人気ブログランキング |

噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

 昨日、なんとか、末広亭に続き国立の披露目にも行くことができた。

 先日の落語協会の披露目の日、チケットを入手していたのだ。

 
e0337777_09042719.jpg


 演芸場前に掲げられた幟は、後ろ幕と同様に二本。

 場内に入ると、開口一番時点では五割ほどの入りだったが、最終的には九割ほどになった。
 夜の部で六時開演だからね。


 後ろ幕は、末広亭と同様(当たり前か)、明星学園明星会与利。
 出演順に感想などを記す。

春風亭かけ橋『黄金の大黒』 (16分 *17:45~)
 柳橋の四番弟子。ほぼ一年前、昨年11月の末広亭以来、二度目。
 昨年の『狸の札』でも、変な癖のない高座に好感を抱いたが、この噺も、なかなか楽しかった。羽織がなくてもいいのだと知って喜ぶ長屋一同、なんと、与太郎が胴上げされている、というのは初めてかな^^

柳亭明楽『子ほめ』 (14分)
 小痴楽の弟弟子、三度目だが、ようやく『まんじゅうこわい』以外のネタを聴けた^^
 不思議な魅力のある人だ。
 「百歳だったら・・・すげぇーでしょ」と八五郎に言わせるのは可笑しい。
 兄弟子を支えるのも、あと五日。がんばれ。

桂伸三『古着買い(古手買い)』 (13分)
 この噺は、六年前にこの人が志ん輔の会で聴いて以来。つまり、他の人で聴いたことがない。
 甚兵衛さんが女房に言われて、同居することになった女房の弟のために古着を買いに行くのだが、人のいい甚兵衛さんでは心持とないので、女房の言う通り、“こすっからい”熊五郎に一緒に行ってもらう、という内容。だから、『人形買い』や『壺算』に似ているし、古着屋が甚兵衛さんを馬鹿にしたのに怒って熊さんが江戸弁で啖呵を並べる場面は。『大工調べ』的でもある。 なかなか楽しい高座だった。
 四代目円遊-明治三十五(1902)年生まれ、昭和五十九(1984)年没-の十八番だったようだが、当時の芸協の大看板のネタを、こういう若手が継承するのは、実に良いことだと思う。

江戸家まねき猫 動物ものまね (14分)
 「ものまねショッピング」ということで、「ニワトリの目覚まし」や「(本当の)鳩時計」「犬の防犯システム」「猫のコンパニオン」などを披露。
 いろんな工夫で、ものまねという芸に色付けをしている努力は、評価できると思う。

桂小文治『片棒』 (20分)
 寄席で名があると、行きたくなる人の一人だ。
 金を短めに、銀をしっかりと。
 神田囃子も良かったし、ケチ兵衛人形の動きも、実に楽しい。
 銀を追い出した後、ケチ兵衛が、「あいつは、今、思いついたんじゃないよ、ずっと考えていたんだ」という科白に笑った。

桂米助『野球寝床』 (21分)
 仲入りは、小痴楽の父五代目痴楽の前座時代からの友人の、この人。
 漫談で終わるかと思ったら、ロッテのオーナーを旦那に見立て、子会社の役員や部長を長屋の店子に見立てた『寝床』を披露。
 まぁ、この人らしい、とは言えるが、言い間違え、同じセリフの繰り返し、など、どうも、連日の打ち上げの疲れがたまっているような高座^^

 一階の喫煙室で、一服。
 口上が楽しみだ。

口上 (18分)
 後ろ幕は、九月の末広亭と同様、「本寸法噺を聴く会」「町内の若い衆」「武蔵境商店連合会」「武蔵境自動車教習所」によるもの。
 下手から、司会のまねき猫、小文治、柳橋、本人、師匠の楽輔、米助。
 柳橋が、「本来は会長が来るべきですが、家庭の事情で」で客席から笑い。
 末広亭では聞けなかった師匠楽輔の話で笑った。
 その内容に末広亭の席亭のことがあり、なるほど、あの席にいなかったわけだ、と納得。
 内容は、秘密^^
 全般的に、皆が父を知っており、中には生まれた時から言っている米助などもいるわけで、身内のやんちゃ坊主が、ここまでになった、これからもよろしく、という感じの口上。
 アットホーム、という形容があてはまりそうだ。

春風亭柳橋『やかん』 (14分)
 九月の末広亭と同じネタ。
 それでも、こういう達者な人の、こういうネタ、大好きだ。

柳亭楽輔 漫談(『痴楽伝説』) (12分)
 小痴楽のこと、その父五代目痴楽の思い出から、師匠の四代目痴楽の思い出や、十八番ネタのことへ。
 客席で『綴り方教室』や『恋の山の手線』を知っているのは、半数位だったかな^^

東京ボーイズ ボーイズ (12分)
 なぞかけ問答、大好きだ。
 小痴楽の時間をつくるため、やや唐突なサゲだったが、これもやむなし。

柳亭小痴楽『宿屋の仇討』 (45分 *~21:25)
 短いマクラから、「旅のお噺で」と、本編へ。
 とはいえ、そのマクラも、楽しかった。
 松之丞や鯉八と、ベトナム旅行をした時、松之丞が、どこに行っても「Wi-Fi飛んでる?」と」言っていたが、本人は、そういう現代的な機器には縁がなく、「何言ってんだ、この野郎!」といったような、お話^^
 そして、本編・・・正直言って、驚いた高座。
 三代目桂三木助版が土台にあるのだろうと思うが、父の十八番でもあったのかもしれないい。
 とにかく、難しい噺だ。
 登場人物が多いし、スピーディーに場面展開をする必要もある。
 前半は、源ちゃんたち“始終三人”の江戸っ子の神奈川の宿屋での騒ぎぶりがヤマの一つ。
 三人組の場面も、芸者を呼んでのどんちゃん騒ぎ→寝床に入ってからの相撲→源ちゃんの色事師話、と色合いを替えて演出する必要がある。
 そして、江戸っ子三人と万事世話九郎の部屋を何度も行ったり来たりする伊八も大事な脇役。
 また、サゲで落差をつけるには、侍の万事世話九郎をいかに凛々しい、また怖い存在に描くかも大事。
 それぞれの噺の勘所を、小痴楽は、しっかり押さえていた。
 また、下手に演じるとダレる場面展開だが、小痴楽、三人組の騒ぎでの手拍子→世話九郎が伊八を呼ぶ手、と三度見事につないでくれた。
 また、相撲で世話九郎から苦情が出てやって来た時の三人組は、言葉を発せず、手振りと表情だけで、伊八とやりとりする様子で、笑わせた。
 三人組の相撲のせいで世話九郎に呼ばれた伊八が世話九郎に「たった今、捨衣(すてごろも)が三連勝しました」なんて言う科白も、なんとも楽しい。
 サゲ近く、伊八に「明朝、街はずれで出会い仇ということで・・・お連れの方が助太刀するのはかまわないとのことです」と言うと、連れの二人が「しない、しない」と返すのも可笑しい。三木助の工夫らしいが、しっかり、踏襲していた。
 小痴楽の持ち味である江戸っ子の啖呵、象徴的なのは、「(な)ぁによっ!」の科白などが、まさに江戸っ子三人組にお生きているし、予想以上に、世話九郎の貫禄もある。
 伊八が振り回される姿は、この人の本来の個性(?)にぴったりか^^
 この噺では、当代では筆頭か、とまで思わせた高座。
 もちろん、今年のマイベスト十席候補だ。


 真打昇進披露興行で、二度来たのは、一之輔以来。
 来た甲斐が、あった。

 この人、今後どうなるのだろうか。

 なんとも、楽しみでならない。
# by kogotokoubei | 2019-11-16 23:18 | 寄席・落語会 | Comments(0)
 日曜日の「いだてん」で、池田勇人役が立川談春だったのには、正直、驚いた。

 TBSの日曜劇場、池井戸潤ドラマで俳優として知名度を上げたのだろうが、大河にも登場とは・・・・・・。


 同じ人気者の噺家として、柳家喬太郎は、「昭和元禄落語心中」で噺家役として主人公に『死神』を教える役で出演し、その縁もあったようだ、同じ男優が出演した「なつぞら」にも少しだけ登場していた。

 喬太郎は、自作の新作落語を元にした舞台にも立っているし、映画にも出演している。

 かつて、古今亭志ん朝が、ドラマや映画、舞台で活躍していたことを思えば、才能ある芸人が、幅広く活躍すること自体は、不思議ではないと思う。

 しかし、志ん朝は、後年、テレビ出演などを控え、落語一筋の道を歩んだ。

 その転機は、昭和53年の、あの分裂騒動だと思う。志ん朝が、四十の時だ。

 喬太郎は、今年五十六、談春は五十三。

 声がかかれば、芸人としてありがたくテレビにも出る、のだろう。

 しかし、談春と喬太郎は、本職(?)の落語への取り組み方は、大きく違うように思える。


 喬太郎は、以前紹介したが、今まさに、下北沢ザ・スズナリで落語家生活30周年記念の一ヶ月公演真っ最中。
2019年9月4日のブログ

 売り出しの日、ぴあのサイトにやっとつながった時には、全席売り切れだった。

 ぴあのサイトに紹介されているように、毎日ネタを替えての三十回公演。
「チケットぴあ」の該当ページ

 これは、凄いことだ。

 では、談春はどうか。

 彼のホームページでスケジュールを確認できる。
立川談春オフィシャルホームページ

 入門35周年記念の独演会には、『双蝶々』のネタが載っている。
 思うに、久しぶりに新しい噺への挑戦だろう。

 しかし、通常の独演会には、『粗忽の使者』と『妾馬』がネタ出しされている。

 まだ、この二席で演っているんだ・・・・・・。

 ほぼ六年前、このまさにツク噺を演じることへの疑問を書いた。
2013年11月29日のブログ

 何年、同じネタで各地で独演会をしているのだろう。

 六年前の記事にいただいてコメントによると、『妾馬』のサゲで、この八五郎が地武太治部右衛門と名を替えて、と、この二席をつなげるらしい。

 どうしたって、ツクよなぁ。

 彼のツク噺については、3.11の直前の成城ホールでの会でも経験した。
 拙ブログの記事は、中止になった会の振り替え日の後に公開した。
2011年4月20日のブログ

 『木乃伊取り』と『按摩の炬燵』という酒呑みのネタが続いたことと、彼が、旧暦のことにまったく感心がないようなことをマクラで言っていたのが、残念だった会だ。

 
 拙ブログを始める前から、結構、談春は聴いている。

 古い手帳を開いてみた。

 たとえば、2007年5月だけで、四席聴いている。

 5月7日 特選落語名人会 (東京国際フォーラムホールC)
      談春『妾馬(八五郎出世)』
      *ちなみに、小朝『浜野矩随』、たい平『明烏』
      *二度と落語会では行きたくない会場^^
 5月12日 府中の森落語会 談春『道灌』*ちなみに、喬太郎『金明竹』
 5月18日 浜松町かもめ亭(文化放送メディアホール)
      談春『小猿七之助』
 5月19日 朝日名人会 談春『宮戸川』

 ブログを始める少し前、2008年2月には15日に町田で『野ざらし』『らくだ』、19日に紀伊国屋で『札所の霊験』、3月には新百合ヶ丘の麻生市民館で前座なしの『紺屋高尾』と『文七元結』。

 ブログを始めてからも、たとえば2009年2月の麻生市民館での『三軒長屋』には、感心した。
2009年2月14日のブログ

 その後、チケットが取れないこともあり、しばらく独演会からは遠ざかっていた。
 そして、3.11の前の、あの会。
 
 最後に聴いたのは、同じ2011年11月、ほぼ八年前の池袋新文芸坐落語会で、立川流の後輩たちの兄貴分(?)として出演した会の『包丁』。
2011年11月3日のブログ
 談志が、自分よりもいい、と褒めた噺。悪いはずはない。

 とはいえ、その後、聴くことはなかった。


 私は、談春を高く評価していた。

 過去形になるのは、彼が、テレビに出演しているからではない。

 テレビに出ようが、舞台に、あるいは映画に出ようが、芸人がさまざまな経験をすることは良いことだと思う。それが、高座にも好影響を与えると思う。


 問題は、本業の落語に精進している姿が、今の彼からは感じられないということなのだ。

 寄席に出られない、ということもあるが、いくらでも、寄席らしい会場での独演会は企画できる。

 喬太郎が、ザ・スズナリで一ヶ月公演を企画した意図は、十分に分る。

 もちろん、客席の数は少ないから、私のようにチケットを入手できない落語愛好会もいるだろう。

 しかし、喬太郎、志や良し、と思う。

 かたや、数千人収容可能なホールを一杯にして、何年も同じネタをかけている姿は、噺家ではなく、商売人、あるいはビジネスマンとして感じられる。

 
 居残り会のお仲間の中には、若かりし頃の談春が、当日でも席のあったブディストホールでの独演会で奮闘していた頃を知っている方もいらっしゃる。

 その方も、今の談春を聴こうとは、なさらない。

 彼は、多くの新しい客をつかんだかもしれない。

 しかし、長年聴いてくれていた、少なからぬ大事な落語愛好家を、遠ざけたかもしれない。

 
 とはいえ、今後、還暦を過ぎたあたりから、彼は変わるのかもしれない。

 再び、落語に集中する時期がくるのかもしれない。
 
 そんな時が来ることを期待しながらも、役者としての彼の姿を、「他にも、たくさん、いい役者はいるのに」と思いながら見ることになりそうだ。
# by kogotokoubei | 2019-11-13 12:18 | 落語家 | Comments(16)
 ラグビーワールドカップがお開きとなって一週間。

 あらためて、日本チームの試合を振り返ってみて、アイルランド戦の前、ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフが試合前にメンバーに語った英語の俳句を思い出す。

 昨日、芭蕉の命日にちなむ記事を書いたが、俳句を一つも紹介しなかったなぁ。

 では、令和元年の名句を確認しよう。

No one thinks we can win.
誰も勝てると思っていない。

No one thinks we can even come close.
接戦になるとさえ思っていない。

No one knows how hard you’ve worked.
でも誰もどれだけハードワークをしてきたか知らない。

No one knows what sacrifices you’ve all made.
誰も、君たちがどれほどの犠牲を払ってきたか知らない。

You know we’re ready. I know you are ready now.
君たちは、我々が準備ができていることを知っている。私も、君たちが今まさに準備できていることを知っている。


 試合終了後、スタンドオフの田村がインタビューを受けて、この句のことを打ち明けた時、結構胸が熱くなったことを思い出す。

 英語の俳句のことは、よく知らない。
 季語はなくても良いようだ。

 詩かな、とも思うが、ジェイミーが俳句と言っているのだ、俳句だ。

 令和元年の名句として、歴史に残るだろう。

 あらためて、ありがとうジェイミー、そして、One Teamの侍たち!
# by kogotokoubei | 2019-11-09 11:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 今日11月8日は、旧暦の十月十二日。

 松尾芭蕉の命日。

 芭蕉は、寛永二十一(1644)年生まれで、 元禄七年十月十二日(1694年11月28日)に、満五十歳で旅立った。

 号に、風羅坊があり、これは、落語『金明竹』の後半、あの上方の男の道具づくしに登場する。

 この噺を十八番とした噺家として、三代目三遊亭金馬を外すことはできない。
 私が、仲間内の宴会で演じた『金明竹』は、金馬版である。

 実は、11月8日は、金馬の命日でもある。

 前の東京五輪が開催された昭和三十九年のこの日に、旅立っている。

 なんとも不思議な巡り合わせ。

 旧暦と新暦で、芭蕉と金馬が、今日、祥月命日なのだ。

 そして、私の中で、二人をつなぐのが、「風羅坊」の言葉。

 芭蕉の『笈の小文』の序に、風羅坊は登場する。

 『笈の小文』は、別名を『庚午 (こうご) 紀行』あるいは『大和紀行』、『卯辰 (うたつ) 紀行』と言われる。貞享四(1687) 年 十月に江戸を出発し、翌年四月までに各地を旅した紀行文だ。芭蕉生前は未定稿のまま門人の乙州に預けられ、没後15年を経た宝永六(1709)年、乙州により刊行された。

「序」の冒頭部分をご紹介。

百骸九竅(ひゃくがいきゅうけい)の中に物有り。かりに名付けて風羅坊(ふうらぼう)といふ。誠にうすものの風に破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好むこと久し。終(つひ)に生涯のはかりごととなす。ある時は倦(うん)で放擲(ほうてき)せん事を思ひ、ある時は進んで人に勝たむ事を誇り、是非胸中にたたかふて、是が為に身安からず。暫(しばら)く身を立てむ事を願へども、これが為にさへられ、暫(しばら)く学んで愚を暁(さとら)ん事を思へども、是が為に破られ、つひに無能無芸にして只(ただ)此の一筋に繋(つなが)る。西行の和歌に於ける、宗祇の連歌に於ける、雪舟の絵に於ける、利休が茶における、其の貫道(かんどう)する物は一(いつ)なり。


 さまざまなサイトで、現代語訳や朗読を確認することができるので、ここでは現代語訳は割愛。

 「風羅坊」についてのみ補足するが、「風羅」は風にひるがえる衣のこと。ひらひら、ふらふらして地に足がつかない様子を自分のことに置き換え、諧謔的に自らの号とした、と言えるだろう。

 ふと、デラシネという言葉を思い浮かべた。

 根無し草。

 そして、風羅坊。

 芭蕉、そして金馬。

 風羅・・・風にひるがえる衣のような、自由奔放さ、という点で共通しているように思える。

 二人は、外の世界、世間体などに頓着しない、自由人だったのだろう。

 二人の命日に、そんなことも考えていた。

# by kogotokoubei | 2019-11-08 12:47 | 今日は何の日 | Comments(2)
 昨日の放送は、事前に書いたように、見ていない。

 大賞が桂華紋だったことは、ネットのニュースでも知ったし、放送後の出場した噺家さんのツィッターなどでも確認した。

 また、放送をみない、と書いた記事に、今年九月繁盛亭をご一緒した山茶花さんからいただいたコメントが、上方落語に精通した落語愛好家の方の適切な感想なのだと思う。華紋のみ際立っていて、あとはほぼ横並びだったとのこと。

 それは、採点結果を見ても想像がつく。
 実は、ハッシュタグ「NHK新人落語大賞」のツイッターに、ご親切に各出場者のネタと各審査員の採点結果を掲載している方がいらっしゃったのだ。
「♯NHK新人落語大賞」ツイッター

 そうか、華紋に一人だけ10点満点をつけなかったのは、予想通りあの人だったか。
 志ん吉のネタ、『親子酒』だったか・・・・・・。


 さて、現在のように落語と漫才を分けて実施してからの大賞受賞者である。

------------------------------------------------------------------
        西             東
1994年                桂平治(→桂文治)
1995年                柳家三太楼(→三遊亭遊雀)
1996年                古今亭志ん次(→志ん馬)
1997年  桂宗助
1998年                柳家喬太郎
1999年  桂都んぼ(→米紫)
2000年                林家彦いち
2001年  桂三若
2002年                古今亭菊之丞
2003年                古今亭菊朗(→菊志ん)
2004年  桂かい枝
2005年                立川志ら乃
2006年  笑福亭風喬
2007年  桂米吉(→よね吉)
2008年                三遊亭王楽
2009年                古今亭菊六(→文菊)
2010年                春風亭一之輔
2011年  桂まん我
2012年                桂宮治
2013年                鈴々舎馬るこ
2014年                春風亭朝也(→三朝)
2015年  桂佐ん吉
2016年  桂雀太
2017年                 三遊亭歌太郎
2018年  桂三度
2019年  桂華紋
------------------------------------------------------------------

 2016年東京開催で雀太、2017年関西開催で歌太郎、2018年東京開催で三度、と続いた、今年のMLBワールドシリーズのような外弁慶シリーズは途切れた。

 それにしても、ここ五年で、上方が四勝。
 2012年から東京が三連勝した時、上方は大丈夫か、などと思ったたが、なんのなんの。

 2010年、一之輔受賞以降は、ちょうど五勝づつとなった。

 九月に初めて繁盛亭に行くことができたが、その際無料でいただいた「よせぴっ」という、東京かわら版の簡易上方バージョンを見て、いろんな場所で若手が落語会を開催していることを知り、上方の若手のバイタリティを感じたが、なるほど、入門九年で、四人が満点という逸材が出てくるのも、むべなるかな。

 東京の若手も、良い刺激として頑張ってもらいたい。

 とはいえ、NHKの予選非公開は、やはり問題だなぁ。

 いただいたコメントでは、いろんな番組で動員されているゲラ子さんを会場によんで、その笑いの多さが予選突破につながるとのこと。
 それは落語本来の評価とは言えない。笑いの多さは、あくまで一つの指標。

 何度も書いてきたが、公開性とし、お客さんも審査に参加できるよう、ぜひ改善を望む。

# by kogotokoubei | 2019-11-05 12:57 | テレビの落語 | Comments(4)
 テニスが休みになった日曜日は、落語に行けるチャンス^^

 ネットで寄席、落語会をチェック。野暮用で午後六時までには戻らなくてはならない。
 ということで、国立の落語協会の真打昇進披露興行へ。この日は、四人のうち唯一古今亭の初音家左吉あらため古今亭ぎん志。本当は、わさびの日に行きたかったのだが、これも、縁。
 
 事前に電話すると、結構席は空いているようだ。

e0337777_20434554.jpg


 開演15分前に隼町に着いたのだが、前から5列目の席を確保できた。

 会場に入ると、ほぼ半分の入り。最終的には六割くらいになったかな。

 緞帳が上る。

 後ろ幕は、中央に漫画のイラストの入ったもので、贈呈者の名の部分に「ブギーポップは笑わない」としてあり、上遠野浩平 イラスト緒方剛志 与利、とのこと。この幕が最後までかかっていた。

 上手に、獅子頭が飾ってあって、ぎん志贔屓連与利とのこと。これは、ぎん志が真実(?)を明かしてくれた。

 出演順に感想などを記す。

柳亭市松『狸の札』 (15分 *13:00~)
 七月の鈴本以来二度目。あの時の『道灌』の方が、まだ良かったかな。言い間違いが何度か。
 精進してもらいましょう。

古今亭志ん吉『真田小僧』 (15分)
 淡い期待をしていたが、出場したNHK新人落語大賞のことは話さない。
 マクラでは、ペットボトルしか知らない前座が、楽屋でお茶を入れるのに苦労する、ということから、万事休す、なんて地口で笑わせる。
 本編も、噺そのものの楽しさをしっかり引き出す。当たり前だが、市松とは、格の違いを感じさせる高座。

隅田川馬石『堀の内』 (20分)
 口上の司会を務めることになっており、高座はおまけ、と言いながら、流石の高座。
 迷って道を尋ねた人から「あんたと同じような目をした人がいるから、すぐ分かります」なんてのも、妙に可笑しいし、そんな同類のそそっかしい男に会うと、「初日からよく来られましたね、私は三日目ですが、初日は辿り着けなかった」なんて会話を挟むのも、楽しい。
 このスピード感とリズムの良さ、私も余興の落語で見習おう。

ペペ桜井 ギター漫談 (9分)
 声の調子も良かったし、ギターもしっかり。
 一時、体調が心配だったが、復調されているようで、うれしい。

古今亭志ん橋『出来心』 (22分)
 マクラで、サッカー好きにオレオレ詐欺にひっかかる人が多い、「オーレー、オレオレ」というのは、この人からは意外な地口で笑ってしまった。
 声はもともと掠れているのが、しっかり出ているし、口上も良かった。
 古今亭の重鎮としての存在感を感じさせた高座。

鈴々舎馬風 漫談(『楽屋外伝』) (14分)
 志ん生、師匠小さんの思い出など、十八番ネタで、初めてと思われるお客さんを沸かせた。

 ここで仲入り。
 一服してから、さて、口上だ。

口上 (17分)
 下手から、司会役の馬石、志ん橋、本人、師匠の左橋、馬風、の五人。
 志ん橋が、古今亭の名跡などを丁寧に説明。師匠は、ぎん志は29歳で妻子があっての入門で、断ったのだが、奥さんと一緒に入門をお願いされ、許したと語る。前職がリハビリ(理学療法士)だったので、ギックリ腰になった時マッサージしてもらったが、治らなかったと笑わせる。馬風は、お約束の野球ネタから、三本締めの前に左橋に指笛のウグイスを演じさせた。へぇ、こんな余芸があったんだ。
 志ん橋の格調高さが際立った口上だった。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (11分)
 金魚の頭は、中央のぎん志の写真で背景に紋の入った後ろ幕。
 ネタは定番のものだったが、初めてと思われるお客さんも多かったようで、くいつきとしての仕事はこなした。

初音家左橋『七段目』 (20分)
 歌舞伎の大向こうをお婆さんが真似して、という楽しいマクラからこの噺。
 いいなぁ、こういう高座。芝居も堂に入っている。師匠十代目馬生の教えが良く。相当、観ているなぁ、という印象。
 定吉が二階に上ってから「道行き」になってハメモノが入った。「七段目」での三味線、ツケも程よい演出となり、久しぶりに贅沢な気分になれた。寄席の逸品賞候補として色を付けておく。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (13分)
 三人で登場。
 客席の親御さんと一緒に来た小学生と思しき男の子のお客さんが、しきりに感心して声をあげていた。ぜひ、将来の仕事にしていただきたい^^

古今亭ぎん志『代書屋』 (30分 *~16:16)
 後ろ幕のことは、ライトノベルの作者と懇意で、宣伝をするということで作ってもらった、とのこと。獅子頭は、実は自分で費用を出したらしい。今回のお祝で賄おうと思っていたが、まだ足らないので、ぜひ、お賽銭を、と笑わせる。
 本編は、これまで寄席で出会った高座よりは、噺そのもののおかげもあり明るく弾けてはいるが、まだ、流調とは言えないし、聴いていて安心ができない部分もある。
 昇進と襲名を機に、同時昇進で唯一の古今亭として、成長して欲しい。

 一階の献花の贈呈者に、理学療法士の学校からの花があった。

e0337777_20433284.jpg



 さて、披露目という特別な会の全体は、楽しむことができた。

 そして、中席のもう一つの協会の披露目のチケットも、入手できた。

 今月は、また隼町に来なきゃ。
# by kogotokoubei | 2019-11-04 09:45 | 寄席・落語会 | Comments(2)
 南アフリカ、強かったねぇ。
 あれほど、差がつくとは思わなかった。

 スクラムを含め、圧倒していたね。
 南アフリカは、予選第一戦でニュージーランドに負けた試合の得点が13点。
 その次に得点が少なかったのがウェールズ戦19点、そしてその次が26点の日本戦。
 日本は、十分に誇っていいだろう。

さて、10月の記事別アクセスランキングは、次の通りだった。

 1位と2位が、1000アクセスを超えた。

1.なぜ、真夏に東京五輪は開催されるのか。(2018年7月18日)
2.「万引き家族」における、樹木希林さんのアドリブのことなど。(2018年9月19日)
3.『富久』(2008年12月25日)
4.あれから八年・・・風化しつつある、甲状腺がん問題。(2019年3月11日)
5.今から140年前、なぜ明治政府は改暦を急いだのか。(2013年1月14日)
6.あらためて、小痴楽の単独真打昇進のこと、など。(2018年12月30日)
7.新宿末広亭 九月下席 夜の部 柳亭小痴楽真打昇進披露興行 9月26日(2019年9月28日)
8.『抜け雀』のサゲ-『米朝らくごの舞台裏』『落語鑑賞201』などより。(2015年5月15日)
9.命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。(2013年10月5日)
10.落語を楽しむための「マナー」について。(2016年6月21日)

 1位の記事は、東京五輪のマラソンと競歩の札幌開催への変更というニュースからアクセスが急増していた。札幌開催が、五輪という商品をメディアに高く売るための真夏の開催、という問題の根本について議論するきっかけになれば良いが、どうもそうはなりそうにない。

 2位は、ここのところ安定してアクセスが多い。テレビでの放送がきっかけだろう。

 3位は、「いだてん」の影響かと思う。なんと11年も前の記事。

 4位の記事がアクセスが多いのは、うれしい。

 5位も、安定して上位にくるなぁ。

 6位は、小痴楽の昇進について書いた昨年の記事で、7位は末広亭でその披露興行の記事が続いた。

 8位も、安定的にアクセスのある、ネタに関する記事。

 9位の記事も、時折アクセスが増えるなぁ。

 マナーについて書いた記事も、結構、アクセスがあるのは、書いた甲斐があった。


 さて、今日は日曜恒例のテニスが、旅行の人などがいて参加者不足により休み。

 今から、落語を聴きに出かけるのであった。

# by kogotokoubei | 2019-11-03 10:05 | アクセスランキング | Comments(0)
 三位決定戦、ニュージーランド、やはり強かった。

 ノーサイド後の、アラン・ウィン・ジョーンズとキアラン・リード、そして、それぞれのヘッドコーチ、ハンセンとガットランドへのインタビューは、感慨深かったなぁ。

 余韻を楽しむ両チームの選手たち。なかには、子供と一緒の姿も、微笑ましい。

 さて、落語のこと。

 十月は、毎年のことなのだが、いろいろとあって、なかなか落語会や寄席に行けない。
 今年もそうだったが、なんとか、後始末を含めて、少し落ち着いた。

 昨日は、午後から時間ができたので、久しぶりに末広亭へ。
 なんとか、晦日に落語を聴くことができた。

 余一会の夜の部が、この二人会。
 二席目、市馬『穴泥』、三三『居残り佐平次』は、ネタ出しされていた。

 実は、昨日、もし丸一日休めれば、昼の部の一朝・一之輔親子会に行こうと思っていたのだが、午前中はどうしても野暮用があり、だめだった。

 とはいえ、三三を久しぶりに聴きたかった。

 また、市馬は、落語協会会長になってから、ホームページの問題の責任者として快く思えなかったのでしばらく避けていたが、たまに寄席で高座に接すると、やはり達者。あくまで一人の噺家として、市馬の高座も聴きたい思いがあり、楽しみにしていた。

 事前に電話したところ、早めに行けば、前売りの一階椅子の指定席の残りを買うこともできるかもしれない、とのことで午後3時頃に行って、後ろから二列目の席を確保。

 近くの喫茶店で、読みかけの本(野口卓著『軍鶏侍』第四巻)をめくっていたら、あっと言う間に開演時間が迫ってきた。

 今、このシリーズにはまっている^^

 開演10分前に会場に入る。一階椅子席はほぼ満席。当日売りの桟敷も九割がた埋まっている。最終的には二階も開いたようだ。

 出演順に感想などを記す。

柳亭市朗『転失気』 (15分 *17:00~)
 二年前の六月、ざま昼席落語会以来。
 きつい言い方になるが、あまり進歩を感じない。口舌がはっきりせず、科白を飲み込むのが、気になる。冒頭で和尚が珍念を呼ぶと「へぇ~っ」の返事を長々と続けて「廊下が長いので」と受けを狙うのも、私は感心しない。和尚が侍のような口調。
 まだまだ、精進していただきましょう。

柳亭市楽『お血脈』 (17分)
 この人の前名が、市朗だった。
 来年三月の真打昇進を機に、六代目玉屋柳勢を襲名するとのこと。へぇー、知らなかった。花火の玉屋と流星との洒落からきた名。少し調べたが、先代たちは、詳細が分らない人が多い。本当に六代目かどうかも怪しいのだが、ま、古い名跡の復活を喜ぶとしよう。
 本人いわく、この名、三三や一之輔も勧められたが、断ったらしい。
 三三が、後で語っていたが、昼の部との入れ替えで三人が出会い、結構、この名のことで盛り上がっていたようだ。
 さて、高座のこと。
 最近、宝塚にはまっているなども含むマクラからこの噺へ。
 地噺で、いろいろオリジナルのクスグリを入れることができるネタ。
 市楽も、閻魔大王が「石川(五衛門)を呼べ!」と言うのに対し「今、我泣き濡れて蟹とたわむれています」「それは、啄木じゃ」とか、「津軽海峡冬景色」「それは、さゆりじゃ」、「まちぶせ」「それは、ひとみじゃ!好きなのか?」なんて答えで客席も少しは沸いたが、全体としては、今ひとつの盛り上がり。
 というか、気持ちが先走っていて、少し、落ち着かない高座。
 私は、前座の市朗の頃、この人に大きく期待していた。
 明るい、スケールの大きな噺家さんになって欲しい、と今でも思っている。
 襲名を機に、ぜひ、復活した名跡を広めて欲しいものだ。

柳家三三『金明竹』 (33分)
 短いマクラから本編へ。
 この人は、ずいぶん前から、老け役(?)は得意で、この噺の主人などは、まさにニンである。
 柳家なので、与太郎ではなく、松公だ。
 いわゆる「骨皮」からのフルバージョンを、実に楽しく聴かせてくれた。
 程よく、オリジナルのクスグリも交え、笑わせる。
 「猫も驚く」「キャット!」なんてのも妙に可笑しいし、叱っては何度も奥に入る旦那に、「そんなに心配なら、奥に行かなきゃいいのに」と松公に言わせるのも、聴く者の心持を代弁していて、頷きながら笑っていた。
 上方の男の科白も、少しづつスピードとメリハリの付け方を変えて四度。三度目には、客席から拍手あり。
 十分に伏線を張って、最後の女房の頓珍漢な話につながる。
 ここでも、工夫がいくつか。
 前半、貸し猫の断りの科白「どこかで海老のしっぽでも食べたのでしょう」を旦那のことに置き換えたわけだが、この海老が一つのアクセントをなって、適度に挟まれる。たとえば、兵庫の坊主の屏風の奥に、海老の山、なんてね。また、開口一番のネタを取り込んで、「兵庫の坊主が、転失気がないとかあるとか」でも大笑い。
 こういった当意即妙な演出は、間違えると、噺のリズムを壊すことがあるが、そこは三三である。噺の骨格をしっかり保持して、鮮やかに「今」を取り込む。
 この噺は、前座噺と言われるが、そう簡単ではない。それは、私が仲間内の余興で演じて、よく分かっている^^
 『道灌』などと同じで、真打が挑むに足る噺だと思う。
 演者によって、まったく出来栄えは違うわけで、三三の高座は、楽屋の前座、二ツ目にとっては、まさに良いお手本だったと思う。

柳亭市馬『松曳き』 (27分)
 三三の高座での客席の盛り上がりを受けて、「前座の頃は、こんな器用な噺家さんになるとは思わなかった」と振り返る。
 また、かつては、楽屋にうるさ型がいて、『短命』や『町内の若い衆』などは、昼からかけるネタではないとか、彦六の口真似で「噺ってぇには、二、三度、くすっと笑わせればいいんです」と言われたと回想。
 以前にも聞いたことのある、師匠小さんの昭和天皇の園遊会の話も、客席の高齢のお客さんには嬉しかったと思う。
 仲入り後に登場する、アサダ二世のことも、持ち上げる。
 今年師走で五十八歳か。伝統というものへの、強い意識を感じた。
 また、その昔の師匠たちの思い出を語れる人も少なくなってきたことを考えると、なるほど、小三治が会長職を任命したのも、分らないではない。
 ネタは、この人の寄席の十八番、悪かろうはずはない。

 ここで、仲入り。

 一服してトイレに行く際に二階を見ると、前の方にお客さん。
 一階は椅子席も桟敷も、ほぼ満席だった。
 さて、後半。

アサダ二世 奇術 (17分)
 緞帳が上がると、下手に椅子に座った下座さん。後で、あや(綾?)さんと判明。
 初めて見る光景。
 アサダ二世が登場し、下座さんが、どんなふうに合わせるかを見てもらいたくて、とのこと。なかなか、結構な趣向じゃないか。
 いつものように、紐の芸で、何度も始めようとして話に戻るのを、あやさんが、見事に合わせるのを、見ることができた。
 あやさんが楽屋に下がってから、師匠アダチ龍光譲りの「パン時計」を披露。
 見た目より若く、まだ七十一歳。今後も落語協会の寄席で欠かせない人で、長生きをして欲しい。
 
柳亭市馬『穴泥』 (25分)
 アサダ二世の芸を振り返り、「楽屋は、明日トーストです」で笑わせる。ああいう人こそ人間国宝に、で客席から拍手。そんなマクラを短くふって本編へ。
 この噺で思い出すのは、まず、三代目春風亭柳好の、亡くなる直前のネタだったこと。昭和31(1956)年3月14日に、専属だったラジオ東京(現在のTBS)のスタジオでこの噺を収録し、その後に向かった鈴本で脳溢血で倒れ、その夜に亡くなっている。翌日の追悼番組の中で、前日の高座が放送された。
 七年前の命日に、その音源を含むCDのことで記事を書いた。
2012年3月14日のブログ
 あら、あのCD、ほかに『居残り佐平次』も収録されている。偶然なのか、この会、三代目柳好トリビュートか^^
 市馬の師匠五代目小さんの音源は、私のお気に入りで、携帯音楽プレーヤーの定番。末広亭に向う電車の中でも、聞いていた。
 さて、師匠にどこまで迫ることができたのか。
 内容は、ほぼ師匠と同じだ。
 場面ごとに、市馬の高座を振り返りたい。まず、次のような構成。

 (1)貧乏夫婦の家庭、暮れを乗り切るには三両必要なのだが、気の弱い夫があちこち回ったものの、
  どうにも算段できずに帰宅。女房に罵倒され、三両つくるまで帰るな、と家を追い出された。
 (2)また、何軒か訪ねたが、どうしても工面ができず、さまよい歩いて着いたのが花川戸の河岸。
 (3)何の商売か分らないが、商家の木戸から若い者が出て来て、どうも吉原に遊びに出たようだ
 (4)その木戸が開いていたので、物騒だなぁ注意してやろう、と忍び入ってしまった。
 (5)何かの祝い事の後のようだが、お膳が片付いていないから、残り物を飲み、食べる
 (6)赤ん坊が現われて、あやしているうちに、穴蔵に落ちる
 (7)家の主が、気がつき、鳶頭(かしら)のところへ助けを求めに行ったが、鳶頭は留守で、
  たまたま留守番をしていた居候の男がやって来る
 (8)主人に穴蔵に落ちた泥棒を引き上げてくれと言われた男だが、酔った泥棒の言葉で怖気づく。
  主人からの礼金が次第に上がっていき、三両となって、泥棒の言葉でサゲ

 (1)では、何と言っても、女房の啖呵が聞かせどころ。男じゃなくて。
  市馬の女房の「おまえさんのようなのは、豆腐の角で頭打って死んじまいな」の科白、亭主には効いたねぇ^^
 (2)では、師匠と同じように、百本杭に出て、釣り人とのやりとりが挟まれていた。
 興津要さんは『古典落語』(大尾)のこの噺の解説で、この場面、あの鼻の円遊の速記では、両国橋の欄干から見る河蒸気などの情景を挟んで膨らませて「明治の東京風物詩」をうたいあげていたことを評価していた。あと10分ほど足した長講で、そういった演出があっても良いだろうは思う。
 (3)(4)で分るように、この男、根っからの泥棒ではない。
 しかし、(5)の場面では、腹も減っていて、目の前にご馳走の残り物、つい、手を出してしまう。よって、家宅侵入と無銭飲食には該当するかな。市馬が酒を飲み、鯛の塩焼きを食べる場面、腹がグーと、なりそうだった^^
 また、この場面では、恐い女房も、結婚したばかりのことは、ああじゃなかった、という独り言が入るのだが、「あなた、から、おまえさん、今じゃ、おいって言いやがる」というぼやきが、可笑しい。
 私が好きなのは、(6)で、赤ん坊をあやしている場面。
 師匠小さんの音源も良いのだが、市馬も「あんよは上手、転ぶはおへた」と、好好爺ぶりが微笑ましい。
 (7)では、鬼のせいじが、力自慢をする場面が、可笑しい。尻にひょっとことおかめの彫り物、想像するだけで笑える。
 (8)は、その鬼のせいじと、下の穴蔵にいる男とのやりとりで、鬼のせいじが、だんだん心細くなっていく件(くだり)が楽しい。泥棒が、股間にぶら下がる、玉を取る、などと言い、怖気づく男の姿が、可笑しい。

 つい、なりゆきで泥棒になってしまう男の哀れさと、酒を飲んでからの変貌ぶりは、『らくだ』の屑屋さんにも共通する一面がある。
 そういった人間の性が、途中の赤ん坊とのやりとりというほのぼのとした情景も挟んで、しっかり描かれていた。やはり、この人、うまい。
 師匠の十八番を継承する高座、今年のマイベスト十席候補とする。

柳家三三『居残り佐平次』 (51分 *~20:22)
 花魁による客の上下、というマクラから本編へ。ちなみに、上は来ず、というのは、来ないで必要な時に金だけ届けてくれる客が一番、ということ。そりゃぁ、いい客だ^^
 四人の男が佐平次に呼ばれるところから始まる。主人公の名前は、最初に明らかになる。
 品川の大見世に入る前の若い衆(喜助)とのやりとりは、割愛。これも、ありだな。
 一席目『金明竹』の主人役とは大きく変わり、若々しい佐平次が躍動する。とても、療養が必要とは思えない^^
 前半の聞かせどころは、佐平次と喜助とのやりとり。
 五人でさんざん遊んだ翌朝、喜助に直すといって酒を飲んでお迎えの酒を飲んで人眠りして喜助に起こされ、勘定と言われ喜助を騙す場面の科白のリズムが、良い。
 「もうじき、ゆうべの四人(よったり)がやって来る。あそびをして裏をかえさないのはお客の恥、なじみをつけさせるないのは花魁の腕のにぶい位は心得ている連中だから・・・・・・」という、落語でしか聞けそうにない科白が、なんとも良いのだ。
「そんな野暮なこっちゃ、気の利く、いい腕前の若い衆にはなれないよ」なんて佐平次の科白も、喜助を惑わせる。
 しかし、来るはずだった四人が来なかったとなると、喜助も、馬鹿じゃあない。
 勘定は・・・払えない、と聞いて喜助は真っ青。口あんぐり。
 仲間を呼び出して、その中の先輩格が強面で佐平次に迫ると、「よう、音羽や!」と、なんとも軽妙な受け流しに、若い衆たちも拍子抜けの体。
 蒲団部屋を根城に居残ってからのヤマは、紅梅さんのいい人、勝っあんとのやりとり。このやりとりの間に、佐平次は、結構飲むねぇ^^
 ♪浮名立ちゃ それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲
 なんて都々逸まで挟んで、紅梅の勝っあんへの惚れ具合を創作するなんてぇのは、そう誰でもできることではない。凄いのだよ、佐平次は。
 昼の暇な時間には、女の子たちの繕い物をしてあげたり、手紙を書いてあげたり、小咄まで披露する佐平次。この小咄が、○○や△△より面白い、というクスグリの噺家の名前は、秘密。
 気配りと如才なさ、そして、噺のうまい“居残り”に座敷がかかるのも当然だ。
 宴会で“にわとり踊り”をするくらいは当然のこと、とっておきの“忠臣蔵の新演出”まで、披露する。
 これは、大がかりだ。見世の外に出てする余興だから。設定は、電灯が普及している時代。これ以上は、どんな芸か、ご推察のほどを。
 だんだん、佐平次の衣装も派手になり、ついに、♪俵星玄蕃を歌う時の、市馬の衣装のようになった、というから可笑しい。
 若い衆たちの実入りが減って、彼らが注進したため主人に呼ばれた佐平次。
 勘定はいつでもいいから、ひとまず家に帰ってくれと言われたが、一歩外に出るとお縄にかかる身、と佐平次。主人とのやりとりの中に、白浪五人男の稲瀬川の勢ぞろいの場、忠信利平の科白も挟んだ。ちなみに、初代小せんのこの演出については、以前記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2014年1月23日のブログ
 サゲは、オリジナルではなく、主人が仏のような人と言われている、ということを伏線にした、創作。後で確認すると、師匠譲りのサゲだ。
 中年の病身ではない、この人らしい若々しい佐平次が躍動する高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 やはり、落語はいいなぁ、と思いながら帰途についた。

 さぁ、もう十一月。

 早い早い、今年も暮れるぞう。
# by kogotokoubei | 2019-11-01 20:45 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 当初、10月26日の放送を予定していた、今年の「NHK新人落語大賞」は、ラグビーワールドカップの準決勝、ニュージーランド対イングランドを放送することになり、11月4日(振替え休日)に延期となった。


 開催は、10月21日だった。

 NHKのサイトには、上方から三人、東京から三人の下記の出場者が案内されている。
NHKサイトの該当ページ

上方:桂華紋、笑福亭笑利、露の紫
東京:古今亭志ん吉、立川こはる、柳亭市弥

 残念ながら、華紋と笑利は未見。

 今回は、強力な緘口令があったとみえて、ネットでは、結果のリークが見つからなかった。

 さて、誰が優勝したのやら。

 ここ数年、放送を見てブログに感想などを書いている。

 11月4日の放送時間には家にいない。あらかじめ知っていれば、やりくりできたのだが。

 もちろん、録画して後で見ることもできるが・・・今年は見ないことに決めた。

 いろいろ理由はあるが、結局、ストレスばかりが、たまりそうだから。

 まず、予選を公開すべき、と毎年のように記事で書いているが、いまだに未公開の予選であることに、ストレスがたまる。

 私が期待した人の名が欠けていることもストレスなのだが、予選に出たのかどうかも分らない。

 「さがみはら若手落語家選手権」のような、公開されてお客さんも投票に参加できるような会もあるが、NHKは透明性がないことに、まず不満がある。

 以前拙ブログにいただいたコメントによれば、いわゆるゲラ子さんを客として、NHK職員(あるいは委託スタッフ?)の審査で予選が行われているようだ。

 また、本選会においては、毎年、何人かの審査員の採点に、大いに疑問を感じるのである。

 たとえば、昨年は、記事に書いたように、私個人の採点は、小辰、わん丈が最高点で同点。どちらが大賞でも良かった。
2018年11月4日のブログ
 しかし、審査員の採点合計は、小辰と三度が50点満点で48点の同点。
 決選投票で、文珍、鶴太郎、NHKの二谷裕真が三度、権太楼と國村隼が小辰で、三度が大賞。

 今年も、文珍、鶴太郎、権太楼は審査員。ほかに、山口勝平、福島広明という名がサイトに確認できるが、どんな人かは、知らない。

 今年も、きっと、「えーっ!?」という審査結果があるに違いない。

 ここ数年、見終わって、その高座を楽しめたプラスより、そういった不満のマイナスの方が大きく、決して見終わって良い心持になれないのである。


 加えて、今年の放送が延期になった理由にも、小言を言いたい。

 ニュージーランド対イングランド戦が放送されたこと自体は、悪いことではないと思う。

 しかし、ラグビーワールドカップのスケジュールは、あらかじめ決まっていた。

 ニュージーランド対イングランドの戦いになることは予想できなかったかもしれないが、なぜ、NHKは初めから放送を予定できなかったのか。

 日本チームの快進撃も、これほどの盛り上がりも、想定できなかったということなのだろう。

 私は、26日には外出から早めに戻る予定を立て、新人落語大賞を録画しておき、CSのJ SPORTSでラグビー準決勝を見た後で、落語を見るつもりだった。。

 ラグビーの準決勝は、実に楽しく見ていた。イングランドの強さに驚き、感銘も受けた。

 はっきり言って、J SPORTSの放送の方が、アナウンサーも解説者も、NHKや日本テレビより、数段優れている。

 ちなみに、相当前のことだが、家の近所に高層建築ができるため、工事費が無料ということでケーブルテレビに加入したので、CSも見ることができるのであった。

 そんなことはどうでもいいのだが、とにかく、NHKの姿勢に、今ひとつ釈然としない。

 ニュースの内容も、不満だ。

 関電の贈収賄事件は、いったいどうなったのだ・・・・・・。

 どうでもいい芸能ネタやスキャンダルネタばかりの民放は、もっとひどい。 


 ちょっと、話が広がりすぎたかもしれない。

 ともかく、来年は分らないが、今年は見ない。

 とはいえ、個人的には、志ん吉の優勝を期待している。

 二年前、『紙入れ』で勝負したが、残念ながら、歌太郎に及ばなかった。
2013年10月20日のブログ
 
 あの時、権太楼の採点が、志ん吉に厳しかったことを思い出す。

 また、六年前、馬ること同点で決戦投票で破れた露の紫にも期待している。
2013年10月20日のブログ
 七人の審査員の中で、神津友好はともかく、堀井憲一郎が馬るこ、また、NHK大阪放送局のチーフプロデューサー藤澤という人物も馬るこに投票したのは、なんとも意外だった。

 立川こはるも、二年前に『権助魚』で勝負したが、審査結果は結構手きびしかったなぁ。
  

 過去の優勝者を並べてみる。

 現在のように落語と漫才を分けて実施してからの大賞受賞者である。

------------------------------------------------------------------
        西             東
1994年                桂平治(→桂文治)
1995年                柳家三太楼(→三遊亭遊雀)
1996年                古今亭志ん次(→志ん馬)
1997年  桂宗助
1998年                柳家喬太郎
1999年  桂都んぼ(→米紫)
2000年                林家彦いち
2001年  桂三若
2002年                古今亭菊之丞
2003年                古今亭菊朗(→菊志ん)
2004年  桂かい枝
2005年                立川志ら乃
2006年  笑福亭風喬
2007年  桂米吉(→よね吉)
2008年                三遊亭王楽
2009年                古今亭菊六(→文菊)
2010年                春風亭一之輔
2011年  桂まん我
2012年                桂宮治
2013年                鈴々舎馬るこ
2014年                春風亭朝也(→三朝)
2015年  桂佐ん吉
2016年  桂雀太
2017年                 三遊亭歌太郎
2018年  桂三度
------------------------------------------------------------------

 一昨年は大阪開催で、東京の優勝。
 昨年は、東京開催で、上方の優勝。

 MLBのワールドシリーズのように、今年は大阪開催で東京の優勝、となるのかどうか。
 放送は見ないが、結果はネットで確認し、上の表を更新し、なにか書くつもり。
 
 さて、ラグビーワールドカップ、1日の金曜は三位決定戦、2日土曜は、ついに決勝だ。

 予想はしない。

 どちらも、接戦の好試合を期待している。

 透明性があり、ルールにのっとりフェアに戦うからこそ、見る者も楽しめる。

 それに比べてNHK新人落語大賞は・・・また、戻ってしまった。
 
# by kogotokoubei | 2019-10-30 20:54 | テレビの落語 | Comments(8)
 イングランドは、強かった。
 タックルもラインアウトもスクラムも。
 オールブラックスが、あれほど押し込まれるとは。
 エディーの日本語の挨拶も、嬉しいじゃないか。

 さて、ウェールズ対南アフリカ戦の前に、この記事を書いておこう。

e0337777_14592316.jpg


 シリーズ五回目。
 本書は、「東京かわら版」で連載していた「噺の細道」が河出から書籍化されたもの。
 「東京かわら版」への連載が、平成十六年一月からの五年間。
 単行本は、十年前、平成二十一(2009)年の発行。


 一回目は、目次を全てご紹介。
 二回目に、六十ある項目のスタート、第一章の日本橋だった。
 三回目は、第二章から谷中全生庵を取り上げた。
 四回目は、第三章から、浅草酉の市をご紹介。

 今回は、「第四章 隅田川流域と向島」から、「佃島」を取り上げる。

 あまりにも有名な地だが、知らないことも少なくない、ということが本書を読んだ印象。
 まず、冒頭から。

  雪ふれば佃は古き江戸の島   北條秀司

 の句碑が、思わぬ春の雪に一段と興を添えてくれた。「渡船跡」の重厚な石碑から右へ目を移した処にあり、隣は佃煮の「田中屋」だ。もう一軒の佃煮屋「天安」も、今日の雪で表暖簾が見えない。北條秀司の芝居「佃の渡し」は残念ながら観ていないが、それにちなんだ小唄「雪ふれば」がある。

  雪ふれば 佃は古き江戸の島
  千鳥啼くなよ あの笛は
  今年限りの 渡し船
  わしとお前は 今日限り
  (昭和五十二年、北條秀司作詞、三世飯島ひろ子曲)

 劇作家の北條秀司は、新国劇で辰巳柳太郎主演で大ヒットした『王将』が有名。
 
 ずいぶん前に、佃島に行ったことがある。
 しかし、北條の句碑、記憶がないなぁ。次に行った時はしっかり見なきゃ。

 さて、このあとには佃島の歴史が説明されている。

 豊臣秀吉が天下人の頃、伏見城に上がることになった徳川家康が、途中、摂津の住吉神社へ詣でようとした。渡るべき船がなくて困っていると、佃村の漁父彦作が漁船を漕いで送ってくれた。以来、伏見城に居る時も、また大阪城西の丸に移ってからも御膳の魚を任されることになり、そのほか密使の御用も勤めるようになったという。その後、徳川家康の関東入国に従って、佃村の漁師たちが江戸へ召されたが、その辺りから若干事情の異なる話もあるので、ことのついでに御紹介しておく。
 実は彦作は、家康の御船手御番であった石川八右衛門を頼って、江戸へ下ったというのだ。石川八右衛門は高崎藩の下屋敷であった隅田川下流の鎧島を拝領し、高崎藩の下屋敷は対岸の鉄砲洲へ移った。以来、八右衛門の移り住んだ鎧島は八右衛門島とも石川島とも呼ばれるようになる。八右衛門の後を追って江戸へ下った彦作も、江戸城へお魚御用の願いが許され、摂州住吉神社の権宮司(ごんのぐうじ)と漁師三十三名が江戸へ呼ばれ、石川島の干潟、百間四方を賜り、ここを埋め立てて、故郷の名にちなんで佃島としたのである。

 話としては、前段の家康ゆかりという筋書きの方が、物語があって良いと思うが、現実は後段の石川八右衛門との縁、ということかもしれない。

 本書では、この後、石川島は、寛永二(1790)年に、火付盗賊改役長谷川平蔵によって罪人の人足寄場としたことにふれている。
 「鬼平」ファンは、もちろん、よくご存じのことだが、この寄場が、明治半ばに巣鴨監獄に移り、跡地に石川島造船所ができて、その名が残ったことも説明されている。

 佃島の渡し船の歴史は、次のように書かれている。

 佃の渡し船は明治以後も踏襲されたが、昭和二(1927)年からは発動機船での引船となって、昭和三十九(1964)年に佃大橋ができるまでは、無料の往復運航をしていた。そして、夜遅くなって島へ帰りそびれた人は、島人が「えど」と呼んだ対岸から、「時やァいッ・・・・・・」と、島の船頭さんに迎え船の催促をしたらしい。昔は、急を要することを「時の用」と言ったから、夜更けて船頭を呼ぶ声もそんな含みがあって、「時やァいッ・・・・・・」に、なったのかも知れない。

 さぁ、ウェールズと南アフリカの「時やーい!」


# by kogotokoubei | 2019-10-27 17:54 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛