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噺の話

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『落語家はなぜ噺を忘れないのか』柳家花緑

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 個人的には私は花緑ファンではない。正直なところ、ライブやテレビでの彼の芸には馴染めない。それは、まだ若いせいもあるのかもしれないが、同じ年令層で好きな噺家がいないわけではないので、単に好みの問題ともいえる。だからそれほど気にかけている噺家ではなかったので、この本も偶然書店で出会わなければ読まなかっただろう。ネットで買うほどの思い入れがある噺家ではないのだ。
しかし、本書はなかなかの掘り出し物であった。
 
 この本は、これまで数多の落語関係本、落語家のエッセイなどが出版されている中で、まったく異色なものと言える。なぜ異色かと言うと、ここまで噺家がネタ帳を自ら明らかにすることもなかったし、その145のネタを「いつでも高座にかけられるネタ」(24席)、「二~五回さらえば高座にかけられるネタ」(72席)、「高座にかけたことがあるが作り直す必要のあるネタ」(49席)などと分類して提示するなどということが前代未聞だと思うからだ。

 本書は15歳で祖父小さんに入門してからの、ネタとの格闘の記録でもある。その内容には、孫だからこそ五代目小さんのエピソード がふんだんにちりばめられている。また、折々に小三治師匠から受けた厳しくも愛情ある言葉が語られているし、『紺屋高尾』 を習った時のお礼についての談春の気配りなど、現在進行形の噺家さんとの交流も、「へぇ~、ここ までバラスすの!」という内容が語られている。
 稽古に関する思い出が豊富に綴られているが、印象的だったのが古今亭志ん朝直伝の『愛宕山』に関する部分だ。この稽古の思い出とともに次のような記載がある。本書のタイトルへのタネ明かしになってしまうかもしれないが、少し引用する。
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こうして持ちネタのひとつひとつを思い起こしてみると、稽古を付けてくれた
師匠方の言葉のほか、稽古場の風景や当時の自分の考え方、あるいは
ノートに書き込まれた文字の様子など、いろいろなものが一瞬にして蘇って
きます。ネタと格闘した思い出とでもいいましょうか。いろいろな情報が染み
込んでいるのです。
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 落語を題材にした、「記号論」「情報論」などと言うと大げさかもしれないが、そういった要素も本書にはあるし、狙いもそこにあるのだろう。ただ機械的な暗記では、試験勉強の一夜漬けと一緒で、そのうち間違いなく忘れてしまうのだ。関連して記憶されている情報によって、その記憶の深さ、長さが違う、ということなのだろう。

 『笠碁』について は、いかに師匠小さんの十八番を花緑オリジナルにするために苦労したか、という一つのネタを中心とする格闘の物語ともなっており、オマケとして巻末に、現時点での花緑版『笠碁』が収録されている。

 本書の内容は、決して花緑という噺家にとって「徳」な情報公開には見えない。しかし、「おわりに」で彼は次のように、執筆の動機を語っている。
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 ここで、はっきりと言っちゃいましょう。私はそうとう「野暮」な落語家です。
しかも我が家小林家、柳家一門で私だけです。五代目も六代目も粋を重ん
じる噺家です。私だけが突然変異のように、こんなんなっちゃったんです。
 でも考えてみれば、人間、基本はみんな野暮じゃないんですか。人間は
野暮だという前提のもと、だから粋を目指そうとした。
 今、時代がどっちかというと野暮な時代なんだと思います。お客様が「粋」
だけじゃもの足らない。もっと見たい。もっと聞きたい。それに応えようとする
時代。だから昔は、「いよっ粋だねェ」がほめ言葉。これからは「いよっ野暮
だねェ」がほめ言葉になるんじゃないんでしょうか。
 私はお客さんともっと近づきたい、という純粋な気持がこの本を書かせた
と思います。
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 花緑の「野暮」と「粋」についての解釈には異論がないわけではないが、本書は、落語ファンへの彼なりのサービス精神の表れであり、その挑戦的でオープンな姿勢も評価したい。読後に花緑の噺を聞きたくなったのだから、本書は少なくとも一人の落語ファンの彼への認識を変えたことは間違いない。
柳家花緑_落語家はなぜ噺を忘れないのか
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by kogotokoubei | 2008-12-02 12:29 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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