三三冬噺三夜 第三夜 12月17日
2008年 12月 17日
演者とネタは次の通り。
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春風亭一之輔 代脈
柳家三三 夢金
(仲入り)
柳家小菊 粋曲
柳家三三 富久
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一之輔(19:02-19:19)
医者の見習いである銀南がとにかく可笑しい。特に羊羹を食べる場面がオリジナルのくすぐりとして秀逸である。医者の先生に伊勢屋の女将さんを「ご老母(ゴロウボ)とでも言いなさい」と言われたのを「ゴロンボ」として刑事コロンボのギャグをはさんだあたりも笑える。さまざまな医者(葛根湯、手遅れ)のマクラはやや急ぎすぎで少し心配したが、さすが一之輔、という出来。先輩と、その先輩が認める若手という関係でいえば、談春にとっての三三、三三における一之輔、とたとえると、人によっては異論もあるかもしれない。しかし、私は一之輔の可能性に大いに期待している。
三三「夢金」(19:20-19:58)
侍の噺に合わせてであろう、黒紋付での登場。マクラを昨日四ツ谷駅から会場に向かう際の上智大学の「暮れ六つ」の鐘のこと、10月1日から変わった東京のゴミ分別ルール、そしてWBCの黒幕「欲の深い」ナベツネのネタなどから本編へ。船頭の熊を三三らしい軽さで演じたことが全編の出来を左右した。もちろん吉と出ている。船を漕ぎながら適度に発する「(酒手)出ないのぉ~」が可笑しい。聞こえよがしにねだっても酒手が出ないと「感じないねぇー」と続けるあたりが今風で良い。船を漕ぐ姿もさまになっている。侍を中洲に置き去りにした後の「ざまぁ見やがれー、馬鹿~」も利いている。船宿のオヤジ役がはまっているので、いかに熊を主役にするかという苦労はあるだろうが、この噺は三三の冬の十八番(おはこ)の一つになりそうだ。
小菊(20:10-20:28)
小円歌姐さん以外では初めての粋曲の芸。途中で音合わせのご苦労もあったように見受けるが二分五十秒の「仮名手本忠臣蔵」は良かった。独演会に寄席の香りを加えたいという趣向には大賛成。
三三「富久」(20:29-21:35)
昨日も夜は寝る前に反省していた、という話のあと、年内にまだネタおろしが四席あり、23日は左龍との二人会で三題噺が待っている、といったマクラを約5分ふって本編へ。吉兵衛さんが久蔵を訪ねるという設定で、富くじを久蔵が買うまでのプロローグに最初のヤマを作りたかったのだろうか、半鐘が鳴るまでに約15分かけている。三三の工夫なのだろうが、この部分は吉兵衛さんが残った一枚の富くじを売りたかったのか、売りたくなかったのか、という点でちょっと混乱した感があった。今夜も寝る前の反省材料かもしれない。舞台設定は久蔵が浅草三間町、火事で久蔵が駆けつける旦那が芝の久保町。小三治師匠のこの噺を聞いたことがないので、師匠譲りなのかどうかは分からないのだが、過去の名人で言えば、文楽は安倍川町と芝神明(後に横山町)、志ん生と小さんは今夜の三三と同じである。可楽(八代目)は久蔵は日本橋へっつい河岸、旦那は久保町。ちなみに、三三の富は「鶴の1888番」。オリジナルであろう。近いのは可楽の「鶴の1555番」、志ん生は同じ鶴で1500番、文楽は「松の110番」である。
三三は、名人の多くが噺のヤマ場の一つにした旦那の家での荷物の運び出しや火事見舞い客への対応ではなく、火事が収まったあとの久蔵の酒でのからみに置いた。富の番号、このヤマ場作りから考えると可楽の型に近いといえる。もちろん志ん生版の面影もある。明確なのは文楽型ではない、ということだ。この噺は非常に難しく、名人それぞれに個性的な型がある。冒頭の富くじを買うまでを少し引っ張った工夫は今後どう刈り込まれるかは分からない。また、酒でからむ場面をあえて強調するのは、この会だからこそ三三がトライしたのだろうと思う。今後はいろいろと変化し発展する予感がする。しかし、こういった前半部分への若干の疑問をも吹き飛ばしたのが、今夜もっとも秀逸だった最後の久蔵の泣き笑いの演技である。鳶頭の家にあった大神宮さまの中の富くじを手にした時の久蔵の姿が、三三版富久の今後を期待させてくれた。これだけはCDでは味わえない生の落語の魅力である。
来年の「月例三三独演会」は国立演芸場に場所を変えて行われるようだ。すでに1月12日は完売とのこと。今年の三三は夏の唐茄子屋も良かったし、今夜の噺も十分に次代の名人を感じさせた。ますますチケット入手が困難になるだろうが、四季に一度は彼の会に足を運びたいものだ。そんな思いで小雨が残った夜の四ツ谷駅へ向かっていた。上智の鐘は鳴っていなかったが、心の中ではまだ富久の半鐘の余韻が残っていた。
p.s.
あとで調べましたら、富札の番号「鶴の1888番」は大師匠小さん、師匠小三治と伝承されている柳家の型のようですので、補足訂正します。
