落語研究会 BS-i 3月1日
2009年 03月 01日

芸達者な三人の噺を楽しんだ。
○春風亭一朝 『二番煎じ』
大きく次の3つの場面がある。
・「火の用心」の夜まわり
・番小屋での宴会
・見回り役人登場
それぞれに聞かせどころ、見せ場があるが、そつなくしっかりとこなした、という感じ。
この会の名前がそうさせるのか、夜まわりでの「火の用心、さっしゃりゃァしょう・・・・・・」の声はやや硬すぎる気もしたが、猪鍋を旦那衆がつつく場面のやりとりや、見回り役人登場後のお約束の「宗助さんが」など、落語としての壷を押さえた芸である。この噺は、ある意味で江戸時代の町人文化を伝える重要なネタとも言えるので、ぜひ弟子にも受け継いでいってもらいたい。四天王と言われた先代柳朝の総領弟子で、入門は小朝の先輩でありながら真打昇進では小朝に先を越された。しかし本寸法の古典落語で寄席の主任を安心して任せられる人であり、弟子もよく育っている。何より弟子が師匠の名を継ぐことができたことが、亡き先代への供養となっている。こういういぶし銀の噺家さんがどれだけいるかが、実は落語という芸の底力につながっているのだと思う。
○柳家三三 『不孝者』
両国駅前のコンビニに入った浴衣姿の痩せた三三を見ているおばさん達が、「あれじゃ勝ち越せないわよねぇ」と言っていた、というマクラのギャグが楽しい。このネタを最初に使ったのは、たぶん2007年7月27日、まさに両国は江戸東京博物館で開催された第一回らくだ亭「柳家小三治一門会」だと思う。その時はお腹がよじれるほど笑った記憶がある。よほど気に入っているのだろうその後もよく聞き、その度に笑える。ちなみにその一門会で三三は『笠碁』を渋く語り、その後に師匠小三治は『死神』で場内をうならせてくれた。さて、テレビの噺に戻ろう。ちょっと風邪気味のようで鼻声だが、噺はしっかりしていた。かつて三遊亭円生くらいしか演じなかった珍しいネタ。放蕩人の息子を脅かして懲らしめようと、息子が遊んでいる柳橋の貸し座敷の物置に飯炊きの清蔵に化け潜んでいる旦那。待っている間に昔別れた芸者と偶然顔を合わせる。この噺は旦那とこの年増芸者との会話がヤマなのだが、なぜか34歳のこの人が旦那も芸者も巧いのだ。講釈ネタもいいが、こういうネタも今後十八番の一つになりそうだ。
○柳家花緑 『長短』
登場人物が二人だけだが、難しい噺である。花緑の師匠小さんも良かったが、三代目の桂三木助のこの噺も捨て難い。人間国宝の祖父から特訓で身につけた芸は、さすが魅せるものがある。
小三治師匠は『落語家論』の中で、二つ目時代に師匠小さんのこの噺を人形町末広の高座のソデで見ていた時の驚きを次のように書いている。
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ダラダラした長さんの話を聞いているうちに短七つぁんがイライラ
してくるわけだが、イライラしてくると、座っている師匠の足の指が
ピクピク動いたのである。お客さんからは、どんなことがあっても
見えない場所だ。ボクはそれを発見したうれしさとあきれ返ったの
とで、ボーッとしてしまった。
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長さんの気の長さ、短七の気の短さは、仕草を含めた芸で伝わらないと、これほどつまらない噺もない。しかし花緑の芸には背後に相当の稽古数を感じさせるものがある。きっと足の指がピクピクしていたに違いない。かつて落語からテレビに舞台を移し、そしてまた最近は落語を披露する機会のある桂小金治さんのこの噺が素晴らしかったと聞く。ぜひ機会があればめぐり合いたいものだ。
チケット入手が難しく、かつサラリーマンにはなかなか出かけにくい時間帯で開催される落語会。せいぜいテレビで楽しみたいものだが、京須さんの意欲的な人選やネタの選定でバリエーションは広がったものの、ブログに書き残したいと思わせることが意外に少ない気がする。人気もあり実力のある噺家さんがたくさん出演するが、必ずしも良い出来映えばかりではない。この会独特の雰囲気やネタとの相性などが微妙にプレッシャーとなっているのかもしれない。しかし、今日は噺家とネタの組合せも良く、加えて寄席の雰囲気も伝わる良い会だったと思う。人情噺の大ネタばかりが落語ではない、そんなことを伝えてくれたような気がする。
ほうが落とし噺より上、という間違った風潮があるように思います。しかし、談志家元
の弟子は志らくをはじめとして、家元の傑作に「やかん」をあげますよね。これこそ落語、
と思うのです。小三治師匠も、「あくび指南」や「猫の皿」など素晴らしい味わいがあり
ますし、古くは三代目金馬の数々の滑稽噺が懐かしいですよね。まぁ、どちらの噺も
楽しみたい、と思うのです。
