『志ん生一代』結城昌治
2008年 10月 13日

「お好み寄席」で古今亭志ん五師の思い出話を聞いて、久しぶりに本書を開いてみた。本書によると、志ん五師の初高座で志ん生最後の寄席となった昭和43年上野鈴本の初席の後の一月二十日、柳家三語楼門下で兄弟弟子だった柳家三亀松が胃ガンで66歳で亡くなっている。
その三亀松が亡くなってから三日後、談志家元が志ん生宅を訪ねた様子が次のように描写されている。
志ん生は機嫌よく談志を迎えた。話相手が欲しいところだった。
談志のほうは、志ん生が去年の十一月に勲四等瑞宝章をもらったお祝いと病気見舞いが口実で、ただ会いたくて会いにきたのである。
「お客さんに酒だよ」
志ん生は美津子に言った。もちろん自分が飲みたいのだ。
午前中に胃けいれんで苦しんだことなど忘れ、心配する美津子にわがままを通した。酒はコップに冷酒である。
「酒がいちばんいいね。酒というのは人の顔色をみない。貧乏人も金持ちも同じように酔わしてくれるんだ。あいつは酔わせないよ、なんて 言わねえとこがいい。乞食にも厭な顔をしねえからな。若い頃は毎日二升も飲んでいて、それを病気になったからって途中でやめるのは 卑怯だよ。」
志ん生はまわらない舌でよく喋った。
この後、話題は貧乏のどん底時代や、戦争中の慰問興行のことなど多岐に渡り、志ん生はよほど談志の訪問がうれしかったらしく銭湯に行く時間になっても「きょうは銭湯やめだ」と話が続く。
もちろん話は芸談にも及んだ。
「ある師匠に、おまえがやる大工調べの棟梁は軽すぎる、もっと貫禄をつけろって言われたんですがね。ぼくはあの棟梁はばかなお調子野郎で、そのばかなところが面白いと思うんだけど、師匠はどう思いますか」
「それはそう思ってやるのが当たり前さ。あいつは啖呵を切りてえ野郎なんだ」
「そこがどうもわかってもらえない」
「近頃のはなし家はみんなケバだよ」
「畳のケバみたいなもんですか」
「そうじゃねえ。馬のケツ(尻)の穴の毛みてえなもんだ」
志ん生はますます上機嫌で、談志が腰を上げなければ、話はいつまでも続きそうだった。
著者は志ん生にとって生涯にわたっての憧れであり目標であった四代目の橘家円喬を引き合いに出し、志ん生を支えてきたプライドを描こうとしている。談志が帰った後、志ん生は娘の美津子さんに「独演会をやるから人形町に電話しろ」と言ったらしい。美津子さんをはじめ家族が体調を気遣い、さすがに独演会は実現しなかったが、十月九日には精選落語会に出演する。
その日のプログラムの豪華なこと。
さん治(現、小三治) 『厩火事』
正蔵 『三人旅』
文楽 『景清』
(仲入り)
志ん生 『二階ぞめき』
円生 『猫忠』
の予定だった。゛予定だった゛と書くのは、得意の『二階ぞめき』が途中で『王子の狐』に変わってしまったからである。
初版は昭和52年に朝日新聞社から単行本で発行され、2005年に学陽書房から文庫が出た。しかし、たった3年前のこの文庫を置いている書店を探すのはけっして楽ではない。今や欲しい本は古書店で探すか、インターネットで購入する、そんな時代になってしまった。
日本のハードボイルド小説家のパイオニアと呼ばれ、すぐれたミステリーの書き手であった直木賞作家が、唯一遺した落語名人一代記である。落語家の伝記としては、小島政二郎著『円朝』、富士正晴著『桂春団治』と並ぶ三大傑作だと思う。お奨めです。 結城昌治_志ん生一代
