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噺の話

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県民ホール寄席 さん喬 権太楼 極上!! 二人会  11月25日

 私にとって県民ホール寄席は、今年6月の瀧川鯉昇独演会(『蒟蒻問答』、『御神酒徳利』)以来、通算でも昨年9月のさん喬独演会(『品川心中-通し-』と『妾馬』)から数えても、たったの三回目となる。
2008年9月18日のブログ
2009年6月25日のブログ

 この会そのものの歴史は古い。神奈川県民ホール小ホールを会場として、昭和55(1980)年1月に柳家小三治独演会から今年で30年、通算250回を数えるということで、今回は記念シリーズの一環。
 受付で今日のプログラムと一緒に、過去30年間の全演目一覧表という記念資料が配布されたが、その顔ぶれの凄いこと。米朝、志ん朝、談志、枝雀、五代目小さん、十代目馬生、そして第一回目以降も毎年のように出演している小三治師匠など、まさに壮観と言える眺めだ。志ん朝師匠は2001年3月に一門会を行い、亡くなった10月にも一門会が予定されていたようだ。それほどこの会への思い入れがあったと察することができる。
出演歴のある亡くなった噺家さんの味わい深い色紙なども掲載されており、有料でも欲しいくらいだ。こういう資料を作ろうという気持がうれしいし、貴重な記録でもある。「ごらく茶屋」という主催者の方のこれまでのご苦労、そして客への心配りに頭が下がる。

さて、今日の演者とネタは次の通り。
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(開口一番 柳家小太郎 新聞記事)
権太楼   言訳座頭
さん喬    寝 床
(仲入り)
対談 
さん喬    徳ちゃん
権太楼    猫の災難
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小太郎(18:33-18:50)
6月に二つ目となり名が替わったが、まだ“小ぞう”で記憶にある。いい名だったのになぁ。
噺はさすがに上手くなった。このネタも相当こなしているのだろう自分のものにしつつあり、耳の肥えたお客さんが多い(と思われる)会場を沸かしていた。線は細く無邪気な顔つきなので母性本能をくすぐるタイプなのかと思うが、今のところはそのキャラで得をしているのだろう。今後の変化が楽しみ。

権太楼『言訳座頭』(18:51-19:29)
まさかこの噺が聞けるとは、といううれしいネタ。三代目小さんのオリジナルで七代目の三笑亭可楽を経由して五代目の小さんに伝わったというから、これぞ柳家のネタである。きっと、舞台袖で師匠小さんの芸を見ながら覚えたんだろうなぁ。大晦日、米屋、炭屋、そして魚屋と順に借金を払わんがために、泣いたりわめいたり脅したりする座頭富の市と、傍らで成り行きを心配そうに見つめる甚兵衛さん、このコントラストがこの噺の肝かと思うが、流石である。仲入り後の対談では、今年はおろか去年も演っていないらしいので、貴重な高座に出会うことがきたわけだ。それも、この会に対する権太楼師匠の意気込みの表れなのだろう。富の市の「気合だぁ~」、甚兵衛さんの「やっぱり払うよ~」が効いていた。

さん喬『寝床』(19:29-20:13)
権太楼師匠の終演とさん喬師匠の開演が同じなのは、間違いではない。なぜか権太楼師匠自らメクリを替え座布団を直して、すぐにさん喬師匠登場。(小太郎はどこへ行った?)
師匠小さんの思い出話、八代目文楽の話などから本編へ。旦那の「発声練習」が、ともかく効いている。あの声があるから、この噺の脇役達の逃げようとする様に信憑性(?)が出てくる。煎餅屋のイレゴトは、さん喬オリジナルなのだろう。他の人で聞いたことはない。定吉登場の本来のサゲまで、堪能した。

対談(20:25-20:46)
さん喬師匠が先にご登場。「もう、二人で対談もいつもやっているので、やめようかと・・・」と脅かしておいて、「いくつか質問を受けたので、権太楼師匠に答えてもらうということで・・・・・・」とふってお二人が揃い、
・ネタ出しをせずにその場でリクエストしても出来るものなのか?
・ネタは何席ありますか?
・演っていて楽しいネタは?
などの質問(たぶん、主催者の方が用意したのでしょう)に、お二人ならではの回答。途中師匠小さんの失敗話なども挟み、なかなか楽しい対談。詳しい内容は会場にいた人だけの秘密、ということで。
ただ、ひとつだけ書きたいのは、さん喬師匠が、
「楽屋で権太楼師匠が『うわーっ』と(身振りあり)やって稽古しているので、もしかしたら『言訳座頭』かなを思ったら、やっぱりそうだった。このネタは久しぶりでしょう?」というような話があったこと。
何を言いたいのか。この両師匠、二人会であっても事前にネタを明かさずにいた、ということ。寄席などと同様事前にネタ出しはせず、お互いに「何を演るのか?」という緊張感で臨んでいたわけだ。ここらあたりが、今時の人とは違って、かつて数々の昭和の名人達と接してきた、いい意味で芸人のこだわりをもっている最後の噺家さんだなぁ、と思いながら実にうれしかった。
そういえば、さん喬師匠が、「権太楼師匠がトリの寄席で、『代書屋』を先にやってしまう人が時たまいるが、何を考えているのか・・・・・・」という話もあった。かつて名人と言われた人の生存中は、その十八番(オハコ)の噺そのものを他の噺家が演るのを控えていたから、今日の若者あるいは中堅クラスでも気配りのない噺家については、結構ストレスもたまっているのだろうなぁ。

さて、対談の後で、それぞれ一席づつ。

さん喬『徳ちゃん』(20:47-21:02)
権太楼『猫の災難』(21:03-21:30)
さん喬師匠は寄席での十八番で会場を沸かして、今回もさん喬師匠自ら前座の役割を務め、トリの権太楼師匠登場。(小太郎への戒め?)これまた柳家お家芸といえる落し噺。対談中の師匠のダミ声を少し心配したのだが、噺になるとしっかりと会場に響き渡る声で爆笑を呼ぶ。あたり前だが、プロフェッショナルとは、こういうものなのだ。若干終演時間を考慮されたのだろう、終盤は少し急ぎ足であったが、逆に兄いの帰りを待つ時間のダレ場が短くなり、この位がいいと思うし、この噺の楽しさは十分に伝わった。


この会は、なかなか良い。演者も客も、そして主催者も良し。スケジュールと空席具合との相談になるが、300回、400回と続くことを期待し、できるだけ足を運ぼうと思う。

こういった良質な会に出会うと、対照的な落語会、たとえば当日のプログラムは配布せず今後の主催興行のパンフレットをこれでもかと配り、アンケート用紙も共通フォーマットの不鮮明なコピーを使っている某大手興行主の会と、どうしても比べてしまう。
よく言うことだが、「一期一会」へのこだわり、演者と客の一体感、そういったことに配慮する落語会なのかどうかをしっかり見極めていきたいと、最近つくづく思うのだ。なんとか時間と金をやりくりして駆けつけたのはいいが、ストレスだけを持ち帰る会だってある。
しかし、この会は、自然体ながらも本寸法の落語へのこだわりを持った主催者、客、そして演者の三位一体が感じられる。
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by kogotokoubei | 2009-11-25 23:25 | 寄席・落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛