噺の話

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『祇園会』 (『三人旅』シリーズ終章)-今は懐かしき古(いにしえ)の京の夏-

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*“山鉾巡行”(「DigiStyle京都」さんのサイトから)DigiStyle京都

京都祇園祭のクライマックスである7月17日の「山鉾巡行」の順番が決まったというニュースを見て、『祇園会(ぎおんえ)』を思い出した。京都を舞台に夏真盛りのネタであり、今では演者が少ないのが残念。現役では橘家圓太郎のこの噺がなかなか良い。

祇園祭を楽しむはずの茶屋で、江戸っ子と京都人(京者)がそれぞれのお国自慢、祭り自慢を戦わせる楽しい噺。京都と江戸の祭り囃子を演じるところが噺のヤマでもあり、京言葉も含め相応の芸を要求される。また、この噺は連作『三人旅』シリーズのアガリであるが、『三人旅』とは独立したネタとして扱われている。『三人旅』は、その昔には東海道五十三次すべてを題材にした噺があった、と言われているが、その多くが文献としては残されていないためアテにはならない。
今に残る『三人旅』は、個々の噺を組み合わせて演じられることも多いが、分解すると
・江戸を出発する『発端』
・神奈川宿の『朝這(あさば)い』
・『びっこ馬』(談志など)
・小田原付近の『道中』
・『鶴屋善兵衛(つるやぜんべえ)』
・『おしくら』
そして、旅のアガリがこの『祇園会』となる。
三代目三遊亭金馬の『三人旅』は、旧き昔の旅支度のことや道中の説明なども丁寧で、江戸時代の旅の様子がよく分かる。

さて、『祇園会』の概要は次の通り。
*筋書きにはいく通りかの種類がありますが、ここでは主に橘家圓太郎版に基づきました。
落語の蔵_橘家圓太郎『祇園祭』
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(1)江戸っ子三人が連れ立って伊勢参りを済ませた後、京見物にやって来たが、
  京都の夜の街で金を使い過ぎてしまい二人は先に江戸に帰り、京都に叔父の
  いる男だけが残る。
 (かつては、残る江戸っ子を八五郎として、八五郎が病に伏せ、他の二人が先に
  江戸に帰る、という筋書きが主流だったようです)

(2)叔父と茶屋で祇園祭を楽しむ予定だったが、祇園祭の当日、伯父に用事が
  でき、替りに茶屋で一人で楽しむことに。
 (この部分も叔父に替わって一緒に飲むことになったのが叔父の知り合いの京者、
  という設定もあります)

(3)茶屋に居合わせた京者がいつしか京都の自慢話を始めた。「王城の地だから、
  日本一の土地柄だ」と自慢する京者。「ワァー、ハー、ハーッ」という間延び
  した笑いが、短気な江戸っ子をいらつかせる。ついに京者が、江戸を「武蔵の
  国の江戸」ならぬ「むさい国のヘド」と言うに至り、江戸っ子は“切れた”。

(4)江戸っ子は、京都の町の面白くないところをことごとく上げて反論していく。
  そしてこの噺のヤマ場に向かう。、

(5)江戸と京都の祭りのどっちがいいかという話になり、二人は祭り囃子や神輿
  の情景をそれぞれ言い合って譲らない。
  京者が祇園祭の囃子を「テン、テン、テンツク、テテツク、テンテンテン・・・
  ・・・」とやり、対抗して江戸っ子は「なんて間抜けな囃子だい。江戸は威勢
  がいいやい。テンテンテン、テンテンテンツクツ、ドーンドン、ド、ド、ドン、
  テンツクツ、テンツクツ・・・・・・」とやり返す。

(6)二人のお国自慢合戦はまだ続き、京者が
 「御所の砂利を握ってみなはれ、瘧が取れまんがな」と言うと、江戸っ子は、
 「それがどうした!? こっちだって皇居の砂利を握ってみろい・・・・・・」
 「どうなります?」
 「首が取れらぁ!」で、サゲ。
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この後に欲深い芸妓が加わる筋が、かつては一般的であったようだ。別名『およく』とも言う。
芸妓が加わってからの内容は次の通り。
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・大阪者のとりなしで何とか騒ぎも一段落し、しばらく経って、江戸っ子が
「芸妓を一人買ってみてえ」と言い出した。しかし、祭礼の真っ最中で茶屋に
残っている芸妓は、欲が深く、客の商売に応じて「あれが欲しい、それが欲
しい」と無心ばかりするので評判が悪い芸妓だけ。

・茶屋の女将が渋るのを、江戸っ子が「ねだっても何もやれないような商売人
ということにしよう」と一計を案じ、一同それはおもろいと賛成。やってきた
のは亀吉という芸妓。

・なかなかいい女だが、案の定、いきなり「お客はん商売は何どす?」ときた。
江戸っ子が「オレは死人を焼く商売だ!」と答えると、亀吉、「そうどすか。
おんぼうはんにご無心がおます」、それを聞いた江戸っ子が、「おんぼうに
無心とは何だ?」返すと、「私が死んだら、タダで焼いておくれやす」でサゲ。
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かつては八代目桂文治、別名「根岸の文治」が得意ネタにしていたらしい。江戸と上方と両方で活躍していたからこそ、この噺が生きたのだろう。この人の『夜櫻』を聞いたが、ノイズまじりの音源でも、その高い技量は察することができる。

『祇園祭』や『京見物』という別名もあるが、『祇園会』の名で残して欲しい。そのためにも現役の噺家さんに一人でも多く演じてもらいたい。春風亭一朝師匠も演じるので、一之輔もネタにしているらしい。ぜひ一之輔版を生で聞いてみたいと思う。

学生時代に京都にいたのに、実は一度もじっくり祇園祭など見たことがない。運動部に所属していたので、大会と大会の間にある合宿の時期にちょうどぶつかっていた。しかし、オフシーズンには京都の旅館でのアルバイトに精を出したことを思い出す。京都の旅館はアルバイトなしでは立ち行かない。主(ぬし)のような人も含め、いろんな人がアルバイトにもいたものだ。今年の一月、大学時代の恩師が亡くなったので、久しぶりに京都に行ったが、駅前や繁華街の街並はなんとも言えない変わり様。たった30年余りでも変貌は大きい。この噺の時代からは想像できない変化があるのだろうと思う。ぜひ、噺だけでも古き良き時代の物語を残して欲しいと願う次第である。
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by kogotokoubei | 2009-07-04 14:44 | 落語のネタ | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛