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あちたりこちたり

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 ほぼ一週間前の9月13日、改造内閣が統一教会汚染まみれであることを、東京新聞が記事にしていた。
東京新聞の該当記事

 表を含めて引用する。

旧統一教会問題はうやむや…「接点」公表議員を次々起用 宗教所管する文科相に盛山氏、萩生田氏は政調会長
2023年9月13日 22時53分

 岸田文雄首相(自民党総裁)は13日、第2次岸田再改造内閣を発足させた。新閣僚では、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への解散命令請求の検討など、一連の問題を所管する文部科学相に、教団側と接点のあった盛山正仁氏(69)を充てた。同日決定した党役員人事でも、教団側との接点を認めた萩生田光一政調会長(60)を再任。教団と党所属国会議員に関する問題をあいまいにした形でスタートする。(小椋由紀子)

 旧統一教会を巡っては、昨年9月に党が公表した調査結果で、教団側と何らかの関わりがあった国会議員が180人に上っている。このうち、会合に出席してあいさつや講演をしたなどとして、125人の実名が公表された。
 今回就任した閣僚や党役員などでは、盛山、萩生田両氏のほか、木原稔防衛相(54)や伊藤信太郎環境相(70)、村井英樹(43)、森屋宏(66)両官房副長官、平井卓也党広報本部長(65)の計7人が実名公表の対象だった。
 首相は13日の会見で「過去の関係いかんにかかわらず、現在は当該団体との関係を一切有していないことを前提に任命した」と強調。教団への対応に関し「しっかりした結論を出すべく、最終の努力を進める。宗教法人審議会の意見を伺いながら、法に基づき最終的に判断する」と話した。

 ただ、岸田政権が旧統一教会と党国会議員を巡る問題に厳しい態度で臨んでいるとは言い難い。教団側との接点が相次いで発覚し、昨年10月に経済再生担当相を事実上更迭された山際大志郎衆院議員や、教団トップを「マザームーン」とたたえたとして批判された山本朋広衆院議員は、次期衆院選の公認候補に内定している。

鈴木エイト著『「山上徹也」とは何者だったのか』より(13)_e0337777_15524382.png



 同じ9月13日の拙ブログでは、元日航社員で防衛相になった木原稔が、日航123便墜落事件の裁判を妨害している可能性が大きいことを、青山透子さんの本から紹介した。
2023年9月13日のブログ

 統一教会への関係を認めていた盛山文科相(岸田派)に関し、鈴木エイトは、「日刊ゲンダイ」の9月15日の記事でこう語っている。
「日刊ゲンダイ」の該当記事

「旧統一教会と関係の深い安倍派に戻すのではなく、文科相に岸田派の盛山氏を据えたのは、岸田首相が本気で解散命令を請求しようとしている表れだとみています。ただ、盛山氏は教団と接点があり、文科相への起用に国民が疑問を抱くのは当然です。盛山氏は3月の会合以外に関係がなかったのか──改めて調査の上、国民に説明する責任があります。党内から請求に反対する動きが出てくる可能性がありますが、法にのっとり、解散命令請求に向けて文科相としての職責を果たすことが重要です」

 盛山文科相が、説明をする責任を果たしたとは、思えない。

 今後、どのように展開するのか、目を離すことはできない。

 統一教会問題は、いまだに現在進行形なのだと、つくづく思う、内閣の顔ぶれだった。


 ということで、少し間が空いたが、この本のこと。

鈴木エイト著『「山上徹也」とは何者だったのか』より(13)_e0337777_12391593.png

鈴木エイト著『「山上徹也」とは何者だったのか』

 鈴木エイト著『「山上徹也」とは何者だったのか』(講談社+α新書、7月19日初版)の十三回目。

 目次。
□はじめに
□序 章 風化する「統一教会問題」と「なかったことにしたい」勢力
□第一章 山上徹也と安倍晋三、鈴木エイトをつなぐ「奇妙な縁」
□第二章 銃撃事件後、逮捕された山上が供述した「恨み」
□第三章 鑑定留置中の山上徹也に送った手紙
□第四章 事件の約一週間前に山上徹也から届いていたメッセージ(前編)
□第五章 山上徹也に複雑な思いを抱く「宗教二世」たち
□第六章 事件の約一週間前に山上徹也から届いていたメッセージ(後編)
□第七章 山上徹也が抱えていた「マグマのような憤り」の正体
□第八章 山上徹也は事件前からSOSを発していた
□第九章 山上徹也が見た「絶望」の正体
□第十章 「統一教会の被害を食い止めた」ために罪が重くなる可能性
□おわりに

 引き続き、第三章 鑑定留置中の山上徹也に送った手紙、から。

 山上哲也には国選弁護人が二人ついていたが、大きな事件とあって、奈良弁護士会が私選の弁護士として小城弁護士に依頼していた。

 鑑定留置が終わっても、鈴木は山上に接見ができない。

 著作や、手紙を小城弁護士に預け、山上に渡してもらっていた。


 小城弁護士は、裁判員裁判が始まるまでが長くなると想定していた。
 始まるまでは、捜査機関が収集した証拠を見れないので、できることは少ない、と鈴木エイトに語った。

 小城弁護士は人証など証人尋問申請について捜査機関は統一教会との関連性を結びつけるような出し方はしないのではないかとの見解を示した。
 逆に、弁護側としてはそのような背景があるという出し方を模索する可能性がある、ということだろう。
「単純に考えたら、なぜ安倍さんをという話になる。それを(統一教会と)結びつけることを理解できるか」
「その辺は鈴木さんのほうが詳しいと思うので」
 また小城弁護士は、報道によって山上の事件後の発言や現在の生活に関することなど様々な情報がひとり歩きしている現状を危惧していると話した。
 私からは、目先の情報を出すよりも、事件の本質を示さなければならないと思っていること、肝心の統一教会と政治家との関係についても、本筋である安倍元首相の関与を示さなければならないと思っていると告げた。また、もし山上哲也からのリアクションがあったとしても、この段階で出すというよりは、年単位で慎重に見ていくべきもので、拙速に報じないようにしたいと話した。
 小城弁護士は裁判員や社会への影響を考慮しているようだった。
「いろんな話を聞けば聞くほど、本当はどうだったのかという思いや、いろんな感情が出てくるので、時間をかけたい」
 警察が取り調べの様子などをメディアに流していることにも苦言を呈し、「そんなところもマスコミを通じて伝えていかないといけない」とした。

 この後、鈴木エイトが小城弁護士に預けた、山上徹也への手紙が「山上徹也に送った手紙(その一)」と題されて紹介されている。

 引用する。

山上徹也様
 ジャーナリストの鈴木エイトという者です。統一教会の問題を20年取材しています。この十年間は統一教会と関係を持つ政治家を追及する記事も書いています。
 事件から四ヵ月が経ちました。ようやく統一教会に対して解散命令請求に向けた質問権行使がなされようとしており、また被害者救済のための法案が国会へ提出されます。改めて、何故、事件が起こる前にこのような動きに至らなかったかを考えざるを得ません。
 私を含めてカルト問題に取り組む側がこのような悪質なカルト教団を解体に追い込み被害者を救うことができていたら、このような事件は起こらなかったのではないか。統一教会と政治家の問題を追及してきた私自身の力不足を感じると同時に、教団の被害者をどうケアすべきだったのか、社会全体で考えていくべきだと思っています。
 七月の事件後、メディアは連日統一教会の問題を報じ、そんな教団と関係を持ってきた政治家の追及も不十分ながら続いています。今年七月の事件前に、山上さんが当時の社会の状況をどう捉えていたのか、そして事件後の社会がどうなることを描いていたのかを知りたいと思い、書簡を書いた次第です。
 返信をもらえるとありがたいです。そしてもし可能であれば、接見して直接山上さんと話したいと思っています。
                                    鈴木エイト

 手紙を小城弁護士に渡した鈴木は、山上徹也の伯父に会いに行った。

 山上徹也からの返信はあったのか、伯父は何を語っていたのかなどは、次回。


# by kogotokoubei | 2023-09-21 20:54 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

中国新聞、がんばれ!


 9月10日に、中国新聞の9月8日のスクープをご紹介した。
 冒頭部分を、あらためて引用。
中国新聞の該当記事
河井元法相、買収原資は安倍政権中枢が提供か 4人からの6700万円示すメモ押収
2023/9/8

 2019年7月の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件で、検察当局が20年1月に河井克行元法相(60)=服役中=の自宅を家宅捜索した際、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った疑いを示すメモを発見し、押収していたことが7日、関係者への取材で分かった。検察当局は、元法相が広島県内の地方議員や後援会員に現金を配り回った買収の原資だった可能性があるとみて捜査していたという。

 関係者によるとメモはA4判。上半分に「第3 7500万円」「第7 7500万円」と書かれ、それぞれ入金された時期が付記されている。その下に「+(プラス)現金6700」と手書きで記され、さらにその下に「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」と手書きされていた。


 「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」というメモの存在は、本来、あの事件の捜査で重要な鍵を握っていたはずだ。

 このスクープを、テレビ、全国紙は、まったく後追いしなかった。

 私の知る限り、LITERAと「日刊ゲンダイ」のみ。
LITERAの該当記事
「日刊ゲンダイ」の該当記事

 翌9月9日の中国新聞は、このメモに書かれた四人に対し、検察が当人たちに聴取をしていなかった、ということを報じている。
中国新聞の該当記事

 こちらも冒頭部分を引用する。

6700万円提供?安倍氏ら4人を聴取せず 河井元法相事件でメモ押収の検察
2023/9/9

 2019年の参院選広島選挙区での大規模買収事件を巡り、河井克行元法相(60)=服役中=の自宅から政権幹部による多額の現金提供の疑いを示すメモが押収されていた問題で、東京地検特捜部などの検察当局がメモに記載された当時の安倍晋三首相(昨年7月に死去)ら4人の聴取をしていなかったことが8日、関係者への取材で分かった。

 この記事は、解説記事にリンクしている。
 そちらも引用したい。
中国新聞の該当記事

河井元法相の立件優先、政権捜査に及び腰 メモ押収の検察【解説】
河井夫妻大規模買収事件
2023/9/9

 2019年の参院選広島選挙区での大規模買収事件を巡り、河井克行元法相(60)=服役中=の自宅から政権幹部による多額の現金提供の疑いを示すメモを発見、押収したものの、検察当局が当時の安倍晋三首相らを聴取することはなかった。あくまで河井克行元法相の立件に焦点を絞り、ときの政権中枢への捜査に及び腰だった検察の姿勢が透けて見える。
 事件が起きた参院選広島選挙区を巡っては、自民党本部が河井氏側に振り込んだ計1億5千万円が買収の原資になったのではと報道されたが、検察当局は克行氏の自宅からメモを押収。そのメモの記載から1億5千万円とは別に、政権幹部4人が現金で計6700万円を提供し、その現金が買収に使われたとの見方を強めていた。だが4人に対し、関係先の家宅捜索はもちろん聴取さえしなかった。


 この記事も含め、テレビや全国紙は、フォローしていない。

 逆に、NHK、朝日、読売、日経などが、7月に、担当検事の「不適切発言」については、大げさに取り上げていた。
朝日新聞の該当記事

「不起訴におわせ、検事が供述誘導」 取り調べ録音の元市議側訴え

 という見出し。

 買収された側の議員が、「不起訴をにおわされた」「河井を挙げるために協力してくれと言われた」ということについて、誘導尋問、不適切捜査を訴えているのだ。


 なぜ、検察の不適切捜査についてマスメディアは非難しながら、「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」というメモがあったにも関わらず、それらの当人に捜査の手が及ばなかったことへの非難はしないのか。

 あえて書こう。
 河井から金をもらった元市会議員は、いわば小悪党。
 河井は中悪党。
 検察は、中悪党を捕えるために、小悪党の協力を求めた、ということだろう。

 大悪党は、中悪党に買収資金を渡した政権中枢の人物だ。

 しかし、河井は、口を閉ざして檻の中に入った。


 検察は、なぜ、安倍晋三を含む4人に聴取を行わなかったか。

 間違いなく、圧力がかかったのだろう。
 

 メディアが、検察に対してすべきことは、小悪党への捜査の仕方の不適切性への非難よりも、大悪党を捜査しなかった不手際への非難であろう。

 権力に対し検察も及び腰ならば、メディアも、まったくの及び腰なのだ。

 安倍晋三が、自分に批判的な候補者を落とすために、河井の妻を強引に選挙に引っ張り出し、金の力で当選させようとした証拠が、「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」のメモだ。

 安倍-菅-岸田と続く2012年体制の不正・無能・腐敗を象徴する事件の一つである。

 このメモも「なかったこと」にしようとする自民党政権に、NHKも含むテレビも、全国紙も、斬り込もうとしない。
 
 今は、中国新聞が孤軍奮闘の状態だ。

 がんばれ、中国新聞、と言いたい。

# by kogotokoubei | 2023-09-20 12:54 | 社会や政治のこと。 | Trackback | Comments(0)
 古今亭志ん生の長女で、馬生、志ん朝の姉、美濃部美津子さんが、先月、99歳で亡くなった。

 東京新聞から、引用。
東京新聞の該当記事

美濃部美津子さん死去 落語家の故五代目古今亭志ん生の長女、作家
2023年8月30日 07時30分

 美濃部美津子さん(みのべ・みつこ=落語家の故五代目古今亭志ん生の長女、作家)26日に死去、99歳。東京都出身。葬儀・告別式は30日正午から東京都文京区小日向2の19の7、還国寺で。
 ニッポン放送などに勤務し、昭和の名人といわれた父のマネジャーも務めた。父と、弟である故十代目金原亭馬生と故三代目古今亭志ん朝の素顔を描いた著書に「志ん生一家、おしまいの噺」「三人噺」など。

 美津子さんは大正13(1924)年1月生まれ。
 私の父が大正11(1922)年2月生まれで一昨年11月に満99歳で亡くなっていているので、ほぼ同じような時期での旅立ちということになる。

 美津子さんは、父志ん生が売れない時期、美濃部家を母りんさんと一緒に支えた。

 NHK大河「いだてん」では、小泉今日子が、美津子さんを演じた。


 美濃部美津子さんの本『三人噺ー志ん生・馬生・志ん朝ー』からは、何度か記事を書いた。
美濃部美津子さんを偲ぶ。_e0337777_17041298.jpg

美濃部美津子著『三人噺ー志ん生・馬生・志ん朝ー』

 同書は、単行本が、志ん朝が亡くなった翌年の発行。
 私は、その三年後に出された文庫で読んだ。

 三年前の夏に紹介したのが、志ん朝の「うなぎ断ち」のことだった。
2020年8月20日のブログ

 再度、ご紹介。

  うなぎ断ち

 志ん朝が亡くなってしばらくして、あたしの友達があたしを力づけようっていうんで、有名なうなぎ屋さんに連れてってくれたことがありました。そんときにね、うま重とお猪口を一つ多く頼んだの。
「お三人さんなのに、四ついるんですか?」って、お店にお人に言われたんで、
「ちょっと、陰膳をしたいから」
 志ん朝に、と思ったんですよ。あの子にどうしても、うなぎを食べさせてあげたかったの。
 あたしはずっと、志ん朝はうなぎが嫌いなんだとばっかり思ってたんです。ウチは皆うなぎが好きだったんだけど、ただ一人、志ん朝だけは食べなかったから。
 それがそうじゃないってわかったのは、志ん朝が出演したテレビ番組を見てたときのことなんです。司会の人に「最後の晩餐には、何を食べたいですか?」って聞かれたあの子が、「うなぎを食べたい」と答えたの。あたし、ビックリしたんです。嫌いだったんじゃなかったの? だったら何で食べなかったの? って。
 実は志ん朝の守り本尊が虚空蔵(こくぞう)様でね。谷中に虚空蔵様を奉った小さなお寺があって、お正月やことあるごとに「芸が上達するように」というんで熱心にお参りしてたの。その虚空蔵様のお使いがうなぎだったんですよ。それでお母さんに、
「あんたのご本尊のお使いなんだから、うなぎを食べないほうがいいよ」
 って言われたらしいの。それが志ん朝が噺家になった頃だから、十九のときね。以来、四十四年間、好きなうなぎをずーっと食べなかったっていうんです。それだけあの子は芸に身を捧げてたんでしょうね。
 だから亡くなったときに、今なら心おきなく食べられるだろうと思ったの。
 志ん朝の分のうな重を前に置いてね。お猪口にお酒をついで、
「強次、食べな。大好きなうなぎだよ。本当は好きだったのに食べないで、一生懸命頑張ったんだね」
 亡くなってようやく食べることができたと思うと、あたしは胸が一杯になった。あの子は「おいしい」って、思ってくれたでしょうかねえ。

 あらためて読んで、なんとも言えない思いになる。

 芸のためとはいえ、そして、お母さんの言葉とはいえ、志ん朝のように自分を律することは、なかなかできるものではない。


 12年前の馬生の命日に書いた記事で、同書から引用した内容。
2011年9月13日のブログ

 あの子は絵だけじゃなくって、字も上手かったわね。前にお弟子さんが話してたんですけど、寄席の楽屋に筆が置いてあるでしょ。どの噺家さんが何の噺をしたか記しとく「ネタ帳」を書く筆。それが前座さんがちゃんと手入れしなかったとかで、墨で固まっちゃったりして、書きにくいったらありゃしない。でも、そんなひどい筆でも、お客さんから色紙を頼まれたときに、メザシの絵をすーっと描いてね。脇んとこに「メザシにも鯛に勝れる味があり」って、またすーっと書いたっていうんですよ。
「それが見事なんですよ。ボロボロの筆なのに、それこそ涼やかにメザシを描いちゃうんですかってくらいに」
 書いた文章も馬生らしいって思いますよね。

 ボロボロの筆で、すーっとメザシを描き、その脇に添えた言葉の素晴らしさ。

 馬生のなんとも粋な一面は、美津子さんだからこその発見なのだろう。


 2014年、志ん朝の命日に書いた記事では、その芸風に関する美津子さんの言葉を紹介した。
2014年10月1日のブログ

 志ん朝の場合は、明るくて派手なしゃべり口調はお父さんの系統ですよ。志ん朝の芸風を「完璧な文楽型を目指した」と言っている人がいるらしいんですが、あたしはちょっと違うんじゃないかと思ってるんです。確かに噺としては完璧でしたが、その日の気分によってくすぐりの入れ方が違ったり、いい加減というかフラ(持って生まれた個性や味)のいいところはお父さんと同し。志ん朝は文楽さん的なキッチリした部分と、お父さんの雰囲気を混ぜるつもりでいたんじゃないでしょうか。

 鋭い分析だと思う。

 『三人噺ー志ん生・馬生・志ん朝ー』は、かつてニッポン放送のアナウンサーだった塚越孝、つかちゃんの聞き書きが元になっている。


 つかちゃんは、私と同じ、昭和30(1955)年生まれだった。

 つかちゃんと言えば、落語ファンは、フジポッドの「お台場寄席」を思い出すのではなかろうか。

 「お台場寄席」からは、多くの落語の音源を収集したが、その中に、美濃部美津子さんとの対談も含まれている。
 「志ん生を語る」という題で三回に分けて配信された。

 この内容は、「極めつけ志ん生」という題で、美津子さんが選んだ志ん生の高座の音源と合せて3枚組で発売されたCDに収録されているようだが、そのCDを私は持っていない。

 しかし、フジポッドの対談内容「志ん生を語る」は、iTunesに残っている。

 今日、会社からの帰宅途中、あらためて聴いた。


 つかちゃんが、志ん生没後32年33回忌の年と言っているから、平成17(2005)年の収録だ。

 志ん生の小噺もある。

 美津子さんに、絶妙な間で合いの手を入れる、つかちゃん。


 昭和36年12月15日、高輪プリンスホテルでの巨人優勝祝賀会の、美津子さんの回想。

 川上監督が会場に遅れたため、当初の予定が変わった。
 
 本当は、志ん生の高座の後に会食のはずが、高座と会食と同時に始まった。

 待たされてイライラしている上に、高座に上がると一斉に食事をはじめ、誰も聞いちゃいない。

 カーッとなった志ん生、美津子さんはマクラ5分も話さないうちに倒れた、と振り返る。
 
 船員病院へ運ばれ、医者から危険な状況を聞かされたので、その夜は、多くの噺家が病室で眠る志ん生を、最期のつもりで見舞いに訪れた。

 つかちゃんが、「文楽も、円生も?」と聞く。
 「みんな来ました」と美津子さん。

 翌朝、奇跡的に快復した。
  
 その志ん生が、美津子さんに言った言葉は「酒、買って来い」だったが、もちろん飲ませるわけにはいかない。

 大酒呑みのように言われているが、晩酌はせいぜいコップ2杯で、3杯ということは、ほとんどなかった。

 しかし、朝も、一杯。

 おかずは、朝は納豆とみそ汁、夜は刺身、そればかり。
 
 野菜は食べない、漬物大嫌い。

 
 この音源を聴きながら、美津子さんの志ん生を回顧する言葉で、美津子さん、そして、つかちゃんを、私は回顧していた。

 そして、美濃部家を支えていたのは、美津子さんだったのだなあ、とあらためて思う。

 今頃、父は「美津子、酒!」と言ってるかもしれない。


 明後日21日、志ん生没後、50年。
 

# by kogotokoubei | 2023-09-19 20:54 | ある人物 | Trackback | Comments(2)

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』より(6)_e0337777_18473292.jpg

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』

 2018年に単行本で発行され、今年8月に河出文庫で再刊された『日航123便墜落 遺物は真相を語る』から六回目。

 目次。
□文庫版 はじめに
□第一章 この墜落は何を物語るのかー国産ミサイル開発の最中の墜落
□第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料から
□第三章 遺物調査からわかったことは何かー機体の声が聴こえる
□第四章 証拠物と証言が訴えていることは何かー未来の在り様を考える
□あとがき
□文庫版 おわりに
□主な参考文献


 時間が空いたので、少しだけ前回の復習。

 事故調査報告書に記載されていたボイスレコーダーの内容に関しては、日航の客室乗務員や現役のパイロットも疑惑を抱き、生データの公開を求めていた。
 しかし、他の事故の場合には、原因究明のために社員に聞かせて意見を求めることが通常であるにも関わらず、日航上層部は、社員の要望にさえ応えることはなかった。
 
 青山さんは、やろうと思えば、当時流行のダブルカセットを使って、生データから都合の悪い部分を削除したり、音声を別のものに変えたりすることは容易である、と指摘している。

 私も、中学、高校時代に、オリジナルの音楽テープをダブルカセットで編集していたから、十分に捏造の可能性があると思う。


 今回は、第二章 焼死体が訴えていることは何かー乗客乗員全員分の未公開資料から、に進む。

 さっそく冒頭部分から、引用。

 火災現場での違和感

 人は、自分が飛ぶことができない空を悠々と飛ぶ巨大な金属の塊である飛行機が、何か特別なものであるかのごとく錯覚を持つ。
 医師たちの報告書も警察の調査資料も、大きな勘違いをしていたのは「ジェット燃料」という言葉の持つ錯覚である。ジェット燃料がすごいからあのような炭と化した、と思い込んだ本や記述に、私が疑問を持ったのが、この日航機事故問題を解明しようと思った始まりである。
 同じような疑問を持った警察医との交流が生まれ、資料を精査していくにつれ、その疑惑が深まっていった。火災で灯油を被り焼け焦げた人を多数見てきた医師の持った大きな疑問が、私を真相究明に向かわせたのである。
 最初の著作『天空の星たちへ』(『疑惑のはじまり』と改題再刊)で地元の消防団の方に取材した際に聞いた「朝まで燃えていたところがあった」、「現場では灯油ではなく、ガソリンとタールの臭いが充満していた」、「生存者を助けたのは私たちであって、自衛隊員はなぜか山頂から下りてきた」といった証言の数々に私は大きな疑問を持った。
 墜落現場の上野村村長や村民が、ジャンボ機は自分の村に落ちた、と認識しているにもかかわらず、一晩中墜落現場不明とした報道は何だったのだろうということから「故意に不明として、一晩中山頂で何かを燃やしていたのではないか」、「ガソリンとタールの臭いで朝まで燃える成分を持つ燃料はジェット燃料ではなく、火災放射器という武器に使用される燃料である。その使用の可能性は考えられないか」と問題を前著『墜落の新事実』で提起した。しかしながらこの手の話には否定がつきものであり、信じられないと語る人は多い。素人の見解はその程度であり、何の役にも立たない。
 そこで私は、刑事事件を主とする弁護士や裁判官、警察医といったプロの人たちに、炭化した遺体の写真を見ていただいた。その中でも、数多い裁判記録の中で非常に共通点を感じたのは恵庭OL殺人事件である。異常に炭化しすぎた遺体現場に弁護士が疑問を持ち、豚に灯油を何度もかけた丸焼きで実験し、遺体の状況と比較をして、灯油十リットルでここまで燃えない、ということで冤罪の可能性を訴えている。
 この事件にずっとかかわってきた弁護士や、再審請求を支持した日弁連の方々、凄惨な現場で焼死体を何度も検死してきた警察医の方や燃焼の専門家の大学教授などに日航23便の遺体写真を見せて意見を伺い、専門家による調査を行った。私の手元には弁護士の先生方の名刺だけでも五十枚は軽く超えた。
 特に灯油を何度も被った焼死体を千体も見てきた警察医の見解は貴重だ。
 例えば、表と裏をひっくり返して焼いたがごとく、頭の先から足の先まで全身がすべてムラなく炭化している遺体があった。しかし、いくら全身に燃料を被ったとしても、夏山の夕立のある湿った地面に接していた裏側の部分と表の部分では焼け具合に違いがあるのが通常である。夏服に燃料が浸みたとしても服のある部分と素肌の部分と焼け具合にムラが出て当然である。しかしながら、すべてがすっぽりときれいに炭化しているのはおかしい、というような疑問がいくつも出てきた。米国内の学術書や学術論文に航空機燃料のケロシンで焼けた遺体写真も掲載されており、そのうちの何冊かを比較してみた。しかしながら、その写真と日航123便の写真では、明らかに違いが出ている。
 つまり、全体にムラのない炭化、というのはかなり特異な状態であった。
 こういう遺体状況や専門家の見解は、事故調査報告書には書かれていない。むしろ遺体については最小限しか言及していないのである。なぜ事故調査委員会はこの重大な問題を避けたのだろうか。

 この次のページに、「ケロシンと武器燃料の比較」という表が掲載されている。

 下手な写真で恐縮だが、これである。

青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』より(6)_e0337777_16455074.jpg


 遺体の状況からは、ジェット燃料のケロシンでは不可解なのである。

 いち早く現場に入った地元消防団と警察関係者が撮った写真には、朝まで燻っていた事故現場や、早朝まで激しく燃えていた炎なども写っていた。

 しかし、この表で見るように、日航123便墜落時点における残り燃料では、注ぎ足しをしない限り、3.3ヘクタールも焼失することはありえない。

 一方、火炎放射器ならば、注ぎ足しも可能であり、現場の「ガソリンとタールの臭い」にも合致する。

 日航123便の場合、国内線でもあったことからも、残りの燃料は1時間半分だけである。また、上野村の住民が、大きな飛行機がくるくると回っている状況を「燃料でも捨てているのではないだろうか」と言いながら見ている。
 もしかすると、不時着に備えて高浜機長は燃料を減らしていた可能性も否定できない。そうなるとその量はさらに減少する。また、夏の山は多湿の土や濡れた葉っぱ、木々の茂った湿度の高い環境であって、その中で十時間以上も燃え続けたということに対して説明がつかない。山火事を経験している消防団でも、乾燥している冬山ならまだしも、夏ではそうならないと疑問に思っていたことである。

 遺体の状態、火災の状況、消防団などの証言などから、ジェット燃料のケロシンではなく、ガソリンとタールによる燃料ではないかと推理に至った青山さん。

 そして、前著『日航123便 墜落の新事実――目撃証言から真相に迫る』においても、燃料に粘着性、持続性があり、薄着の肉体に炎がついたとしても、服に引火したとしても、付着してそこが焼け落ちるまで燃え続けるものは、武器燃料しかない、と結論づけていたのだった。


 次回は、飛行機内の各コンパーメント別に遺体の状況を整理することで、何かわかってきたかをご紹介。

 
 祝日の今日は飲食店のアルバイトだった。

 忙しさは、8月中の土曜ほどではなかった。

 帰宅し、洗濯機を回し、ブログを途中まで書き、洗濯物を干し、ユウをシャワーで綺麗にして散歩してきた。

 かみさんも仕事だが、祝日は終業が少し早い。

 彼女が帰れば、すぐ、冷たいビールだ!
# by kogotokoubei | 2023-09-18 17:47 | 日航123便墜落事故 | Trackback | Comments(0)

 今日のテニスは、8時からだった。

 その最中に、落語居残り会仲間のYさんから、NHKのEテレで午後2時から、ある落語の特別番組があるとLineでご連絡があった。


 なんとか、間に合って観ることができた。

 NHKのサイトからご紹介。
NHKサイトの該当ページ

没後50年 古今亭志ん生の名演をカラーで初公開!
カラーで蘇(よみがえ)る古今亭志ん生


9月17日(日)[Eテレ]午後2:00

「落語の神様」と称される古今亭志ん生の、没後50年を記念して全盛期に収録された高座映像「風呂敷」をカラー化、初オンエアする。
【出演】五街道雲助、池波志乃、古今亭文菊

 9月1日に、ホールでスクリーンの大画面で映写された会の模様を含めて放送する内容だった。

 調べてみたら、会場は、川口市・SKIPシティのビジュアルプラザ4F映像ホールだったらしい。

 高座の後、雲助が、モノクロだと記録映画のよう(に距離感があるが)、カラーだと稽古をつけてもらっているようだ、と言い、池波志乃が、目の前におじいちゃんがいるようだ、と言っていた。

 たしかに、カラー化は、対象との距離が縮まると感じた。

 観終わって、この噺、やはりいいなぁ、としみじみ思う。

 私にとっての志ん生トップ10の上位に入るなぁ、と思った。

 
 以前にこの噺について記事を書いたような気がして調べてみたら、なんと、このブログを始めた2008年6月の14日、最初から5つ目の記事だった。
2008年6月14日のブログ


 どんなことを書いていたのか、読み返してみた。
 そうか、こう書いていたのか。
 15年後の今も、この噺について書くなら、変わらないかもしれない、と思う。

 志ん生の『風呂敷』についてご紹介した古い記事を、振り返りたい。


 梅雨どきに、『夢の酒』と同様に雨が演出上のアクセントになっている噺ということで、古今亭志ん生の『風呂敷』をとりあげる。好きな志ん生のネタは多いが、この噺はベストテン、いやトップ5に入る。

 ストーリーを時系列で説明するとこうだ。
(1)長屋に住む夫婦。亭主が寄り合いで帰りが遅くなると言い残して出かけた。
(2)カミさんが家でお茶を飲んでいたら近所の若い衆が訪ねてきた。雨が降ってきたので家の中へ入れて話をしているうちに、遅く帰るはずの亭主が酔っ払って帰ってきた。大のヤキモチ焼きで手が早い亭主のことを案じ、若い衆を押入れの中に隠した。カミさんは亭主に早く寝るように言うが、押入れの前にドンと座り込んで酒を飲み始め、なかなか寝ようとしない。
(3)困ったあげく、カミさんは同じ長屋に住む面倒見のいい「アニさん」(鳶頭か?)に助けてくれと頼みに行く。
(4)アニさんが風呂敷をもって夫婦の家に駆けつけ、酔った亭主に、「今、人助けをしてきた」と言い、この家の話を他所の家のように説明しながら、酔った亭主に風呂敷をかぶせ、押入れの若い衆を逃がしてやる。

 実際の噺は、カミさんがアニさんの家に行き、(1)(2)を説明することで展開する。
 オリジナルは間男の噺なのだが、その後は間男ではなく近所の若い衆が訪ねてきた、という設定に変わっており、志ん生もそう演じている
 とにかく、志ん生ならではのクスグリ(ギャグ)を目一杯詰め込んだ噺である。

・アニさん(夫)が女房(妻)から風呂敷を受け取り出かける場面
妻「どこ行くのぉー?」
夫「大きな声だね。俺は屋根に上がってるんじゃないんだよ。うちの中で船を見送るような声出しちゃあいけないよ」
・・・・・・
妻「私はおまえさんの女房なんだからね」
夫「わかってるよ、女房、女房って・・・女房ってほどのもんじゃねぇんだよおめえなんて、シャツの三つ目のボタンみてぇんなもんだよ、あってもなくてもいいんだよ」

・酔った亭主がアニさんに、自分が帰ってきてからの顛末を話す場面
「・・・化けるほど夫婦になって(早く)寝ようもねぇもんだ。・・・」
「・・・油虫の背中みたいな色をして、寝ようとはなにごとか。なぜそう亭主をおびやかす。・・・」

 などなど、全編小気味のいいテンポで笑わしつづけてくれる。
 
 音源が多く、マクラも微妙に違うが、紹介したクスグリは定番だ。
 ギャグとは別の噺本来の聞かせどころは(4)。アニさんが酔った亭主に「しかたばなし」を聞かせながら、押入れの若い衆に逃げるよう細工していく場面。

 他の噺とのカップリングのCDも複数あるが、キングレコードのCDは単品での発売。

 現役で演ずる落語家が少ないのは、志ん生の印象がいまだに強すぎて腰が引けるのだろうか。今日的なクスグリで中堅や若手が挑戦することを期待したい。
古今亭志ん生_風呂敷

 2010年の「風呂敷の日」2月23日の記事が、この記事にリンクしている。
2019年2月23日のブログ


 その日の記事から、この噺の伝承の歴史について、拙ブログの記事を、しつこく(^^)引用。

 この噺、志ん生は初代の小せんから教わった可能性が高い。初代三遊亭円遊の後は小せんが十八番にしていたようだ。もしかすると、小せんは円遊から習ったかもしれない。
・初代円遊     1850年7月7日生まれ、1907年11月26日没
・初代小せん    1883年4月3日生まれ、1919年5月26日没
・五代目志ん生  1890年6月28日生まれ、1973年9月21日没

 小せんは十五歳で落語家になっているから、時代的にはありえるなぁ、円遊→小せん→志ん生、のライン。
 他に『五人廻し』などもこの三人で伝承されたネタと推定できそうだ。

 そして、この噺で思うことは、今、現役の噺家さんが、このネタをほとんど演らないのは、もしかすると、いわゆる、「コンプライアンス」の問題なのか、なんて思っていた。
 
妻「私はおまえさんの女房なんだからね」
夫「わかってるよ、女房、女房って・・・女房ってほどのもんじゃねぇんだよおめえなんて、シャツの三つ目のボタンみてぇんなもんだよ、あってもなくてもいいんだよ」

 なんて会話は、セクハラ、パワハラ、モラハラ・・・・・・。
 女性蔑視、と受け取られかねないから、こんなクスグリのあるネタをかけない、のかもしれない。


 しかし、志ん生の独特の科白「こんなこと、学校じゃ教えない」の通り、落語は、談志の言葉を借りるなら、人間の業、を描くものであり、品行方正な人物ばかりが登場するわけではない。

 人間の本性に触れるから、感情移入もできるのである。


 私は、とても、かみさんに「シャツの三つ目のボタン」なんて言えないが、だからこそ、落語を聴いて「そうそう、その通り」と頷くのである。


 Yさんのありがたい情報から、懐かしい映像を観ることができ、ついでに、懐かしい自分の記事を振り返り、落語についていろいろ思うのであった。

# by kogotokoubei | 2023-09-17 16:36 | テレビの落語 | Trackback | Comments(4)

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by 小言幸兵衛