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NHK BS-hi -お好み寄席-古今亭志ん五『柳田格之進』

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10月8日の再放送を収録しており、今ほど見たところでの感想。噺の内容よりも、終わってからの思い出話が興味深かったので、備忘録がわりに書いておきたい。

志ん五師は、志ん生に入門するつもりだったが、志ん朝にあづけられ、今では志ん朝一門の総領弟子の立場にある。初高座の話。昭和43年の上野鈴本、1月2日の初席で主任が志ん生。志ん生の寄席への出演はこの初席が最後であった。志ん五師、自分の前座名である高助と、トリの大師匠志ん生の名が並んだ記念のネタ帳を鈴本の倉庫で探し特別に譲ってもらい、大事な宝物にしているとのこと。
初高座でぎりぎり名人志ん生と同じ寄席の空気の中に居ることに間に合った、というのは確かに感慨深い思い出であろう。

また、当時師匠の志ん朝師匠の忙しさは半端ではなかったようで、なかなか稽古をつけてもらえなかったため、一緒にいる時間が長かった志ん生大師匠に稽古をつけてもらった噺が『道灌』『金明竹』『宿屋の富』など十くらいはあるとのこと。そして、クルマで移動する前に運転席の志ん朝師匠が志ん五師を後部座席に乗せ「オヤジに教わった噺をやってみな」とばかり聞いてくれたらしい。バックミラー越しの弟子がさらうのを見聞きし、ひどい出来の場合は「よほどオヤジが具合の悪いときに習ったな、そんなマクラはその噺ではふらないんだ」と駄目出しをしてくれたらしい。想像するにも微笑ましい光景だ。

そして、志ん五師が一番覚えているのは、志ん朝師匠が、「たとえ志ん生だって間違いは間違いだ。俺も神様じゃないんだから間違う時はある。オマエは『師匠は間違えたな』という耳だけは持たなけりゃだめだぞ」と言った言葉とのこと。このへんが、志ん朝の志ん朝らしいところなのだろう。

大師匠と師匠の名人親子、それは大師匠志ん生と師匠馬生の関係でもあり、古今亭一門も金原亭一門にもさまざまな思い出が伝わっているだろう。昭和48年に亡くなるまで、二人の息子とその一門の弟子達に多くの落語のDNAを伝えたであろう志ん生。その生き証人がまだ元気なうちに、もっとさまざまな逸話や記憶を語っておいて欲しいし、書き残して欲しい、と強く感じたエピソードだった。
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by kogotokoubei | 2008-10-11 17:14 | テレビの落語 | Trackback | Comments(0)

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