『子別れ』の作者、演者のことなど
2009年 04月 18日
前回八代目の春風亭柳枝のCD大量発売について書いたが、『子別れ』は初代の柳枝の作である。今に伝わる噺は柳枝の作をのちに初代春錦亭柳桜が改作したものらしいが、紛れもない「柳派」の噺だ。だから、三遊派は柳派の噺をそのまま演じることに抵抗があったようで、家を出て一人暮らしをする母親を主役にして『女の子別れ』という名で演じたこともあったらしい。聞いたことがないので、誰か三遊派の噺家さんが演ってくれないかと思っているが、いずれにしても現在生き残っているのは、オリジナルの柳の型である。権太楼とさん喬が前半と後半を交互にリレーして通しで鈴本で演じたCDが発売されているが、なかなか楽しめる。なるほど柳の噺なんだなぁ、と感心する。これはソニーから出ている小三治の通しのCDにも言えて、京須プロデューサーに乗せられた小三治が、収録前には山篭りまでして備えたという逸話に、柳派の人たちがいかにこの噺を大事にしているかということが伝わってくる。
作者の初代柳枝は、江戸末期の人で幼名を亀吉といったので、この噺の子どもの名前が亀吉になったと言われているが、異説もある。改作した春錦亭柳桜の長男の名からとった,という説だ。ちなみに、この長男は四代目の麗々亭柳橋になる。この柳桜という噺家さんは幕末から明治にかけて大いに人気があったらしいが、彼の作である人情噺『白子屋政談』を劇化したものが『髪結新三』であるというから、作家としても秀でた人だったといえる。
人情噺というと円朝を筆頭に三遊派のほうが上のようなイメージがあるように思うが、柳派の人情噺も、こういった歴史を考えると奥が深い。
名作『子別れ』の作者ということを考えると、あらためて五十年空白になっている春風亭柳枝という名跡、早く誰かに継いでもらいたいと思うのだ。
子別れ_権太楼・さん喬
子別れ_さん喬・権太楼
子別れ_柳家小三治
先日連続して「子別れ」に関するエントリーを二日続けて書いたのだが、ここではその補足、というものではないけれど、あれからちょっと気づいたことを幾つか上げてみたい。 「子別れ」という噺の成り立ちについては、小言幸兵衛さんのブログ「噺の話」のこのエントリーに詳 ... more