蔵』
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは『山崎屋』
矢野誠一さんは『落語讀本』(文春文庫)のこの噺の解説における「こぼれ話」で次のように書いている。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
*この本は『落語手帖』(講談社)と重複も多いけど、この本ならではの内容もあり、ぜひ復刊して欲しい。

色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。


こういう噺家さんが、昭和21年に新宿末広亭で気働きをしている若者を落語の世界に導いたのだなぁ、と思いながら次の小金治師匠にうつります。

小金治 (19:38-20:10)
マクラで自分が落語家になったいきさつを少し紹介されてから本編へ。この後の対談で明らかになるが、八代目三笑亭可楽からじかに稽古をつけてもらった噺。ご本人は対談で少し忘れて抜かしたとおっしゃっていたが、約20分の噺にはそのミスを寸分も感じさせなかった。本寸法で、口調もしっかり、リズミカルな江戸弁を堪能。現役の噺家と並べてみても、私が聞いたこの噺で、文句無くベストである。実は、いったんサゲて緞帳が降りかかったのだが、それを静止してあらためて語り始め、『大工調べ』の棟梁の言い立ての部分と、なんと一息で『寿限無』を三回言う芸へのトライをしてくれたのだった。(実際は二回半くらいだったが、それでも凄い!)
なんと言うサービス精神とお元気さであろうか。数えで八十五歳という小金治さんに脱帽するばかりであった。

対談 (20:12-20:44)
 高座の後で30分余りもお付き合いいただいた対談の、なんと楽しかったことか。文我の質問に答える形で、師匠小文治のこと、入門後の修行のこと、どんな人に噺を稽古してもらったか、などなどを質問時間の三倍返し(?)という長さでご披露いただき、途中で挟むギャグの内容も“間”も素晴らしい。“語りのプロ”である。『三方一両損』は前述のように昭和22~23年頃、八代目の可楽直伝。私は大好きな噺家である。確かに“暗い”ムードもあるし、アンツルさんが七代目を贔屓にする余りに八代目を無視していたこともあるが、この噺や『たちきり』『文違い』『反魂香』そして『らくだ』など、どの音源も私の携帯音楽プレーヤーでは欠かせない定番。色川武大さんは、八代目可楽を高く評価していた。
 そして、大雪の日に上野鈴本の近くにあった四代目三遊亭円馬師匠の玄関先の雪かきをして何も言わずに帰ってから数日後、円馬のおカミさんに呼ばれて、「雪かきしてくれて、ありがとよ。」「そうして私だと分かったんですか」「あんたくらいしか雪かきしてくれるような人はいないじゃないか。」と角帯をもらったという逸話など、心温まるエピソードもたくさんあり、時間の経つのを忘れた。この対談の極めつけは、文我が来年の出演も小金治さんに依頼し快諾を得るとともに、ネタをリクエストしたこと。そのネタは私も聞いたことがない(小金治さんくらいしか演る人がいなかったらしい)『渋酒』という噺。当時高座にかけたところ、かの正岡容が、消えかかったこの噺を小金治が掘り起こしたことを大いに褒めたらしい。これは来年も来ずばなるまい。
*対談で披露された内容は『小沢昭一がめぐる 寄席の世界』に書かれていることも多いので、ご興味のある方にはこの本をお奨めしたい。この本は何度も紹介しているが、落語愛好家の必読書だと思う。
『小沢昭一がめぐる 寄席の世界』(ちくま文庫)

文我『三人兄弟』 (20:55-21:259)
文我のネタ発掘への情熱は、大師匠米朝譲りなのであろう。とにかく、他の噺家がかけない古いネタを見つけ出しては聞かせてくれる。この噺の内容そのものは、三人の道楽息子が親父に二階の座敷牢に入れられるが、長男が友人に頼み込んで深夜に物置に梯子をかけさせなんとか抜け出し、次男、三男も含め三人が三様に夜の街に繰り出した。さて、三人の朝帰りに、親父の前でどうやって夜を過ごしたかを答えるのだが、その正直さを判断して親父が跡取りを誰にするか決める、というもの。演出的には三男坊の夜遊びを妄想する一人芝居が見ものだ。たしかに、筋書き自体はそんなに可笑しくないし、サゲも勧善懲悪的で落語的とは言えないのだが、演じ方次第では現代でも通用する噺かもしれない。そして、文我の高座は、その可能性を示してくれた。


 平日ということもあるのだろうが、会場は六割から七割の入り。しかし、来年の9月か12月になるであろう小金治さんの幻のネタ『しぶざけ』の高座では、間違いなく客は増えるだろう。ある意味歴史的な会になるだろうから。
 映画界に転出した際、多くの落語愛好家や落語界の方が落胆し、一部の方は小金治さんを映画の世界に引っ張り込んだ川島雄三監督(あの『幕末太陽伝』の監督!)を相当憎んだと言われる。たしかに、長いブランクを挟んだ85歳の今でさえ、あの高座である。歴史に「If」は禁物なのは百も承知の野暮を言うなら、この方が落語界にとどまっていたら、芸術協会のみならず、落語界の様相は一変していたようにも思う、そんな衝撃を受けた。可楽の音源を思い出しながら聞いていたが、間違いなく小金治ワールドであった。

 今年私が行った落語会の中で今のところベストであり、高座も小金治さんの『三方一両損』、文我の『菊江仏壇』ともにマイベスト十席の候補である。師走にこういう落語会に出会うことが出来た幸せ噛みしめながら半蔵門の駅へ向った。
Commented by 佐平次 at 2010-12-07 09:58 x
やっぱり何とかしていくんだったなあ!
来年は行きます。
長生きしなくちゃ!

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-12-07 10:16 x
お立寄りありがとうございます。
下書きは昨夜書いていたのですが、興奮していたので、今朝少し修正してからアップしました。
来年はぜひご一緒しましょう。幻のネタ復活になりそうです。
ちなみに佐平次さんは、「しぶざけ」って、ご存知ですか?

Commented by よかちょろ at 2010-12-07 17:32 x
落語会のことが書かれたブログを探していたら、
こちらにたどりつきました。
実は何回か以前から拝読しております。
で、昨夜の文我師の会に、私も行っておりました。
せっかくですので、ちょこっと書かせてください。

ふだん聴かれない噺を演る文我師ももちろん堪能させてくれましたが、
小金治さんの口跡、
“醤油味”の江戸弁がたまりませんでしたね。
対談で、若かりしころに小さん師匠に稽古をつけてもらいに行った話は、
いつ聞いても泣けてきてしまいます。
しみじみと良い会でした。
でも、対談が終わると、文我師の噺の前に帰ってしまったお客さんが数人…
もったいないなぁ~。
それ以前に、あんな素敵な会なのに、満席にならない悔しさもありますが。
(自分も、もっと宣伝すれば良いのですが)

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-12-07 17:49 x
お立寄りありがとうございます。
まったく、よかちょろさんのご指摘の通りです。昨夜は何と言っても小金治さんです。
文我もそれは納得でしょうし、小金治さんを引っ張り出した彼自身も喜んでいるはず。
“醤油味”、それもしょっぱ過ぎず結構でしたね。あの、軽やかな啖呵、今じゃ誰も真似できないでしょう。
末広亭で当時の小三治を聞いていっぺんに好きになり、小金治さんが師匠小文治にお願いしたら、すぐ電話してくれた、という話も凄い。芸術協会の副会長が、敗戦で帰国したばかりの落語協会の二ツ目に電話して弟子の稽古を依頼する、なかなか出きることではないです。そしてその後に二十五席もの稽古をつけた五代目小さんという噺家も素晴らしい。そして、あの“銀シャリ”と“芋”のエピソードで、私も目がうるみました。
対談の後で帰った方は小金治さん目当てか、帰りの時間で都合が悪かったんでしょうが、それにしてもあの入りは宣伝不足のせいか何なのか解せません。
来年も、万難を排して「渋酒」を聞きに行くつもりです。お会いできればいいですね!

Commented by nanigashi at 2010-12-07 23:04 x
以前から拝見させていただいておりましたが、今回初コメです。
私も昨晩の会に行きましたが、もう少し入ってもいいのになと思いましたね。
金曜の会でしたら、あるいは途中退出者が少なかったのかも知れません。
私は昨夜の興奮冷めやらず、今日は興奮して、いかに小金治師が凄かったかを
会社で喧伝してしまいました(笑)。
小金治師を呼んでくれた文我師にも大感謝で、本来は小金治師を呼んでくれた
文我師の噺を最後まで聴くべきだと途中退出者に言いたかったですね。
まあ、噺を聴くのに「べき」ってのは野暮なのですが・・・(笑)。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-12-08 08:36 x
お立寄りありがとうございます。まったく、同感です。
会社で“宣伝”できるってことは、落語が分かる同僚などがいらっしゃるということですね。私の職場では皆無と言ってよいでしょう(笑)
うらやましい限りです。
来年、「渋酒(しぶざけ)」聞けたらうれしいですね。

Commented by 創塁パパ at 2010-12-08 10:11 x
おはようございます。大阪です。
すごいなあ。この会。小金治さん文我さんの対談も楽しそう。「三人兄弟」は上方でもめったに聴けない噺らしいですよ。さて私も繁昌亭での会書かないとね。忘れないうちに(苦笑)

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-12-08 10:28 x
良かったですよ、本当に。
対談での小金治さんの軽妙なおしゃべりは、とても85歳とは感じさせませんでした。
文我さんが来年もお呼びして、幻の噺『渋酒』をかけてもらうことを、とりあえず約束してくれました。
来年ご一緒できればいいですね!

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by kogotokoubei | 2010-12-06 23:28 | 落語会 | Trackback | Comments(8)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛